27 / 40
本編
第二十六話 お巡りさんのお父さん
しおりを挟む
厳つい顔をした背広姿のおじさんがお店に入ってくるなりその場で土下座をせんぱかりの勢いで「このたびは不肖の息子が誠に申し訳ないことを!」と叫んだ時は一体なにごとかとノンちゃんの後ろに思わず隠れてしまった。ノンちゃんはヤクザ?と呟いているし二人してその場で固まってしまった。
「泥棒の次はとうとう本物のヤクザが来たのかな」
「ま、まさか」
ビクビクしながらそのおじさんを伺いながら、そう言えば真田さんからお父さんが来るかもしれないって言われていたことを思い出す。強面の感じは真田さんと似ているような似ていないような。あ、だけど前に会った弟さんに眉毛とか目の辺りが似ているかも。もしかしてこの人が?
「も、もしかして……真田さんのお父さんですか?」
「はい! こちらのお嬢さんはどちらでしょうか」
「え……えっと私がそうなんですけど……」
ノンちゃんの後ろから手を上げながら顔を出しているとおじさんはいきなりこちらにやってくる。ひえ~~、怖いよ、ノンちゃん!!
「あなたが松岡芽衣さんですか?」
「は、はい、そうです……あの……はじめまして……」
私の真ん前に立ったお父さんってばめちゃくちゃ背が高いよ、真田さんの弟さんもだけど真田家ってみんな背が高くて強面なの?! もしかしてお母さんも背が高くて強面とか?!
「オヤジ、芽衣さんから離れろ。怖がってるだろ!」
きっと派出所からお父さんがお店に飛び込んできたのを見ていたんだと思う。すぐに真田さんが慌てた様子でお店にやって来た。その声にお父さんは振り返ったんだけど一瞬だけ鬼瓦みたいな顔になった。ちょっと待って、まさかここで殴り合いなんてしないよね?! 真田さんも何気に一触即発な顔をしているし警察官が二人で暴れて開店もしていないお店が破壊されるなんて空き巣に入られる以上に困るよ!!
「あ、あの!!」
真田さんに向かって行きそうなお父さんの腕を掴んで引き留める。そこで真田さんのお父さんは私がいることを思い出したようでギョッとした様子で私が掴んでいるところに視線を向けた。
「?!」
「お、お茶でもどうですか? ここは寒いし自宅の方で。あの、ノンちゃんも一緒に……」
「私は帰るね、用事を思い出したから!」
「え?!」
ノンちゃん、私のこと見捨てるの?! そんな私にノンちゃんはニッコリ笑顔とガッツポーズで頑張れ♪と言うと、真田さんとお父さんにお邪魔しましたどうぞごゆっくりと愛想よく言ってカウンターに置いてあった荷物とコートを持ってさっさとお店を出て行ってしまった。もしかして私一人で真田さんと真田さんのお父さんを相手にしなきゃいけないの? 無理だよー! こんな二人が暴れ出したらどうやって止めれば良いの? お巡りさんが暴れて110番通報だなんてシャレにならないよ!!
「芽衣さん、俺、今から酒井さんに言ってこっちに来るからちょっと待ってて。オヤジを家にあげるのはそれからで」
「ここは松岡さんの自宅だろ、どうしてお前が仕切るんだ」
「オヤジは黙っててくれ。いいね芽衣さん?」
お父さんに向かって怖い顔でピシャリと一言言ってから私の方を見て念を押してきた。
「うん、ここで待ってる」
「直ぐに戻るから。オヤジ、ごねて芽衣さんを困らせるなよ」
「お前に言われたくない」
お店を出て行く真田さんのことを憮然とした顔で見送るお父さん。腹立たし気な溜め息をつくとこちらを見下ろしてきた。やっぱり強面だ……遺伝子の力って凄い。
「息子を追いかけて殴ったりしないから離してもらえるかな」
「え? ああ、ごめんなさい」
お父さんの言葉でそれまで腕を掴んでいたことに気が付いて慌てて離した。
「あの、真田さんのお父さんも警察官だって聞いてるんですけど」
すぐに戻ると言ってもどうやったって間が空く。黙っているのも気まずいので怖いけど頑張って話題を振ってみた。
「ああ、警察官だ」
「ちなみにどちらの? もしかして刑事さんとか?」
「いや、息子と同じ機動隊に所属している。息子がここに来た理由は聞いているかね?」
「えっと機動隊にいる時に上司の人を殴っちゃったとか……え? もしかして?」
なんだか微妙な顔つきをしている。真田さんが殴っちゃった上司ってもしかしてもしかする?
「……もしかして真田さんに殴られちゃったのってお父さんなんですか?」
「もちろん親子喧嘩をした訳ではないんだがね」
「そうなんですか……。あ、でも真田さんは殴ったことを後悔しているって言ってましたよ」
「その割にはこっちに戻ってこようとしないし何か理由があるのかと聞いてみればまったく……」
何やら私のことをチラリと見てからブツブツと呟いている。そこへ足早に真田さんが戻ってきてお父さんのことを睨んだ。その態度に反応したのかせっかく穏やかな雰囲気になっていたお父さんが元の不穏な顔つきに戻ってしまう。もう、二人して化学反応じゃないんだからやめてよね、そういう雰囲気になるの!
「真田さん、お父さんと一緒に玄関に回って。私が鍵を開けに行くから」
「え、わざわざ玄関に回らなくてもそこから入れるじゃないか」
そう言いながらお店の奥にある自宅に通じるドアを見た。
「ダメダメ、お客様に裏口から上がってもらうわけにはいかないでしょ? ほら早く。さっさと行かないとここは寒いから風邪ひいちゃうよ。それと私が鍵を開けるまでにちょっとでもお父さんと喧嘩したら二度と家に入れてあげないからね」
そう言うとお店から自宅に繋がるドアを開けて玄関へと急ぐ。自宅の玄関からお店までは石畳が続いていて靴のままで移動できるようにしてあるんだけど長靴を脱ぐ手間が省けて良かった。だって急いで玄関を開けないと本当に殴り合いを始めちゃうんじゃないかって心配だったんだもん。鍵を開けて玄関を開けると二人が変な顔をしながら門から入ってくるところだった。
「慌てなくても大丈夫だよ、ここまでは大人しくしてたから」
「だったら入れてあげる。お父さんもどうぞ」
「……お邪魔します」
リビングに通して座ってもらってからお茶の用意に取り掛かった。昨日にもらった櫻花庵の羊羹を食べずに残しておいて良かったと思いながら視線をリビングに向ける。うわあ……なんだか向かい合って座っている二人からおどろおどろしい空気が漂ってるよ。
「ところで御両親はどちらに?」
お父さんが私の方を見た。
「両親は母方の祖母の家で同居ということになったのでここには私だけなんです」
二人の前に前にお茶と羊羹を置く。甘いものでも食べて落ち着いてくれたら良いんだけど。そんな私の願望は私が一人暮らしをしていると言ったことであっという間に吹き飛ぶことになった。お、お父さんの顔がめちゃくちゃ怖いものになる。で、でもさ、一人暮らし歴まだ一日なんですよ、お父さん!
「お前という奴は! 御両親がいないことにつけ込んで何をやっているんだ!」
再び殴り合いをしそうな雰囲気になりそうなので慌てて間に入る。
「でもでも泊まっていけばって誘ったのは私ですし! うちの両親も真田さんとお付き合いしていることも昨日泊まってくことも了承済みだったので!!」
……うちのお父さんは死にそうな目をしていたけどね。
「だからと言って未成年を相手にだね」
「私、もうすぐ二十歳です。……五月になったらですけど」
「……しかも、そのだね、お嬢さんはまだ学生さんなんだろう? ほら、あー……あか、あか……」
「赤ちゃんに関しては確定じゃないです。ただ、そのぅ、真田さんが失敗したって言ってるだけで」
「今回が違っても頑張るから近々オヤジは爺さんになる、心配するな」
「そういうことじゃない……」
お父さんが言いたいのはそこじゃないっていうのは分かってる。茶化さないでと真田さんを窘めようとしたんだけど、その顔、もしかして本気で言ってる?
「あのですね、謝罪に関しては昨日の夜にこっちが寝不足になるぐらい真田さんからしてもらいましたから。だからその件でお父さんが私に謝る必要はもう無いですよ」
私の言葉にお父さんは納得していない様子だ。
「それと俺は芽衣さんに結婚を申し込んで承諾をもらった。今晩にでもあちらの御両親には挨拶するつもりでいる」
「もちろん私は別に責任を取って欲しくて結婚を承諾したわけじゃないですよ。真田さんのことが好きじゃなかったら結婚なんてしないし、そもそもそういうことしないし」
「まあ芽衣さんの御両親に結婚を許してもらえるかどうかは別問題だけどね」
そこでお父さんが再び口を開いた。
「……康則」
「なんだよ」
「お嬢さんと一緒に親御さんに挨拶をしに行く前に、俺達と一緒に親御さんのところに行け」
「は?」
「大事な娘さんを妊娠させておいて俺たち結婚しますじゃ筋が通らん。そういう話はきちんと謝罪をしてからだ」
「だから赤ちゃんは決まったわけじゃ……」
私は赤ちゃんが確定した訳じゃないんだと言いたかったのに真田さんは全く別のことが気になったらしくて首を少しだけ傾げた。
「俺達?」
「俺と母さんだ。当たり前だろう。きちんと御両親に謝罪して許しを得ないうちに結婚の話をするなんて言語道断。先ずは謝罪。話はそれからだ」
「あの……」
「確かにそうだな」
口を挟もうとしたら真田さんが呟きながら頷いた。……え?
+++++
「で? あれからどうなったの?」
次の日、お店に顔を出したノンちゃんが興味津々って感じで尋ねてきた。昨日はさっさと私のことを見捨てて逃げちゃったくせに顛末だけ知りたいなんて美味しいところ取りで卑怯だよ、ノンちゃん。
「お父さんが出張から帰ってきたら真田さんの御両親と真田さんとで謝罪に行くんだって」
「なんなの、その憂鬱そうな顔は」
だってさ、真田さんのお父さんてば筋を通すまでは会うこともまかりならんとか言い出すんだもん。しかも売り言葉に買い言葉みたいな感じで真田さんまでそれに同意しちゃうし。だから今日からは真田さんとはお喋りもデートもお泊りも禁止なんだって。お店と派出所は目と鼻の先なのにね、なんだか納得がいかない。
「まあ一週間程度の我慢なんでしょ? それに全く会えない訳じゃないじゃない、目の前にいるんだから」
「でも朝から目も合わせないんだよ、真田さん」
プウッとふくれながら窓越しに派出所を見た。可愛いお嬢様達が道を尋ねているみたいで真田さんが指を指して説明している。なんだか楽しそう、ムカつく。
「お店をオープンしたら忙しくて一週間なんてあっと言う間じゃない。それを耐えれば楽しい生活が待ってるんだから我慢我慢」
「女の子相手にニコニコしちゃってムカつく」
私が外を見ながらボソッと呟いくのを聞いてノンちゃんは窓から外を覗き込んで「あれの何処が楽しそうなの? めちゃくちゃ怖い顔してるじゃない」と笑った。そんなことないよ、絶対に可愛い子達だからデレデレしてる、間違いない。
そして更にムカつくのはお店がオープンしてから店に出ているお母さんとは普通に喋っていること。私とは挨拶もしないのに!!
「芽衣ちゃん、真田さんが芽衣ちゃんのこと心配していたわよ、頑張り過ぎじゃないかって」
「ふーん、そうなの」
お父さんは今日の夜には出張先の関西から帰って来る予定。つまりは明日うちの両親と真田さん達が会う予定になっているんだとか。それまでは私とはデートもお泊りも無しっていう話はお母さんにも伝えてあったから、それとなく私と真田さんの伝書鳩みたいなことをしてくれていた。まあ実際は真田さんからの言付けばかりだったけど。
「お話しできないのもあと一日じゃない、いつまでもふくれないのよ」
「別にそんなこと気にしてないよ、学校もお店も忙しいし」
それは本当でオープンしてからは新しいお客さんも来てくれるようになった。ノンちゃんの彼氏君が大学で話を拡げてくれたみたいで病院にお見舞いに行く人が買っていくことが前より増えたし、れいの階段奥さんの旦那さんがお詫びも兼ねてと色々と宣伝してくれたみたいで若い会社員さんのお客さんも増えた。そんな中ではちょっとしたお花が彼女や奥さんに喜ばれたって話も聞いたし、やっぱり豪華じゃなくてもちょっとしたお花を飾るのって良いよねって話。
「明後日からは今まで通りに出来るんだから、ちゃんと康則君のこと、慰めてあげなさいね」
「別に慰めることもないじゃない、普段通り元気に仕事してるみたいだし」
「芽衣ちゃん、まだまだ男心が分かってないわねえ……」
お母さんは笑いながらお店の奥に行ってしまった。男心ってなによっていうか、お母さんってばいつの間に真田さんのことを名前で呼ぶようになったんだろう、しかも君付けで。
「泥棒の次はとうとう本物のヤクザが来たのかな」
「ま、まさか」
ビクビクしながらそのおじさんを伺いながら、そう言えば真田さんからお父さんが来るかもしれないって言われていたことを思い出す。強面の感じは真田さんと似ているような似ていないような。あ、だけど前に会った弟さんに眉毛とか目の辺りが似ているかも。もしかしてこの人が?
「も、もしかして……真田さんのお父さんですか?」
「はい! こちらのお嬢さんはどちらでしょうか」
「え……えっと私がそうなんですけど……」
ノンちゃんの後ろから手を上げながら顔を出しているとおじさんはいきなりこちらにやってくる。ひえ~~、怖いよ、ノンちゃん!!
「あなたが松岡芽衣さんですか?」
「は、はい、そうです……あの……はじめまして……」
私の真ん前に立ったお父さんってばめちゃくちゃ背が高いよ、真田さんの弟さんもだけど真田家ってみんな背が高くて強面なの?! もしかしてお母さんも背が高くて強面とか?!
「オヤジ、芽衣さんから離れろ。怖がってるだろ!」
きっと派出所からお父さんがお店に飛び込んできたのを見ていたんだと思う。すぐに真田さんが慌てた様子でお店にやって来た。その声にお父さんは振り返ったんだけど一瞬だけ鬼瓦みたいな顔になった。ちょっと待って、まさかここで殴り合いなんてしないよね?! 真田さんも何気に一触即発な顔をしているし警察官が二人で暴れて開店もしていないお店が破壊されるなんて空き巣に入られる以上に困るよ!!
「あ、あの!!」
真田さんに向かって行きそうなお父さんの腕を掴んで引き留める。そこで真田さんのお父さんは私がいることを思い出したようでギョッとした様子で私が掴んでいるところに視線を向けた。
「?!」
「お、お茶でもどうですか? ここは寒いし自宅の方で。あの、ノンちゃんも一緒に……」
「私は帰るね、用事を思い出したから!」
「え?!」
ノンちゃん、私のこと見捨てるの?! そんな私にノンちゃんはニッコリ笑顔とガッツポーズで頑張れ♪と言うと、真田さんとお父さんにお邪魔しましたどうぞごゆっくりと愛想よく言ってカウンターに置いてあった荷物とコートを持ってさっさとお店を出て行ってしまった。もしかして私一人で真田さんと真田さんのお父さんを相手にしなきゃいけないの? 無理だよー! こんな二人が暴れ出したらどうやって止めれば良いの? お巡りさんが暴れて110番通報だなんてシャレにならないよ!!
「芽衣さん、俺、今から酒井さんに言ってこっちに来るからちょっと待ってて。オヤジを家にあげるのはそれからで」
「ここは松岡さんの自宅だろ、どうしてお前が仕切るんだ」
「オヤジは黙っててくれ。いいね芽衣さん?」
お父さんに向かって怖い顔でピシャリと一言言ってから私の方を見て念を押してきた。
「うん、ここで待ってる」
「直ぐに戻るから。オヤジ、ごねて芽衣さんを困らせるなよ」
「お前に言われたくない」
お店を出て行く真田さんのことを憮然とした顔で見送るお父さん。腹立たし気な溜め息をつくとこちらを見下ろしてきた。やっぱり強面だ……遺伝子の力って凄い。
「息子を追いかけて殴ったりしないから離してもらえるかな」
「え? ああ、ごめんなさい」
お父さんの言葉でそれまで腕を掴んでいたことに気が付いて慌てて離した。
「あの、真田さんのお父さんも警察官だって聞いてるんですけど」
すぐに戻ると言ってもどうやったって間が空く。黙っているのも気まずいので怖いけど頑張って話題を振ってみた。
「ああ、警察官だ」
「ちなみにどちらの? もしかして刑事さんとか?」
「いや、息子と同じ機動隊に所属している。息子がここに来た理由は聞いているかね?」
「えっと機動隊にいる時に上司の人を殴っちゃったとか……え? もしかして?」
なんだか微妙な顔つきをしている。真田さんが殴っちゃった上司ってもしかしてもしかする?
「……もしかして真田さんに殴られちゃったのってお父さんなんですか?」
「もちろん親子喧嘩をした訳ではないんだがね」
「そうなんですか……。あ、でも真田さんは殴ったことを後悔しているって言ってましたよ」
「その割にはこっちに戻ってこようとしないし何か理由があるのかと聞いてみればまったく……」
何やら私のことをチラリと見てからブツブツと呟いている。そこへ足早に真田さんが戻ってきてお父さんのことを睨んだ。その態度に反応したのかせっかく穏やかな雰囲気になっていたお父さんが元の不穏な顔つきに戻ってしまう。もう、二人して化学反応じゃないんだからやめてよね、そういう雰囲気になるの!
「真田さん、お父さんと一緒に玄関に回って。私が鍵を開けに行くから」
「え、わざわざ玄関に回らなくてもそこから入れるじゃないか」
そう言いながらお店の奥にある自宅に通じるドアを見た。
「ダメダメ、お客様に裏口から上がってもらうわけにはいかないでしょ? ほら早く。さっさと行かないとここは寒いから風邪ひいちゃうよ。それと私が鍵を開けるまでにちょっとでもお父さんと喧嘩したら二度と家に入れてあげないからね」
そう言うとお店から自宅に繋がるドアを開けて玄関へと急ぐ。自宅の玄関からお店までは石畳が続いていて靴のままで移動できるようにしてあるんだけど長靴を脱ぐ手間が省けて良かった。だって急いで玄関を開けないと本当に殴り合いを始めちゃうんじゃないかって心配だったんだもん。鍵を開けて玄関を開けると二人が変な顔をしながら門から入ってくるところだった。
「慌てなくても大丈夫だよ、ここまでは大人しくしてたから」
「だったら入れてあげる。お父さんもどうぞ」
「……お邪魔します」
リビングに通して座ってもらってからお茶の用意に取り掛かった。昨日にもらった櫻花庵の羊羹を食べずに残しておいて良かったと思いながら視線をリビングに向ける。うわあ……なんだか向かい合って座っている二人からおどろおどろしい空気が漂ってるよ。
「ところで御両親はどちらに?」
お父さんが私の方を見た。
「両親は母方の祖母の家で同居ということになったのでここには私だけなんです」
二人の前に前にお茶と羊羹を置く。甘いものでも食べて落ち着いてくれたら良いんだけど。そんな私の願望は私が一人暮らしをしていると言ったことであっという間に吹き飛ぶことになった。お、お父さんの顔がめちゃくちゃ怖いものになる。で、でもさ、一人暮らし歴まだ一日なんですよ、お父さん!
「お前という奴は! 御両親がいないことにつけ込んで何をやっているんだ!」
再び殴り合いをしそうな雰囲気になりそうなので慌てて間に入る。
「でもでも泊まっていけばって誘ったのは私ですし! うちの両親も真田さんとお付き合いしていることも昨日泊まってくことも了承済みだったので!!」
……うちのお父さんは死にそうな目をしていたけどね。
「だからと言って未成年を相手にだね」
「私、もうすぐ二十歳です。……五月になったらですけど」
「……しかも、そのだね、お嬢さんはまだ学生さんなんだろう? ほら、あー……あか、あか……」
「赤ちゃんに関しては確定じゃないです。ただ、そのぅ、真田さんが失敗したって言ってるだけで」
「今回が違っても頑張るから近々オヤジは爺さんになる、心配するな」
「そういうことじゃない……」
お父さんが言いたいのはそこじゃないっていうのは分かってる。茶化さないでと真田さんを窘めようとしたんだけど、その顔、もしかして本気で言ってる?
「あのですね、謝罪に関しては昨日の夜にこっちが寝不足になるぐらい真田さんからしてもらいましたから。だからその件でお父さんが私に謝る必要はもう無いですよ」
私の言葉にお父さんは納得していない様子だ。
「それと俺は芽衣さんに結婚を申し込んで承諾をもらった。今晩にでもあちらの御両親には挨拶するつもりでいる」
「もちろん私は別に責任を取って欲しくて結婚を承諾したわけじゃないですよ。真田さんのことが好きじゃなかったら結婚なんてしないし、そもそもそういうことしないし」
「まあ芽衣さんの御両親に結婚を許してもらえるかどうかは別問題だけどね」
そこでお父さんが再び口を開いた。
「……康則」
「なんだよ」
「お嬢さんと一緒に親御さんに挨拶をしに行く前に、俺達と一緒に親御さんのところに行け」
「は?」
「大事な娘さんを妊娠させておいて俺たち結婚しますじゃ筋が通らん。そういう話はきちんと謝罪をしてからだ」
「だから赤ちゃんは決まったわけじゃ……」
私は赤ちゃんが確定した訳じゃないんだと言いたかったのに真田さんは全く別のことが気になったらしくて首を少しだけ傾げた。
「俺達?」
「俺と母さんだ。当たり前だろう。きちんと御両親に謝罪して許しを得ないうちに結婚の話をするなんて言語道断。先ずは謝罪。話はそれからだ」
「あの……」
「確かにそうだな」
口を挟もうとしたら真田さんが呟きながら頷いた。……え?
+++++
「で? あれからどうなったの?」
次の日、お店に顔を出したノンちゃんが興味津々って感じで尋ねてきた。昨日はさっさと私のことを見捨てて逃げちゃったくせに顛末だけ知りたいなんて美味しいところ取りで卑怯だよ、ノンちゃん。
「お父さんが出張から帰ってきたら真田さんの御両親と真田さんとで謝罪に行くんだって」
「なんなの、その憂鬱そうな顔は」
だってさ、真田さんのお父さんてば筋を通すまでは会うこともまかりならんとか言い出すんだもん。しかも売り言葉に買い言葉みたいな感じで真田さんまでそれに同意しちゃうし。だから今日からは真田さんとはお喋りもデートもお泊りも禁止なんだって。お店と派出所は目と鼻の先なのにね、なんだか納得がいかない。
「まあ一週間程度の我慢なんでしょ? それに全く会えない訳じゃないじゃない、目の前にいるんだから」
「でも朝から目も合わせないんだよ、真田さん」
プウッとふくれながら窓越しに派出所を見た。可愛いお嬢様達が道を尋ねているみたいで真田さんが指を指して説明している。なんだか楽しそう、ムカつく。
「お店をオープンしたら忙しくて一週間なんてあっと言う間じゃない。それを耐えれば楽しい生活が待ってるんだから我慢我慢」
「女の子相手にニコニコしちゃってムカつく」
私が外を見ながらボソッと呟いくのを聞いてノンちゃんは窓から外を覗き込んで「あれの何処が楽しそうなの? めちゃくちゃ怖い顔してるじゃない」と笑った。そんなことないよ、絶対に可愛い子達だからデレデレしてる、間違いない。
そして更にムカつくのはお店がオープンしてから店に出ているお母さんとは普通に喋っていること。私とは挨拶もしないのに!!
「芽衣ちゃん、真田さんが芽衣ちゃんのこと心配していたわよ、頑張り過ぎじゃないかって」
「ふーん、そうなの」
お父さんは今日の夜には出張先の関西から帰って来る予定。つまりは明日うちの両親と真田さん達が会う予定になっているんだとか。それまでは私とはデートもお泊りも無しっていう話はお母さんにも伝えてあったから、それとなく私と真田さんの伝書鳩みたいなことをしてくれていた。まあ実際は真田さんからの言付けばかりだったけど。
「お話しできないのもあと一日じゃない、いつまでもふくれないのよ」
「別にそんなこと気にしてないよ、学校もお店も忙しいし」
それは本当でオープンしてからは新しいお客さんも来てくれるようになった。ノンちゃんの彼氏君が大学で話を拡げてくれたみたいで病院にお見舞いに行く人が買っていくことが前より増えたし、れいの階段奥さんの旦那さんがお詫びも兼ねてと色々と宣伝してくれたみたいで若い会社員さんのお客さんも増えた。そんな中ではちょっとしたお花が彼女や奥さんに喜ばれたって話も聞いたし、やっぱり豪華じゃなくてもちょっとしたお花を飾るのって良いよねって話。
「明後日からは今まで通りに出来るんだから、ちゃんと康則君のこと、慰めてあげなさいね」
「別に慰めることもないじゃない、普段通り元気に仕事してるみたいだし」
「芽衣ちゃん、まだまだ男心が分かってないわねえ……」
お母さんは笑いながらお店の奥に行ってしまった。男心ってなによっていうか、お母さんってばいつの間に真田さんのことを名前で呼ぶようになったんだろう、しかも君付けで。
24
あなたにおすすめの小説
僕の主治医さん
鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。
【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
私の主治医さん - 二人と一匹物語 -
鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。
【本編完結】【小話】
※小説家になろうでも公開中※
スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~
桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。
彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。
新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。
一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。
錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。
第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。
あかりを追う警察官 ―希望が丘駅前商店街―
饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。
国会議員の重光幸太郎先生の地元である。
『篠原豆腐店』の次男坊である籐志朗は、久しぶりに実家がある商店街に帰って来た。買い物に出た先で落とし物を拾い、落とし物を渡そうと声をかけたのだが……。
国際警察官と特殊技能持ちの女性の話。
★Rシーンはラストまで出てきません。
★タイトルに★が付いているものはヒロイン視点です。
★このお話は、鏡野ゆう様のお話である
『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981
に出てくる重光先生の地元の商店街のお話であり、
『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/363162418内の『閑話 安住、ウサギ耳女に出会う』
に出てくる白崎 暁里との話です。当然のことながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関しても其々許可をいただいてから書いています。
★この物語はフィクションです。実在の人物及び団体等とは一切関係ありません。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -
鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】。
居酒屋とうてつの千堂嗣治が出会ったのは可愛い顔をしているくせに仕事中毒で女子力皆無の科捜研勤務の西脇桃香だった。
饕餮さんのところの【希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』】に出てくる嗣治さんとのお話です。饕餮さんには許可を頂いています。
【本編完結】【番外小話】【小ネタ】
このお話は下記のお話とコラボさせていただいています(^^♪
・『希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々 』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/274274583/188152339
・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271
・『希望が丘駅前商店街~黒猫のスキャット~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/813152283
・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232
・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』
https://ncode.syosetu.com/n7423cb/
・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/582141697/878154104
・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376
※小説家になろうでも公開中※
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️
高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる