魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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決意

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 雪山は消えていた。あれだけ積もっていた雪も、氷も、どこかに消えていた。
 目の前にそびえるのは以前も見た赤い岩山だ。あの上りにくい山再び。いささかげんなりした。

 俺はこの前の洞窟を探してみた。前と同じ場所なら、あの洞窟もどこかにあるはずなのだ。だが、入り口はどこにも見当たらなかった。

「前と同じ場所でしょうか」
 そういうと、王子はうなずいた。

「少し違うけれどな。この前のときには洞窟があった。そして、その前の時にはこのあたりには魔獣が群れていた。上るのは決死の覚悟だったよ」

 今、俺たちの周りに群れているのは同じ学園の生徒たちだった。皆、礼服を着たままこの空間に招かれたらしい。それぞれの家門を表す印を身に着け、場違いな宝飾品が輝いていた。上品に仕立てられた衣装は舞踏会の場にこそふさわしい。山登りには向いていない服装だ。

「殿下、アーサー様」
 上から急いで降りてきたハートマットが近づいてきた。

「いったいこれは? フェリクス様の一派が我々を拘束しようとするのですが、何が起きているのですか?」

「フェリクスたちは何と言っている?」

「我々の中から、精霊になるものを選ばなければならないと。それは派閥にかかわらず、忠誠に厚いものが選ばれるのだと。私も名乗り出ようかと思いました。ただ、彼らのやり方が」
 周りのものと顔を見合わせてうなずく。
「あまりにも強引で」

「ただ、もし殿下がお望みであれば……」

「そんなものは望まない」
 第一王子ははっきりとそう宣言した。

「ここにいる誰もそんなことをする必要はない。フェリクスは誤解しているのだ」
 第一王子は不安そうに集まってきた支持者に説明をする。
「彼らは誤った説明を下級の神官から受けた。それが、本来の教義とかけ離れているということを私は大神官様に確認を取ってきた。彼らのいうことはまやかしだ」

「それでは、その、血をささげる人が必要という話は……」

「そんなものは必要ない。それは精霊が最も嫌うものだ」
 そう王子が言い切ると、周りのものはほっとした表情を浮かべた。

「誰が流したのかは知らないが、いい加減な噂を信じないように。精霊は血を嫌う。くれぐれも互いに血を流すような真似はするな」

 あっという間に空気が変わった。そこにいたものたちが安堵し、互いの信頼を強めたのがすぐにわかった。

「それでは、これから殿下は何を?」

「私は山に登る」
 王子は短く宣言した。
「それが、この誤解に終止符と打つただ一つの方法であると、信じている。力を貸してほしい。耳あるものにこの話を語り、耳を閉ざしているものには道を開けてもらう。繰り返すが、けして血は流すな。それは偉大な精霊の御心に背く行為だ」

「それでは、いよいよ……」

 第一王子派の生徒の顔が喜びに輝いていた。彼らの主が決断を下したのだ。彼らが望んでいたように。ただ一人、王子本人の顔は変わらない。

「……君たちは?」
 王子は何か言いたそうに俺たちを見た。

「最後までお供しますよ。乗り掛かった舟、ってやつですか?」
 俺とイーサンは顔を見合わせて、うなずいた。

「ハーシェルとデリンがわが王子の側につくとは、心強いな」

 何人かが笑顔で握手を求めてきた。第一王子を支持するというわけではないのだが。いや、これは支持しているというべきなのかな。この前まで、さんざん俺の陰口をたたいてきた連中にこんなことをされても複雑な気分だ。

 俺たちは山を登る。
 途中で、何人かの中立派だったらしい生徒と出会った。彼らは情報もなく途方に暮れているようだった。そんな連中は自分の命を脅かされることがないと知って、心底ほっとしているようだった。第二王子派はいったい何を吹聴して歩いているのだろう。

 しばらくするとまた湖が現れた。崖の下にどこまでも広がる湖だ。それまで水の気配すらなかったのに、見渡す限り水が広がっている。はるか遠くに海という大きな湖があるという話を聞いたことがある。ひょっとすると、これが海というものなのだろうか。ずっと果てまで水だらけで、先が見えない。

 俺たちの山登りに妨害はなかった。だが、フェリクス王子側は王の椅子代わりの岩のだいぶ手前で俺たちが来るのを待ち構えていた。

「兄上もおいででしたか」
 フェリクス王子はいつもの冷たい笑いでアーサー王子を出迎えた。
「このようなところで儀式が始まるとは。まだ時間があると思っていたのですけれどね」

「私が大神官様に頼んだ」
 アーサーははっきりとそういった。
「我らが過ちを犯す前に、止めなければならないと思ったからだ」

「過ちとは何ですか? 例えば、そこにいる偽物が儀式に参加していることとか?」
 急に矛先がこちらに向いてきた。いきなり複数の憎悪を向けられて、さすがに俺もたじろぐ。

「彼はデリンの血を引くもの、儀式の適格者だ。この儀式に適格者以外が参加することはないとわかっているだろうに」

「それでは、なんですか? 何がご不満で我らをこのような場所に呼んだというのですか?」

「フェリクス、父上と大神官補様が話されたことには誤解がある。依り代を選ぶのは人ではない。精霊の力、そのものが次の代を選ぶのだ。私たちがそれぞれの思惑で選んでも、それは人の浅慮にすぎない」

 フェリクス王子は笑った。

「それは貴方の優しさの表れでしょうか。これ以上お味方に負担をかけたくないという。それとも、兄上。貴方の味方に忠誠心の足らぬものが多いからですか?」

 フェリクスは後ろを振り返った。

「私には私にために依り代になると名乗り出てくれるものはたくさんいる。そうだな、カリアス」

 フェリクスのすぐ後ろにカリアスは立っていた。彼は真っ青な顔をしたままうなずいた。緊張で膝が震えているのが、離れたここからでもわかる。

「……た、魂と血を……」差し出します、そういうように唇が震えた。

「彼だけではない。他にも何人も私のために依り代になると名乗り出てくれたものがいる」

「そんなことなら、私だって……」
 ハートマットが怒りに震える声で名乗り出た。

「やめろ。無駄だ」
 アーサー王子が即座に制止した。
「フェリクス、精霊はこのようなことを望んではいない」

「兄上は精霊が何を望んでいるのかご存じだというのか? 我らは言われたとおりのことをやった。山に登り、聖なる座を試してみた。でも、何も起こらなかったではないか。大神官のいう儀式はそれこそ無駄なものだ。父上はこの儀式が依り代を選ぶものだといわれた。だから、試してみようとしている」

「だから、それが間違っているといっている。過去に何度も繰り返されてきた過ちをまた行うつもりなのか?」

 第二王子は不思議な笑いを浮かべた。

「外で暴れられるよりはましでしょう。先ほどの騒ぎを兄上も見ていたはずだ。我々の思惑の外で、争っているものたちがいる。それぞれを思わくをもって支持しているものたち、それの様子見をしているものたち、彼らは優雅な舞を踊りながらも己の利益を追求している。早く決めなければならないのですよ」

「フェリクス。繰り返すが、だからといって我々が選ぶものではないのだ。我々のすることはそんなことではないだろう」
 第一王子は言葉を選びながら話す。

「それでは、何をなせというのか。兄上こそ、そこの裏切り者などを引き連れて何をなさるおつもりか?」

「フェリクス。私は前にできなかったことをしようと思う。私はこの山を登る。山を登って精霊に問うとみる。弱い私でもここにいる資格があるかどうかを」

「やはり、それが本音ではないか」第二王子は冷笑した。「口では私は王位を望んでいないといいながら。あなたは、いつもそうだ。表ではいいことをいいながら、裏では工作をする。そこのデリンを寝返らせたように」

「関係ないだろう? 裏切りとか何とか」
 俺はたまらなくなって、口をはさんだ。
「あんたこそなんだよ。いい加減に気づけよ。そもそも……」

 目の端でカリアスと何人かの生徒が山を登り始めるのが見えた。

「まてよ。話が終わっていないだろう」

「我々は、我々の儀式を続ける」
 第二王子はそういって、俺たちに背を向ける。

 俺が前に出ると、その行方を遮るように他の生徒たちが間に入ってくる。

「殿下」
 イーサンが尋ねるように第一王子に呼び掛けた。

「血を流すな」
 第一王子は短く返事をする。
 待っていました。俺は腕を鳴らして、標的を見定める。

「おいおい、やりすぎるなよ」
 そういいながらも、イーサンは棒を拾い上げて、ぐるぐるとまわして使い心地を試しているみたいだった。

「こ、ここは通さないぞ」
 そう言って儀式用の剣を抜こうとしている生徒のところへ俺は踏み込む。あっさりと間合いに入ることができた。楽勝だ。

「お、お前……」
「寝てろよ」
 ちょっと当たったくらいでよろけるとは。鍛錬がなっていないな。

「この先はどうなっているんだ?」
 俺は棒を振り回しているイーサンに声をかけた。

「しばらく坂が続く。そのあと広場だ。周りをぐるりと石が囲んでいる」

「そこが、例の王の椅子とかいう岩のある所か? そこまで行けばいいわけだな」

「いや、そこから先にも坂道が……」

「結局どこまでも坂道なのかい」

 上り路は険しく、一方は切り立った崖になっていた。その下に青々とした水面が見える。
 道は狭く、一人づつ道をふさがれると進みにくいことこの上ない。正直10人相手をしても勝てる相手なのだけど。

 俺が素手で戦っているというのに、イーサンは棒を使っている。長さがある分、絶対楽なのだ。

「イーサン、どこでその棒を手に入れたんだよ。俺にも貸せ」

「やだよ。君も拾って使えばいいだろう?」

「こんな、岩山のどこに棒が落ちて……」

 うん、俺が馬鹿だった。そんなもの、敵から奪えばいいだけだ。怪我させないことを優先しすぎたんだ。

 俺は次の生徒が持っていた槍のようなものを奪った。槍というよりも杖だろうか。なにかの魔道具だったのだろうけれど、この結界の中では効果を発揮しない。
 魔法を気にしなくていい戦闘は楽しいな。いつもこれなら、俺たち戦士が圧勝できるんだけどな。

 やはり長い武器は効率がよかった。思わず鼻歌が漏れてしまう。

「何、歌っているんだよ、こんな時に」
 側で戦うイーサンが不快そうに顔をしかめた。

「戦士は歌いながら戦うんだぞ。これで平常だ」

 本当の命をかけた戦いのときはもっと大声で歌う予定だ。今回は、殺すなといわれているから鼻歌程度ですむんだぞ。

「そんなに楽しそうに戦うなんて」

「楽しいだろう? 戦場にいることは、誉だぞ」
 俺はそうイーサンにいう。
「なぁ、いつか本物の戦場に行こう。そこで一緒に歌いながら戦う、いいと思わないか」

「また、そんなことを……危ない」
 横から飛び出してきた男をイーサンが棒で思い切り薙ぎ払った。

 歌いながら戦うのは本当に気分がいいのに。イーサンも一度、北の戦士たちとともに戦うべきだ。俺はそう思う。だって彼は剣の申し子のような使い手だから。

 イーサンの武器の使い方は優雅で無駄がない。それを見ていると俺ももっと修練を積まなければと思えてくる。次はもっと的確に相手を無力化して…

 次の相手を湖に叩き落そうとして、後ろから来たハートマットににらまれた。

「何をしているんですか?相手を殺すつもりですか」

 水に落ちたくらいでは死なない、と言いかけて帝国民が軟弱だったことを思い出す。

「これだから野蛮人は……」
 思い切りため息をつかれた。……野蛮人って、ばれた?

「なぁ、イーサン、ハートマットも……」
 俺が小声で話しかけるとイーサンは小さく首を振る。

「今さら、気にするなよ。それよりも、前、だろ」
 飛び出してきた生徒をイーサンは正確な突きでうずくまらせる。

「イーサン……お前こそ、気を付けたほうが……」

「僕はちゃんと急所を外しているから」
 さらりと言われた。


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