魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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儀式

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「やはり、あなた方でしたか。そうではないかと思っていました」

 うんざりした声だった。
 大神官はつかつかと机に近付いて、俺たちの見ていた本を閉じた。

「ど、どうして、ここに?」
 俺達には感知できない防御結界でも仕掛けてあったのだろうか。精霊にも感知できない類の。

「この場所には、本が開かれたらわかる術がかけてあるのですよ。特に危険な本には」
 神官はちらりと手元の本を見た。

「こ、この本に書いてあるのは事実なのですか? その、儀式は精霊になる人物を、生贄を選びだすためのものだと……」イーサンの声が上ずっている。

「生贄という表現も適切ではありませんね」
 神官は発言を咎めた。
「精霊を呼び出すのには、高潔な魂が必要なのです。それに足る人材を見定める、そういう儀式なのですよ」

「……でも、殺すんだろ」と、俺。

 はぁ、と神官はわざとらしいため息をついた。

「愚かなものたちは皆そう誤解します。精霊を呼び出すために死人は必要ありません。そう、あなた方北の戦士たちも教えているはずだ。
 そうですよね。ランドルフ・コンラート」

「いつから?」
 しばらく黙り込んだ後、俺は聞いてみた。

 神官はかすかに笑った。

「……わからないと思っていたのですか? いや、よく頑張ったと私は思っていますよ。学園の皆が疑い始めたのは、最近でしょう。大変だったでしょう。慣れない場所で他人として暮らすのは」
 人を思いやる言葉の裏に潜む攻撃性に俺は身構える。

「どうして、俺が偽物だって学園の人にばらさなかったんだ?」

「そんなことをいって誰が得をしますか? 貴族たちの力関係は微妙です。デリン家のローレンスがいることで力の均衡が保たれていました。
 ああ、もっとも、貴方の起こした事件のためにずいぶん流れが変わりました。排除を考えなかった、といえば嘘になりますね」

 神官の視線を感じたのか、腕の中の猫が身じろぎをした。
 そして、するりと俺の腕から抜け出すと本のおかれた机に飛び乗る。
 イーサンが不安げに俺たちの視線を追って、それから俺の顔を見た。

「フェリクス殿下と貴方の関係がここまでこじれるとは予想外でした。おかげで儀式が停滞してしまいました」

「まさか、あいつと俺がうまくやれるとでも思っていたのか」

 神官は首を振る。

「いいえ、貴方がローレンスの代わりになるとは思っていませんでした。殿下がもっと早くあなたとの関係を断つと思っていたのですよ。私たちが想定していたよりもずっとフェリクス殿下は情に厚い方だった、そういうことです」

 回りくどい言い方が気に障った。俺が理解できないと思ってわざといやらしい言い方をしているだろう。そのとおりだよ。ますます頭にくる。

「あの変態野郎との関係なんかくそくらえだ。それよりも、儀式だよ。あんたたち、生徒を生贄に捧げるつもりだったんだろう?」

「ランス……やめろ」
 イーサンが警告する。
「仮にもこの方は大神官だぞ」

「大神官だか、なんだか知らないけど、こいつら、俺たちの誰かを死なせるつもりだったんだぞ。あの本に書かれていたのはこういうことだろう? 誰かが王になるためには精霊に指名されなきゃならない。そして、その精霊は生徒の誰かが、えっと血と魂をささげるだったか? 要するに、死ねってことだろ」

「そんなことはどこにも書いていませんよ」

「ごまかすなよ。それなら、ちょっと手首を切ったら精霊が呼び出せるとでもいうのか。結婚式みたいな言葉をかわしたらそれで精霊が現れるのか?」

 俺と神官はのんびりと毛づくろいをしている猫をはさんでにらみ合った。

「昔はずいぶんな量の血を必要としていたみたいじゃないか。内乱という名で死体を集めていたんだろう?」

「だから、それは誤解だといっているでしょう。当時の人たちは精霊の御意思を誤って解釈していました。今のあなたたちのようにね。そういった間違った考えを排除するために今の儀式は生まれたのですよ」

「しかし、この儀式は……結局、この記録にある名乗り出た騎士は……」
 イーサンが口ごもる。

「名乗り出るほどの絆と愛があったということです。誰に命じられたわけでもなく、自発的に行動する。それが何よりも大切なのですよ」

「最初からこの儀式はこういうものだという説明をしていたら? なぜ、隠すようなことをするんだ?」

 うさんくさい。こいつのいうことは一から十まで信用できない。俺の敵対心を神官は軽々と受け流す。

「きちんと説明した結果が騒乱、貴方たちのいう内乱でした。当時の人たちは貴方たちのような解釈をして、必要のない犠牲者がでたのですよ。
 今も一歩間違えば、昔と似たような状況になってしまう。だから、少数のものしか儀式のありようを明かさない。限られた人数で、限られた場所で儀式を行う、そういう掟と形にしたのです。極力、人の意思の入らない結界の中での儀式にね。
 この儀式はただやみくもに血と魂をささげるものではありません。そんなことをすれば、以前の過ちを繰り返すだけですから」

 神官は机の上で前足をなめている猫を愛し気に見つめた。

「精霊は何よりも悲嘆や嘆きを嫌います。悲しみは憎しみを呼び、その憎しみはまた悲しみを生む。
 この儀式はその連鎖を断ち切るために生まれたものなのです……王家の血を引く方々にもそれは重ね重ね申し上げてきたのですがね」

 これは俺たちに向けられた言葉ではなかった。
 俺は振り返る。第一王子が俺たちの話を聞いていた。
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