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番外小話 1
【希望が丘駅前商店街】安住さんちにお邪魔しちゃいました
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大学の帰り久し振りに駅前の商店街までダラダラ坂道を歩いて下って、商店街の入口にある中華のお店で肉まんをテイクアウトした。実は今夜は重光先生達と夕飯をご一緒する約束をしているからお腹を空けておかないといけないんだけど、昼休みに担当教授と話し込んじゃってお昼を食べ損ねちゃっていたからどうしても夕飯まで我慢できなかったんだ。
これでも色々と考えたんだよ、いい匂いが漂ってくるお好み焼き屋さんに飛び込むよりは肉まんの方がまだお腹に響く度合いが少ないよねって。実のところ元気な奥さんの声にひかれて買ってみたら思っていたより肉まんが大きくてちょっと後悔していたりするんだけど……美味しいからまあ良いか。
熱々の肉まんを齧りながらそう言えば安住さんの実家ってこの辺なんだよねって思い出して、少しでも歩いてカロリーを消費しようと探検してみることにした。前と違って自宅が都内になってからはなかなかゆっくりここでお買い物をすることもなくなっちゃったし。あれから新しいお店とか増えているかもチェックしてみるつもり。で、安住さんちってお寺って言ってたっけ? 確かこの辺に防災用の周辺地図があったような……あ、あった。
「お寺、お寺……あった、へえ、すぐ近くの裏通りにあるんだ、知らなかった」
お寺の名前は昌胤寺。その横にカッコ付きで安住って書いてある。この地図を見て初めて大学の近くにそこそこ大きな神社があることを知った。プラネタリウムとか植物園には何度か行ったことあるけどこの神社は一度も行ったことないな、何処かで時間がとれたら行ってみよう。
「本当に安住さんちってお寺だったんだあ……」
今まで安住さんのご実家がどんなお仕事をしているかなんて考えたことはなかったけどそれがお寺っていうのは物凄く意外な感じ。安住さんがお寺を継いでいないってことはお兄さんがいるのかな? どんな人だろう、やっぱり安住さんや信吾さんと同じでちょっと目つきが怖いですよ系?
いやいや、もしかしたら安住さん自身が跡取り息子なのに喧嘩して家を飛び出して自衛官になったとか? で、なかなか実家に寄り付かないとか? ってことは、もしかして自衛官にならなかったら安住さんもお坊さんになっていたってことかな。……うーん、なんだか袈裟懸け姿の安住さんって似合わない。髪は今でも短いけどさすがにツルツルの坊主頭は想像つかない……。それにツルツルじゃないお坊さんもいるし、お寺の宗派によっては安住さんはツルツルにしなくても良いかもしれないから実家に戻って跡を継いでも大丈夫かも。
「こっちの道にあるのね……」
勝手に頭の中で安住さんの人生を波乱万丈なものにしながら商店街から一本外に出た道路へと向かう。そこをまがろうとしてその先のビルの一階が重光先生の事務所ってことに気が付いた。先生の自宅はもう少し離れた山手にあるけど事務所はここなのか。信吾さんと出会うまで住んでいた駅向こうのマンションとの距離を考えると、知らなかっただけで意外と近いところに住んでいたんだ私って今更ながら気が付いた。
まがった道路を真っ直ぐ歩いていくと大きな木のある公園に隣接したお寺と保育園が見えてきた。四時前だけど小さい子達の元気な声が聞こえてくる。この時間まで残っているってことはきっとお母さんが働いている子達ってことよね、きっと。
「あれ、奈緒さん?」
保育園とお寺を眺めながら前を通り過ぎようとしたところで保育園の門から出てきた京子さんとばったり出くわした。私も驚いたけど京子さんも私のことを見て驚いた顔をしている。
「あ、京子さん。こんにちは」
「こんにちは。どうしたの? まさか道に迷ったとか言わないわよね?」
「さすがにそれはないですよ、私が通ってるのあそこの大学ですよ?」
そう言いながら自分が来た道の方を指でさす。私、どんだけ頼りない子だと思われてるんだろ……。
「そうよね、さすがに一本道を迷うなんてことないよね」
「ですです。今日はサバゲーの時に話していた安住さんちのご実家ってどんなとこかなって思ったので偵察に来てみました。さっそく京子さんに見つかっちゃいましたけど」
「そうだったの。旦那も来てるわよ、お寺の方に。会っていったら?」
「良いんですか?」
「うんうん。お義母さんもお客さんは大歓迎な人だし、息子の上司の奥さんには会っておきたいんじゃないかな。行きましょう」
京子さんはニッコリと笑ってお寺の門をくぐると私のことを手招きした。なんだか立派な門構え。もしかして凄く由緒正しいお寺とか?
「そう言えば京子さん、お子さん達ってもう小学生ですよね? なんで保育園に?」
「ん? ああ、今度バザーがあってね。卒園生の父兄もお手伝いをすることになっていてその時に売る商品を届けにきたのよ。それに私、一応はお寺の身内だしね」
「なるほど」
そんな話をしながらお寺の中へ。街中のお寺なのに境内は結構な広さがあって立派なお庭がある。お墓は、ああ、あっちにあるのね、なんだか古そうな墓石もあるし門構えも立派だったしやっぱり由緒正しい歴史のあるお寺なんだよね、きっと。
「恭ちゃーん、奈緒さんが来たわよ」
キョウチャン? キョウチャンって誰? 首を傾げていると玄関の奥からバタバタと走る音がして閉まっていた引き戸がスパーンと全開になった。おお、なんだか驚いている安住さんを見るのって新鮮。しかも普段は足音さえさせないで近寄ってくるのに今はすっごいバタバタしながら走ってきてたし。で、キョウチャンって? もしかして安住さんのこと?
「……本当に奈緒さんだった」
「私が嘘をつくわけないじゃない。恭ちゃんちを偵察しに来たんだって」
「早々に京子さんに見つかっちゃいましたけどね。あ、こんにちは」
安住さんの後ろからわらわらと人が出てきた。多分、年恰好からしてどうやらお父さんとお母さん。そして安住さんちのお子さん達も。
「すみません、急にお邪魔して。森永と申します」
ペコリと頭を下げて御両親に挨拶をすると安住さんが俺の上官の奥さんだと説明している。私が学生だと知ってちょっとお驚いた顔をされてしまった。まあ確かに上官のお嫁さんが大学生ってちょっとビックリだよね。
「いつも恭一がお世話になっています」
「いえ、こちらこそ」
そんな社交辞令的な挨拶を交わした後、是非に上がっていって下さいということだったので、信吾さんとの待ち合わせの時間までまだ間があったのでお邪魔させてもらうことにした。そこで安住さんのお兄さん御夫婦とも顔を合わせることになったんだけど、なんだかまるで仏様みたいな人だなって印象。ああ、仏様って言っても亡くなった人って意味じゃなくて本当の仏様、えっと観音様とか菩薩様とか? とにかくそんな感じで私の想像していた想像上の安住さんのお兄さんとは全然違っていた。あ、だけどお父さんは想像に近いかもしれないかな、安住さんってお父さん似だったんだね。
「こんなに近いところだったなんて知らなかったですよ。この三年間、安住さんの実家が近いって知らずにこの辺をウロウロしていたなんて。よく顔を合わせなかったですよね」
「まあ俺達は駐屯地横の官舎住まいだし、こっちには殆ど戻ってこないからね」
「近いのに勿体無い」
「もちろん京子やチビ達はよく来てるんだ。来ないのは俺だけだから」
「そうなんですか? もしかしてなかなか実家に戻れないのって信吾さんのせいとかじゃないですよね?」
「奈緒さん、恭ちゃんがなかなかここに戻ってこないのは仕事中毒なだけだから心配しないで」
「仕事中毒……」
京子さんがウンウンと頷く。
「もうね、子供の頃からの憧れの職業についたもんだから今の仕事を愛しちゃって大変なのよ」
「ああ、それ分かります。うちの信吾さんも同じだから」
私の言葉に疑わしそうな顔をしたのはその安住さん。
「……そんなことないでしょ。以前はそうだったかもしれないけど今の三佐は奈緒さんの方が絶対に占めている割合が大きい筈」
「そうかなあ……」
首を傾げた私を見て京子さんが愉快そうに笑った。
「なるほど。本当に自覚が無いんだ、ちょっと羨ましいって言うかある意味尊敬しちゃうわね」
「だろ?」
「なに二人で納得してるんですか」
「まあ色々と。三佐嫁は偉大だって話です」
「褒められている気がしません。……あ、ところで京子さん、安住さんのことキョウチャンって呼んでるんですか? キョウチャンって可愛いですね」
安住さんが盛大にお茶を噴いた。おお、漫画みたいなお茶噴きなんて初めて見たよ。
「私達、幼馴染みだからね、昔からそう呼んでいるの。さすがに人前では使わないけど」
「へえ、なんだか羨ましいです」
「そう? 羨ましいんだって、キョウチャン」
「キョウチャン言うな」
あ、照れてる。あの安住さんが照れてるよ、可愛いじゃないか。
「奈緒さん、それ他の連中には絶対に言わないように。特に下の連中とその嫁達には」
「どうして?」
「上官としての威厳が無くなります」
「そんなもの元々ないでしょ」
「煩い、黙れ」
安住さんは京子さんにちょっと怖い顔を向けるけど京子さんはどこ吹く風って感じで平然としている。
「そうですねえ……今度の豆撒き大会、もう少し何とかしてくれるんなら考えても良いですけど?」
「……奈緒さん、なんでそこでそんな交換条件出してくるかな」
「だって豆撒きでお尻にアザが出来るなんて絶対におかしいですもん。信吾さんでなくても良いからせめて一人か二人ぐらい助っ人をつけて下さい。それが嫌なら威厳が低下します、多分」
私達の会話を聞いていたお父さんがお前達は一体どんな豆撒きをしているんだと呆れている。実に自衛隊らしい豆撒きなんですよって言っただけで具体的な説明をしなくても納得されちゃったんだけど、多分それほどかけ離れていないものを想像しているんじゃないかな。
「じゃあ当日までに考えておきますよ」
「約束ですよ? 破ったら言いふらしちゃいますからね」
「善処します」
「それ何もしませんっていう政治家用語なんですけど?」
「自衛官的に善処します」
「……」
暫くしてお父さんとお兄さんは夕方のおつとめがあるからと席を外し、安住さんは子供達を引き連れて保育園で催されるバザーの準備のお手伝いに出掛けていったので残された女性陣だけで色々なお喋りをした。お話をしている雰囲気からして京子さんとお姉さん、お母さんはとても仲が良いらしい。もちろん旦那さんも含めて家族全員が仲良しってことなんだけど、私も信吾さんも実家が存在しないからこういうのって羨ましいなって思ってしまった。そりゃ甲府には叔父さん夫婦もいるし信吾さんには養父の森永先生や重光先生達がいるけれど、やっぱり血の繋がった家族で仲良く過ごすっていのうは憧れちゃうな。
ついお喋りに夢中になっちゃっていて、気がついたら待ち合わせの時間まであと十五分になっていた。
「あ、そろそろ待ち合わせの時間なので、私これで失礼させていただきますね」
「あら、もしかして旦那さんと待ち合わせだった? 引き留めて申し訳なかったかな?」
「いえいえ。知り合いの方と夕食をご一緒にってことになって信吾さんとは駅前で待ち合わせなんですよ」
「そう。あ、旦那に送らせるよ」
「すぐそこだから大丈夫ですよ」
「いやいや、最近は色々と物騒だから。こんな平和の地域でも強盗や殺人事件も起きる世の中だからね」
え、なにそれ。ちょっと話を聞きたいかも……。そんな野次馬根性がムクムクと頭をもたげてきたけれどそろそろ時間だし諦めるしかない。そのうち京子さんとゆっくりお茶でもする時に聞かせてもらおう。
「いまメールしたから直ぐに戻ってくると思う。じゃあ私が代わりに保育園の方で手伝ってくるから」
お母さんとお姉さんにそう言って京子さんも私と一緒にお寺を出た。
「別にわざわざ送らなくても……」
「まあまあ。ちゃんと三佐のもとに送り届けないと心配だから」
「私、そんなに方向音痴でもないですよ?」
安住さんが保育園から出てきた。
「じゃあ恭ちゃん、大事な三佐嫁の奈緒さん任せた」
「だから恭ちゃん言うな」
そんな訳でちょっと不機嫌そうにブツブツと何か呟いている安住さんに送ってもらうことに。
「別にすぐそこなんだから大丈夫なのに」
「京子は元警官だし心配なんでしょ、奈緒さんのことが。まあ俺も心配だから送っていくわけだけど」
「にしては憂鬱そうですね?」
「いや、何て言うか、俺を見た時の三佐の反応が怖いだけ」
「信吾さん? 何で?」
「……」
何かブツブツと呟いているけど聞こえないよ、安住さん。何て言ったの?
「奈緒さんには是非ともいつまでもそのままでいていただきたいものです」
「それってどういう意味です?」
「そのままの意味で。裏も表もありません」
なんだか急に改まった口調になっちゃって安住さんてばおかしい。駅前の広場に着くと既に信吾さんは到着していてブロンズ像のところで立っていた。手を振って声をかけるとこっちに視線を向けて微かに頷く。あれ? なんだか今、一瞬だけ怖い顔しなかった? 隣の安住さんも急に黙っちゃうし何だか変な空気が流れてきたよ……。
「うちの嫁が奥様を送って行けと言うものですからエスコートさせていただきました」
「うむ、御苦労」
「では奥様、自分はこれで失礼いたします」
「皆さんによろしく言っておいて下さいね」
「はい。では」
敬礼しないだけマシかもだけど何でオフなのに二人して仕事モードな雰囲気になっちゃうのよ……。
「信吾さん」
安住さんが行ってしまって重光先生と待ち合わせをすることになっている駅向こうのレストランへと向かいながら信吾さんを見上げる。
「なんだ?」
「もしかしてさっき、安住さんのこと睨んだ?」
「いや? 気のせいだろ」
やっぱり睨んだんだ……。
これでも色々と考えたんだよ、いい匂いが漂ってくるお好み焼き屋さんに飛び込むよりは肉まんの方がまだお腹に響く度合いが少ないよねって。実のところ元気な奥さんの声にひかれて買ってみたら思っていたより肉まんが大きくてちょっと後悔していたりするんだけど……美味しいからまあ良いか。
熱々の肉まんを齧りながらそう言えば安住さんの実家ってこの辺なんだよねって思い出して、少しでも歩いてカロリーを消費しようと探検してみることにした。前と違って自宅が都内になってからはなかなかゆっくりここでお買い物をすることもなくなっちゃったし。あれから新しいお店とか増えているかもチェックしてみるつもり。で、安住さんちってお寺って言ってたっけ? 確かこの辺に防災用の周辺地図があったような……あ、あった。
「お寺、お寺……あった、へえ、すぐ近くの裏通りにあるんだ、知らなかった」
お寺の名前は昌胤寺。その横にカッコ付きで安住って書いてある。この地図を見て初めて大学の近くにそこそこ大きな神社があることを知った。プラネタリウムとか植物園には何度か行ったことあるけどこの神社は一度も行ったことないな、何処かで時間がとれたら行ってみよう。
「本当に安住さんちってお寺だったんだあ……」
今まで安住さんのご実家がどんなお仕事をしているかなんて考えたことはなかったけどそれがお寺っていうのは物凄く意外な感じ。安住さんがお寺を継いでいないってことはお兄さんがいるのかな? どんな人だろう、やっぱり安住さんや信吾さんと同じでちょっと目つきが怖いですよ系?
いやいや、もしかしたら安住さん自身が跡取り息子なのに喧嘩して家を飛び出して自衛官になったとか? で、なかなか実家に寄り付かないとか? ってことは、もしかして自衛官にならなかったら安住さんもお坊さんになっていたってことかな。……うーん、なんだか袈裟懸け姿の安住さんって似合わない。髪は今でも短いけどさすがにツルツルの坊主頭は想像つかない……。それにツルツルじゃないお坊さんもいるし、お寺の宗派によっては安住さんはツルツルにしなくても良いかもしれないから実家に戻って跡を継いでも大丈夫かも。
「こっちの道にあるのね……」
勝手に頭の中で安住さんの人生を波乱万丈なものにしながら商店街から一本外に出た道路へと向かう。そこをまがろうとしてその先のビルの一階が重光先生の事務所ってことに気が付いた。先生の自宅はもう少し離れた山手にあるけど事務所はここなのか。信吾さんと出会うまで住んでいた駅向こうのマンションとの距離を考えると、知らなかっただけで意外と近いところに住んでいたんだ私って今更ながら気が付いた。
まがった道路を真っ直ぐ歩いていくと大きな木のある公園に隣接したお寺と保育園が見えてきた。四時前だけど小さい子達の元気な声が聞こえてくる。この時間まで残っているってことはきっとお母さんが働いている子達ってことよね、きっと。
「あれ、奈緒さん?」
保育園とお寺を眺めながら前を通り過ぎようとしたところで保育園の門から出てきた京子さんとばったり出くわした。私も驚いたけど京子さんも私のことを見て驚いた顔をしている。
「あ、京子さん。こんにちは」
「こんにちは。どうしたの? まさか道に迷ったとか言わないわよね?」
「さすがにそれはないですよ、私が通ってるのあそこの大学ですよ?」
そう言いながら自分が来た道の方を指でさす。私、どんだけ頼りない子だと思われてるんだろ……。
「そうよね、さすがに一本道を迷うなんてことないよね」
「ですです。今日はサバゲーの時に話していた安住さんちのご実家ってどんなとこかなって思ったので偵察に来てみました。さっそく京子さんに見つかっちゃいましたけど」
「そうだったの。旦那も来てるわよ、お寺の方に。会っていったら?」
「良いんですか?」
「うんうん。お義母さんもお客さんは大歓迎な人だし、息子の上司の奥さんには会っておきたいんじゃないかな。行きましょう」
京子さんはニッコリと笑ってお寺の門をくぐると私のことを手招きした。なんだか立派な門構え。もしかして凄く由緒正しいお寺とか?
「そう言えば京子さん、お子さん達ってもう小学生ですよね? なんで保育園に?」
「ん? ああ、今度バザーがあってね。卒園生の父兄もお手伝いをすることになっていてその時に売る商品を届けにきたのよ。それに私、一応はお寺の身内だしね」
「なるほど」
そんな話をしながらお寺の中へ。街中のお寺なのに境内は結構な広さがあって立派なお庭がある。お墓は、ああ、あっちにあるのね、なんだか古そうな墓石もあるし門構えも立派だったしやっぱり由緒正しい歴史のあるお寺なんだよね、きっと。
「恭ちゃーん、奈緒さんが来たわよ」
キョウチャン? キョウチャンって誰? 首を傾げていると玄関の奥からバタバタと走る音がして閉まっていた引き戸がスパーンと全開になった。おお、なんだか驚いている安住さんを見るのって新鮮。しかも普段は足音さえさせないで近寄ってくるのに今はすっごいバタバタしながら走ってきてたし。で、キョウチャンって? もしかして安住さんのこと?
「……本当に奈緒さんだった」
「私が嘘をつくわけないじゃない。恭ちゃんちを偵察しに来たんだって」
「早々に京子さんに見つかっちゃいましたけどね。あ、こんにちは」
安住さんの後ろからわらわらと人が出てきた。多分、年恰好からしてどうやらお父さんとお母さん。そして安住さんちのお子さん達も。
「すみません、急にお邪魔して。森永と申します」
ペコリと頭を下げて御両親に挨拶をすると安住さんが俺の上官の奥さんだと説明している。私が学生だと知ってちょっとお驚いた顔をされてしまった。まあ確かに上官のお嫁さんが大学生ってちょっとビックリだよね。
「いつも恭一がお世話になっています」
「いえ、こちらこそ」
そんな社交辞令的な挨拶を交わした後、是非に上がっていって下さいということだったので、信吾さんとの待ち合わせの時間までまだ間があったのでお邪魔させてもらうことにした。そこで安住さんのお兄さん御夫婦とも顔を合わせることになったんだけど、なんだかまるで仏様みたいな人だなって印象。ああ、仏様って言っても亡くなった人って意味じゃなくて本当の仏様、えっと観音様とか菩薩様とか? とにかくそんな感じで私の想像していた想像上の安住さんのお兄さんとは全然違っていた。あ、だけどお父さんは想像に近いかもしれないかな、安住さんってお父さん似だったんだね。
「こんなに近いところだったなんて知らなかったですよ。この三年間、安住さんの実家が近いって知らずにこの辺をウロウロしていたなんて。よく顔を合わせなかったですよね」
「まあ俺達は駐屯地横の官舎住まいだし、こっちには殆ど戻ってこないからね」
「近いのに勿体無い」
「もちろん京子やチビ達はよく来てるんだ。来ないのは俺だけだから」
「そうなんですか? もしかしてなかなか実家に戻れないのって信吾さんのせいとかじゃないですよね?」
「奈緒さん、恭ちゃんがなかなかここに戻ってこないのは仕事中毒なだけだから心配しないで」
「仕事中毒……」
京子さんがウンウンと頷く。
「もうね、子供の頃からの憧れの職業についたもんだから今の仕事を愛しちゃって大変なのよ」
「ああ、それ分かります。うちの信吾さんも同じだから」
私の言葉に疑わしそうな顔をしたのはその安住さん。
「……そんなことないでしょ。以前はそうだったかもしれないけど今の三佐は奈緒さんの方が絶対に占めている割合が大きい筈」
「そうかなあ……」
首を傾げた私を見て京子さんが愉快そうに笑った。
「なるほど。本当に自覚が無いんだ、ちょっと羨ましいって言うかある意味尊敬しちゃうわね」
「だろ?」
「なに二人で納得してるんですか」
「まあ色々と。三佐嫁は偉大だって話です」
「褒められている気がしません。……あ、ところで京子さん、安住さんのことキョウチャンって呼んでるんですか? キョウチャンって可愛いですね」
安住さんが盛大にお茶を噴いた。おお、漫画みたいなお茶噴きなんて初めて見たよ。
「私達、幼馴染みだからね、昔からそう呼んでいるの。さすがに人前では使わないけど」
「へえ、なんだか羨ましいです」
「そう? 羨ましいんだって、キョウチャン」
「キョウチャン言うな」
あ、照れてる。あの安住さんが照れてるよ、可愛いじゃないか。
「奈緒さん、それ他の連中には絶対に言わないように。特に下の連中とその嫁達には」
「どうして?」
「上官としての威厳が無くなります」
「そんなもの元々ないでしょ」
「煩い、黙れ」
安住さんは京子さんにちょっと怖い顔を向けるけど京子さんはどこ吹く風って感じで平然としている。
「そうですねえ……今度の豆撒き大会、もう少し何とかしてくれるんなら考えても良いですけど?」
「……奈緒さん、なんでそこでそんな交換条件出してくるかな」
「だって豆撒きでお尻にアザが出来るなんて絶対におかしいですもん。信吾さんでなくても良いからせめて一人か二人ぐらい助っ人をつけて下さい。それが嫌なら威厳が低下します、多分」
私達の会話を聞いていたお父さんがお前達は一体どんな豆撒きをしているんだと呆れている。実に自衛隊らしい豆撒きなんですよって言っただけで具体的な説明をしなくても納得されちゃったんだけど、多分それほどかけ離れていないものを想像しているんじゃないかな。
「じゃあ当日までに考えておきますよ」
「約束ですよ? 破ったら言いふらしちゃいますからね」
「善処します」
「それ何もしませんっていう政治家用語なんですけど?」
「自衛官的に善処します」
「……」
暫くしてお父さんとお兄さんは夕方のおつとめがあるからと席を外し、安住さんは子供達を引き連れて保育園で催されるバザーの準備のお手伝いに出掛けていったので残された女性陣だけで色々なお喋りをした。お話をしている雰囲気からして京子さんとお姉さん、お母さんはとても仲が良いらしい。もちろん旦那さんも含めて家族全員が仲良しってことなんだけど、私も信吾さんも実家が存在しないからこういうのって羨ましいなって思ってしまった。そりゃ甲府には叔父さん夫婦もいるし信吾さんには養父の森永先生や重光先生達がいるけれど、やっぱり血の繋がった家族で仲良く過ごすっていのうは憧れちゃうな。
ついお喋りに夢中になっちゃっていて、気がついたら待ち合わせの時間まであと十五分になっていた。
「あ、そろそろ待ち合わせの時間なので、私これで失礼させていただきますね」
「あら、もしかして旦那さんと待ち合わせだった? 引き留めて申し訳なかったかな?」
「いえいえ。知り合いの方と夕食をご一緒にってことになって信吾さんとは駅前で待ち合わせなんですよ」
「そう。あ、旦那に送らせるよ」
「すぐそこだから大丈夫ですよ」
「いやいや、最近は色々と物騒だから。こんな平和の地域でも強盗や殺人事件も起きる世の中だからね」
え、なにそれ。ちょっと話を聞きたいかも……。そんな野次馬根性がムクムクと頭をもたげてきたけれどそろそろ時間だし諦めるしかない。そのうち京子さんとゆっくりお茶でもする時に聞かせてもらおう。
「いまメールしたから直ぐに戻ってくると思う。じゃあ私が代わりに保育園の方で手伝ってくるから」
お母さんとお姉さんにそう言って京子さんも私と一緒にお寺を出た。
「別にわざわざ送らなくても……」
「まあまあ。ちゃんと三佐のもとに送り届けないと心配だから」
「私、そんなに方向音痴でもないですよ?」
安住さんが保育園から出てきた。
「じゃあ恭ちゃん、大事な三佐嫁の奈緒さん任せた」
「だから恭ちゃん言うな」
そんな訳でちょっと不機嫌そうにブツブツと何か呟いている安住さんに送ってもらうことに。
「別にすぐそこなんだから大丈夫なのに」
「京子は元警官だし心配なんでしょ、奈緒さんのことが。まあ俺も心配だから送っていくわけだけど」
「にしては憂鬱そうですね?」
「いや、何て言うか、俺を見た時の三佐の反応が怖いだけ」
「信吾さん? 何で?」
「……」
何かブツブツと呟いているけど聞こえないよ、安住さん。何て言ったの?
「奈緒さんには是非ともいつまでもそのままでいていただきたいものです」
「それってどういう意味です?」
「そのままの意味で。裏も表もありません」
なんだか急に改まった口調になっちゃって安住さんてばおかしい。駅前の広場に着くと既に信吾さんは到着していてブロンズ像のところで立っていた。手を振って声をかけるとこっちに視線を向けて微かに頷く。あれ? なんだか今、一瞬だけ怖い顔しなかった? 隣の安住さんも急に黙っちゃうし何だか変な空気が流れてきたよ……。
「うちの嫁が奥様を送って行けと言うものですからエスコートさせていただきました」
「うむ、御苦労」
「では奥様、自分はこれで失礼いたします」
「皆さんによろしく言っておいて下さいね」
「はい。では」
敬礼しないだけマシかもだけど何でオフなのに二人して仕事モードな雰囲気になっちゃうのよ……。
「信吾さん」
安住さんが行ってしまって重光先生と待ち合わせをすることになっている駅向こうのレストランへと向かいながら信吾さんを見上げる。
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※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
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