僕の主治医さん

鏡野ゆう

文字の大きさ
52 / 54
事件です!

第九話

しおりを挟む
 三人の怪我人が運び込まれたのは、私が希望した通り軍の病院だった。ヘリが屋上に着陸すると同時に、病院のスタッフ達が駆け寄り、三人を建物内へと運んでいく。そして山崎やまざき一尉は、すぐに手術室へと運ばれていった。

『ドクター』

 手術室の前で待つこと二時間。出てきた医者が私に声をかけてきた。

山崎一尉キャプテン・ヤマザキの状態はどうですか?』
『大丈夫です。重傷ですが助かるでしょう』
『そう。よかった』

 それを聞いてホッとする。平等な目で、三人をみなければいけないのはわかっていたけれど、一番の重傷だったせいもあって、山崎一尉のことが誰よりも心配だった。

『あの状況下で、よく三人の重傷者の命を維持しましたね。ドクターの腕には感服しますよ』
『公邸のスタッフと、診療所のスタッフのお蔭です。途中で医療品の補充がなかったら、助けられなかったかもしれませんわ』
『日本の公邸で良かったですよ。ああ、もちろん襲撃されたことは、お気の毒だとしか言いようがありません。ですが、医療品がそろっていた公邸だったからこそ、初期治療ができたわけですし』

 こんなことで使うことになろうとは、思っていなかったけれど。

『でも、亡くなった人のほうが多いですわ』
『現場の状況は聞いています。我々医者でも、死人はよみがえらせることはできませんよ。それはもう、神の領域です』
『そうですね……』

 でも、まだ助けられた人がいたのではないかと、考えてしまう。もっと自分にできることがあったんじゃないか、自分が外を見て回れば、まだ息がある人を見つけられたのでは?と。

『このあと、キャプテン・ヤマザキは集中治療室にうつされます。容体が安定するまでは、そこで治療を続けますので、ここからは我々に任せてください』
『よろしくお願いします。日本への移送はどうなるでしょう?』
『もう少し容体が落ち着いてからですね。日本政府からは、早く帰国させたいと打診があったようですが、医師としては、まだ許可できないとしか。……大丈夫ですか?』

 相手が私の顔をのぞきこんできた。

『ええ、大丈夫です。少し疲れました。若いころと違って、徹夜はこたえますね』

 それまでずっと緊張していたせいか、どっと疲労感が押し寄せてくる。この感じだと、丸一日は寝ていられそうだ。

『ドクターの顔色もひどいですよ。ここには大使館のかたが迎えにみえるんですよね? 部屋を一つ用意させます、そこでお休みになっていてください』
『ありがとうございます。そうさせていただけると助かります』


+++


雛子ひなこさん」

 ベッドでうとうとしていると、裕章ひろあきさんの声がして、肩に手が置かれたのを感じた。

「……いま、何時?」
「そろそろ夕方だよ。大丈夫かい?」
「そんなに寝ていたの?」

 目を開けると、裕章さんが心配そうな顔をして、私を見下ろしている。

「大丈夫かい?」
「思っていたより疲れていたみたい。もう若くないんだっていう現実を突きつけられたみたいで、ショック」

 そう言うと、裕章さんがほほ笑んだ。

「まあ若くないのは事実だしね」
「でも、東出ひがしで先生は相変わらず、救命救急で元気だって話よ? 私のほうがずっと若いのに、おかしくない?」
「あの先生は特別製だよ。ああ、それで思い出した。その東出先生から僕宛にメールが届いたよ。内容からして、僕宛ではなく雛子さん宛だと思うんだけどね。読むかい?」

 裕章さんから渡されたスマホ。画面には、ぎっしりと文字がつめこまれた文面があった。

「もー……こんなに長文なの?」
「だから、読むかどうか最初に確認したろ?」
「まさかこんな長文だなんて、思ってなかった……」

 てっきり「大丈夫か?」程度のメールだと思ったら、まったく違うメールだ。

『事件が解決したらしいとニュース速報で流れた。年明け早々ご苦労。公邸側もおおぜいの死者と怪我人が出たと聞いた。備蓄されている医療品が、こんな形で役立つ日が来るとは複雑な気分だな。だが用意しておいてよかっただろう。助言をした俺と西入にしいりに感謝しろ』

「二人の先生に感謝しろですって」
「あの二人に、指定した医療品を備蓄リストに入れろって、うるさく言われたのは間違いないからねえ」

 裕章さんが笑う。

『北川のことだから、死んだ公邸警備のスタッフを助けられなかったことで、うじうじ考えこんでいるのではと心配している。医者は万能ではない。誰も彼も助けられる医者は、フィクションの中でしか存在しない。思い上がったことを考えず、助けた人間のことだけを考えろと伝えてほしい。それと使った医療品の補充は忘れるな。ではゆっくり休め』

「医療品の補充、しておかないとね。なにもかも使い切っちゃったし」

 私がそう言うと、裕章さんは溜め息まじりに首を横にふった。

「それより公邸の修繕しゅうぜんが先だよ。ここに来る前にあらためて見て回ったが、まったくひどいものだ。壁に穴があいて、端から端まで見通せる場所がいくつかあったよ。あの状態だと、公邸は当分のあいだ使えないね」
「そんなに?」
「ああ。まあ僕達を助けるために行なわれたことだから、大きな声で文句は言えないけどね」

 考えてみれば、あれだけ激しい銃撃の音がしていたのだ、公邸へのダメージがないわけがない。

「……ねえ、一つ気になることがあるんだけど」
「なんだい?」
「玄関ホールの花瓶はどうだった? 銃弾にあたって砕けてた?」
「まったく雛子さん……」

 私の質問にあきれたように首をふる。でも気になるんだからしかたがないじゃない?

「だって、気になるんだもの」
「雛子さんのご希望通り、こなごなになっていたよ。不思議なことにその場所は、玄関ホールではなく食堂でなんだけどね」
「そうなの? どうしてそんなところに運ばれたのかしら?」
「質問したくても、相手は全員この世にいないから、どうしようもないな。もしかしたら花瓶の中に、火薬でも詰めこんで、爆弾にでもしようとしていたのかも」

 もしかしたら軍が突入してくるのに備えていたのだろうか? あんな大きなものに火薬を入れて爆発させたら、一体どんなことになっていたのやら。

「良かった。そんな大きな爆弾が作られる前になんとかなって」
「まったくだ。さて、雛子さんの気がすんだなら、そろそろ我が家に戻ろうと思うんだけど、どうかな?」
「そうね。最後に三人の容態だけ確認してから帰る」

 ベッドからおりると靴を履いた。そして裕章さんと部屋を出る。

「でもマンション住まいで良かったわね。あそこに住んでいたら、それこそ大変なことになってた」

 修繕しゅうぜんがどのぐらいかかるか分からないけれど、きっと当分はホテル住まいになっていたはずだ。

「そうだね。ああ、それと」

 裕章さんが廊下を歩きながら話を続ける。

亜衣あい麻衣まいのことなんだけど、落ち着くまでは、日本にとどまることにさせたよ」
「どうして?」
「カルテルの報復の危険性ってやつだ。軍部と担当官と話をした感じでは、その危険性は限りなくゼロに近いとは思うけどね」

 しばらくの間は、こっちの日本人学校も、ピリピリした空気に包まれそうだ。

「落ち着くまで学校は休ませるってこと?」
「まさか。ちゃんと日本あっちで通わせるよ。そのへんは雛子さんの御両親に頼んでおいた」
「え? ってことは?」
「二人とも、たけると雛子さんの後輩になるってことだね」

 健が通っている高校は、私が研修医としてすごした大学病院と同じ敷地にある、附属高校だ。昔から、この手のことには柔軟に対応してくれる、私達夫婦にとっては非常にありがたい学校だった。

「いきなりの転入だけど、お兄ちゃんが一緒なら心配ないかしらね」
たけるのほうが大変そうだけどね」

 だけど起きたことが起きたことなだけに、今回は子供達も理解してくれるだろう。

「だから雛子さんは一度、帰国したほうが良いと思う」
「そうね」

 大抵のことはインターネットで処理できる時代でも、やはり転入手続きとなれば、保護者が行かないわけにいかない。それに私は、娘達が転入することになる学校のOBだ。いるといないとでは、手続きの簡略化が段違いになるだろう。

「裕章さんは? 本省への報告で帰国することはないの?」
「一度は帰国することになると思う。だけどそれはもう少し先かな」

 外に出るとダビさんが車をとめて待っていた。

『お疲れ様です、奥様』
『それはダビさんも同じでしょ? 運転、誰かに交代してもらえば良かったのに』
『大使の送り迎えは、私の大事な仕事ですから。ああ、大使、シートの下にこれが落ちていたのですが、お嬢さんのものでは?』

 そう言ってダビさんが差し出してきたのは、亜衣が大事にしているアヒルのボールペンだった。

「まったく亜衣ときたら、また大事な相棒を置き去りにしていったのか。困った子だね。ありがとう。たしかに受け取ったよ」

 裕章さんはボールペンを受け取ると、自分の胸ポケットにさす。

「あの子、アヒルちゃんがいないこと、あっちで気がついてないのかしら?」

 気がついたらすぐにでも、メールを送ってきそうなものなのに。

「イトコ達と遊ぶのに忙しくて、アヒルのことにまで気が回らないのかもしれないね」
「薄情な子なんだから」

 笑いながら車に乗りこんだ。

「雛子さん、自宅に到着するまで時間がかかるから、もう少し眠っていても大丈夫だよ」
「ありがとう。そうさせてもらう」

 そう返事をしてから、裕章さんの肩にもたれて目を閉じた。

 完全に眠りに落ちる直前、耳元でなにやら文句をいう声が聞こえていたのは、きっと気のせいだと思う。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

医者兄と病院脱出の妹(フリー台本)

ライト文芸
生まれて初めて大病を患い入院中の妹 退院が決まり、試しの外出と称して病院を抜け出し友達と脱走 行きたかったカフェへ それが、主治医の兄に見つかり、その後体調急変

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️

高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

【光陵学園大学附属病院】鏡野ゆう短編集

鏡野ゆう
ライト文芸
長編ではない【光陵学園大学附属病院】関連のお話をまとめました。 ※小説家になろう、自サイトでも公開中※

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【完結】二つに一つ。 ~豊臣家最後の姫君

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
大阪夏の陣で生き延びた豊臣秀頼の遺児、天秀尼(奈阿姫)の半生を描きます。 彼女は何を想い、どう生きて、何を成したのか。 入寺からすぐに出家せずに在家で仏門に帰依したという設定で、その間、寺に駆け込んでくる人々との人間ドラマや奈阿姫の成長を描きたいと思っています。 ですので、その間は、ほぼフィクションになると思います。 どうぞ、よろしくお願いいたします。 本作品は、カクヨムさまにも掲載しています。 ※2023.9.21 編集しました。

処理中です...