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東京・横須賀編
第二話 友父のエスコート
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『』部分は英語です。
++++++++++
部長から、仕事以外の仕事を申し渡されてハラハラ半分、ドキドキ半分な私に、高校時代の同級生から電話がかかってきたのは、その日の夜だった。自衛隊では即時行動が常だと言われているらしいけど、それはアメリカでも同じらしい。
「久し振りでいきなりなんだけど、トーチャンが休暇で遊びに来るんだよ。俺は抜けられない会議があるから、シーちゃん、トーチャンの観光案内を頼めないかな?」
流暢な日本語を、呑気な口調で話す相手に脱力する。彼だって、自分の父親が本当のところは何をしに来るのか知らないはずがないのに、緊張感のカケラも無い。ああ、でもこれが普通なのかな、だって盗聴されている可能性も、無きにしもあらずなんだし?
「……ねえ、そのトーチャンっての、いい加減にやめない?」
「なんでだよ。うちの父親も気に入ってるよ、この呼び方」
「私はその単語を聞くたびに、また一つ世界に日本の誤解を広めてしまったって、ものすごく微妙な気分になる」
まあこれは、私達の汚点の一部だ。高校生だった私達は、アメリカからやってきたアーサー君に、少しでも早く日本の生活に慣れらるようにと色々な日本語を教えた。日本語の発音が難しい彼に言いやすい言葉をと、変に気をきかせて教えたのが、トーチャンだったりカーチャンだったり砕けすぎた言葉だったのだ。
もちろんアーサー君は、トーチャンがオトウサン、カーチャンがオカアサンというのが、日本語的に正しい言葉であることは知っている。だけど三つ子の魂百までと言うか、最初に覚えた単語というのは、なかなか忘れることができないようだった。その単語を気に入っているとなれば特に。
「観光の案内は私にじゃなくて、あなたのガールフレンドに頼めば良いんじゃないの?」
取り敢えず、すぐに快諾するのもアレだと思って、もっともらしい反論をしてみる。
「ミミさんも、その日は大事な会議です。彼女が、俺の上司だって話したのを忘れた?」
「ああ、そうでした」
アーサー君のガールフレンドは三つ年上のブロンド美人。出るところは出て、くびれているところはしっかりとくびれているという、うらやましいプロポーションの持ち主だ。しかも才女で人柄も申し分なしという完璧さで、彼女に会うたびに天は二物を与えずなんて嘘っぱちだと、心の狭い私はこっそりと叫びたい気分になっている。
「仕方がないから引き受けてあげますよ、高校時代のクラスメートですからね。それでお父さん、いつ来るの?」
「ありがたいね。持つべきものはトモダチだね」
そう言うと、彼は乗る便も宿泊するホテルもまだ決まっていないから、落ち着き先が決まりしだい、改めてこちらから知らせるよと言った。
本来なら、軍用機で横田基地に直接乗り入れたほうが身分的には安全なんだろうに。そのあたりの徹底ぶりに感心してしまう。こういうふうに感じてしまうところが、日本がまだまだ情報管理がなっていないと言われる所以なのかもしれない。
+++++
そして心構えも実感もわかないうちに、当日がやってきた。
当日まだ暗い時間にホテルのロビーに着くと、私服姿の大将閣下が、フロントの横にあるイスに座り、何人かの人達と話しながら待っていた。ラフな格好でニコニコしているけれど、横に立っている人達はもちろん軍人で司令付の部下兼警護の人達だ。
私の姿を見つけると、イスから立ち上がって手を振ってきた。その動きに、横にいた人達がいっせいにこちらに目を向ける。めちゃくちゃ目つきが怖い人達。あれは絶対にただの部下さんじゃなくて警護、しかも素手で相手をのしちゃうぐらい強い人だと思う。
『おはようございます、JJおじさん』
制服を着たら胸に勲章がジャラジャラてんこ盛りの偉い人を、トーチャンと呼ばせてしまっていることにやはり罪悪感を感じてしまう。いまさらさらですけど大将閣下、息子さんに変な日本語を教えてしまって、本当にごめんなさい。
『おはよう、シーチャン。久し振りだね、高校の卒業式以来かな?』
『そうですね、それ以来だと思います。おじさんも、お元気そうでなによりです』
当時は、アーサー君のお父さんは海軍の軍人さんなんだってね、へえ~、ふ~ん、かっこいいね~、程度にしか思っていなかった。まさかこんなふうに、お仕事関係で顔を会わせることになるなんて、人生って何がどうつながるのか本当に分からない。
『今日は無理を言ってごめんね。しかも、メッタに見れない観艦式に連れて行ってくれるなんて、おじさん感激だよ』
『いえいえ。たまたま上司に招待券をもらったものですから。おじさんが日本に来るタイミングとあって良かったです』
これも決められたやり取りだ。
部長が言っていた通り、普段ならチョロチョロと出回るネット転売の中に、観艦式当日のくらまに乗艦できるチケットは一枚も出回っていなかった。血眼になって探し求めている先輩達も見つけることができなかったようなので、恐らく一枚も世に出ていなかったのではないかと思う。
だけど、どうしてオタクでもない先輩達が、ここまで必死になって乗艦券を探すのかイマイチ理解できない。やはり袖の下とか本省の偉い人に頼まれたとか、そういうものなんだろうか? そのあたりの事情は、質問しないほうが定年まで平和に暮らそうなので、あえて尋ねないようにしているけど。
『じゃあ、行こうか』
『はい。あ、大丈夫ですよ、運転には自信がありますから、任せてください』
『うん。まあ、おまけがついてくるのは気にしないでくれるかな』
おまけとは、もちろん横に立っている人達だ。車をとめさせてもらっている場所に向かう途中で、いつのまにか強面のお兄さん達は姿を消していた。
「???」
『ああ、気にしなくても大丈夫。彼等はこちらに見えなくても、きちんとついてくるから』
『偉くなると大変ですね。こんなんじゃ、おちおち観光もできないでしょ?』
車のキーをバッグの中から出して車に向ける。信号音がしてドアロックが解除された。
『今回は特別だと思うよ。なにぶん、私の周りには心配性の部下がたくさんいるからね』
『そりゃ心配するのは当然ですよ』
私の言葉に、おじさんは肩をすくめて笑いながら助手席に乗り込んだ。
『後ろのシートじゃなくて大丈夫ですか?』
『せっかくシーチャンと話せる機会なんだから、こっちにするよ』
そう言いながらニコニコしている顔を見ていると、高校の時に初めてあったままのおじさんだ。とてもアメリカ太平洋艦隊のトップには見えない。
『一応この車も、防衛省と米軍の保安検査を受けてきましたので、盗聴等の危険性はありませんから安心してください。もちろん爆弾もしかけられていませんので』
車を出したところで知らせておく。
『それは上々だ。色々と気を遣わせてしまって申し訳ないね』
『いいえ。あ、でもフロントガラスや窓ガラスは防弾じゃないですよ?』
私がそう言うと、おじさんは愉快そうに笑った。
『私は大統領じゃないから、そこまで気を遣ってもらわなくても大丈夫だよ』
『でも、アーサー君のお父さんになにかあったら一大事ですよ』
そんなことを言われても、相手は海軍大将閣下で米国太平洋艦隊司令様、私にとって重要度は大統領と大して変わらない。いや、身近な人だから、テレビの向こうでしか見ることのない他国の大統領よりも重要な人だ。
『皆が心配しているのは私の命じゃなくて、今回の件が、どこぞの好ましからぬ人々に漏れることだからね。警戒しているのはテロリストではなく、報道関係者とスパイだ』
『なるほど。次にこんな話があったら、アーサー君に押しつけます。私の手に余りますから』
同い年のアーサー君だけど、絶対に私よりもこの手のことに慣れているに決まっている。次にこんな話がきたら、絶対に落しつけようと密かに決心した。
『そうなのかい? 次は是非とも、総理をこっそりハワイに連れてきて欲しかったんだけどな』
『無理ですよ、無理! 私はジェームズ・ボンドじゃないんですから!』
『彼はアメリカ人じゃなくて英国人だけどねえ』
突っ込むのはそこなのか。やっぱりJJおじさんは偉くなってもアーサー君のお父さん。親子そろって、こういう変なところはよく似ていた。
+++++
くらまが停泊している海上自衛隊の施設に到着すると、あらかじめ部長から指示されていた、海自関係者しか立ち入れない場所の駐車場に入って車をとめた。今回のことは極秘事項ではあったけど、車だけは保安上の問題から、どうしても施設内に置かせてもらう必要があったのだ。
それに実際のところ、この周辺のコインパーキングは、観艦式関係の車両ですでに満車状態になっているらしいし、不慣れな場所でうろうろしながら駐車できる場所を探さなくて済むのは、随分とありがたかった。
『さきほどの人達はどうするんですか?』
『ここに私達が戻ってくるまでは、所定の位置で待機だ』
ぞろぞろと行列を作ったら、目立ってしまうからねとおじさんは言った。ここを出港して戻ってくるのは夕方になる予定だ。それまでジッと待機だなんて、とんでもなく退屈そう……。
『路上駐車していたら、お巡りさんや警備隊にみとがめられませんか?』
『海上自衛隊の施設内に入れてもらえるように手配したから、問題ないよ。彼等も施設内の何処かに車をとめたはずだ。こちらの警備隊には通達済みだからね』
『それなら安心ですね』
車を降りると、船が停泊している場所へと向かった。すでにたくさんの人がいて、乗艦時間を待っている。そして、青色の迷彩服の上から黒い防弾チョッキみたいなのを着ている隊員さん達が、遠巻きに立っていた。しばらくして乗艦の時間がやってくると、アナウンスが流れて待っていた人達がゾロゾロと護衛艦の方へと歩いていく。私達もその列に混じって進んだ。
―― あっちが私達を見つけてくれるとか言ってたけど、こんなに人が多いと誰が誰やら分からないんじゃ? ――
キョロキョロと見物している風を装いながら、自分達に近づいてくるそれらしい隊員さんはいないかと目を走らせる。だけどとにかく人が多過ぎ! 狭い通路のせいもあって、途中までは通勤電車並みの混雑ぶりでうんざりしていると、いきなり後ろを歩いていたJJおじさんが誰かに押されたのか、私の肩をつかんできて体を押してきた。
「?!」
いきなりのことに、支えるどころかバランスを崩して前につんのめる。派手に床と正面衝突しちゃうと慌てたところで、ニュッと青い迷彩柄の服を着た腕が横から素早くのびてきて支えてくれた。
「すみません、ありがとうございます」
おじさん押さないでくださいよと振り返りかけると、さらにその腕が体に回されてきた。
「?! え、ちか」
こんな人の多いところで痴漢ですか?!と焦っていると、頭の上から呑気な声が聞こえてくる。
「スミマセン、コノヒト、キブンガワルイソウデス、イムシツ二オネガイシマス」
「お、おじさん、日本ゴ?!」
「そうですか、ではお連れします」
「え?!」
意外な言葉に驚くヒマも無く、何故かおじさんには背中を押され、転びそうになった私を助けてくれたらしい人には、肩を抱かれると言うよりも腰に巻かれた腕にかつがれるようにして引き摺っていかれた。
おかしい、私のイメージではこういう感じの仕事じゃないはずなのに!!
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部長から、仕事以外の仕事を申し渡されてハラハラ半分、ドキドキ半分な私に、高校時代の同級生から電話がかかってきたのは、その日の夜だった。自衛隊では即時行動が常だと言われているらしいけど、それはアメリカでも同じらしい。
「久し振りでいきなりなんだけど、トーチャンが休暇で遊びに来るんだよ。俺は抜けられない会議があるから、シーちゃん、トーチャンの観光案内を頼めないかな?」
流暢な日本語を、呑気な口調で話す相手に脱力する。彼だって、自分の父親が本当のところは何をしに来るのか知らないはずがないのに、緊張感のカケラも無い。ああ、でもこれが普通なのかな、だって盗聴されている可能性も、無きにしもあらずなんだし?
「……ねえ、そのトーチャンっての、いい加減にやめない?」
「なんでだよ。うちの父親も気に入ってるよ、この呼び方」
「私はその単語を聞くたびに、また一つ世界に日本の誤解を広めてしまったって、ものすごく微妙な気分になる」
まあこれは、私達の汚点の一部だ。高校生だった私達は、アメリカからやってきたアーサー君に、少しでも早く日本の生活に慣れらるようにと色々な日本語を教えた。日本語の発音が難しい彼に言いやすい言葉をと、変に気をきかせて教えたのが、トーチャンだったりカーチャンだったり砕けすぎた言葉だったのだ。
もちろんアーサー君は、トーチャンがオトウサン、カーチャンがオカアサンというのが、日本語的に正しい言葉であることは知っている。だけど三つ子の魂百までと言うか、最初に覚えた単語というのは、なかなか忘れることができないようだった。その単語を気に入っているとなれば特に。
「観光の案内は私にじゃなくて、あなたのガールフレンドに頼めば良いんじゃないの?」
取り敢えず、すぐに快諾するのもアレだと思って、もっともらしい反論をしてみる。
「ミミさんも、その日は大事な会議です。彼女が、俺の上司だって話したのを忘れた?」
「ああ、そうでした」
アーサー君のガールフレンドは三つ年上のブロンド美人。出るところは出て、くびれているところはしっかりとくびれているという、うらやましいプロポーションの持ち主だ。しかも才女で人柄も申し分なしという完璧さで、彼女に会うたびに天は二物を与えずなんて嘘っぱちだと、心の狭い私はこっそりと叫びたい気分になっている。
「仕方がないから引き受けてあげますよ、高校時代のクラスメートですからね。それでお父さん、いつ来るの?」
「ありがたいね。持つべきものはトモダチだね」
そう言うと、彼は乗る便も宿泊するホテルもまだ決まっていないから、落ち着き先が決まりしだい、改めてこちらから知らせるよと言った。
本来なら、軍用機で横田基地に直接乗り入れたほうが身分的には安全なんだろうに。そのあたりの徹底ぶりに感心してしまう。こういうふうに感じてしまうところが、日本がまだまだ情報管理がなっていないと言われる所以なのかもしれない。
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そして心構えも実感もわかないうちに、当日がやってきた。
当日まだ暗い時間にホテルのロビーに着くと、私服姿の大将閣下が、フロントの横にあるイスに座り、何人かの人達と話しながら待っていた。ラフな格好でニコニコしているけれど、横に立っている人達はもちろん軍人で司令付の部下兼警護の人達だ。
私の姿を見つけると、イスから立ち上がって手を振ってきた。その動きに、横にいた人達がいっせいにこちらに目を向ける。めちゃくちゃ目つきが怖い人達。あれは絶対にただの部下さんじゃなくて警護、しかも素手で相手をのしちゃうぐらい強い人だと思う。
『おはようございます、JJおじさん』
制服を着たら胸に勲章がジャラジャラてんこ盛りの偉い人を、トーチャンと呼ばせてしまっていることにやはり罪悪感を感じてしまう。いまさらさらですけど大将閣下、息子さんに変な日本語を教えてしまって、本当にごめんなさい。
『おはよう、シーチャン。久し振りだね、高校の卒業式以来かな?』
『そうですね、それ以来だと思います。おじさんも、お元気そうでなによりです』
当時は、アーサー君のお父さんは海軍の軍人さんなんだってね、へえ~、ふ~ん、かっこいいね~、程度にしか思っていなかった。まさかこんなふうに、お仕事関係で顔を会わせることになるなんて、人生って何がどうつながるのか本当に分からない。
『今日は無理を言ってごめんね。しかも、メッタに見れない観艦式に連れて行ってくれるなんて、おじさん感激だよ』
『いえいえ。たまたま上司に招待券をもらったものですから。おじさんが日本に来るタイミングとあって良かったです』
これも決められたやり取りだ。
部長が言っていた通り、普段ならチョロチョロと出回るネット転売の中に、観艦式当日のくらまに乗艦できるチケットは一枚も出回っていなかった。血眼になって探し求めている先輩達も見つけることができなかったようなので、恐らく一枚も世に出ていなかったのではないかと思う。
だけど、どうしてオタクでもない先輩達が、ここまで必死になって乗艦券を探すのかイマイチ理解できない。やはり袖の下とか本省の偉い人に頼まれたとか、そういうものなんだろうか? そのあたりの事情は、質問しないほうが定年まで平和に暮らそうなので、あえて尋ねないようにしているけど。
『じゃあ、行こうか』
『はい。あ、大丈夫ですよ、運転には自信がありますから、任せてください』
『うん。まあ、おまけがついてくるのは気にしないでくれるかな』
おまけとは、もちろん横に立っている人達だ。車をとめさせてもらっている場所に向かう途中で、いつのまにか強面のお兄さん達は姿を消していた。
「???」
『ああ、気にしなくても大丈夫。彼等はこちらに見えなくても、きちんとついてくるから』
『偉くなると大変ですね。こんなんじゃ、おちおち観光もできないでしょ?』
車のキーをバッグの中から出して車に向ける。信号音がしてドアロックが解除された。
『今回は特別だと思うよ。なにぶん、私の周りには心配性の部下がたくさんいるからね』
『そりゃ心配するのは当然ですよ』
私の言葉に、おじさんは肩をすくめて笑いながら助手席に乗り込んだ。
『後ろのシートじゃなくて大丈夫ですか?』
『せっかくシーチャンと話せる機会なんだから、こっちにするよ』
そう言いながらニコニコしている顔を見ていると、高校の時に初めてあったままのおじさんだ。とてもアメリカ太平洋艦隊のトップには見えない。
『一応この車も、防衛省と米軍の保安検査を受けてきましたので、盗聴等の危険性はありませんから安心してください。もちろん爆弾もしかけられていませんので』
車を出したところで知らせておく。
『それは上々だ。色々と気を遣わせてしまって申し訳ないね』
『いいえ。あ、でもフロントガラスや窓ガラスは防弾じゃないですよ?』
私がそう言うと、おじさんは愉快そうに笑った。
『私は大統領じゃないから、そこまで気を遣ってもらわなくても大丈夫だよ』
『でも、アーサー君のお父さんになにかあったら一大事ですよ』
そんなことを言われても、相手は海軍大将閣下で米国太平洋艦隊司令様、私にとって重要度は大統領と大して変わらない。いや、身近な人だから、テレビの向こうでしか見ることのない他国の大統領よりも重要な人だ。
『皆が心配しているのは私の命じゃなくて、今回の件が、どこぞの好ましからぬ人々に漏れることだからね。警戒しているのはテロリストではなく、報道関係者とスパイだ』
『なるほど。次にこんな話があったら、アーサー君に押しつけます。私の手に余りますから』
同い年のアーサー君だけど、絶対に私よりもこの手のことに慣れているに決まっている。次にこんな話がきたら、絶対に落しつけようと密かに決心した。
『そうなのかい? 次は是非とも、総理をこっそりハワイに連れてきて欲しかったんだけどな』
『無理ですよ、無理! 私はジェームズ・ボンドじゃないんですから!』
『彼はアメリカ人じゃなくて英国人だけどねえ』
突っ込むのはそこなのか。やっぱりJJおじさんは偉くなってもアーサー君のお父さん。親子そろって、こういう変なところはよく似ていた。
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くらまが停泊している海上自衛隊の施設に到着すると、あらかじめ部長から指示されていた、海自関係者しか立ち入れない場所の駐車場に入って車をとめた。今回のことは極秘事項ではあったけど、車だけは保安上の問題から、どうしても施設内に置かせてもらう必要があったのだ。
それに実際のところ、この周辺のコインパーキングは、観艦式関係の車両ですでに満車状態になっているらしいし、不慣れな場所でうろうろしながら駐車できる場所を探さなくて済むのは、随分とありがたかった。
『さきほどの人達はどうするんですか?』
『ここに私達が戻ってくるまでは、所定の位置で待機だ』
ぞろぞろと行列を作ったら、目立ってしまうからねとおじさんは言った。ここを出港して戻ってくるのは夕方になる予定だ。それまでジッと待機だなんて、とんでもなく退屈そう……。
『路上駐車していたら、お巡りさんや警備隊にみとがめられませんか?』
『海上自衛隊の施設内に入れてもらえるように手配したから、問題ないよ。彼等も施設内の何処かに車をとめたはずだ。こちらの警備隊には通達済みだからね』
『それなら安心ですね』
車を降りると、船が停泊している場所へと向かった。すでにたくさんの人がいて、乗艦時間を待っている。そして、青色の迷彩服の上から黒い防弾チョッキみたいなのを着ている隊員さん達が、遠巻きに立っていた。しばらくして乗艦の時間がやってくると、アナウンスが流れて待っていた人達がゾロゾロと護衛艦の方へと歩いていく。私達もその列に混じって進んだ。
―― あっちが私達を見つけてくれるとか言ってたけど、こんなに人が多いと誰が誰やら分からないんじゃ? ――
キョロキョロと見物している風を装いながら、自分達に近づいてくるそれらしい隊員さんはいないかと目を走らせる。だけどとにかく人が多過ぎ! 狭い通路のせいもあって、途中までは通勤電車並みの混雑ぶりでうんざりしていると、いきなり後ろを歩いていたJJおじさんが誰かに押されたのか、私の肩をつかんできて体を押してきた。
「?!」
いきなりのことに、支えるどころかバランスを崩して前につんのめる。派手に床と正面衝突しちゃうと慌てたところで、ニュッと青い迷彩柄の服を着た腕が横から素早くのびてきて支えてくれた。
「すみません、ありがとうございます」
おじさん押さないでくださいよと振り返りかけると、さらにその腕が体に回されてきた。
「?! え、ちか」
こんな人の多いところで痴漢ですか?!と焦っていると、頭の上から呑気な声が聞こえてくる。
「スミマセン、コノヒト、キブンガワルイソウデス、イムシツ二オネガイシマス」
「お、おじさん、日本ゴ?!」
「そうですか、ではお連れします」
「え?!」
意外な言葉に驚くヒマも無く、何故かおじさんには背中を押され、転びそうになった私を助けてくれたらしい人には、肩を抱かれると言うよりも腰に巻かれた腕にかつがれるようにして引き摺っていかれた。
おかしい、私のイメージではこういう感じの仕事じゃないはずなのに!!
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