猫と幼なじみ

鏡野ゆう

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ある年のGW

第三十三話 ある年のGW 6

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「まこっちゃん?」

 気がついたら、修ちゃんが心配そうな顔をして、私の顔をのぞきこんでいた。

「……あれ?」
「あれ?じゃないよ。いくら五月だからって、窓を開けっぱなしで寝てたら風邪ひくぞ?」

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。外はまだなんとなく夕焼け空だ。ということは、そこまで遅い時間ではないはず。枕がわりにしていた修ちゃんのパジャマを横に置いて、体を起こした。

「いたたたた、体がパキパキいってる……」
「ちゃんとベッドで寝ないからだろ?」

 私が寝ていたのはベッドの横。そこで、タオルケットを敷布団がわりにして寝ていたのだ。

「だって、うっかり落ちたら困ると思って」
「まあ、寝相の悪さを考えてそこにした判断はほめてあげるよ。たけど、それならもうちょっと、敷布団らしいものを敷いて寝るべきだったな」
面目次第めんもくしだいもございません……」

 それは後悔している。面倒くさがらずに、ベッドからマットレスをおろせば良かった。

「でもどうして昼寝なんか? 気分でも悪いとか?」
「頭が痛くてね」
「風邪? それとも女の子の日が近いとか?」

 修ちゃんは、こういうところは意外とはっきり聞いてくる人だった。

「ううん、そうじゃなくて、お日様に当たりすぎて、頭が痛くなったみたい」
「日射病? ……もしかして、駅まで歩いた?」
「当たり。最初は、バスに乗ろうと思ってたんだよ? なのに信じられないよ、一時間に二本しかないんだもん、バス。昼間で市役所前なのになんなの、あの本数。ちょっとこの街の市バスって、おかしくない?」

 私の言葉に修ちゃんが笑う。

「笑いごとじゃないよー。市役所から駅に行くバスなんだよ? なんであんなに走ってないの? このへんに住んでいる人達って、みんな、どうやって移動してるの? 車? 自転車?」
「だから言ったろ? 観光都市と同じに考えたら駄目だって。それで? どこからどこまで歩いたって?」
「遊覧船のとこから、駅向こうのショッピングモールまでと、そこからここまで」
「往復かよ」

 あきれた顔をした。

「カンカン照りの中、歩いて往復したのか」
「だって、駅からのバスもなかったんだもん」
「バスがないなら、駅からタクシーに乗れば良かったじゃないか。タクシー乗り場は、バス停のすぐ横にあるんだから」

 タクシー乗り場はバス乗り場のすぐ横で、私がバスの時刻表を見ている時も、タクシーは何台かとまっていた。だけど、バスで二停留所しかない距離を、タクシーを使って移動するのが非常にもったいない気がしたのだ。

「でも、タクシー代がもったいなくてさあ……」
「もったいないより、自分の体調だろ? それで頭が痛くなって薬を飲んだら、なんにもならないじゃないか」
「そうなんだけどさあ……」

 こういう時の、お説教モードな修ちゃんは苦手だ。

「それで薬は? 置き薬、どこにあるかわかった?」
「持ってきたのを飲んだから」
「そっか。なら良いんだけど。いま飲んでる薬ってどんなやつ?」

 そう質問されて、ポーチの中に入れてあった薬の箱を渡す。どうして修ちゃんがそんなことを知りたがるかというと、次に私が来た時用に、その薬を買っておくためなんだとか。

「あ、ごめんね。ご飯の用意、すぐするから」
「体調が良くないなら、別に無理して作らなくても良いよ。俺だって料理できるんだからさ」
「それはわかってるんだけどさ。せっかく、かつおと薬味を買ってきたし、タタキ、作るよ」
「タタキ?」
「うん」

 その単語を聞いた修ちゃんが、うれしそうな顔をした。自分が生まれ育った地元の料理なのだ、食べたくないわけがない。たまたま美味しそうだったから買ってみたんだけれど、やっぱりこれにして良かった。

「で、作るってどういうこと?」
「サクごと買ってきたんだよ、かつお。タタキにするなら、やっぱり自分で焼かなくちゃ。修ちゃん、焼く?」
「やる。着替えてくるから、ちょっと待ってて」
「うん」

 冷蔵庫からかつおを出して、血合いの部分を切り分けていると、着替えた修ちゃんが嬉しそうに台所に入ってきた。もしかして、タタキを食べるのは久しぶりなんだろうか?

「ねえ、もしかして、こんなに海が近いのに全然食べてないの? ここじゃなくて、もう一駅向こうにいったところに、お魚がたくさん売ってるところもあったよね? あそこなんて、おいしいかつおがありそうなのに」
「日本海でかつおはそんなにあがらないんだよ。迷いがつおって言われるぐらいでね」
「そうなの?」
「うん。そりゃあスーパーに行けばタタキぐらい売ってるけど、わざわざ買うのもなんだかなって感じでね」
「そっかー」

 その点だけは、修ちゃんなりにこだわりがあるようだ。いくら好きでも、サク単位では買えないものね……と、修ちゃんの言葉にうなづきながら、鉄串を取り出す。それを見て、修ちゃんが目を丸くした。

「ちょ、まこっちゃん、そんなの、どこから」
「え? だって、これがないとかつおをガスであぶれないでしょ?」
「いや、だからさ、それをどこで買ってきたのかって話だよ。そんなのうちになかったよな?」

 まさか引き出しに入っていた?と修ちゃんが首をかしげる。

「買ったんじゃなくてもらったの。かつおを買ったとこの魚屋さんと、鰹談義かつおだんぎで盛り上がってね。家でタタキを作るんですって話をしたら、じゃあこれが必要だろって。元々ははもかば焼きが刺さってたやつなんだよ、これ。たくさんあるから持っていけって」
「まったく、まこっちゃんときたら……」
「先っぽが丸くなってるから、それほど危なくないんだよ、これ」
「そういうことじゃなくて」

 どうしてそんな、あきれきった顔をするのか謎だ。鉄串がなければ、鰹をガスで炙《あぶ》るのは難しい。フライパンでも焼けないことはないけれど、それじゃあタタキではない気がするし。

「なによう」
「とにかく焼くから、それ渡して」

 鉄串を渡せと、手を差し出した。

「もらってきたらダメだった? 2本ぐらいなら菜箸さいばしと一緒に、引き出しに入れておけるかなって思ったんだけど」
「別にダメとは言ってないだろ? これのお蔭でおいしく焼けるわけだしさ」
「だったらなんなの?」

 手慣れた様子で、鰹を串に刺していく修ちゃんの横で、薬味の準備を始める。

「なんていうかさ、まこっちゃんて買い物先でサービスしてもらうことが多いよなって。なんでそんなに、サービスされるだろうね?」
「特に意識したことないけど、同じ買い物をするなら、お互いに楽しいほうが良いじゃない?ってことじゃないの?」
「なるほどね」

 薬味の材料はショウガにミョウガ。修ちゃんは明日仕事だから、今日はニンニクはなし。

「まこっちゃんが商店街で買い物したら、とんでもないことになりそうだな」
「商店街? そんなとこあったっけ?」
「あるよ。たまに皆で飲みに行く店の近くに。あれ? 駅に行く時に、前を通らなかった?」

 そんなところあったかなと、頭の中で通った道を思い出してみる。お店が並んでいるところは通ったけれど、商店街って感じではなかった。もしかしたら、私が歩いていた歩道とは反対側にあったのかもしれない。明日にでも、もう一度、探検しに行ってみよう。

「ざんねーん、気がつかなかった。大きなスーパーってさ、なんでもそろうから便利なんだけど、ちょっと味気ないんだよ。お店の人とお話をしながらの買い物だと、旬のおいしいものを教えてくれたり調理方法を教えてくれたり、けっこう色々と役立つ情報がもらえるんだよ?」
「まこっちゃんって、本当にお婆ちゃんの影響が大だよな」

 それってどういうことだろう?

「それって、ババア臭いってこと?」
「ちがうちがう。お婆ちゃんがさ、個人商店で買い物して、いろんな人と仲良く話をしてるじゃないか。俺はそれはすごく良いことだと思ってるんだ。まこっちゃんがお婆ちゃん子で良かったと思ってるよ」
「そう? だったら、お婆ちゃんから教わった牛肉のしぐれ煮、帰るまでに作っておいてあげる」
「おお♪ できたら昆布の佃煮つくだにも作ってくれると嬉しいんだけどな……」

 帰るまでに作る、ちょっとしたご飯のお供リストがいろいろと増えそうな予感がする。修ちゃんと話し合って、ちゃんとお買い物をしてこなければ。

「はいはい。帰るまでに作ってほしいものがあるなら、きちんとリストを作っておいてよね。日持ちするものはたくさん作っておくから」
「言ってみるものだねえ。ところで、こっちの鍋は?」

 横によけてあったお鍋に修ちゃんが気づいた。

「ん? これはねえ」

 フタをあけて中を見せる。

「おお、ワカタケだ」
「もっとボリュームがあるものを作ったほうが、良いんじゃないかなって思ったんだけど、ぜんぜん思い浮かばなくて」

 いまさらだけど、ひたすら肉!肉!肉!のほうが良かったんだろうか?と心配になってきた。

「いやいや、久し振りにまこっちゃんのご飯が食べられるだけで幸せ」
「お肉ガッツリのほうが良くなかった?」
「ガッツリは艦内で食べるもので十分だよ。魚をこんなふうに食べることはめったにないからね。すごくうれしいよ」
「そんなこと言っても、もうなにも出ないよ」
「本当に?」

 なにやら期待している顔でこっちを見おろす。

「なにも出ませーん」
「本当に? 俺の予想だと、そうだなあ……かつおの他に、甘い物をまこっちゃんは買ってきてくれた気がするんだけどなあ……」
「え」

 どうしてそんなにカンが働くんだろう。もしかして、完全に行動パターンを読まれている?

「で?」
「だからあ……」
「ほらほら、さっさと白状してください」

 ボールにためた氷水の中にかつおを入れがら、楽しそうにこっちを見ている。

「……」
「ん? なんだって?」
「なにも言ってないよ」
「実はさ、白状するとね」

 ペーパータオルの上にかつおを置いた修ちゃんがニヤリと笑った。

「ここに入って来た時に、葉っぱのにおいがすっごいしてたんだよ」
「え……?」
「だからすぐにわかったんだ。まこっちゃん、柏餅かしわもちを買ってきたなって」
「えー?! 驚かそうと思ってたのに、全然ダメじゃん!!」
「そういうこと。あの葉っぱのにおいは強烈だね。よほど慎重に隠さないと、隠しようがない」

 もう、ガッカリだ。せっかく驚かせよう思っていたのに。

「もー……せっかく驚かせようと思ってたのになー……」
「驚くタイミングはまこっちゃんの計画とは違っていたかもしれないけど、わかった時はすごくうれしかったよ」
「ご飯の後だからね」
「もちろん」

 ガッカリだけど、修ちゃんが喜んでくれているから良いとするか……。
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