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僕の主治医さん 第二部
第三話 ピヨピヨさんからの電話 side - 南山
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れいの南米に対するODAの件で、やり残していた財務省や関係省庁との細々とした折衝が、ようやくすべて終わった。世間の人達は、ニュースで政府間の交渉が行われ、日本政府が支援を何処にいくらするか決まったと報じられた時点で、なにもかもが決まったと思いがちだが、実のところそうでもない。
「これでやっと本当の一息だな……」
最初から山あり谷ありの案件だっただけに、盛大に祝杯でもあげるべきところだが、まだ退院して二週間。何日も友人に付き合って飲み歩くわけにもいかないので、今夜はおとなしくまっすぐ帰ることにした。
自宅に戻ればすでに時刻は十時。何か食べる前に、一日中会議室にこもっていたせいでしみついたタバコの臭いを何とかしようと、シャワーを浴びるつもりで服を脱いでいたところで、パソコンの横に放り出しておいた携帯電話が鳴った。
「こんな時間に……?」
まさかここにきて、偉い先生からの変な横槍でも入ったかと、ブルブルと震えている携帯電話を恐る恐るのぞき込めば、そこに表示されていたのは北川先生の名前だった。思わぬ電話の主にあわてて電話を取り上げ、落としそうになってお手玉状態になる。
「はい!!」
相手が切ってしまうのではないかと焦りながら、なんとか通話ボタンを押して耳に電話を押しつけた。
『あ……夜分遅くにすみません、北川ですが……』
少し間があいて、向こう側から北川先生の声が聞こえてきたとたんに、思わず顔がにやけてしまう。我ながら、どうしようもなく挙動不審な変人だ。
「こんばんは。どうしましたか? もしかして、お休みがなくなったとか?」
研修医はシャレにならないぐらい忙しいと聞いていたから、挨拶もそこそこにそうたずねると、そうではなく確認したいことがあって電話したという返事が返ってきた。
『……あの、いま大丈夫ですか?』
その言葉を聞いて、あらためて自分の姿を見下ろし、相手に見えなくて良かったと心底思う。片足だけズボンを脱いでパンツ一丁一歩手前で突っ立っている姿なんて、とてもじゃないが女性に見せられない。まあ北川先生にはそれ以上のものを見られているのだから、なにを今さらな感じがしないでもないのだが。
こっちの姿が見えないのをいいことに、中途半端な状態で片足に引っ掛かっていたズボンを脱ぎ捨てると、椅子に座った。こんなかっこうでニヤニヤしながら電話をしているなんて、どう考えても変態だな……。
「ご心配なく。帰宅したところで、風呂にでもと思っていたところですから。あ、別に飲み歩いていたわけじゃないんですよ、その点はまだ養生してます」
なぜか北川先生の呆れている顔が浮かんだので、慌てて付け加えた。病室に仕事を持ち込んでいたことだけでもマイナス点なのに、退院したとたんに呑気に飲み歩いているなんて思われたら、目も当てられない。
『お仕事でお疲れのところごめんなさい。手短に終わらせますね。えっと土曜日のことなんですけど、待ち合わせの場所を決めるにも私、南山さんがどの辺に住んでいるのか知らないので、どうしたものかと』
聞くところによると、北川先生は、病院近くの単身者向けのアパートに住んでいるらしい。となると、こことはかなり離れた場所ということになる。
「僕のことは気にしなくても良いですよ。北川先生の都合の良い場所を指定してくれたら、そこに行きますから。あ、分かりやすく、病院の前で待ち合わせをしましょうか?」
『それは困ります!!』
「困る?」
『い、いえ、それはこっちの話で!!』
慌てた様子の北川先生の声に首をかしげた。なにが困ると言うんだ?
病院の誰かに見られるのが困ると言いたいのだろうか? 勉強中の研修医でも恋愛をするのは自由だろうし、お互いに社会人だし独身だし、こちらはとっくに退院して入院患者ではないのだから、なにも問題ないと思うんだが、違うのか? それとも、研修医のくせに恋愛なんてしているヒマがあるのか?などと、厳しいことを言う先輩でもいるということなのか。だとしたら、北川先生の今後のためにも、無理に病院前を待ち合わせ場所にするわけにはいかないか。
『そ、それとですね、お食事をということなんですけど、ほら、私はまだ半人前でして、南山さん達のような官僚さん達が行くようなお店なんて、まったく縁がないんですけど、大丈夫なんでしょうか?』
その問い掛けに、なにが大丈夫なんでしょうかなんだろうと、さらに首をかしげてしまう。官僚達が行くような店? もしかしていまさらだが、北川先生は、俺達のことを盛大に誤解しているんじゃないだろうか?
「北川先生」
『はい?』
「もしかして僕達が、毎晩のように高級料亭で、あれこれ人に言えないようなことを、画策していると思ってますか?」
『画策してるなんて思ってませんよ!!』
ああ、この返事でわかってしまった。
画策しているとは思ってなくても、北川先生の頭の中では、俺達は高級料亭やら高級クラブで、毎晩のように飲み食いしている生活を送っているらしい。期待を裏切るようで申し訳ないが、そんなことは断じてない。下っ端の俺達は無理やり時間を捻り出しているだけで、どちらかと言えば、普段は仕事が忙しすぎて世間様並の時間帯に、飲みに行くヒマすらないというのが実情だ。そういう意味では、今の北川先生の生活と近いかもしれない。
「かなり偉い人達のことは知りませんが、僕達が行くのは、せいぜい職場近くの居酒屋程度ですよ。食事だって、普段は職員専用の食堂か手弁当だし」
『……そうなんですね……』
「そりゃあ、北川先生を食事に誘ったのは僕ですから、それなりにいい店を選びましたが」
『え?!』
病院で俺達を叱っていた時とは大違いの、可愛らしい反応に楽しくなってくる。
「安心してください。ごくごく普通のお店です」
『官僚さん的に普通のお店、ってことじゃないですよね?』
「大丈夫です。大学時代に、友人とも行ったことのある店ですから」
彼女の頭の中で、俺達は一体どんな生活を送っているのか、聞きたい気がしてきた。さぞかし愉快な官僚様御一行にされているんだろうな。これは是非とも聞かせてもらわなければ。
『なら安心しました。じゃあ待ち合わせは、その南山さんが選んだお店の、最寄りの駅で待ち合わせが一番ですよね』
「そうですね、だったら……」
最寄りの駅を告げると、そこなら迷わずに行けますという返事が返ってくる。
「もしかして先生、方向音痴とか言わないですよね?」
その返事が少し気になってたずねてみた。
『違いますよ。最近は病院と自宅の往復ばかりで、なかなか出かける時間がないから、新しいお店の名前を言われても分からないことが多いんです。その点、駅なら迷うことないですから』
「なるほど。じゃあ、そこに十一時にということで」
『分かりました。えっと……』
「もちろん、行けない事情ができたら遠慮なく言ってください。病院だったら急患が出ることもありますからね」
そう言いながら、自分も急患だったんだよなと思い至る。あの時は、まさか自分の担当になってくれた医者とデートをすることになるなんて、思いもしなかった。
『それから南山さん、アヒルのボールペン、忘れないでくださいね?』
「そんなに僕のボールペンは使いにくかったですか?」
お気に入りだと言っている北川先生には申し訳ないが、どこかの景品のようなボールペンよりも、祖父が贈ってくれたボールペンの方が書きやすいと思うんだが。
『値段のことを知らずに使っていた時は、書きやすかったですよ。もう驚きです、ボールペンで二万円以上するなんて! 聞いたとたんに肩が凝ってしまって大変だから、その日の内に机の中に大事に仕舞い込みました』
「なんだ、使ってくれてなかったんですか……」
会えるまではあのボールペンが、自分のかわりに北川先生と一緒にすごしているからと慰めていたのに、ガッカリだ。
『だって二万円以上ですよ?! そんな高価な物を仕事では使えないです』
「僕は使ってましたよ?」
『それは自分の持ち物だからですよ。どなたかからの贈り物だったんじゃないですか?』
「祖父が入省祝いにくれたものです」
『じゃあ、なおさらです。ちゃんと返しますから!!』
だからアヒルは返してくださいねと念押しをしてくる。ふむ、二万円以上というのがお気に召さなかったのか、なるほど。
『聞いてますか、南山さん?』
「はい、聞いてます。先生の大切なアヒルは、土曜日にお返ししますから安心してください。土曜日を楽しみにしていますね」
『あの、まだ術後まなしなんですから、無理はしないように。お仕事も飲み歩きも』
「分かりました。じゃあ、お休みなさい」
北川先生がお休みなさいと言って電話を切ってから、もしばらく一人で携帯を片手にニヤニヤしていたが、自分がパンツ一丁だったことを思い出して、慌てて風呂場へと向かった。
「これでやっと本当の一息だな……」
最初から山あり谷ありの案件だっただけに、盛大に祝杯でもあげるべきところだが、まだ退院して二週間。何日も友人に付き合って飲み歩くわけにもいかないので、今夜はおとなしくまっすぐ帰ることにした。
自宅に戻ればすでに時刻は十時。何か食べる前に、一日中会議室にこもっていたせいでしみついたタバコの臭いを何とかしようと、シャワーを浴びるつもりで服を脱いでいたところで、パソコンの横に放り出しておいた携帯電話が鳴った。
「こんな時間に……?」
まさかここにきて、偉い先生からの変な横槍でも入ったかと、ブルブルと震えている携帯電話を恐る恐るのぞき込めば、そこに表示されていたのは北川先生の名前だった。思わぬ電話の主にあわてて電話を取り上げ、落としそうになってお手玉状態になる。
「はい!!」
相手が切ってしまうのではないかと焦りながら、なんとか通話ボタンを押して耳に電話を押しつけた。
『あ……夜分遅くにすみません、北川ですが……』
少し間があいて、向こう側から北川先生の声が聞こえてきたとたんに、思わず顔がにやけてしまう。我ながら、どうしようもなく挙動不審な変人だ。
「こんばんは。どうしましたか? もしかして、お休みがなくなったとか?」
研修医はシャレにならないぐらい忙しいと聞いていたから、挨拶もそこそこにそうたずねると、そうではなく確認したいことがあって電話したという返事が返ってきた。
『……あの、いま大丈夫ですか?』
その言葉を聞いて、あらためて自分の姿を見下ろし、相手に見えなくて良かったと心底思う。片足だけズボンを脱いでパンツ一丁一歩手前で突っ立っている姿なんて、とてもじゃないが女性に見せられない。まあ北川先生にはそれ以上のものを見られているのだから、なにを今さらな感じがしないでもないのだが。
こっちの姿が見えないのをいいことに、中途半端な状態で片足に引っ掛かっていたズボンを脱ぎ捨てると、椅子に座った。こんなかっこうでニヤニヤしながら電話をしているなんて、どう考えても変態だな……。
「ご心配なく。帰宅したところで、風呂にでもと思っていたところですから。あ、別に飲み歩いていたわけじゃないんですよ、その点はまだ養生してます」
なぜか北川先生の呆れている顔が浮かんだので、慌てて付け加えた。病室に仕事を持ち込んでいたことだけでもマイナス点なのに、退院したとたんに呑気に飲み歩いているなんて思われたら、目も当てられない。
『お仕事でお疲れのところごめんなさい。手短に終わらせますね。えっと土曜日のことなんですけど、待ち合わせの場所を決めるにも私、南山さんがどの辺に住んでいるのか知らないので、どうしたものかと』
聞くところによると、北川先生は、病院近くの単身者向けのアパートに住んでいるらしい。となると、こことはかなり離れた場所ということになる。
「僕のことは気にしなくても良いですよ。北川先生の都合の良い場所を指定してくれたら、そこに行きますから。あ、分かりやすく、病院の前で待ち合わせをしましょうか?」
『それは困ります!!』
「困る?」
『い、いえ、それはこっちの話で!!』
慌てた様子の北川先生の声に首をかしげた。なにが困ると言うんだ?
病院の誰かに見られるのが困ると言いたいのだろうか? 勉強中の研修医でも恋愛をするのは自由だろうし、お互いに社会人だし独身だし、こちらはとっくに退院して入院患者ではないのだから、なにも問題ないと思うんだが、違うのか? それとも、研修医のくせに恋愛なんてしているヒマがあるのか?などと、厳しいことを言う先輩でもいるということなのか。だとしたら、北川先生の今後のためにも、無理に病院前を待ち合わせ場所にするわけにはいかないか。
『そ、それとですね、お食事をということなんですけど、ほら、私はまだ半人前でして、南山さん達のような官僚さん達が行くようなお店なんて、まったく縁がないんですけど、大丈夫なんでしょうか?』
その問い掛けに、なにが大丈夫なんでしょうかなんだろうと、さらに首をかしげてしまう。官僚達が行くような店? もしかしていまさらだが、北川先生は、俺達のことを盛大に誤解しているんじゃないだろうか?
「北川先生」
『はい?』
「もしかして僕達が、毎晩のように高級料亭で、あれこれ人に言えないようなことを、画策していると思ってますか?」
『画策してるなんて思ってませんよ!!』
ああ、この返事でわかってしまった。
画策しているとは思ってなくても、北川先生の頭の中では、俺達は高級料亭やら高級クラブで、毎晩のように飲み食いしている生活を送っているらしい。期待を裏切るようで申し訳ないが、そんなことは断じてない。下っ端の俺達は無理やり時間を捻り出しているだけで、どちらかと言えば、普段は仕事が忙しすぎて世間様並の時間帯に、飲みに行くヒマすらないというのが実情だ。そういう意味では、今の北川先生の生活と近いかもしれない。
「かなり偉い人達のことは知りませんが、僕達が行くのは、せいぜい職場近くの居酒屋程度ですよ。食事だって、普段は職員専用の食堂か手弁当だし」
『……そうなんですね……』
「そりゃあ、北川先生を食事に誘ったのは僕ですから、それなりにいい店を選びましたが」
『え?!』
病院で俺達を叱っていた時とは大違いの、可愛らしい反応に楽しくなってくる。
「安心してください。ごくごく普通のお店です」
『官僚さん的に普通のお店、ってことじゃないですよね?』
「大丈夫です。大学時代に、友人とも行ったことのある店ですから」
彼女の頭の中で、俺達は一体どんな生活を送っているのか、聞きたい気がしてきた。さぞかし愉快な官僚様御一行にされているんだろうな。これは是非とも聞かせてもらわなければ。
『なら安心しました。じゃあ待ち合わせは、その南山さんが選んだお店の、最寄りの駅で待ち合わせが一番ですよね』
「そうですね、だったら……」
最寄りの駅を告げると、そこなら迷わずに行けますという返事が返ってくる。
「もしかして先生、方向音痴とか言わないですよね?」
その返事が少し気になってたずねてみた。
『違いますよ。最近は病院と自宅の往復ばかりで、なかなか出かける時間がないから、新しいお店の名前を言われても分からないことが多いんです。その点、駅なら迷うことないですから』
「なるほど。じゃあ、そこに十一時にということで」
『分かりました。えっと……』
「もちろん、行けない事情ができたら遠慮なく言ってください。病院だったら急患が出ることもありますからね」
そう言いながら、自分も急患だったんだよなと思い至る。あの時は、まさか自分の担当になってくれた医者とデートをすることになるなんて、思いもしなかった。
『それから南山さん、アヒルのボールペン、忘れないでくださいね?』
「そんなに僕のボールペンは使いにくかったですか?」
お気に入りだと言っている北川先生には申し訳ないが、どこかの景品のようなボールペンよりも、祖父が贈ってくれたボールペンの方が書きやすいと思うんだが。
『値段のことを知らずに使っていた時は、書きやすかったですよ。もう驚きです、ボールペンで二万円以上するなんて! 聞いたとたんに肩が凝ってしまって大変だから、その日の内に机の中に大事に仕舞い込みました』
「なんだ、使ってくれてなかったんですか……」
会えるまではあのボールペンが、自分のかわりに北川先生と一緒にすごしているからと慰めていたのに、ガッカリだ。
『だって二万円以上ですよ?! そんな高価な物を仕事では使えないです』
「僕は使ってましたよ?」
『それは自分の持ち物だからですよ。どなたかからの贈り物だったんじゃないですか?』
「祖父が入省祝いにくれたものです」
『じゃあ、なおさらです。ちゃんと返しますから!!』
だからアヒルは返してくださいねと念押しをしてくる。ふむ、二万円以上というのがお気に召さなかったのか、なるほど。
『聞いてますか、南山さん?』
「はい、聞いてます。先生の大切なアヒルは、土曜日にお返ししますから安心してください。土曜日を楽しみにしていますね」
『あの、まだ術後まなしなんですから、無理はしないように。お仕事も飲み歩きも』
「分かりました。じゃあ、お休みなさい」
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