魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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王族の部屋

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 俺たちは周りをぐるりと見まわす。

 まるで王族を迎え入れるような豪華な部屋だった。さりげなく飾ってある壺でさえ、金ぴかだ。俺は金を削れるか試してみた。無理だった。丸ごと持っていけないかな。

「これを売ったら、馬が何頭、買えるかな?」

「馬と交換できるようなものじゃないぞ。なんてことを言うんだ」
 持ち帰ろうなんて思うなよ、とくぎを刺される。

「とにかく、ここがどこだか、把握しないと」

「どこだろう?」
 イーサンが困った顔をした。

「おい。王宮に来たことがあるのは君だけだぞ」

「でも、こんな、奥にまで入ったことはないよ。本当にどこだろう?」

 周りは静かだった。異様なほどに。

「と、とにかく、裏の道を探そう。こんな表の部屋にいたら、目立ってしょうがない……どうした?」

 イーサンが静かにするように手で合図をする。俺はそっとイーサンのそばによって、分厚い緞帳の向こう側をのぞいてみた。

「わぁ」

 目の下に広がっていたのは大きな広間だった。部屋の壁の一部に鏡が張られ、広い部屋がもっと広く見えている。そこに正装をした男女が集まっている。

『なんだよ、ここ?』

『鏡の間の上だよ。ここから下の様子が分かるようになっているみたいだね』 

 俺は知り合いの姿を探した。デリン公とその夫人が上座に近い場所で待機していた。そして、学校で見知った顔もちらほら。ローとエレインの姿はない。そういえば、お披露目は別の部屋で待機、だったか?

『すごいな』

『うん、すごい部屋だろ。ほら、あの鏡は妖精に作らせたという伝説のある大鏡なんだぞ。真実の姿を映し出す魔法がかかっているという話だ』

『ハーン』
 その伝説が事実なら、俺はその部屋に入れないな。女装したのがばれてしまうからな。

『みてみろよ。あそこは王族方が集う場所で……何を見ているんだよ』

『みろよ、イーサン。あの、きらきら光る鳥……氷でできているみたいだぞ』
 その周りに飾り付けられているのは色とりどりの果物、そしてアイスクリームだ。

『あれは氷の鳥だな。こういう舞踏会では定番のデザート……お、おい』

 引き付けられる。あの、氷の鳥に。
 身を乗り出した俺の背中をイーサンがつかんだ。

『何をやっているんだよ。落っこちるぞ』

『食べたいよ。あれを一口……』

『駄目、あれは、飾りなんだよ。飾り……』
 俺はしぶしぶ、おいしそうな鳥から目をそらした。なにかで気を紛らわせよう。

「ねぇ、この椅子、ふかふかだよ」
 俺はそばにある椅子で遊んでみる。

「こっちにおいでよ。一緒に座ろうよ」
 俺は椅子をたたいた。
 イーサンは俺のほうを見て、目をそらした。

「いい」

「えー、なんでだよ。膝に乗ってもいいぞ」
 俺は兄貴に習ったように首をかしげて誘ってみる。
「イーディスさん、一緒に座りましょうよ。ねぇ」

「いいといったら、いい」
 イーサンは怒ったようにいいきって、俺に背を向けた。

「こんなに高価そうな椅子なのに……」
 俺は尻ではねてみた。沈み込んで浮き上がらない。
 もっと、こう、跳ねる椅子がいいんだけどな。

「この長椅子とか、とっても柔らかい……」

 次に俺が狙いを定めたのは長椅子だった。ちょうど仮眠をとるのに、いい大きさだ。
 座ってみると、本当にふかふかの長椅子だった。こんな椅子に座っていたら、眠気が押し寄せてくる。
 座るだけでは物足りない。ちょっと寝転んでみよう。
 今日は、いや、昨日から神経が張り詰めていたから……

「うーん、ふかふかだ。気持ちよく……」

「駄目だよ。そんなところで……」

 イーサンの声が途中で途切れた。本能的な警戒心が眠気に勝つ。俺は目を開けた。

 椅子の上から見知らぬ男が俺を見下ろしていた。

「そこで何をしているのですか?」
 俺は飛び上がった。

「えええええ」

 気配を感じなかった。というよりも、俺が油断していたのか?

「ご、ごめんなさい」
 俺はとっさに頭を下げた。
「ちょっと、寝そべってみたくなったんです。ちょっとだけ」

 男は黙っている。

「ちょっと、道に迷ったんです。道に迷ったら、わからなくなって……」

 男はため息をついた。

「ついてきなさい」

 冷静になって観察してみると、男は王宮の侍従の格好をしていた。たぶん、王宮専用の護衛なのだろう。とてもではないが、振り切って逃げきれる気がしない。俺とイーサンはびくびくしながら、男の後をついて行く。

「あ、あの、ここはどこですか?」
 沈黙に耐え切れなくなって俺は聞いてみた。

「王族方専用の区画だ。君たちが立ち入っていい場所ではない」

「ごめんなさい。あたしたち、変な人に絡まれて逃げていたらこんなところに」

「……こちらだ」

 男は複雑なつくりの部屋を迷わず案内する。まごまごしていると置いていかれそうなので、俺は足を速めた。
 ふいに、男が立ち止まって、俺は危うく男の背中に衝突しそうになる。

 男が脇によって頭を素早く下げた。誰が来たのかと、俺は顔をのぞかせて慌てて男の後ろに隠れる。

 変態王子だ。腹心と思われる年上の男たちを従えている。
 もう一人の王子ならよかったのに。よりによって、第二王子。

 気が付かれたらどうしよう。俺は男に習って深々と頭を下げて顔を隠した。横目で見ると、同じようにイーサンも腰を折るようにして礼をしている。

 ちがう、イーサン、それは男の礼だ。

 そういう俺もあわててスカートをつまみなおした。

「その子たちは?」
 意外にも穏やかな声だった。

「は、迷い込んだ侍女です。今、案内しているところです」

「毎年毎年、よくもまぁ。デリン家の……来年、お披露目される娘か」

 第二王子はつぶやくようにいった。柔らかい声だった。本当にあのつんけんとした変態野郎かな? 同じ声をした別人ではないかと思ってしまったくらいだ。

「エレイン嬢によろしく伝えてくれ」
 そういわれて俺は目を伏せたままもう一度深々と礼をする。

「ラーク?」
 小さな声で呼びかけられて、俺はどきりとした。まさか、ばれた?

「……忘れてくれ」
 王子はつぶやくようにいうと、俺たちを置いて先ほどの部屋のほうへ歩いていく。

「それで、父上の話とは何だ?」

 側近との会話がかすかに聞こえた。いつものとげが言葉に戻っていた。
 偽物ではなくて本物だった。ばれなくてよかった。

 俺は姿が消えたと確認してから、頭を上げた。イーサンと目を合わせて、無事を喜んだ。

 案内役の男は何事もなかったように、俺たちの先導を再開する。

 右、左、部屋の中を通って……
 出たところは先ほどの控室だ。

「ありがとうございました」俺はかわいらしく、礼をした。

 護衛の男は無言で礼を返すと、また元の通路に戻っていく。

「ランス……」
 地味なお仕着せを着た男が俺たちに声をかけてきた。
「どこへ行っていたんだ、おまえら」

「兄貴……あれ? 服はどうしたんです?」
 兄貴は女装をやめていた。あれだけみんなで頑張ったのに。

「うむ、いろいろあってな。着替えてきた」
 兄貴が口を濁す。
「ここの連中には俺の魅力が過ぎたようだ」

 兄貴に、いや、姉御に言い寄る漢がいたのか? それは勇者だな。

「リーフと本屋は?」

「あの二人は、すぐそこに控えている。お前たちも急げ……ちょっと待て」
 鐘の音が鳴り響いた。華やかな音楽の演奏が鏡の間から聞こえてくる。
「始まったみたいだな」
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