32 / 40
小話
第三十二話 安全運転は大切
しおりを挟む
「へえー……比叡って、丹波と同じ牧場にいたんですか」
当日は先輩が車を出してくれた。一人だったら電車で行く予定だったらしいが、私が同行することになったので、わざわざ車にしてくれたらしい。
「ああ。青山さんが面倒を見てくれていた馬なんだよ。うちはなぜか、青山さんが世話した馬とは相性が良くてね、ここ最近はずっとあそこからだ」
「てことは、音羽もですか?」
「そういうこと」
「同じ人にお世話されていても、ずいぶんと違うんですね」
大久保さんの手をムシャムシャしていた音羽の姿を思い出す。しかも来た当初は、水野さんや隊長がひどい目にあっているのだ。同じ牧場で、同じ人にお世話されていた馬同士とはとても思えない。
「まあ馬の元からの性格もあるから。こっちに来る前に、いろいろと覚えさせてくれるのは、俺達にとってはありがたいかな」
「あー、それわかります。丹波君、足の裏を見せるの、すごく上手ですし!」
「だろ? そういう細々としたことを、あっちにいる間に覚えさせてくれているんだ。そういうのも長い付き合いがあってこそだね」
きっとそれも経験の蓄積なんだろう。
「あ。じゃあ、次の子は少し心配ですね」
「ん?」
「だって、次の豆餅君は別の牧場の子でしょ? 青山さんみたいに、いろいろと事前準備をしてくれているとは限らないですよね?」
「まあ、可能性としてはあるかな。ただ最近はお客さんを乗せたりする牧場も多いし、基本的にお行儀が良い馬が多いよ」
「噛んだりむしったりする子もいますけどねー」
とにかく音羽は規格外なヤンチャ者だってことはわかった。そんなヤンチャ君を相棒にしている水野さんは、本当に偉い。
「ところで先輩」
「ん?」
「さっきから気になっていたんですけど、後ろの車、なにげにこっちを煽ってますよね」
バックミラーに視線を向ける。そこにうつっているのは後ろを走っている車。黒くて大きいやつだ。さっきからピッタリと後ろにつけている。たまに車間距離があいたと思ったら、スピードをあげて再びピタッとつけてくる。
「ああ、煽ってるね。でもこっちは法定速度で走っているわけだし、煽られる理由がさっぱりわからないな」
ミラーに視線を向けてから、すぐに前を見る。
「ああいうの、ムカつきませんか?」
「気にしてない。あっちも、さっさと追い越していけばいいんだ。ここは追い越し禁止の道路じゃないんだから。こっちが急ブレーキをかける事態になったら、あっちはどうするつもりなんだか」
先輩は穏やかな口調のままだ。
「けど、前に出られたら、それはそれできっと厄介ですよ? いきなり止まって、オラついてきたらどうするんですか」
「その時はその時かな。たとえムカついても、あくまでもここは安全運転だよ、馬越さん」
笑いながら首をかしげる。
「しかしこっちは追い越しを妨害していないのに、どうして先に行かないかな。ドライバーが未熟すぎて、追い越すタイミングがつかめないのか?」
ニコニコしながらも、なかなか辛辣だ。
「対向車線、車ほとんど来ないじゃないですか。あの人の目には、私達には見えない車でも見えてるんですかね?」
「それは怖いな。ま、しかたない。馬越さん、お茶でも買おうか」
そう言うと、見えてきたコンビニを指でさした。
「いいですね。ちょうど何か飲みたいと思ってました」
「俺は車で待ってるから、同じものを買ってくれるかな」
「了解です! 麦茶にしますけど良いですね?」
「それでかまわない」
車をコンビニの駐車場に入れると、後ろからぴったりとつけていた車は、そのまま走りすぎて行く。私が車から降りてお店に入ると、先輩が運転席から降りたのが見えた。
「どのお茶にしようかな」
最近は「お茶」商品が増えて選ぶのも一苦労だ。どれも同じ味だったら迷うこともないのだが、それぞれ少しずつ違うので本当に迷う。
「あ、これにしよ」
自分が一番気に入っている商品があったので、それを2本手に取るとレジに向かった。お会計をすませて店の外に出ると、先輩は誰かと電話で話している。私が出てきたのに気づくと、助手席をさした。先に乗っていてくれということらしい。しばらくすると、先輩が運転席に乗り込んだ。
「お待たせ」
「いえいえ。お茶、これで良かったですか?」
「ありがとう。いくらだった?」
「それぐらい良いですよ。今回は車も出してもらってますし」
「そう? だったら遠慮なくおごられておく」
一口飲むと、エンジンをかけて駐車場を出た。それからしばらく走っていると、道路脇に白バイと黒い車、その先にパトカーと小さな軽自動車が止まっているのが見えた。
「あ、同業者さんですよ。……ん? 今の車、さっきの車っぽくないですか?」
チラッと見ただけなので自信はないが、白バイの後ろに止まっていたのは、さっきと同じ車種だったように思う。
「ああ、やっぱり俺以外の車にもやったのか」
「へ?」
「さっきの車」
「ああ、やっぱりあの車でしたよね」
やはり自分の思い違いではなかった。
「いいタイミングで警察がいてくれましたよ。あんな状態だと、いつ事故になってもおかしくなかったですし」
「仕事が早くて感心した」
微妙に話がずれている気がして首をかしげる。
「どういうことです?」
「連絡しておいたんだ。煽り運転しているのがいるから、ちょっと気をつけておいてくれって」
「どこへ?」
「そりゃ警察に決まってるじゃないか」
そう言われ、コンビニの駐車場で先輩が電話をしていたのを思い出した。まさかあの時の電話が?
「あ、さっき電話してたのって」
「そういうこと」
「まさか、大久保さんじゃないですよね? さっきの白バイさん」
「さすがにあいつでも、ここまでは遠征できないと思う。所轄も違うしね」
先輩が笑った。ここは同じ府内でも隣の兵庫県に近い地域だ。大久保さんが普段どこを走っているのか知らないが、さすがにこのあたりの所轄署ではないらしい。
「そのわりには、騎馬隊にはしょっちゅう顔を出しますよね、あの人」
「だよねえ」
「休暇中ならともかく、いつも白バイで来るってことは、仕事中ですよね、あれ」
「隊長命令だって言い張ってるから、あれも公務なのかな」
「公務……」
思わず「信じられない」とつぶやいてしまった。
「もしかしたらあいつ、実は馬好きなのかも」
「えー……?」
ますます信じられない……。
当日は先輩が車を出してくれた。一人だったら電車で行く予定だったらしいが、私が同行することになったので、わざわざ車にしてくれたらしい。
「ああ。青山さんが面倒を見てくれていた馬なんだよ。うちはなぜか、青山さんが世話した馬とは相性が良くてね、ここ最近はずっとあそこからだ」
「てことは、音羽もですか?」
「そういうこと」
「同じ人にお世話されていても、ずいぶんと違うんですね」
大久保さんの手をムシャムシャしていた音羽の姿を思い出す。しかも来た当初は、水野さんや隊長がひどい目にあっているのだ。同じ牧場で、同じ人にお世話されていた馬同士とはとても思えない。
「まあ馬の元からの性格もあるから。こっちに来る前に、いろいろと覚えさせてくれるのは、俺達にとってはありがたいかな」
「あー、それわかります。丹波君、足の裏を見せるの、すごく上手ですし!」
「だろ? そういう細々としたことを、あっちにいる間に覚えさせてくれているんだ。そういうのも長い付き合いがあってこそだね」
きっとそれも経験の蓄積なんだろう。
「あ。じゃあ、次の子は少し心配ですね」
「ん?」
「だって、次の豆餅君は別の牧場の子でしょ? 青山さんみたいに、いろいろと事前準備をしてくれているとは限らないですよね?」
「まあ、可能性としてはあるかな。ただ最近はお客さんを乗せたりする牧場も多いし、基本的にお行儀が良い馬が多いよ」
「噛んだりむしったりする子もいますけどねー」
とにかく音羽は規格外なヤンチャ者だってことはわかった。そんなヤンチャ君を相棒にしている水野さんは、本当に偉い。
「ところで先輩」
「ん?」
「さっきから気になっていたんですけど、後ろの車、なにげにこっちを煽ってますよね」
バックミラーに視線を向ける。そこにうつっているのは後ろを走っている車。黒くて大きいやつだ。さっきからピッタリと後ろにつけている。たまに車間距離があいたと思ったら、スピードをあげて再びピタッとつけてくる。
「ああ、煽ってるね。でもこっちは法定速度で走っているわけだし、煽られる理由がさっぱりわからないな」
ミラーに視線を向けてから、すぐに前を見る。
「ああいうの、ムカつきませんか?」
「気にしてない。あっちも、さっさと追い越していけばいいんだ。ここは追い越し禁止の道路じゃないんだから。こっちが急ブレーキをかける事態になったら、あっちはどうするつもりなんだか」
先輩は穏やかな口調のままだ。
「けど、前に出られたら、それはそれできっと厄介ですよ? いきなり止まって、オラついてきたらどうするんですか」
「その時はその時かな。たとえムカついても、あくまでもここは安全運転だよ、馬越さん」
笑いながら首をかしげる。
「しかしこっちは追い越しを妨害していないのに、どうして先に行かないかな。ドライバーが未熟すぎて、追い越すタイミングがつかめないのか?」
ニコニコしながらも、なかなか辛辣だ。
「対向車線、車ほとんど来ないじゃないですか。あの人の目には、私達には見えない車でも見えてるんですかね?」
「それは怖いな。ま、しかたない。馬越さん、お茶でも買おうか」
そう言うと、見えてきたコンビニを指でさした。
「いいですね。ちょうど何か飲みたいと思ってました」
「俺は車で待ってるから、同じものを買ってくれるかな」
「了解です! 麦茶にしますけど良いですね?」
「それでかまわない」
車をコンビニの駐車場に入れると、後ろからぴったりとつけていた車は、そのまま走りすぎて行く。私が車から降りてお店に入ると、先輩が運転席から降りたのが見えた。
「どのお茶にしようかな」
最近は「お茶」商品が増えて選ぶのも一苦労だ。どれも同じ味だったら迷うこともないのだが、それぞれ少しずつ違うので本当に迷う。
「あ、これにしよ」
自分が一番気に入っている商品があったので、それを2本手に取るとレジに向かった。お会計をすませて店の外に出ると、先輩は誰かと電話で話している。私が出てきたのに気づくと、助手席をさした。先に乗っていてくれということらしい。しばらくすると、先輩が運転席に乗り込んだ。
「お待たせ」
「いえいえ。お茶、これで良かったですか?」
「ありがとう。いくらだった?」
「それぐらい良いですよ。今回は車も出してもらってますし」
「そう? だったら遠慮なくおごられておく」
一口飲むと、エンジンをかけて駐車場を出た。それからしばらく走っていると、道路脇に白バイと黒い車、その先にパトカーと小さな軽自動車が止まっているのが見えた。
「あ、同業者さんですよ。……ん? 今の車、さっきの車っぽくないですか?」
チラッと見ただけなので自信はないが、白バイの後ろに止まっていたのは、さっきと同じ車種だったように思う。
「ああ、やっぱり俺以外の車にもやったのか」
「へ?」
「さっきの車」
「ああ、やっぱりあの車でしたよね」
やはり自分の思い違いではなかった。
「いいタイミングで警察がいてくれましたよ。あんな状態だと、いつ事故になってもおかしくなかったですし」
「仕事が早くて感心した」
微妙に話がずれている気がして首をかしげる。
「どういうことです?」
「連絡しておいたんだ。煽り運転しているのがいるから、ちょっと気をつけておいてくれって」
「どこへ?」
「そりゃ警察に決まってるじゃないか」
そう言われ、コンビニの駐車場で先輩が電話をしていたのを思い出した。まさかあの時の電話が?
「あ、さっき電話してたのって」
「そういうこと」
「まさか、大久保さんじゃないですよね? さっきの白バイさん」
「さすがにあいつでも、ここまでは遠征できないと思う。所轄も違うしね」
先輩が笑った。ここは同じ府内でも隣の兵庫県に近い地域だ。大久保さんが普段どこを走っているのか知らないが、さすがにこのあたりの所轄署ではないらしい。
「そのわりには、騎馬隊にはしょっちゅう顔を出しますよね、あの人」
「だよねえ」
「休暇中ならともかく、いつも白バイで来るってことは、仕事中ですよね、あれ」
「隊長命令だって言い張ってるから、あれも公務なのかな」
「公務……」
思わず「信じられない」とつぶやいてしまった。
「もしかしたらあいつ、実は馬好きなのかも」
「えー……?」
ますます信じられない……。
11
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる