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番外小話 1
【希望が丘駅前商店街】晩秋 旦那様は厄年?
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「それで感想は?」
そう言って私の隣を微妙な表情を浮かべながら歩いている信吾さんを見上げた。安住さんや部下の人達には恐れられている信吾さんだけど、どうやら今時の女子大生は苦手みたい。っていうか、こういう学生さん達がたくさんいる騒々しくて賑やかな場所が苦手なのかな?
実は昨日と今日は光陵学園大学の大学祭。私にとっては学生として参加できる最後の大学祭で、その最後の年に普段はなかなか土日に休暇が取れない信吾さんの休みが重なったものだから遅れ馳せながら御招待してキャンパスの案内をしているところ。
今までも何度か学校の前で待ち合わせはしていたんだけど、信吾さんってば春先に女子に囲まれてから学校前を待ち合わせ場所にするのを嫌がってずっと駅前での待ち合わせなのよね。だから今日は久し振りのキャンパスなんだけど何となく視線を感じて微妙な気分になっちゃっているらしい。
「まあ、何て言うか見世物になったような気分になるのはどうしてなんだろうな」
「そりゃ信吾さんが男前だから女の子の視線が集まるのは仕方ないんじゃないかな」
「そんなこと爪の先ほども思ってないだろ? 本当のところはどう思ってるんだ」
信吾さんのことを女子達がカッコいいと思っているのは本当なんだけどな……。ただ私はそういう目で見知らぬ女子が信吾さんのことを見るのはちょっと気に入らない。もちろん私の連れだってことは見たら分かるから、今は守衛室前で待ち合わせした時みたいにあからさまに声をかけてくることはないんだけど。
「声をかけてくる女の子は医学部の子ばかりだってことに気が付いた?」
「そうなのか?」
「うん。医学部ってね、まだまだ女子の数が少ないのね。私が入学した時よりも今年の方が増えには増えたけど全体からするとまだまだなの。だから同学年の女子同士の繋がりが他の学部より強くて、その情報網のせいで信吾さんが私の旦那さんってことで知れ渡っちゃっているってわけ」
「顔も?」
「安住さん達が私のことを三佐嫁って呼ぶみたいに、私の知り合いの中では信吾さんもなおっちの旦那さんってことで認知されてるよ。あ、もちろん陸上自衛隊の自衛官だってことも知られているけど、何処に所属しているかまでは知られていないから安心して」
「真田のこともあるから油断は出来ないな、奈緒の知り合いは」
そう言いながら信吾さんが苦笑いする。
「みゅうさんは規格外だと思うけどな」
「当たり前だ。真田みたいなのが何人も周囲に居たら落ち着いて暮らせないだろ」
「あら、酷い言われようね」
「わあ!!」
いきなり後ろから声がして飛び上がってしまった。振り返れば白衣を着たみゅうさんが立っている。どうやら今日もお仕事のようだ。日本は平和な国だって言うけどみゅうさんの仕事が忙しいってことはそれなりに物騒なことや謎なことが起きているってことだよね。
「もしかして私が後ろにいることに気が付かなかったの? そんなんじゃ万が一のことがあったらなおっちのこと守れないじゃない、おじさん」
「おじさん言うな。それに俺は気が付いていた」
「何よ、四十路になったくせに」
「……」
図星を刺されてしまって黙ってしまう信吾さん。相変わらずみゅうさんは色々な意味で無敵だ。その無敵っぷりは信吾さんだけに限らず、法医学教室に仕事の依頼をしてくる警察関係者にも発揮されているらしい。ほんとにみゅうさんってば凄い。年が一つしか違わないなんてとても思えないよ。ん? それって逆に考えると私が頼りないってことなのかな?
「まったく最近は平和すぎてたるんでるんじゃないの? そんなんで私の大事な後輩を守れるんだか心配になってきたわ。なおっち」
「はい?」
いきなり話が私に振られたのでちょっとビックリ。
「ここの近くに神社があるのは知ってるわよね?」
「ああ、はい。滅多に行くことはないですけど秋のお祭で屋台が出るところですよね」
「うん。あそこにおじさんを連れて行ってお参りをしてきなさい」
「え? でもあそこって恋愛成就の神様じゃ?」
学校の近くにあるそこそこ敷地の大きな神社。この辺一帯の氏神様をお祀りする神社でうちの学校で有名な理由の一つは恋愛成就の願いが抜群らしいからってこと。ちなみに私は行く前に信吾さんに出会って結婚したから“奈緒は必要ないわよね”と言われて今までちゃんとお参りに行ったことがないのよね。で、なんでそこに信吾さんを?って話。
「もともとあそこは武運長久を願う神様なのよ。何故だかサービス旺盛な神様なものだから色々と願い事を聞いてくれて今じゃ何でもOKみたいに言われてるけどね」
「そうなんですか? 知らなかった。じゃあ信吾さんがお参りに行っても誰だお前って神様に怪しまれることも無いってことですね」
私の言葉に信吾さんが顔をしかめた。
「俺は怪しいのか……」
「だって恋愛成就の神様だったら妻がいるのに何故?って怪しまれて当然でしょ?」
「そうかもしれんが……」
「なるほど。不倫願望有りな危険物件ってことで敷地に入った途端に神様にお仕置きされるかもしれないわね、いきなり雷に打たれるとか」
「だから真田までどうしてそうなる。そこの神社は違うんだろ?」
みゅうさんの言葉に本気で嫌そうな顔をする信吾さん。
「武運長久がメインだけど他にも受け付けますって神様だから。それと、そういうけしからん気持ちを持って行ったら漏れなくお仕置きをする神様だってことは忘れない方が良いと思うわ」
「あのな、俺は奈緒以外の女は割とどうでも良い存在なんだが」
「みたいね。だったらお仕置きは無いから安心して。とにかく武運長久の神様だから自衛官がお参りしておいて損は無いわよ。それに、厄除けってやつもね。私が思うにオジサン、厄年でしょ」
みゅうさんからそんな言葉が飛び出すとちょっと意外な感じがする。私も普段からそんなに気にする方じゃないけど、みゅうさんは古い風習だとかそういうのって迷信とか言って一笑に付しちゃいそうな感じだし。だから厄年なんて言い出すなんてちょっとどころか物凄く意外な感じかも。
「そういうのってそれなりに根拠があるんだから行ってきなさい。ま、私はオジサンがどうなろうと知ったことじゃないけど、何かあったらなおっちが困るわけだしね。あ、何かあっても別に経済的には困らないのか」
「おい……」
「信吾さん、せっかくみゅうさんがそう言ってるんだからお参り行ってこようよ。私も職場がここに決まったからずっと働くのもここになる訳だし、この地域の氏神様だからさ」
それに厄年なんて言われちゃったらやっぱり気になるじゃない? こういうのって気が付いたのなら行かないより行っておいた方が良いよね。
「分かった」
そういう訳で私達は学校を出て月読神社に行くことにした。
+++++
「真田はやけに神社のこと詳しかったな」
歩いている途中で信吾さんがそう言った。
「あれ、言ってなかったっけ。みゅうさん、地元っ子なんだって。実家は駅前にある花屋さんだから」
「そうなのか?」
「うん。私もね、知ったのは信吾さんと結婚してからなの」
最初の頃はみゅうさんの実家ってもしかして「や」のつく自由業なんじゃないかって考えていた時期もあったんだよね。だって情報通なところとかちょっと怖いことを平気な顔して言うところとか、絶対に普通のサラリーマン家庭じゃないもの。そんなことを密かに思っていた私がみゅうさんの実家のことを知ったのは本当に偶然で、駅前で友達と待ち合わせをしている時にたまたまみゅうさんとみゅうさんのお母さんに会ったから。あの偶然が無かったら今でもきっと私はみゅうさんの実家は「や」のつく職業だと信じていたんじゃないかな。
「お父さんは駅前の交番勤務のお巡りさんなんだよ。ちょっとビックリでしょ?」
「そうだったのか、あの自由奔放さからは想像つかないな、親が公務員だなんて」
まあ確かにお堅い警察官がお父さんってのは信じられないかもしれない。だけど、お花屋さんを営んでいるお母さんとお話していると何となくみゅうさんに思考が似ているなって思ったから、みゅうさんはお母さん似なんだと思う。つまりは職業はお父さんの影響で固い仕事を選んだけど心はお花屋さんのお母さんみたいに芸術家肌、みたいな?
神社に続く石段を登ると本殿前で竹箒で掃き掃除をしている宮司さんが一人。私達を見て“お参りですか?”とにっこりと微笑んだ。
「厄除けの御祈祷ってこんな時期でも受け付けてもらえますか?」
そう尋ねると宮司さんは私ではなく信吾さんの方に視線を向けた。
「こちらの方がということですね?」
「はい」
「大丈夫ですよ。こちらで受付をしますからどうぞ」
社務所には絵に描いたような美人な巫女さん姿のお姉さんが座っている。宮司さんが声をかけると御祈祷用の紙を出してくれた。これに名前と生年月日を記入してから御祈祷をしてもらうらしい。こういうの私も初めてだからちょっと新鮮かな。
「あ、信吾さん、今年は前厄だって」
社務所の横に今年の厄年の年齢が男の人と女の人に分けて書かれた看板が立てられている。前厄、本厄、後厄って三年間も続くのかあ。私、厄年って一年だけだと思ってた。
「そうなのか。意識してなかったな」
「厄払いを意識しないで済むぐらい何事も無かったというのは幸いですよ。今年の数ヶ月も大過なく過ごせるように御祈祷させていただきますね」
用紙を受け取った巫女さんが本殿に上がる玄関口に案内してくれた。初めて来たのにいきなり本殿に案内されるなんてちょっと緊張しちゃうかも。廊下もお喋りするのが躊躇われるような雰囲気だし、私はそういうの全く見たり感じたり出来ない人間だけどやっぱり神様のいる場所って独特なのかな。
「しばらくこちらでお待ち下さいね」
本殿横にある控室みたいなところで宮司さんの用意ができるまで待つことになった。出してもらったお茶を飲みながら二人だけになると何だか物凄く静かでちょっと怖いぐらい。私は何となく落ち着かないのに信吾さんてば全然平気みたいで平然とした顔をして椅子に座っている。こういうのが感心しちゃうところで何もしないで待てるっていうのは凄いよ。
「今年が前厄ってことは来年が本厄ってことだよね。来年もちゃんと御祈祷した方が良さそうだね」
「気にしなければ知らないうちに過ぎているんだろうが、こうやって知ってしまったからにはきちんとした方が良いんだろうな」
「あ、森永先生が気を悪くする? ほら、神父様だし」
「いや、先生はそういうことは気にしない人だから問題ない」
「そっか。良かった」
暫くして正装(?)に着替えた宮司さんがやって来て本殿に入るとそこで御祈祷をしてもらった。厄除けが本来のお願い事なんだけど宮司さんが祝詞を読み上げている間、私はこっそりと信吾さんだけではなく群の人達全員が大きな怪我をすることなく過ごせますようにとお願いをした。神様も一人のことだけかと思っていたらいきなり私から二百人近い人達のことをお願いされて驚いちゃったかも。
あ、隊員さんだけではなくその家族の人達もなんてお願いしたらダメかな? ちょっと人数が膨らみ過ぎて神様的にはそんなに多いなんて聞いてないよとかそんな感じになっちゃう? そんなことを考えていたら何故か宮司さんと目が合ってしまった。なんだかその顔が笑いを堪えているように見えたのは気のせいだよね?
そう言って私の隣を微妙な表情を浮かべながら歩いている信吾さんを見上げた。安住さんや部下の人達には恐れられている信吾さんだけど、どうやら今時の女子大生は苦手みたい。っていうか、こういう学生さん達がたくさんいる騒々しくて賑やかな場所が苦手なのかな?
実は昨日と今日は光陵学園大学の大学祭。私にとっては学生として参加できる最後の大学祭で、その最後の年に普段はなかなか土日に休暇が取れない信吾さんの休みが重なったものだから遅れ馳せながら御招待してキャンパスの案内をしているところ。
今までも何度か学校の前で待ち合わせはしていたんだけど、信吾さんってば春先に女子に囲まれてから学校前を待ち合わせ場所にするのを嫌がってずっと駅前での待ち合わせなのよね。だから今日は久し振りのキャンパスなんだけど何となく視線を感じて微妙な気分になっちゃっているらしい。
「まあ、何て言うか見世物になったような気分になるのはどうしてなんだろうな」
「そりゃ信吾さんが男前だから女の子の視線が集まるのは仕方ないんじゃないかな」
「そんなこと爪の先ほども思ってないだろ? 本当のところはどう思ってるんだ」
信吾さんのことを女子達がカッコいいと思っているのは本当なんだけどな……。ただ私はそういう目で見知らぬ女子が信吾さんのことを見るのはちょっと気に入らない。もちろん私の連れだってことは見たら分かるから、今は守衛室前で待ち合わせした時みたいにあからさまに声をかけてくることはないんだけど。
「声をかけてくる女の子は医学部の子ばかりだってことに気が付いた?」
「そうなのか?」
「うん。医学部ってね、まだまだ女子の数が少ないのね。私が入学した時よりも今年の方が増えには増えたけど全体からするとまだまだなの。だから同学年の女子同士の繋がりが他の学部より強くて、その情報網のせいで信吾さんが私の旦那さんってことで知れ渡っちゃっているってわけ」
「顔も?」
「安住さん達が私のことを三佐嫁って呼ぶみたいに、私の知り合いの中では信吾さんもなおっちの旦那さんってことで認知されてるよ。あ、もちろん陸上自衛隊の自衛官だってことも知られているけど、何処に所属しているかまでは知られていないから安心して」
「真田のこともあるから油断は出来ないな、奈緒の知り合いは」
そう言いながら信吾さんが苦笑いする。
「みゅうさんは規格外だと思うけどな」
「当たり前だ。真田みたいなのが何人も周囲に居たら落ち着いて暮らせないだろ」
「あら、酷い言われようね」
「わあ!!」
いきなり後ろから声がして飛び上がってしまった。振り返れば白衣を着たみゅうさんが立っている。どうやら今日もお仕事のようだ。日本は平和な国だって言うけどみゅうさんの仕事が忙しいってことはそれなりに物騒なことや謎なことが起きているってことだよね。
「もしかして私が後ろにいることに気が付かなかったの? そんなんじゃ万が一のことがあったらなおっちのこと守れないじゃない、おじさん」
「おじさん言うな。それに俺は気が付いていた」
「何よ、四十路になったくせに」
「……」
図星を刺されてしまって黙ってしまう信吾さん。相変わらずみゅうさんは色々な意味で無敵だ。その無敵っぷりは信吾さんだけに限らず、法医学教室に仕事の依頼をしてくる警察関係者にも発揮されているらしい。ほんとにみゅうさんってば凄い。年が一つしか違わないなんてとても思えないよ。ん? それって逆に考えると私が頼りないってことなのかな?
「まったく最近は平和すぎてたるんでるんじゃないの? そんなんで私の大事な後輩を守れるんだか心配になってきたわ。なおっち」
「はい?」
いきなり話が私に振られたのでちょっとビックリ。
「ここの近くに神社があるのは知ってるわよね?」
「ああ、はい。滅多に行くことはないですけど秋のお祭で屋台が出るところですよね」
「うん。あそこにおじさんを連れて行ってお参りをしてきなさい」
「え? でもあそこって恋愛成就の神様じゃ?」
学校の近くにあるそこそこ敷地の大きな神社。この辺一帯の氏神様をお祀りする神社でうちの学校で有名な理由の一つは恋愛成就の願いが抜群らしいからってこと。ちなみに私は行く前に信吾さんに出会って結婚したから“奈緒は必要ないわよね”と言われて今までちゃんとお参りに行ったことがないのよね。で、なんでそこに信吾さんを?って話。
「もともとあそこは武運長久を願う神様なのよ。何故だかサービス旺盛な神様なものだから色々と願い事を聞いてくれて今じゃ何でもOKみたいに言われてるけどね」
「そうなんですか? 知らなかった。じゃあ信吾さんがお参りに行っても誰だお前って神様に怪しまれることも無いってことですね」
私の言葉に信吾さんが顔をしかめた。
「俺は怪しいのか……」
「だって恋愛成就の神様だったら妻がいるのに何故?って怪しまれて当然でしょ?」
「そうかもしれんが……」
「なるほど。不倫願望有りな危険物件ってことで敷地に入った途端に神様にお仕置きされるかもしれないわね、いきなり雷に打たれるとか」
「だから真田までどうしてそうなる。そこの神社は違うんだろ?」
みゅうさんの言葉に本気で嫌そうな顔をする信吾さん。
「武運長久がメインだけど他にも受け付けますって神様だから。それと、そういうけしからん気持ちを持って行ったら漏れなくお仕置きをする神様だってことは忘れない方が良いと思うわ」
「あのな、俺は奈緒以外の女は割とどうでも良い存在なんだが」
「みたいね。だったらお仕置きは無いから安心して。とにかく武運長久の神様だから自衛官がお参りしておいて損は無いわよ。それに、厄除けってやつもね。私が思うにオジサン、厄年でしょ」
みゅうさんからそんな言葉が飛び出すとちょっと意外な感じがする。私も普段からそんなに気にする方じゃないけど、みゅうさんは古い風習だとかそういうのって迷信とか言って一笑に付しちゃいそうな感じだし。だから厄年なんて言い出すなんてちょっとどころか物凄く意外な感じかも。
「そういうのってそれなりに根拠があるんだから行ってきなさい。ま、私はオジサンがどうなろうと知ったことじゃないけど、何かあったらなおっちが困るわけだしね。あ、何かあっても別に経済的には困らないのか」
「おい……」
「信吾さん、せっかくみゅうさんがそう言ってるんだからお参り行ってこようよ。私も職場がここに決まったからずっと働くのもここになる訳だし、この地域の氏神様だからさ」
それに厄年なんて言われちゃったらやっぱり気になるじゃない? こういうのって気が付いたのなら行かないより行っておいた方が良いよね。
「分かった」
そういう訳で私達は学校を出て月読神社に行くことにした。
+++++
「真田はやけに神社のこと詳しかったな」
歩いている途中で信吾さんがそう言った。
「あれ、言ってなかったっけ。みゅうさん、地元っ子なんだって。実家は駅前にある花屋さんだから」
「そうなのか?」
「うん。私もね、知ったのは信吾さんと結婚してからなの」
最初の頃はみゅうさんの実家ってもしかして「や」のつく自由業なんじゃないかって考えていた時期もあったんだよね。だって情報通なところとかちょっと怖いことを平気な顔して言うところとか、絶対に普通のサラリーマン家庭じゃないもの。そんなことを密かに思っていた私がみゅうさんの実家のことを知ったのは本当に偶然で、駅前で友達と待ち合わせをしている時にたまたまみゅうさんとみゅうさんのお母さんに会ったから。あの偶然が無かったら今でもきっと私はみゅうさんの実家は「や」のつく職業だと信じていたんじゃないかな。
「お父さんは駅前の交番勤務のお巡りさんなんだよ。ちょっとビックリでしょ?」
「そうだったのか、あの自由奔放さからは想像つかないな、親が公務員だなんて」
まあ確かにお堅い警察官がお父さんってのは信じられないかもしれない。だけど、お花屋さんを営んでいるお母さんとお話していると何となくみゅうさんに思考が似ているなって思ったから、みゅうさんはお母さん似なんだと思う。つまりは職業はお父さんの影響で固い仕事を選んだけど心はお花屋さんのお母さんみたいに芸術家肌、みたいな?
神社に続く石段を登ると本殿前で竹箒で掃き掃除をしている宮司さんが一人。私達を見て“お参りですか?”とにっこりと微笑んだ。
「厄除けの御祈祷ってこんな時期でも受け付けてもらえますか?」
そう尋ねると宮司さんは私ではなく信吾さんの方に視線を向けた。
「こちらの方がということですね?」
「はい」
「大丈夫ですよ。こちらで受付をしますからどうぞ」
社務所には絵に描いたような美人な巫女さん姿のお姉さんが座っている。宮司さんが声をかけると御祈祷用の紙を出してくれた。これに名前と生年月日を記入してから御祈祷をしてもらうらしい。こういうの私も初めてだからちょっと新鮮かな。
「あ、信吾さん、今年は前厄だって」
社務所の横に今年の厄年の年齢が男の人と女の人に分けて書かれた看板が立てられている。前厄、本厄、後厄って三年間も続くのかあ。私、厄年って一年だけだと思ってた。
「そうなのか。意識してなかったな」
「厄払いを意識しないで済むぐらい何事も無かったというのは幸いですよ。今年の数ヶ月も大過なく過ごせるように御祈祷させていただきますね」
用紙を受け取った巫女さんが本殿に上がる玄関口に案内してくれた。初めて来たのにいきなり本殿に案内されるなんてちょっと緊張しちゃうかも。廊下もお喋りするのが躊躇われるような雰囲気だし、私はそういうの全く見たり感じたり出来ない人間だけどやっぱり神様のいる場所って独特なのかな。
「しばらくこちらでお待ち下さいね」
本殿横にある控室みたいなところで宮司さんの用意ができるまで待つことになった。出してもらったお茶を飲みながら二人だけになると何だか物凄く静かでちょっと怖いぐらい。私は何となく落ち着かないのに信吾さんてば全然平気みたいで平然とした顔をして椅子に座っている。こういうのが感心しちゃうところで何もしないで待てるっていうのは凄いよ。
「今年が前厄ってことは来年が本厄ってことだよね。来年もちゃんと御祈祷した方が良さそうだね」
「気にしなければ知らないうちに過ぎているんだろうが、こうやって知ってしまったからにはきちんとした方が良いんだろうな」
「あ、森永先生が気を悪くする? ほら、神父様だし」
「いや、先生はそういうことは気にしない人だから問題ない」
「そっか。良かった」
暫くして正装(?)に着替えた宮司さんがやって来て本殿に入るとそこで御祈祷をしてもらった。厄除けが本来のお願い事なんだけど宮司さんが祝詞を読み上げている間、私はこっそりと信吾さんだけではなく群の人達全員が大きな怪我をすることなく過ごせますようにとお願いをした。神様も一人のことだけかと思っていたらいきなり私から二百人近い人達のことをお願いされて驚いちゃったかも。
あ、隊員さんだけではなくその家族の人達もなんてお願いしたらダメかな? ちょっと人数が膨らみ過ぎて神様的にはそんなに多いなんて聞いてないよとかそんな感じになっちゃう? そんなことを考えていたら何故か宮司さんと目が合ってしまった。なんだかその顔が笑いを堪えているように見えたのは気のせいだよね?
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