魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記

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想い

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 大きな岩を回り込むと、そこは広い岩場になっていた。遠景の運動場のような場所だと思った。ここが、例の王座の岩とやらがあるところなのだろうか。それらしきものはどこにもない。

「王の岩は?」

「あれはもう一段上だ」
 いわれてみれば、岩の間にさらに上る道が見える。

「急ぎましょう、殿下」
 ハートマットが俺たちを追い越すようにして遠景の広場に足を踏み入れようとした。

「待って」
 本能的にハートマットの襟首をつかんで引き倒した。
 足元が光る。まるで儀式のときのような光だった。

「な?」
 俺たちは炎上に広がる光の外に飛びのいた。

 円形の広場の中央にフェリクスとその取り巻きたちがいた。その中の一人が膝をついていた。片手に短剣を握り、もう片方の手をだらりと下げている。

「な、何やってるんだよ」

 デキウスだった。彼の血が垂れた地面から光が円を描くように広がっていく。なんだ?光が何かの文字を描いているようにも見える。

 デキウスは黙ってその隣にいたカリウスの手に短剣を渡した。離れてみても明らかにふるえている手でカリアスは短剣を受け取る。

「やめろって」

 俺は光の縁の中に飛び込んだ。飛び込んで、しまったと思った。光っているのは砂でそれがまとわりついて、前に進みにくい。
 俺が慌てている間に、イーサンが先ほどの棒を投げた。棒はカリアスのそばに落ちて、驚いたカリアスは短剣を取り落とした。
 その間に俺はこぐようにして、彼らに近付く。

 デキウスは俺に殴りかかってきた。なんだろう、向こうは何もなかったように動いているのに、こっちの足がとられるとか。それでも負ける気はしないけれど。
 一発で先輩が地面に沈むと、光が消えて砂の流れが緩くなった。
 俺は短剣を明後日の方角に蹴った。

「カリアス、何をしてるんだよ」
 俺は震えてうずくまっているカリアスのところへ行ってしゃがみ込む。怪我はしていないな。

「邪魔をするな、偽物」
 見上げると、フェリクスが俺をにらんでいた。
「これは神聖なる儀式だぞ」

 どこが、と言おうとして砂が口に入ってしまった。再び砂が動き始め俺とカリアスの間に壁ができる。

「彼は血をささげることに同意した」

「こんなに怯えているのに、どこが同意なんだよ」
 俺は立ち上がって第二王子をにらみ返す。

「君、待ってろ」
 後ろでアーサー王子とハートマットがこちらに近付こうとする気配を感じた。

「いってください。早く」
 俺はアーサー王子に声をかける。
「ここは俺たちが何とかしますから」

「わかった」

 横目でアーサー王子が階段に向かうのが見えた。それを追って、霧のような何かが移動する。

「やめろよ」
 俺は渦巻く砂に押されながら、フェリクスのほうに近付いた。

「見ろ。偽物。やはり、これが精霊を呼ぶ方法だったのだ」
 フェリクスは俺にすごんだ笑いを見せた。
「彼らのささげた忠誠が精霊を呼ぶ力になる」

 イーサンが倒れたデキウスとうつむいているカリアスのところに行くのが見えた。俺はフェリクスの気をそらすために言葉をかける。

「無駄だ。そんなことをしても守護精霊は呼べない。それはただの魔力の塊だ」
 口の中にまた砂が入った。俺はそれを吐き出す。

「フェリクス王子、あんたには精霊を呼び出すことはできない。どんなに血を流させても、彼らは依り代にはならない」

「そんなことはない。現にこうして魔法陣は起動している」

 砂が再び淡く光り始めていた。見ると、フェリクス自身の手首からも血が垂れている。早く止めなければ。俺の本能が警鐘を鳴らす。

「何の魔方陣だかしらないけれど、本当に意味がないんだ」
 何と言ったら説得できるだろう?
「なぜなら、すでに依り代は選ばれてしまっている……」

「嘘つき、じゃぁ、誰が依り代だって……」
「やめろ」
 カリアスとフェリクスの声がかぶった。

「偽物め、それ以上いうな」
 フェリクスは剣を抜いて俺に突き付けた。
「お前が、お前が現れたからこんなことになったのだろう。忌み子め。
 ラークなら、あの子がここにいたのなら、こんなことにはなっていなかった。何度も儀式が延期されたり、貴族たちが騒ぎ立てることもなかった。
 お前がいなければ」

 なめらかな攻撃だった。第二王子も剣がうまいというのは本当のことだった。俺のなんちゃって魔道具でどこまで防げるだろうか。
 激しい攻撃を繰り出しながら、王子は俺を呪っていた。

「ラークは……彼は……おまえさえいなければ」

 第二王子のラークに対する思いは攻撃と同じく重かった。それを愛と呼ぶべきなのか、執着というべきなのか、俺にはわからない。ただ、俺を悪者にしなければならないほど淀んでいる。

 前ならば、気持ち悪い、の一言で済ませていたかもしれない。今俺が感じているのは哀れみに似た何かだ。

 俺はラークの残したかった記憶を覗き見た。その中にはフェリクスの姿はなかった。ただの一場面たりとも。

 王子の血がしたたり落ちるたびに、魔力を含んだ砂が巻き上がる。

「やめろ、危ないから」
 落ちてしまう、そう思った。落ちる?

 俺はぞっとする。砂が巻き上がるのと同時に少しずつ岩が消えていた。先ほどまでは広いと思っていた岩棚はどんどん砂になって消え、俺たちが立っている場所が少しずつ狭くなっている。

「イーサン!」
 俺は叫んだ。
「岩が、なくなっている」

「わかっている」
 イーサンが必死で残された生徒たちをまだ残っている岩棚へ誘導している。

「フェリクス王子、もうやめろ」
 俺は王子の剣を避けながら、叫んだ。
「ここは危ない。岩が、消えかけている」

「お前など、消えてしまえばいい。お前がいるから、ラークが……」

「違う。ラークはもういな……」

「嘘だ」
 フェリクスの叫びとともに、岩棚の半分が崩れるように消えた。

 そうか。この砂はフェリクス王子の想いに反応しているんだ。それなら。

 俺は必死でここが草原であると思い込もうとした。あの時も、雪原ではなくて草原だと思ったのだ。そうしたら、ウサギが……

「馬鹿、ランス。やめろ」

 またあの奇妙なウサギが跳ねてきた。ウサギは、今度は俺たちに目もくれないで、岩の階段のほうに走って逃げた。
 駄目だ。俺の想像では止められない。王子のほうを止めないと。

 手加減をしている余裕はない。もう先ほどあった岩棚の半分が消えていた。まだデキウスは先ほどの場所で倒れていて、避難が間に合いそうにない。

 できるか、できないかはわからないが。
 俺は王子からなるべく距離を取った。彼の注意をそらさないと。
 リーフの魔道具を隠しから取り出す。正直、これが起動するとは思っていない。ただ王子の気をそらし、攻撃の速度を緩めさせることだけが目的だ。

「行け」

 俺はそれをフェリクス王子に向かって投げた。
 ごめん、リーフ。こんな使い方をして。それから、持っていた魔道具に意識を集中する。

「炎よ」
 炎を呼び出すのだ。フェリクスたちが精霊の力を使えているのだ。ならば、俺だって。
 杖から炎が噴き出した。アチチチチ……俺は杖から手を放してしまう。

「な」
 一瞬だけフェリクスの注意がそれた。次の瞬間、魔道具が光った。あの水盤が光った時のように。

 まぶしい光に俺まで目をやられそうになる。
 そのまま、王子に向かって突進をしてあの時のように王子を殴りつけた。うまく当たったかどうかはわからない。でも手ごたえはあった。王子の手から、剣が落ちて後ろ向きに倒れる。

 やったか?

 悲鳴が上がった。

「何をするんだよ」
 いきなり、横から突進されて俺は吹っ飛ばされた。

 カリアス? 
 金髪の少年が死角から俺に体当たりしてきたのだ。

 不意打ちされて、俺はよろよろと後ずさり……

 ふわりと体が宙に浮く。まずい、このあたりの岩は砂に代わっていたのだ。
 俺は手を必死で伸ばして、硬い岩を探した。

 かろうじて、指先が岩棚にかかる。

「殿下、フェリクス殿下」
 カリアスの叫び声が響いていた。

 俺は宙づりになって下を見た。下はどこまでも広がる水だった。俺のしがみついている岩の下はすべて砂に代わって、さらに奥の岩まで光りながら下に崩れ落ちていた。

「ランス!」
 俺の手をイーサンがつかんだ。必死の表情で俺の体を引き上げようとする。だが、その足元の岩も徐々に砂に変わりつつあった。

 一瞬頭の中を俺ではない何かがよぎった。

 ラーク……彼は必死で腕をつかんでいた。でも、後ろからは魔獣が……
 駄目だ。このままでは。手に持ったままの短剣で、彼の腕を突き刺した。彼の手が離れる。
 痛みと驚きで、叫んだ顔が……その顔に微笑み返す。どうか、ご無事で……

 イーサンと俺の目が合った。

「イーサン、俺は泳げる」
 信じてくれ、相棒。

 イーサンが手を離した。
 体が宙に浮く。飛び込みの体勢を取らなければ。うまく着水を……

 しまった。着水した瞬間、俺は自分の判断を呪った。
 これは水ではない。
 もっと粘着する何かに俺は飲み込まれた。

 馬鹿だった。ここは変な場所だ。見た目の常識など通用しない世界だとわかっていたのに。

 俺はもがいた。
 水面に浮かびあがろうとしても、体が重い。俺は透明なゼリーの中に閉じ込められたような気分になる。かいても、かいても、浮き上がれない。まさか、この中で窒息死?

 頭が白くなったとき、なにかものすごい力が俺を上に引っ張り上げた。
 ゼリーの海から息のできる場所へ。

 空中に引っ張り上げられて、俺は大きく息をした。

 俺の肩をつかんでいるのは大きな鳥の足だった。見上げるとふわふわとした白い羽が見えた。鳥は俺をつかんで、水中から飛び上がると一気に上昇し、羽を広げて旋回した。
 下のほうに崩れかけた岩棚と、その上にいる人影が見えた。イーサンとフェリクス王子にカリアス。俺のほかにゼリーに落ちた人間はいないようだ。

 爪が食い込んで痛いとかそんなことを感じる前に、鳥は俺を下のほうの岩棚に連れていく。

 見覚えのある岩の上に俺を落とすと、鳥は翼をたたんで俺の前の岩に止まった。
 赤い瞳が俺を観察している。

「やぁ」
 俺はびしょ濡れのまま、挨拶をした。
「ありがとう。いつも助けてくれて」

 鳥は首をかしげて、俺を見た。きれいな赤い目だと思った。

「これ、返すよ。おまえのだろ」

 俺は記憶石を取りだして、鳥の首にかけた。
  鳥はおとなしく、されるがままになっていた。

 衝動に駆られて俺は手を伸ばして、人の肩を抱くように鳥を抱いてみた。ひょっとしたら、という淡い希望を抱いて。
 しかし、そこにいるのは鳥で、触れるのは人の皮膚ではなく柔らかな羽だった。人の体温よりも高い鳥のぬくもりが悲しかった。

「本当にありがとう」もう一度声をかける。
 瞬間、鳥がびくりと体を震わせて、背後に首を回した。まるで、なにかを窺うように岩山のほうを見ている。
 俺はゆっくりと抱擁を解いて、鳥から離れて後ろに下がった。

「行けよ。主のところへ」

 鳥はもう一度首をかしげて、ふわりと飛び立った。そのまま、岩棚の先へ飛んでいく。

「さようなら、兄弟」
 俺は岩山に向かって飛んでいく、その白い姿を見送った。
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