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決意
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パサリと軽い羽の音がした。慌てて振り返った俺の目の端で白い鳥が飛び立ち、追うよりも早く姿をかき消した。
「サンディ・ファリアス、貴方を探していた」
王子は硬い表情のまま大神官に呼び掛ける。それから俺たちを見て
「彼らは?」
なぜ、という問いかけに神官は深々と頭を下げて礼をした。
「第一王子殿下。まずは冬の宴のお祝いを。帝国に栄えあれ。
ああ、この子たちでございますね。彼らのことはお気になさらず。彼らもまた殿下と同じことを確認しにきたのですよ」
俺はきちんと男の礼をした。
女装を解いておいて正解だった。俺は自分の判断をひそかにたたえる。あんな姿を見られたら、今後どんな顔で会えばいいのだろう。
「宴で騒動が起きた。一部の貴族が、王太子の不在に異議を申し立てた。公の場でだ」
「存じております。ただ、さほどの混乱にはならなかったと」
「今夜のところは何とか抑えられた。しかし、父上は今後のことも憂慮され、フェリクスと私を呼び、今後の儀式についての話をした」
「儀式を取り仕切るのは我ら神官の役目。我らにお聞きになればよかったのに」
薄笑いの裏にかすかな怒りが感じられた。
「大神官殿。その場には王室神殿の神官も同席していた。ああ、神官代理だったか。彼らがいうにはこの儀式は精霊を呼び出すための依り代を選ぶ儀式だと。依り代を神域でささげることによって完結する儀式であると。真か?」
「王都の神官たちは口が軽い。神殿の秘を漏らすことがどのような結果をもたらすか、学んでいないようだ」
神官は苦々し気にそういった。
「昔、あやうく公家の血脈を断つ事態になったことを忘れている。陛下も気弱なことだ」
「では、やはり儀式は……」
「殿下、私は最初に申し上げたはず。この儀式に必要なのは強い絆と愛情だと。何度も、他の公子たちの前でそう話してきました。それは依り代をささげる物語を聞いて、無謀な行為に走るものたちに対するけん制です。
かつてその話を聞いたものたちは、自らの手でその依り代を選んでささげました。
しかしそのようなやり方で精霊が顕現することはありません。精霊ではなく悪霊を呼び、国は荒れ、民は飢えに苦しんだことすらあるのですよ。儀式に無用な血も犠牲も必要ない。逆に有害なのです」
「陛下は、父上は……」
そういって王子は首を振る。
「いや、フェリクスはおそらく依り代の選定に入るのではないかと思う。貴族たちの突き上げがひどく、それは私の側も同じことをしているのだが」
王子は自嘲して笑う。
「無駄なことを」
大神官の声は冷たい。
「精霊になる人物を選ぶのは人ではなく、精霊そのものです。人が選んだものが御心にかなうと、どうしてそんな不遜な考えに至るのでしょうか」
「それでは、たとえ、どんなに精霊に血と魂をささげて請うても無駄だと……」
「ええ。無駄ですね。意味のない行為、それで人が亡くなることがあれば単なる人殺しです」
「私は、……私が身を引けばすべては丸く収まると思っていた。きっと、我々が選んだ王を精霊は受け入れるだろうと。それならば、フェリクスのほうが支持者は多い……」
「誰を選ぶのかは精霊の御心一つ、殿下がどのような判断をされようとそれに影響されることはありませんね」
「いや、しかし……」
第一王子は言葉を濁して、なにかを言いかけて口を閉じた。
「もし、仮に……仮にだ」
「殿下、なぜ、ここにいらしたのですか?」
いいよどむ第一王子に神官は穏やかに声をかけた。
「それは、知りたかったからだ。聞いた話が本当であるかどうかを。
……そして、止めてほしかった。私の周りの貴族たちや弟を。彼らは……おそらく」
「自分たちの手で依り代を選ぼうとする、そう思われたのですね。依り代の候補者を立ててくると。望む者もあらわれると」
王子はうなずいた。
「ハートマットが、彼もすぐにそういって……だが、私は……」
王子は大きく息をした。
「私では止められません。止められるとすると、それは殿下、ただお一人です」
ささやくような声だったが、はっきりと聞こえた。
「あの儀式の場所に、私を送れるか?」
王子はまっすぐに大神官を見た。
「はい。ここも古い聖域、行くことは可能です。ただ、ここにいる儀式の参加者は皆そこに送られます」
第一王子は俺たちを見た。
「いいですよ」
俺はとっさにそう答えた。またあそこに行くかと思うと、あまりいい気分はしない。碌な場所ではないと思う。でも、必要があるのだろう?
「そうか、すまない」
王子は小さくそう謝ると、神官を見た。
「いいのですか」
王子はうなずく。
大神官は不思議な笑みをうかべた。瞬間、白い神官と印象が重なる。
「ここは聖域、それにここは元神殿です。そして、今日、精霊の力を増す儀式をやったばかりですから」
神官が印を組むと床に光が広がった。兄貴が精霊を呼んだ時の何倍もの大きさと光の強さだった。
ふわりと体が浮きあがったような感覚があり、俺はとっさにそばにいたイーサンをつかんだ。イーサンも、反射的に俺の手をつかみ強く握り返して……
「サンディ・ファリアス、貴方を探していた」
王子は硬い表情のまま大神官に呼び掛ける。それから俺たちを見て
「彼らは?」
なぜ、という問いかけに神官は深々と頭を下げて礼をした。
「第一王子殿下。まずは冬の宴のお祝いを。帝国に栄えあれ。
ああ、この子たちでございますね。彼らのことはお気になさらず。彼らもまた殿下と同じことを確認しにきたのですよ」
俺はきちんと男の礼をした。
女装を解いておいて正解だった。俺は自分の判断をひそかにたたえる。あんな姿を見られたら、今後どんな顔で会えばいいのだろう。
「宴で騒動が起きた。一部の貴族が、王太子の不在に異議を申し立てた。公の場でだ」
「存じております。ただ、さほどの混乱にはならなかったと」
「今夜のところは何とか抑えられた。しかし、父上は今後のことも憂慮され、フェリクスと私を呼び、今後の儀式についての話をした」
「儀式を取り仕切るのは我ら神官の役目。我らにお聞きになればよかったのに」
薄笑いの裏にかすかな怒りが感じられた。
「大神官殿。その場には王室神殿の神官も同席していた。ああ、神官代理だったか。彼らがいうにはこの儀式は精霊を呼び出すための依り代を選ぶ儀式だと。依り代を神域でささげることによって完結する儀式であると。真か?」
「王都の神官たちは口が軽い。神殿の秘を漏らすことがどのような結果をもたらすか、学んでいないようだ」
神官は苦々し気にそういった。
「昔、あやうく公家の血脈を断つ事態になったことを忘れている。陛下も気弱なことだ」
「では、やはり儀式は……」
「殿下、私は最初に申し上げたはず。この儀式に必要なのは強い絆と愛情だと。何度も、他の公子たちの前でそう話してきました。それは依り代をささげる物語を聞いて、無謀な行為に走るものたちに対するけん制です。
かつてその話を聞いたものたちは、自らの手でその依り代を選んでささげました。
しかしそのようなやり方で精霊が顕現することはありません。精霊ではなく悪霊を呼び、国は荒れ、民は飢えに苦しんだことすらあるのですよ。儀式に無用な血も犠牲も必要ない。逆に有害なのです」
「陛下は、父上は……」
そういって王子は首を振る。
「いや、フェリクスはおそらく依り代の選定に入るのではないかと思う。貴族たちの突き上げがひどく、それは私の側も同じことをしているのだが」
王子は自嘲して笑う。
「無駄なことを」
大神官の声は冷たい。
「精霊になる人物を選ぶのは人ではなく、精霊そのものです。人が選んだものが御心にかなうと、どうしてそんな不遜な考えに至るのでしょうか」
「それでは、たとえ、どんなに精霊に血と魂をささげて請うても無駄だと……」
「ええ。無駄ですね。意味のない行為、それで人が亡くなることがあれば単なる人殺しです」
「私は、……私が身を引けばすべては丸く収まると思っていた。きっと、我々が選んだ王を精霊は受け入れるだろうと。それならば、フェリクスのほうが支持者は多い……」
「誰を選ぶのかは精霊の御心一つ、殿下がどのような判断をされようとそれに影響されることはありませんね」
「いや、しかし……」
第一王子は言葉を濁して、なにかを言いかけて口を閉じた。
「もし、仮に……仮にだ」
「殿下、なぜ、ここにいらしたのですか?」
いいよどむ第一王子に神官は穏やかに声をかけた。
「それは、知りたかったからだ。聞いた話が本当であるかどうかを。
……そして、止めてほしかった。私の周りの貴族たちや弟を。彼らは……おそらく」
「自分たちの手で依り代を選ぼうとする、そう思われたのですね。依り代の候補者を立ててくると。望む者もあらわれると」
王子はうなずいた。
「ハートマットが、彼もすぐにそういって……だが、私は……」
王子は大きく息をした。
「私では止められません。止められるとすると、それは殿下、ただお一人です」
ささやくような声だったが、はっきりと聞こえた。
「あの儀式の場所に、私を送れるか?」
王子はまっすぐに大神官を見た。
「はい。ここも古い聖域、行くことは可能です。ただ、ここにいる儀式の参加者は皆そこに送られます」
第一王子は俺たちを見た。
「いいですよ」
俺はとっさにそう答えた。またあそこに行くかと思うと、あまりいい気分はしない。碌な場所ではないと思う。でも、必要があるのだろう?
「そうか、すまない」
王子は小さくそう謝ると、神官を見た。
「いいのですか」
王子はうなずく。
大神官は不思議な笑みをうかべた。瞬間、白い神官と印象が重なる。
「ここは聖域、それにここは元神殿です。そして、今日、精霊の力を増す儀式をやったばかりですから」
神官が印を組むと床に光が広がった。兄貴が精霊を呼んだ時の何倍もの大きさと光の強さだった。
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