魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

文字の大きさ
78 / 82

結界

しおりを挟む
「イーサン」

 あたりに霧が立ち込めている。

「イーサン?」

 大丈夫だ。イーサンの手は暖かい。姿が見えないほどの濃霧でも、俺には彼がいるとわかる。

「ランス」
 イーサンが手を握り返してきた。

 少しずつ、霧が薄れていく。この前結界から追い出された時とは逆の現象だ。

 俺たちは森の中にいた。どこかで聞いたこともない鳥が鳴いている。背の高い木が周りに生えていて、それでもどこからか光が差し込んでくる。

 周りを見回したけれど、いるはずの王子はいなかった。

「結界の中か?」
 俺はイーサンが消えてしまうことを恐れながらもゆっくり手を離した。

「たぶん」
 イーサンも周りも見まわす。
「前もこんな森の中だったよ」

「俺は洞窟だったな」

 俺は様子を探るために、あたりを観察した。精霊を呼び出そうとしたが、現れる気配もない。
 別の力が働いている、そういえばそんなことを王子が言っていた。

「アーサー殿下は、どこかな?」

「さぁ。歩いていれば会えるかもしれないぞ。前もそうだったからな」

 こんなところにいても何にもならないので、俺たちは歩き始めた。

「気をつけたほうがいい。前々回はこういう森の中で、魔物に追いかけまわされたんだよ」
 イーサンが警告する。

「それは困るな。武器は、これしかない」
 俺は目印をつけるのに使っている短剣を振りかざした。

「よくそんなものを持ち込めたな」

「女の衣装を着ていた時から持っていたぞ。他にも、いろいろと……」
 俺は隠しから様々な道具を取り出した。
「ほら、この野営道具とか……持ってきて正解だっただろ」

「君は……こんなところで野営する気満々なんだな」
 イーサンはため息をつく。

「もちろん、お前も持ってきているよな。食料とか、水とか」

「ないよ。そんなもの、持ってきてない」

 そんな大切なものを忘れてくるなんて。俺はきれいな紙で包まれた飴をイーサンに渡す。

「これ、食べとけ。気分がよくなるぞ」

「君、こんなものまで持ってきているのか?……これ、舞踏会の会場にあった飴じゃないか」

「まだたくさんあるから、欲しかったらいってくれ」
 俺が手のひら一杯の飴を見せると、イーサンはあきれた顔をする。

「あの状況で、盗ってくるとは。食べ物に対する執念は相変わらずだな」

 ふん、食べ物がない状況を経験したことがないからそんなことをいうのだ。
 俺は自分でも飴を一つ口に入れた。この甘さがこんなイライラも溶かしてくれる。

 森は静かだった。どこまでも背の高い木が生えて、ところどころに低木が顔をのぞかせている。光がどこからともなく差してきて、薄暗いはずの森は奇妙な明かりに包まれていた。足元に生えている苔は柔らかく、それでいて湿り気は感じない。
 そういえば、前に送られた洞窟も変な場所だった。ぼんやりと光を放つ植物を思い出した。

「なぁ、さっきの話だけど」
 イーサンが切り出した。
「僕達はどうすればいいのかな」

「そうだなぁ」俺は考える。「とにかく、例の岩山まで行くしかないだろ」

 王子が目指したのは、あそこだ。前回、行きたくないといっていたあの場所。
 イーサンはうつむいて考えている。

「あのさ、その精霊になる人を選ぶという、あれ……もし、僕が選ばれたら……」

「ないだろ」
 俺は即断する。

「君が選ばれたら……」

「もっとないね」

 俺は帝国の人間じゃぁない。俺なんかを精霊に選んだら、北の戦士たちに王位を渡してしまうぞ。そんな危ない奴を選ぶわけがない。

「なぁ、もし……」

「ありえないことは考えないほうがいいぞ。イーサン」
 俺はそう忠告する。

「ありえないって、どうしてそう断言するんだ?」

「どうしてって、なぁ」
 俺は言葉を考える。
「なんとなくだ。俺はあまり考えるのが得意ではないから、ぐるぐると考えているとすぐに躓いてしまいそうになるんだ。だから、やめた。お前のほうがいろいろ考える余裕があるけれど、転んでしまうぞ。こんなところで、転んだら大けがをするだろ。おっと」

 俺は氷で足を滑らせかけた。あれ?氷?

 目の前に雪原が広がっていた。後ろを振り返ると、森だ。

「なんだ、これは」
 俺たちは前を見たり、振り返ったりを繰り返した。

「変なところだな」

「そういえば、こういう無茶苦茶な場所だったな」
 俺たちは境界で立ち止まる。

「……どうしよう」

「どうしようって、進むしかないだろう」
 俺は雪原の向こうにそそり立つ山をさした。

「え、あそこまで行くのか?」
 イーサンは顔をしかめる。

「とにかく、行こう。動かないと、寒い」
 気温が一気に低くなっていた。風も強い。それに雪が混じってきた。

「たどり着く前に、凍死しそうだ」
 イーサンが寒さで身を縮める。

「どこかでこの雪がやむまで待つぞ」

 俺はなんとか雪と風を避けられそうな場所を探した。こんなところに都合よく洞窟などあるわけない。そう思ったときに目の前に洞窟らしい場所を発見した。

「なんだ? ここは。思えば現れるのか。それなら……」

 俺は懸命に願った。
 暖かい草原……歩きやすい平原
 ……草がさわさわとしておいしそうな肉が……違った、ウサギが……

「うわ」
 イーサンが悲鳴を上げる。なにかが飛びあがるようにしてイーサンに襲い掛かる。小動物か。
 俺の足にもまとわりついてきたので、思い切り蹴飛ばしてやった。

「イーサン」
 俺は小刀を振り回して、そいつらを撃退した。

「なんだ、こいつら」

 小さな生き物がこちらをにらんでいた。
 ウサギ? なんでウサギが俺たちを襲うんだ?
 だが、それよりも……

「イーサン、大丈夫か?」

「ああ、驚いただけだ。この生き物は?」

「……殺そう。肉だ」
 そう、この状況だ。食料の確保は重要だ。向こうから出向いてきたのだったら好都合だ。
「獲るぞ」

 俺の気合で怯えさせてしまったのか、結局捕まえたのは最初に蹴飛ばした一体とたまたま小刀で深く傷つけることができた個体だけだった。

「これ、ウサギか?」

 イーサンが恐る恐るその生き物の耳をつかんで確かめた。ウサギに似た長い耳をしているけれど、恐ろしく鋭い牙を持つ変な生き物だった。

「まぁ、なんだっていいさ。行こう。行って調理しないと」
 水の代わりになる雪もある。ウサギ鍋か。俺は足を速めた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)

たたら
BL
久々の新作です。 全16話。 すでに書き終えているので、 毎日17時に更新します。 *** 騎士をしている公爵家の次男は、顔良し、家柄良しで、令嬢たちからは人気だった。 だが、ある事件をきっかけに、彼は【不能】になってしまう。 醜聞にならないように不能であることは隠されていたが、 その事件から彼は恋愛、結婚に見向きもしなくなり、 無表情で女性を冷たくあしらうばかり。 そんな彼は社交界では堅物、女嫌い、と噂されていた。 本人は公爵家を継ぐ必要が無いので、結婚はしない、と決めてはいたが、 次男を心配した公爵家当主が、騎士団長に相談したことがきっかけで、 彼はあっと言う間に婿入りが決まってしまった! は? 騎士団長と結婚!? 無理無理。 いくら俺が【不能】と言っても…… え? 違う? 妖精? 妖精と結婚ですか?! ちょ、可愛すぎて【不能】が治ったんですが。 だめ? 【不能】じゃないと結婚できない? あれよあれよと婚約が決まり、 慌てる堅物騎士と俺の妖精(天使との噂有)の 可愛い恋物語です。 ** 仕事が変わり、環境の変化から全く小説を掛けずにおりました💦 落ち着いてきたので、また少しづつ書き始めて行きたいと思っています。 今回は短編で。 リハビリがてらサクッと書いたものですf^^; 楽しんで頂けたら嬉しいです

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

公爵令息は悪女に誑かされた王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

転生聖賢者は、悪女に迷った婚約者の王太子に婚約破棄追放される。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 全五話です。

俺の居場所を探して

夜野
BL
 小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。 そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。 そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、 このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。 シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。 遅筆なので不定期に投稿します。 初投稿です。

処理中です...