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番外小話 3
森永家のバレンタイン事情 2
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「あれ、なおっち、今日は誕生日だから有給取ってお休みの予定じゃなかった?」
病院内のカフェで本を読みながらお茶を飲んでいるとみゅうさんが不思議そうな顔をして声をかけてきた。
「そうなんですけどね、今日は出掛けて来いって家を追い出されちゃいました」
「追い出されたってどういうこと?」
「なんか今年は私に見せたいびっくりを用意するからって渉と友里が物凄く張り切っちゃってて、信吾さんを巻き込んで何やら画策中みたいなんですよ。で、準備が終わるまでは出掛けてろって。仕方ないので残っていた事務局に提出する書類を仕上げてから患者さんのカルテの整理をしてたんです」
だけどそれだってそんなにある訳でもないし、今日は元々お休みだったってこともあって私の担当する患者さんは来院無しだし吉永さんもお休みしていて、既にやることが無くなっちゃって手持ち無沙汰なんだよね。
時間としては六時を目途に戻って来れるように準備するって話で、早く準備が完了したら信吾さんがメールくれるってことになっている。だから携帯のスイッチを切らなきゃいけない映画館で時間を潰す訳にもいかなくて正直ちょっと困っている状態。
「仕方ないのでこれからデパートに行って前に買おうかどうか迷っていた靴を見に行こうかなって。それと信吾さんに渡すチョコレートも」
「チョコ、まだ買ってなかったのか」
「うっかりしてて」
「なおっちらしいね」
本当はもう少し前に買おうとは思ってたんだ。だけど風邪をひいてからこっち何となくお買い物に遠出する気分になれなくてずるずると当日まできちゃったのよね。靴を見る前にチョコを買っておいた方が良いかもしれないな、夕方から物凄く混雑して戦場みたいな雰囲気になるから。
「みゅうさんは? 門田さんにチョコ、用意したんですか?」
「顔拓とってデスマスク調で作ってあげるって言ったら嫌な顔されたわ」
「……そりゃ誰だって嫌でしょ……だってみゅうさん、ぜったい派手なデコレーションして愉快な状態にしちゃうだろうし」
「だって自分の旦那の顔だもの。多少は悪ふざけてしても問題ないでしょ?」
「そりゃあそうですけどお……それで作ったんですか?」
みゅうさんのことだから嫌がられても思いついたら絶対に作っている筈。
「見たい? 写メしてあるんだけど」
「見たいです」
「はい、これ」
写真の中のチョコレート色の門田さんの顔は何だか生クリームや果物で愉快なサンタさんみたいなことになっている。こういうみゅうさんの悪趣味じゃないけどちょっと奇抜で愉快なセンスって一体どこから生まれるんだろう……。確かお母さんがフラワーアレンジメントが得意だって聞いたことあるからそういうのを見て身についたものなのかな? ……だけど次から門田さんに会う時どんな顔して会えば良いんだろう、絶対にこれを思い出して笑っちゃいそう。
「だけど嫌がってる門田さんからよく顔拓とれましたね」
門田さんが寝ている間にこっそり顔拓とったとか? そこまでして目を覚まさないって有り得ないよね。ま、まさかみゅうさん、門田さんに薬を盛って眠らせたとか?! そんなことするわけないでしょって笑っているけどみゅうさんならやりかねないって思うのは私だけ……?
「写真からデータを起こして作ったの。ほら、復顔の要領で」
「なるほどお……さすがみゅうさん、仕事のスキルを無駄にしてないですね」
「まあね。なおっちもオジサンの顔で作りたくなったら協力するわよ?」
「いやあ、私にここまでの美的才能は無いと思いますから遠慮します」
子ども達は喜んで飾りそうな気はするけど信吾さんは絶対に嫌がるよね、これ。
「だけどみゅうさん、これ、どうやって食べるんですか? 上に乗ってるイチゴの大きさからして実物大とまではいかなくてもかなりの大きさみたいですけど。ケーキじゃないんですよね?」
「ああ、その辺も抜かりはないのよ。これ、中は空洞なの。だからチョコレートの量としてはそんなに多くないから普通におやつとして食べればすぐに消化できるわよ」
「……門田さん一人で食べるんですか?」
「その予定だけど? 大丈夫よ、うちの旦那、頭を使うデスクワークが中心で頻繁に糖分が足りないって呟いているから仕事中の糖分補給にはちょうど良さげだもの」
「そうなんですか……」
いくら空洞になっていてもこれだけの大きさのチョコを食べるのって大変だと思うんだけどなあ……。それに門田さんが門田さんの顔を食べるシチュエーションって何だかとってもシュールだあ……とにかく頑張れ、門田さん!
「ところでみゅうさん、今日のお仕事は? もし時間があるなら一緒にお茶でも」
「そうしたいのは山々なんだけどね、あと三十分ほどでお客さんがお一人様来る予定なのよ、ここに来たのはそれまでのちょっとした息抜きってやつ」
「そうなんですか、ざんねーん」
みゅうさんの言う“お客さん”というのは当然のことながら御遺体のこと。法医学教室に来るってことは不審死ってことよね。みゅうさんも自分でなりたいと思ってなった職業だけどいつもいつも大変だなあって思う。私にはとても続けられそうにない仕事だよ。
「じゃあ私、行きますね」
「うん。チビちゃん達の用意したびっくりがどんなんだったかまた教えて」
「はい」
そんな訳で私は一人で都内のデパートに。こうやって一人で買い物に来ることなんて滅多にないんだからゆっくりと自分の買い物に時間をかければ良いのに、チョコレートを選んでから見るのは信吾さんや子供達の服ばかり。すっかり靴のことを忘れてしまってウロウロしていると携帯にメールが着信した音が鳴った。エスカレーターの脇にあるベンチに座ってカバンから携帯を取り出すと送り主は案の定の信吾さん。
『今どこにいる? そろそろ帰ってきて良いぞ』
時計を見れば五時ちょっと前。今から帰ったら六時前には家に着けるかな。
『今は希望が丘の駅前のデパートにいるよ。これから帰るね』
そう返信すると直ぐに了解の二文字が返ってきた。
+++++
「ただいま~」
玄関で声を上げると子ども達が歓声をあげながら走ってきた。なんだか大歓迎だね、すっごい目をキラキラさせてこっちを見上げている。
「二人とも、何でそんなに楽しそうな顔をしてるの?」
「ひみつー」
「ないしょー」
二人の後ろから信吾さんがのんびりとした様子で出てきた。特に困った顔も疲れた顔もしていないから準備はそれなりに順調に進んで終わったって感じだね、お疲れ様。
「あ、そうだ、パパと渉にバレンタインのチョコを買ってきたよ。ママと友里からってことでカードに名前書いてもらったからね。友里、これあとで二人に渡してくれる?」
「わかったー、れいぞうこ?」
「うん、溶けたら困るから冷蔵庫」
友里は私から紙袋を受け取ると大事そうに抱えてキッチンへと戻っていく。靴を脱ぐと珍しく渉が私の手を取って早く早くと引っ張っていく。よっぽど私に見せたいものがあるらしい。
「さっきから奈緒はまだかまだかと大騒ぎだったよ」
「そうだったの? もうちょっと近くでブラブラしていたら良かったかな。あ、そうだ、みゅうさんがすっごい面白いチョコレートを門田さんに用意してた」
「そのうち門田から感想が来るかもな」
「うんうん。……わおっ、すっごい美味しそうなケーキがある~!!」
テーブルの真ん中には可愛いイチゴが乗ったケーキが置かれていた。チョコレートで“まま、おたんじょうび、おめでとう”って書かれていて、これは渉と友里が半分ずつ書いたみたい。あと大皿に綺麗に盛り付けられたちらし寿司、これも二人が盛り付けたのかな? あと揚げ物とかサラダとか思っていた以上に手がこんでいる。
「信吾さん、これ、三人で考えたの?」
「んー? 友里、今日のメニューは誰と考えたって言ってた?」
「やのまま!!」
「と言うことだ。火を使うところや味付けは俺がしたが大体の下準備と盛り付けは二人がしてくれた」
やのままっていうのは信吾さんの部下である矢野さんの奥さんのこと。矢野さんの奥さん茉莉さんは調理師の資格を持っていて私も結婚した直後から献立のことでは色々とお世話になっていた。きっと子ども達が手伝えるようなものを考えてくれたんだろうな、改めてお礼を言っておかなくちゃ。
「凄いね、とっても美味しそう。二人とも凄いよ、ママの誕生日だから頑張ってくれたんだね、ありがとう♪」
「ママが喜んでくれて良かったな、二人とも」
「「うん!!」」
二人はケーキにロウソクを立てようって大はしゃぎ。さすがに実年齢分のロウソクを立てると大変なことになっちゃうので可愛い色のを五本だけ立てることにした。歌を歌ってもらってロウソクの火を吹き消して。こんなふうに家族で誕生日を過ごせるって幸せだなあ……。そんなことを考えていたら二人がギョッとした顔でこちらを見詰めていた。
「ママ、どこかいたい?!」
「かぜ、なおってない?!」
「パパ、ママないちゃった!!」
「かなしいことあった?!」
「ああ、ごめん! 痛いとか悲しいとかじゃないんだよ、すっごく嬉しくてね、泣けてきちゃったの」
二人に言われるまで自分が泣いているなんて気が付かなくて、慌ててフォークの下に敷いてあった紙ナプキンで目元を押さえた。
「大丈夫だ二人とも。ほら、ママはテレビでワンコが飼い主に再会できたのを見ても良かったって言いながら泣いちゃってるだろ?」
「かなしくない?」
「いたくない?」
「うんうん、ごめんね、びっくりさせて。渉と友里がね、こんな風にママのお誕生日をお祝いしてくれるのが凄く嬉しくて泣けちゃったの」
ニッコリと笑ってみせると二人は安心したのか再びニパッと笑った。
私が感激して泣いてしまったことで二人を驚かせてしまったアクシデントはあったものの、あとは楽しくお誕生日のお祝いが続き、二人が手作りのお誕生日カードを私に渡してくれたことでそのお祝い会もお開きとなった。今は二人ともお風呂に入ってベッドでぐっすりと眠っている。興奮しすぎて眠らないんじゃないかって心配していたけどちゃんと眠ってくれて一安心。
「あ……」
「どうした?」
やっと静かになったのでリビングでいつものように二人でマッタリしていた時に大事なことを忘れていたことに気が付いた。
「チョコレート、二人に渡すの忘れてる」
「あー……まあ良いじゃないか、渉も眠ってしまったことだし」
「せっかくバレンタイン仕様でカードまで書いてもらったのに……」
自分のお誕生日を三人がお祝いしてくれたことに浮かれててすっかり忘れちゃってたよ、ちょっと無念だ。あ、まだ日付は変わってないよね、信吾さんにだけでも渡しておこうかな。
「信吾さんにだけでも渡しておいた方が良い?」
「いや、それだと渉が可哀想だろ、明日の朝にでも一緒にくれたら良いよ」
「そう? ごめんね」
「二月十四日は我が家にとっては奈緒の誕生日の方がメインだから気にすることないさ」
確かに。チョコレートは渡すようにしているけど我が家ではどちらかと言うとこの日はお誕生日色が強い。
「ところで茉莉さんにはどうやって連絡したの?」
「電話で」
「そうじゃなくて。友里が電話したわけじゃないんでしょ?」
「ああ、そのことか。俺が子ども達の計画を聞いてから矢野の奥さんに連絡を入れたんだよ。誕生日っぽくて子ども達が手伝えるような献立は何かないかって。それで盛り付けを手伝えるメニューを考えてくれたんだ」
「そうだったの。茉莉さんにはお礼の電話しておくね」
「ああ。それと……俺からのプレゼント、まだ渡してなかったな」
そう言いながら信吾さんが私の膝の上にリボンがけされた小さな箱を置いた。
「開けていい?」
「もちろん」
リボンを解いて包装紙を破らないようにはがすと中から出てきたのは良く知られているジュエリー会社の名前が入ったビロードのケース。開けると二対のピアスが入っていた。あれ? これ、何処かで見た記憶がある……。
「信吾さん、これ……」
「去年の誕生日に渡したやつ、覚えてるか?」
「うん、可愛いアメジストのペンダント……あ、あれと同じデザイン?」
「ああ。実のところあれを買う時にどっちにしようかって迷ってな。奈緒が気に入っていたから揃いのピアスもどうだろうって思って」
「そうだったの? 嬉しいな、あれお気に入りなんだもん。これなら仕事の時もつけていけるね」
二対のうち一つは石だけのシンプルなものだから仕事中でも邪魔にならない。もう一つの方はもう少し改まった場所に行く時につけて行けそうな感じ。
「有り難う、さっそく明日からつけていくね」
「気に入ってくれて良かった」
そう言って信吾さんがキスをしてきた。歯磨き粉のミントの味がするキス。相変らず信吾さんはキスが上手で蕩けちゃいそうな気分になる。
「俺が奈緒にお持ち帰りされてから十回目のバレンタインか、早いものだな」
「私、とうとう三十代の仲間入り……」
「それを言うなら俺なんかどうなんだ、あと三年で五十代だぞ?」
「そんな風には見えないけど、色々な意味で……」
意味深な顔をしながらチラリと視線を下に向けると信吾さんは楽しそうに笑った。
「そいつは奈緒と一緒にいる限りは永遠の二十代ってやつだな」
「それは……ちょっと困るかも」
「では奥様、本日のメインイベントと参りましょうか?」
「え? メインはお誕生日会でしょ?」
「何を言ってるんだ、本番はこれからだろ」
信吾さんはそう言いながら私のことを抱き上げた。
今年の二月十四日の森永家は色んなイベントが盛りだくさん。バレンタインに子ども達が考えたお誕生日会、そして信吾さんが考えた大人のお誕生日会。私、やっぱりもう少し体力つけた方が良いかもしれないって思えてきたよ……。
それから数日後、信吾さんがゲラゲラ笑いながら門田さんからの写メ付メールを見せてくれることになったんだけど、あのチョコ、本当に門田さん一人で完食できたのかな……?
病院内のカフェで本を読みながらお茶を飲んでいるとみゅうさんが不思議そうな顔をして声をかけてきた。
「そうなんですけどね、今日は出掛けて来いって家を追い出されちゃいました」
「追い出されたってどういうこと?」
「なんか今年は私に見せたいびっくりを用意するからって渉と友里が物凄く張り切っちゃってて、信吾さんを巻き込んで何やら画策中みたいなんですよ。で、準備が終わるまでは出掛けてろって。仕方ないので残っていた事務局に提出する書類を仕上げてから患者さんのカルテの整理をしてたんです」
だけどそれだってそんなにある訳でもないし、今日は元々お休みだったってこともあって私の担当する患者さんは来院無しだし吉永さんもお休みしていて、既にやることが無くなっちゃって手持ち無沙汰なんだよね。
時間としては六時を目途に戻って来れるように準備するって話で、早く準備が完了したら信吾さんがメールくれるってことになっている。だから携帯のスイッチを切らなきゃいけない映画館で時間を潰す訳にもいかなくて正直ちょっと困っている状態。
「仕方ないのでこれからデパートに行って前に買おうかどうか迷っていた靴を見に行こうかなって。それと信吾さんに渡すチョコレートも」
「チョコ、まだ買ってなかったのか」
「うっかりしてて」
「なおっちらしいね」
本当はもう少し前に買おうとは思ってたんだ。だけど風邪をひいてからこっち何となくお買い物に遠出する気分になれなくてずるずると当日まできちゃったのよね。靴を見る前にチョコを買っておいた方が良いかもしれないな、夕方から物凄く混雑して戦場みたいな雰囲気になるから。
「みゅうさんは? 門田さんにチョコ、用意したんですか?」
「顔拓とってデスマスク調で作ってあげるって言ったら嫌な顔されたわ」
「……そりゃ誰だって嫌でしょ……だってみゅうさん、ぜったい派手なデコレーションして愉快な状態にしちゃうだろうし」
「だって自分の旦那の顔だもの。多少は悪ふざけてしても問題ないでしょ?」
「そりゃあそうですけどお……それで作ったんですか?」
みゅうさんのことだから嫌がられても思いついたら絶対に作っている筈。
「見たい? 写メしてあるんだけど」
「見たいです」
「はい、これ」
写真の中のチョコレート色の門田さんの顔は何だか生クリームや果物で愉快なサンタさんみたいなことになっている。こういうみゅうさんの悪趣味じゃないけどちょっと奇抜で愉快なセンスって一体どこから生まれるんだろう……。確かお母さんがフラワーアレンジメントが得意だって聞いたことあるからそういうのを見て身についたものなのかな? ……だけど次から門田さんに会う時どんな顔して会えば良いんだろう、絶対にこれを思い出して笑っちゃいそう。
「だけど嫌がってる門田さんからよく顔拓とれましたね」
門田さんが寝ている間にこっそり顔拓とったとか? そこまでして目を覚まさないって有り得ないよね。ま、まさかみゅうさん、門田さんに薬を盛って眠らせたとか?! そんなことするわけないでしょって笑っているけどみゅうさんならやりかねないって思うのは私だけ……?
「写真からデータを起こして作ったの。ほら、復顔の要領で」
「なるほどお……さすがみゅうさん、仕事のスキルを無駄にしてないですね」
「まあね。なおっちもオジサンの顔で作りたくなったら協力するわよ?」
「いやあ、私にここまでの美的才能は無いと思いますから遠慮します」
子ども達は喜んで飾りそうな気はするけど信吾さんは絶対に嫌がるよね、これ。
「だけどみゅうさん、これ、どうやって食べるんですか? 上に乗ってるイチゴの大きさからして実物大とまではいかなくてもかなりの大きさみたいですけど。ケーキじゃないんですよね?」
「ああ、その辺も抜かりはないのよ。これ、中は空洞なの。だからチョコレートの量としてはそんなに多くないから普通におやつとして食べればすぐに消化できるわよ」
「……門田さん一人で食べるんですか?」
「その予定だけど? 大丈夫よ、うちの旦那、頭を使うデスクワークが中心で頻繁に糖分が足りないって呟いているから仕事中の糖分補給にはちょうど良さげだもの」
「そうなんですか……」
いくら空洞になっていてもこれだけの大きさのチョコを食べるのって大変だと思うんだけどなあ……。それに門田さんが門田さんの顔を食べるシチュエーションって何だかとってもシュールだあ……とにかく頑張れ、門田さん!
「ところでみゅうさん、今日のお仕事は? もし時間があるなら一緒にお茶でも」
「そうしたいのは山々なんだけどね、あと三十分ほどでお客さんがお一人様来る予定なのよ、ここに来たのはそれまでのちょっとした息抜きってやつ」
「そうなんですか、ざんねーん」
みゅうさんの言う“お客さん”というのは当然のことながら御遺体のこと。法医学教室に来るってことは不審死ってことよね。みゅうさんも自分でなりたいと思ってなった職業だけどいつもいつも大変だなあって思う。私にはとても続けられそうにない仕事だよ。
「じゃあ私、行きますね」
「うん。チビちゃん達の用意したびっくりがどんなんだったかまた教えて」
「はい」
そんな訳で私は一人で都内のデパートに。こうやって一人で買い物に来ることなんて滅多にないんだからゆっくりと自分の買い物に時間をかければ良いのに、チョコレートを選んでから見るのは信吾さんや子供達の服ばかり。すっかり靴のことを忘れてしまってウロウロしていると携帯にメールが着信した音が鳴った。エスカレーターの脇にあるベンチに座ってカバンから携帯を取り出すと送り主は案の定の信吾さん。
『今どこにいる? そろそろ帰ってきて良いぞ』
時計を見れば五時ちょっと前。今から帰ったら六時前には家に着けるかな。
『今は希望が丘の駅前のデパートにいるよ。これから帰るね』
そう返信すると直ぐに了解の二文字が返ってきた。
+++++
「ただいま~」
玄関で声を上げると子ども達が歓声をあげながら走ってきた。なんだか大歓迎だね、すっごい目をキラキラさせてこっちを見上げている。
「二人とも、何でそんなに楽しそうな顔をしてるの?」
「ひみつー」
「ないしょー」
二人の後ろから信吾さんがのんびりとした様子で出てきた。特に困った顔も疲れた顔もしていないから準備はそれなりに順調に進んで終わったって感じだね、お疲れ様。
「あ、そうだ、パパと渉にバレンタインのチョコを買ってきたよ。ママと友里からってことでカードに名前書いてもらったからね。友里、これあとで二人に渡してくれる?」
「わかったー、れいぞうこ?」
「うん、溶けたら困るから冷蔵庫」
友里は私から紙袋を受け取ると大事そうに抱えてキッチンへと戻っていく。靴を脱ぐと珍しく渉が私の手を取って早く早くと引っ張っていく。よっぽど私に見せたいものがあるらしい。
「さっきから奈緒はまだかまだかと大騒ぎだったよ」
「そうだったの? もうちょっと近くでブラブラしていたら良かったかな。あ、そうだ、みゅうさんがすっごい面白いチョコレートを門田さんに用意してた」
「そのうち門田から感想が来るかもな」
「うんうん。……わおっ、すっごい美味しそうなケーキがある~!!」
テーブルの真ん中には可愛いイチゴが乗ったケーキが置かれていた。チョコレートで“まま、おたんじょうび、おめでとう”って書かれていて、これは渉と友里が半分ずつ書いたみたい。あと大皿に綺麗に盛り付けられたちらし寿司、これも二人が盛り付けたのかな? あと揚げ物とかサラダとか思っていた以上に手がこんでいる。
「信吾さん、これ、三人で考えたの?」
「んー? 友里、今日のメニューは誰と考えたって言ってた?」
「やのまま!!」
「と言うことだ。火を使うところや味付けは俺がしたが大体の下準備と盛り付けは二人がしてくれた」
やのままっていうのは信吾さんの部下である矢野さんの奥さんのこと。矢野さんの奥さん茉莉さんは調理師の資格を持っていて私も結婚した直後から献立のことでは色々とお世話になっていた。きっと子ども達が手伝えるようなものを考えてくれたんだろうな、改めてお礼を言っておかなくちゃ。
「凄いね、とっても美味しそう。二人とも凄いよ、ママの誕生日だから頑張ってくれたんだね、ありがとう♪」
「ママが喜んでくれて良かったな、二人とも」
「「うん!!」」
二人はケーキにロウソクを立てようって大はしゃぎ。さすがに実年齢分のロウソクを立てると大変なことになっちゃうので可愛い色のを五本だけ立てることにした。歌を歌ってもらってロウソクの火を吹き消して。こんなふうに家族で誕生日を過ごせるって幸せだなあ……。そんなことを考えていたら二人がギョッとした顔でこちらを見詰めていた。
「ママ、どこかいたい?!」
「かぜ、なおってない?!」
「パパ、ママないちゃった!!」
「かなしいことあった?!」
「ああ、ごめん! 痛いとか悲しいとかじゃないんだよ、すっごく嬉しくてね、泣けてきちゃったの」
二人に言われるまで自分が泣いているなんて気が付かなくて、慌ててフォークの下に敷いてあった紙ナプキンで目元を押さえた。
「大丈夫だ二人とも。ほら、ママはテレビでワンコが飼い主に再会できたのを見ても良かったって言いながら泣いちゃってるだろ?」
「かなしくない?」
「いたくない?」
「うんうん、ごめんね、びっくりさせて。渉と友里がね、こんな風にママのお誕生日をお祝いしてくれるのが凄く嬉しくて泣けちゃったの」
ニッコリと笑ってみせると二人は安心したのか再びニパッと笑った。
私が感激して泣いてしまったことで二人を驚かせてしまったアクシデントはあったものの、あとは楽しくお誕生日のお祝いが続き、二人が手作りのお誕生日カードを私に渡してくれたことでそのお祝い会もお開きとなった。今は二人ともお風呂に入ってベッドでぐっすりと眠っている。興奮しすぎて眠らないんじゃないかって心配していたけどちゃんと眠ってくれて一安心。
「あ……」
「どうした?」
やっと静かになったのでリビングでいつものように二人でマッタリしていた時に大事なことを忘れていたことに気が付いた。
「チョコレート、二人に渡すの忘れてる」
「あー……まあ良いじゃないか、渉も眠ってしまったことだし」
「せっかくバレンタイン仕様でカードまで書いてもらったのに……」
自分のお誕生日を三人がお祝いしてくれたことに浮かれててすっかり忘れちゃってたよ、ちょっと無念だ。あ、まだ日付は変わってないよね、信吾さんにだけでも渡しておこうかな。
「信吾さんにだけでも渡しておいた方が良い?」
「いや、それだと渉が可哀想だろ、明日の朝にでも一緒にくれたら良いよ」
「そう? ごめんね」
「二月十四日は我が家にとっては奈緒の誕生日の方がメインだから気にすることないさ」
確かに。チョコレートは渡すようにしているけど我が家ではどちらかと言うとこの日はお誕生日色が強い。
「ところで茉莉さんにはどうやって連絡したの?」
「電話で」
「そうじゃなくて。友里が電話したわけじゃないんでしょ?」
「ああ、そのことか。俺が子ども達の計画を聞いてから矢野の奥さんに連絡を入れたんだよ。誕生日っぽくて子ども達が手伝えるような献立は何かないかって。それで盛り付けを手伝えるメニューを考えてくれたんだ」
「そうだったの。茉莉さんにはお礼の電話しておくね」
「ああ。それと……俺からのプレゼント、まだ渡してなかったな」
そう言いながら信吾さんが私の膝の上にリボンがけされた小さな箱を置いた。
「開けていい?」
「もちろん」
リボンを解いて包装紙を破らないようにはがすと中から出てきたのは良く知られているジュエリー会社の名前が入ったビロードのケース。開けると二対のピアスが入っていた。あれ? これ、何処かで見た記憶がある……。
「信吾さん、これ……」
「去年の誕生日に渡したやつ、覚えてるか?」
「うん、可愛いアメジストのペンダント……あ、あれと同じデザイン?」
「ああ。実のところあれを買う時にどっちにしようかって迷ってな。奈緒が気に入っていたから揃いのピアスもどうだろうって思って」
「そうだったの? 嬉しいな、あれお気に入りなんだもん。これなら仕事の時もつけていけるね」
二対のうち一つは石だけのシンプルなものだから仕事中でも邪魔にならない。もう一つの方はもう少し改まった場所に行く時につけて行けそうな感じ。
「有り難う、さっそく明日からつけていくね」
「気に入ってくれて良かった」
そう言って信吾さんがキスをしてきた。歯磨き粉のミントの味がするキス。相変らず信吾さんはキスが上手で蕩けちゃいそうな気分になる。
「俺が奈緒にお持ち帰りされてから十回目のバレンタインか、早いものだな」
「私、とうとう三十代の仲間入り……」
「それを言うなら俺なんかどうなんだ、あと三年で五十代だぞ?」
「そんな風には見えないけど、色々な意味で……」
意味深な顔をしながらチラリと視線を下に向けると信吾さんは楽しそうに笑った。
「そいつは奈緒と一緒にいる限りは永遠の二十代ってやつだな」
「それは……ちょっと困るかも」
「では奥様、本日のメインイベントと参りましょうか?」
「え? メインはお誕生日会でしょ?」
「何を言ってるんだ、本番はこれからだろ」
信吾さんはそう言いながら私のことを抱き上げた。
今年の二月十四日の森永家は色んなイベントが盛りだくさん。バレンタインに子ども達が考えたお誕生日会、そして信吾さんが考えた大人のお誕生日会。私、やっぱりもう少し体力つけた方が良いかもしれないって思えてきたよ……。
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私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
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