魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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 宴会というから俺はてっきり食堂のようなところに案内されると思っていた。だが、神官たちは長い廊下を奥へ奥へと進んでいく。

 俺はここが神殿のような場所と思っていたが、間違いだった。ここは神殿だ。王宮の中にある秘められた神殿。

「なぁ、公子会って神殿の儀式なのか?」
 俺が聞くとローは首をかしげた。

「前のときもお前、出席したんだろ。こんなところ通ったか? 僕は覚えていないけれど」
 申し訳程度に付け足す。

「……場所が違うみたいだ。前はこんなところは通らなかった、と思う」
 いくぶん自信なさげにローはささやき返した。

 嫌な予感がした。また、結界の中に落とされるなんてことはないだろうな。

 途中でほかの参加者と合流した。イーサンとカリアス、見知らぬ顔もいる。少なくともこれで俺だけ罠にかけられるということはない。でも、まだ胸騒ぎが続いている。俺は軽く合流した組に挨拶をする。

 カリアスは俺を見て驚いた。でもすぐに、意地悪い顔をして話しかけてくる。

「なんだ、偽物。てっきり逃げたと思っていたよ」

「逃げるわけがない。僕は本物だ。覚えていないだけで」
 本当は偽物なんだけど。話していて、冷や汗が噴出してくるんじゃないかと思う。

「ふん、すぐにわかるんだから」
 カリアスは挑むように笑った。この野郎。一発殴れるものなら殴りたい。

「静かに」
 険悪な空気を感じたのかすぐに神官たちに制止された。カリアスはにやりと笑って俺から離れる。

「イーサン」
 俺が小さく声をかけると、イーサンは首を振った。彼の顔もこわばっている。
 予想外の事態。前とは違うということなのか。もし、許されるのなら今からでも引き返したい。

 周りを神官に囲まれていなかったら、そこの窓から外に飛び出していたかもしれない。

 俺たちが案内されたのは地下に彫られた聖堂のような作りの部屋だった。中央に大きな水盤が置かれて、その前に一人一人立つように案内される。事前に説明されていた石はない。

 石は?
 知らない?

 イーサンと俺は無言の会話を交わす。

 これはいったいどうすればいいのだろう。ぴかっと光る魔道具もこれでは使いようがない。

 俺は焦る。その間にも神官たちは着々と儀式を進めていく。

 俺たちが並んだあとに、別の扉から二人の王子があらわれた。

 第一王子は俺のことを見て、一瞬体を硬くした。第二王子のほうは自分のほかに人がいないかのようにふるまっている。

 どんな儀式なのだろう。この魔道具を使うことができるのだろうか。

 俺は扉を確認した。扉の前にも神官が立っている。
 どこから逃げ出そう。

「それでは、儀式を始める」

 見たことがない年寄りの神官が中央に立った。ざっとみたところ、あのいけ好かない神官の姿はない。これは例の儀式とは別の神殿が取り仕切っているのだろうか。

 別の神官が短刀を運んでくる。
 まさか、偽物とわかったらあれでぐさりとさす? 俺の中ではもう嫌な想像が湧き続けていた。

 神官は第一王子を手招きした。
 彼は水盤のところまで進み出て、短刀を取るとためらいもなく自分の腕を傷つけた。
 血が水の中に滴り落ちる。滴り落ちた血は水に触れたとたん、ふわりと光を放つ。

 え? 石の玉に触れるというあれは……横目だけで恐る恐るイーサンを見た。
 イーサンの顔に浮かんでいる表情もたぶん俺と同じものだ。

 そんなことをするなんて、聞いていない。

 次は第二王子の番だった。彼も同じように儀式を続ける。
 また水盤が光った。

 知っていたんだ。俺の中で煮えくり返るような感情が膨れ上がる。王子たちにはこの儀式がこのようなものだと知っていた。他の連中は……ローやカリアスの表情を見ていると彼らも知らなかったのだとわかる。

 おそらく俺が対策をして現れることを予想したのだろう。それで儀式を変更したのだ。リーフが作ってくれた魔道具はそれでも作動するだろうか。

 ニャァ

 その時目の端に白いものが横切った。

 ……白い猫?

 いつもの猫がどこからともなく表れて、水盤のほうに近づいていく。
 あの白い神官がこの場にいるのだろうか。俺は彼の姿を探したけれど、どこにもその姿はなかった。
 儀式を進行している老人もその横に控えている神官たちも誰も猫を止めようとしない。
 これも何かの儀式の一環、なのか? 

 怒りと、困惑と、白い猫ののんびりとした雰囲気と。頭がどうかなりそうだ。

 猫は振り返って、俺の顔を見てまた鳴いた。

 俺は猫について水盤のほうに歩いていく。

 猫の瞳は青い宝石のようだった。吸い込まれるような蒼。

 背後で鳥が羽ばたく気配がした。

 一枚の羽根がひらひらと目の前に落ちてきて、俺の手首をかすめて水盤の中に落ちた。落ちた羽が光を発する。

 光は柔らかく広がって、俺の体を包み込む。

 私の……王……

「おい。しっかりしたまえ」
 体をゆすられて我に返った。

 あれれれれ。

 俺の手首から血がしたたり落ちている。
 水盤の水が真っ赤に染まって、これは大惨事……

「はやく、手当を……」

 人が集まっていた。俺のほうではなくて、儀式をつかさどっていた老神官のところへだ。
 彼は泡を吹いてあおむけに倒れている。神官たちが周りを取り囲み、儀式の参加者たちが恐れおののいた表情でそれを遠巻きにしていた。

 俺のところへきたのはイーサンだけだった。

「大丈夫か。これで押さえて」
 布を渡された。俺は急いで傷口を抑えて止血をする。

「なんだ? なんであの人は倒れたんだ?」

「なんでって、君……」
 イーサンがぎょっとしたように身を引いた。
「まさか、覚えていないとか……」

「何を?」

「本当に覚えていないのか。演技じゃなくて」
 俺の顔を見てイーサンは複雑な顔をする。

「いいから、血を止めろよ。あ、治療師の方ですよね」

 駆け付けた神官の一人を呼び止めて、俺の傷を治療させる。
 俺の手を取る神官の手が震えている。一体どうしたというんだ?

「それで? 何が起きたんだ?」

「光ったんだよ」

「なにが?」

「水盤が。君が血を垂らしたら光がこう……」
 イーサンが手で円を描いた。

「……それは、よかったじゃないか」

 なぜだか知らないけれど、本人確認ができたということか。俺が本物だと証明されたということだろう。
 本当は偽物だけど。

 これでこの場から逃亡する必要もないし、処刑を免れるのに土下座する必要もない。

 今まで胃が痛くなるほど心配して損をした。

「よくない。光りすぎだ。ものすごい光が、本物の精霊があらわれたように水盤が光って……神官様が倒れてしまったんだ」

 俺たちに儀式の方式が変更になったことを知らせなかった神官だ。倒れたのは業が深すぎたんだ。

 重荷がどこかへ消えてすっかり気分がよくなった俺は遠巻きに中断した公子会の様子を観察できるだけの余裕が出てきた。

 その場にいるものたちは皆、倒れた老神官に気を取られているようだった。俺のことを気にかけている人はいない。

「あの、少し気分が悪いので抜けていいでしょうか」
 俺は穏やかにそばにいた神官に話しかけた。
「ちょっと頭がくらくらするんです」

「え、ええ」
 神官は上の空で返事をする。

「イーサン、抜けるぞ」

「……聖餐会があるぞ」

「どうせ、この状況じゃぁ開けないよ。それに、俺は怪我をしたんだ。気分が悪いから付き添ってくれ」

 俺と現場の様子を見て、イーサンはうなずく。
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