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結界
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「イーサン」
あたりに霧が立ち込めている。
「イーサン?」
大丈夫だ。イーサンの手は暖かい。姿が見えないほどの濃霧でも、俺には彼がいるとわかる。
「ランス」
イーサンが手を握り返してきた。
少しずつ、霧が薄れていく。この前結界から追い出された時とは逆の現象だ。
俺たちは森の中にいた。どこかで聞いたこともない鳥が鳴いている。背の高い木が周りに生えていて、それでもどこからか光が差し込んでくる。
周りを見回したけれど、いるはずの王子はいなかった。
「結界の中か?」
俺はイーサンが消えてしまうことを恐れながらもゆっくり手を離した。
「たぶん」
イーサンも周りも見まわす。
「前もこんな森の中だったよ」
「俺は洞窟だったな」
俺は様子を探るために、あたりを観察した。精霊を呼び出そうとしたが、現れる気配もない。
別の力が働いている、そういえばそんなことを王子が言っていた。
「アーサー殿下は、どこかな?」
「さぁ。歩いていれば会えるかもしれないぞ。前もそうだったからな」
こんなところにいても何にもならないので、俺たちは歩き始めた。
「気をつけたほうがいい。前々回はこういう森の中で、魔物に追いかけまわされたんだよ」
イーサンが警告する。
「それは困るな。武器は、これしかない」
俺は目印をつけるのに使っている短剣を振りかざした。
「よくそんなものを持ち込めたな」
「女の衣装を着ていた時から持っていたぞ。他にも、いろいろと……」
俺は隠しから様々な道具を取り出した。
「ほら、この野営道具とか……持ってきて正解だっただろ」
「君は……こんなところで野営する気満々なんだな」
イーサンはため息をつく。
「もちろん、お前も持ってきているよな。食料とか、水とか」
「ないよ。そんなもの、持ってきてない」
そんな大切なものを忘れてくるなんて。俺はきれいな紙で包まれた飴をイーサンに渡す。
「これ、食べとけ。気分がよくなるぞ」
「君、こんなものまで持ってきているのか?……これ、舞踏会の会場にあった飴じゃないか」
「まだたくさんあるから、欲しかったらいってくれ」
俺が手のひら一杯の飴を見せると、イーサンはあきれた顔をする。
「あの状況で、盗ってくるとは。食べ物に対する執念は相変わらずだな」
ふん、食べ物がない状況を経験したことがないからそんなことをいうのだ。
俺は自分でも飴を一つ口に入れた。この甘さがこんなイライラも溶かしてくれる。
森は静かだった。どこまでも背の高い木が生えて、ところどころに低木が顔をのぞかせている。光がどこからともなく差してきて、薄暗いはずの森は奇妙な明かりに包まれていた。足元に生えている苔は柔らかく、それでいて湿り気は感じない。
そういえば、前に送られた洞窟も変な場所だった。ぼんやりと光を放つ植物を思い出した。
「なぁ、さっきの話だけど」
イーサンが切り出した。
「僕達はどうすればいいのかな」
「そうだなぁ」俺は考える。「とにかく、例の岩山まで行くしかないだろ」
王子が目指したのは、あそこだ。前回、行きたくないといっていたあの場所。
イーサンはうつむいて考えている。
「あのさ、その精霊になる人を選ぶという、あれ……もし、僕が選ばれたら……」
「ないだろ」
俺は即断する。
「君が選ばれたら……」
「もっとないね」
俺は帝国の人間じゃぁない。俺なんかを精霊に選んだら、北の戦士たちに王位を渡してしまうぞ。そんな危ない奴を選ぶわけがない。
「なぁ、もし……」
「ありえないことは考えないほうがいいぞ。イーサン」
俺はそう忠告する。
「ありえないって、どうしてそう断言するんだ?」
「どうしてって、なぁ」
俺は言葉を考える。
「なんとなくだ。俺はあまり考えるのが得意ではないから、ぐるぐると考えているとすぐに躓いてしまいそうになるんだ。だから、やめた。お前のほうがいろいろ考える余裕があるけれど、転んでしまうぞ。こんなところで、転んだら大けがをするだろ。おっと」
俺は氷で足を滑らせかけた。あれ?氷?
目の前に雪原が広がっていた。後ろを振り返ると、森だ。
「なんだ、これは」
俺たちは前を見たり、振り返ったりを繰り返した。
「変なところだな」
「そういえば、こういう無茶苦茶な場所だったな」
俺たちは境界で立ち止まる。
「……どうしよう」
「どうしようって、進むしかないだろう」
俺は雪原の向こうにそそり立つ山をさした。
「え、あそこまで行くのか?」
イーサンは顔をしかめる。
「とにかく、行こう。動かないと、寒い」
気温が一気に低くなっていた。風も強い。それに雪が混じってきた。
「たどり着く前に、凍死しそうだ」
イーサンが寒さで身を縮める。
「どこかでこの雪がやむまで待つぞ」
俺はなんとか雪と風を避けられそうな場所を探した。こんなところに都合よく洞窟などあるわけない。そう思ったときに目の前に洞窟らしい場所を発見した。
「なんだ? ここは。思えば現れるのか。それなら……」
俺は懸命に願った。
暖かい草原……歩きやすい平原
……草がさわさわとしておいしそうな肉が……違った、ウサギが……
「うわ」
イーサンが悲鳴を上げる。なにかが飛びあがるようにしてイーサンに襲い掛かる。小動物か。
俺の足にもまとわりついてきたので、思い切り蹴飛ばしてやった。
「イーサン」
俺は小刀を振り回して、そいつらを撃退した。
「なんだ、こいつら」
小さな生き物がこちらをにらんでいた。
ウサギ? なんでウサギが俺たちを襲うんだ?
だが、それよりも……
「イーサン、大丈夫か?」
「ああ、驚いただけだ。この生き物は?」
「……殺そう。肉だ」
そう、この状況だ。食料の確保は重要だ。向こうから出向いてきたのだったら好都合だ。
「獲るぞ」
俺の気合で怯えさせてしまったのか、結局捕まえたのは最初に蹴飛ばした一体とたまたま小刀で深く傷つけることができた個体だけだった。
「これ、ウサギか?」
イーサンが恐る恐るその生き物の耳をつかんで確かめた。ウサギに似た長い耳をしているけれど、恐ろしく鋭い牙を持つ変な生き物だった。
「まぁ、なんだっていいさ。行こう。行って調理しないと」
水の代わりになる雪もある。ウサギ鍋か。俺は足を速めた。
あたりに霧が立ち込めている。
「イーサン?」
大丈夫だ。イーサンの手は暖かい。姿が見えないほどの濃霧でも、俺には彼がいるとわかる。
「ランス」
イーサンが手を握り返してきた。
少しずつ、霧が薄れていく。この前結界から追い出された時とは逆の現象だ。
俺たちは森の中にいた。どこかで聞いたこともない鳥が鳴いている。背の高い木が周りに生えていて、それでもどこからか光が差し込んでくる。
周りを見回したけれど、いるはずの王子はいなかった。
「結界の中か?」
俺はイーサンが消えてしまうことを恐れながらもゆっくり手を離した。
「たぶん」
イーサンも周りも見まわす。
「前もこんな森の中だったよ」
「俺は洞窟だったな」
俺は様子を探るために、あたりを観察した。精霊を呼び出そうとしたが、現れる気配もない。
別の力が働いている、そういえばそんなことを王子が言っていた。
「アーサー殿下は、どこかな?」
「さぁ。歩いていれば会えるかもしれないぞ。前もそうだったからな」
こんなところにいても何にもならないので、俺たちは歩き始めた。
「気をつけたほうがいい。前々回はこういう森の中で、魔物に追いかけまわされたんだよ」
イーサンが警告する。
「それは困るな。武器は、これしかない」
俺は目印をつけるのに使っている短剣を振りかざした。
「よくそんなものを持ち込めたな」
「女の衣装を着ていた時から持っていたぞ。他にも、いろいろと……」
俺は隠しから様々な道具を取り出した。
「ほら、この野営道具とか……持ってきて正解だっただろ」
「君は……こんなところで野営する気満々なんだな」
イーサンはため息をつく。
「もちろん、お前も持ってきているよな。食料とか、水とか」
「ないよ。そんなもの、持ってきてない」
そんな大切なものを忘れてくるなんて。俺はきれいな紙で包まれた飴をイーサンに渡す。
「これ、食べとけ。気分がよくなるぞ」
「君、こんなものまで持ってきているのか?……これ、舞踏会の会場にあった飴じゃないか」
「まだたくさんあるから、欲しかったらいってくれ」
俺が手のひら一杯の飴を見せると、イーサンはあきれた顔をする。
「あの状況で、盗ってくるとは。食べ物に対する執念は相変わらずだな」
ふん、食べ物がない状況を経験したことがないからそんなことをいうのだ。
俺は自分でも飴を一つ口に入れた。この甘さがこんなイライラも溶かしてくれる。
森は静かだった。どこまでも背の高い木が生えて、ところどころに低木が顔をのぞかせている。光がどこからともなく差してきて、薄暗いはずの森は奇妙な明かりに包まれていた。足元に生えている苔は柔らかく、それでいて湿り気は感じない。
そういえば、前に送られた洞窟も変な場所だった。ぼんやりと光を放つ植物を思い出した。
「なぁ、さっきの話だけど」
イーサンが切り出した。
「僕達はどうすればいいのかな」
「そうだなぁ」俺は考える。「とにかく、例の岩山まで行くしかないだろ」
王子が目指したのは、あそこだ。前回、行きたくないといっていたあの場所。
イーサンはうつむいて考えている。
「あのさ、その精霊になる人を選ぶという、あれ……もし、僕が選ばれたら……」
「ないだろ」
俺は即断する。
「君が選ばれたら……」
「もっとないね」
俺は帝国の人間じゃぁない。俺なんかを精霊に選んだら、北の戦士たちに王位を渡してしまうぞ。そんな危ない奴を選ぶわけがない。
「なぁ、もし……」
「ありえないことは考えないほうがいいぞ。イーサン」
俺はそう忠告する。
「ありえないって、どうしてそう断言するんだ?」
「どうしてって、なぁ」
俺は言葉を考える。
「なんとなくだ。俺はあまり考えるのが得意ではないから、ぐるぐると考えているとすぐに躓いてしまいそうになるんだ。だから、やめた。お前のほうがいろいろ考える余裕があるけれど、転んでしまうぞ。こんなところで、転んだら大けがをするだろ。おっと」
俺は氷で足を滑らせかけた。あれ?氷?
目の前に雪原が広がっていた。後ろを振り返ると、森だ。
「なんだ、これは」
俺たちは前を見たり、振り返ったりを繰り返した。
「変なところだな」
「そういえば、こういう無茶苦茶な場所だったな」
俺たちは境界で立ち止まる。
「……どうしよう」
「どうしようって、進むしかないだろう」
俺は雪原の向こうにそそり立つ山をさした。
「え、あそこまで行くのか?」
イーサンは顔をしかめる。
「とにかく、行こう。動かないと、寒い」
気温が一気に低くなっていた。風も強い。それに雪が混じってきた。
「たどり着く前に、凍死しそうだ」
イーサンが寒さで身を縮める。
「どこかでこの雪がやむまで待つぞ」
俺はなんとか雪と風を避けられそうな場所を探した。こんなところに都合よく洞窟などあるわけない。そう思ったときに目の前に洞窟らしい場所を発見した。
「なんだ? ここは。思えば現れるのか。それなら……」
俺は懸命に願った。
暖かい草原……歩きやすい平原
……草がさわさわとしておいしそうな肉が……違った、ウサギが……
「うわ」
イーサンが悲鳴を上げる。なにかが飛びあがるようにしてイーサンに襲い掛かる。小動物か。
俺の足にもまとわりついてきたので、思い切り蹴飛ばしてやった。
「イーサン」
俺は小刀を振り回して、そいつらを撃退した。
「なんだ、こいつら」
小さな生き物がこちらをにらんでいた。
ウサギ? なんでウサギが俺たちを襲うんだ?
だが、それよりも……
「イーサン、大丈夫か?」
「ああ、驚いただけだ。この生き物は?」
「……殺そう。肉だ」
そう、この状況だ。食料の確保は重要だ。向こうから出向いてきたのだったら好都合だ。
「獲るぞ」
俺の気合で怯えさせてしまったのか、結局捕まえたのは最初に蹴飛ばした一体とたまたま小刀で深く傷つけることができた個体だけだった。
「これ、ウサギか?」
イーサンが恐る恐るその生き物の耳をつかんで確かめた。ウサギに似た長い耳をしているけれど、恐ろしく鋭い牙を持つ変な生き物だった。
「まぁ、なんだっていいさ。行こう。行って調理しないと」
水の代わりになる雪もある。ウサギ鍋か。俺は足を速めた。
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