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東京・横須賀編
第四話 なにも見られませんでした
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部屋を使わせてくれることになったのは、船務長の藤原一尉という人だった。私の顔を見たとたん、船酔いは辛いね気の毒にと心から同情してくれた。私の横を歩いている迷彩服の三尉さんが、前を歩く一尉さんの十分の一でも優しかったら良いのにと思う。
「なんだ、なにか言いたいことでも?」
こっちの視線に気がついたのか、三尉さんがこっちを不審げな顔をして見下ろした。
「いいえ、何もありません」
慌てて前を向く。そんな私達の様子に、前を歩いていた一尉さんが首をかしげながら振り返える。
「もしかして、篠塚の知り合い?」
「何故ですか?」
あからさまに三尉さんが不機嫌そうな顔をした。
「だって口振りが容赦ないし、初対面の人に対する態度だとしたら、あまりにもあんまりだろ?」
「初っ端から、顔にゲロをぶちまけられそうになってみてくださいよ、多少なりとも無礼になるでしょう」
む、なんだか聞き捨てならないことを言っている!!
「ちょっと待ってください。私がいつ、三尉さんの顔にゲロをぶちまけようとしたんですか。だいたいどうやって顔に? こんなに身長差があるんですよ? 顔にぶちまけようとするなら、ジャンプしないとゲロは届かないじゃないですか。私、いつ三尉さんにジャンピングゲロしました?」
一尉さんがブッと噴き出して笑い出した。
「なんていうか凄いね。こんな可愛いお姉さんが、ゲロゲロ連発するのはなかなか破壊力があるな」
だけど、私の横を歩いている三尉さんは同意しかねるらしい。ますます顔をしかめて怖い顔になった。
「なにが可愛いんだか。そんなことを言っていると、一尉殿の奥さんに言いつけますよ。あなたの旦那がよその女に色目を使っていると」
「なんで俺に八つ当たりするのさ。篠塚が言い負かされているのは俺のせいじゃないだろ? それと可愛いと言ったのは、あくまでも客観的事実を言ったまで。俺は嫁以外の女は本気でどうでもいい」
「それを人前で言いますか、あんたって人は」
「言わせたのはお前だ」
いつの間にか、三尉さんは私とじゃなく前の一尉さんと言い合いを始めてしまった。
「ちょっと、私との話も終わってないですよ!」
「ほらほら、お姉さんがご立腹だぞー?」
「うるさい。だいたいだな、あそこで俺が声をかけなかったら、間違いなく下に向かって吐いていただろうが」
「でもジャンピングゲロはしません!!」
一尉さんが笑い出す。
「そのジャンピングゲロっていうの勘弁して。ツボにはまりすぎて腹が痛い」
「それはこの三尉さんのせいですよ。私は顔になんて吐きませんから。だけど腹が立ってきたので、背中から服の中にゲロを流し込んでも良い気がしてきました」
三尉さんは思わずといった感じで制服の襟に手をやり、一尉さんは爆笑した。
「あなた、凄い人だね。俺はこの篠塚三尉とはそこそこ付き合いが長い方だけど、一方的な言葉のタコ殴り状態で、砲撃を受けているこいつ見るのは初めてだよ。なかなか見込みがあると思うな」
「なんの見込みですか」
「え? 色々と。怖いお兄さんに睨まれても物怖じしないなんて、なかなか凄いじゃないか。まあ何の役に立つかは俺にも分からないけど、少なくともお偉いさんを目の前にしても、物怖じしなさげで大変よろしいんじゃないか?」
ウンウンとうなづきながら、一人で納得している。
「さて、じゃあここが自分が使っている部屋です、お嬢さん。自衛官の常として整理整頓はきちんとされているので、ベッドに横になるのに抵抗は感じないと思うけど大丈夫かな」
そう言いながらドアを開けた。中は思っていたよりもずっと狭い部屋だった。机も折り畳み式になっているし、ベッドは二段ベッド。私の顔を見て何を考えているか察したらしく、一尉さんは申し訳なさげに微笑んだ。
「思っているより狭いでしょう? 大型化した護衛艦だと幹部は個室を使えるんだけど、くらまは古いタイプの護衛艦だから、幹部でも艦長以外は相部屋なんだ。ベッドは下の段が自分が使っている場所だから、そっちを使ってください。えーと、あとのことは任せても良いのかな、篠塚」
「すみませんでした、わざわざ降りてきてもらって」
「これぐらいどうってことないよ。じゃあお大事に。せっかく護衛艦に乗れたのにもったいないことだね。観艦式の様子はインターネットで配信されるから、改めてそっちで見てください」
「ありがとうございます」
頭を下げた私を、三尉さんがさっさと入れと部屋に押し込もうとした。
「もう、なんでそんなにせっかちなんですか。お礼ぐらいゆっくりさせてください。本省の人間は無礼な人間だと思われても困るんだから」
「俺にゲロをぶちまけると言っている時点で十分に無礼だ。それに廊下も狭いし他の人間に見られても厄介だ。さっさと入れ」
私の抗議もどこ吹く風で、無理やり部屋に押し込むとドアを閉める。
「あの、外で見張りなんじゃ?」
「襲われるとでも思っているなら心配するな。俺だってゲロ女はごめんこうむる」
「何気に失礼ですね」
「そっちがな」
なんで?と言い返そうとしている私を無視して、三尉さんが二段ベッドに歩み寄った。
「あんたじゃ、どれが下に敷くものでどれが体にかけるものか分からないだろ? ちゃんとしてやるから、椅子に座って待ってろ。まだ気持ち悪いんだろうが」
たしかに言い合いをしていた時は気が紛れていたけど、まだ気持ち悪い。薬、早く効かないかな……。
「……ありがとうございます」
「なんだって?」
ボソッと呟くようにお礼を言った、らニヤッと笑って耳に手を当てて聞き返してきた。
「ありがとうございます!! お世話かけます!!」
「どういたしまして」
三尉さんは手早くベッドの準備をしてくれた。折りたたまれて積み重ねてあった毛布もそれぞれの隅っこがきっちり揃っていたし、そういうのところが自衛官さんらしいなって感心してしまう。
「上着は、こっちの椅子の背中にかけておけばシワにならない。時間になったら声をかけるから、それまでここにいるように。俺は外で待機をしているつもりだが、呼び出されればそちらに出向く。万が一、俺がいない時に外に出たくなっても勝手にウロウロするな。ああ、トイレは別だ。ちなみにトイレは部屋を出て左を直進、突き当りをさらに左に曲がったところにある」
のんびりと喋る堅田部長とはまったく違うきびきびとした口調に、少しだけ戸惑う。
「私、三尉さんの部下じゃないんですけどね……」
「だがあんたは、外部組織に籍を置いているとはいえ防衛省の職員だ。ここにいる間は、俺の指揮下に入っている」
「艦長さんの方が嬉しいんですけどね」
「なにか不満でも?」
「いいえ、篠塚三尉。ウロウロせずに、ここでおとなしくしています」
三尉さんはよろしいとうなづくと、部屋を出ていった。
バタンとちょっと乱暴にドアが閉められたのを見届けて、上着を椅子の背中にかけてからベッドに横になる。当然のことながら、海に出ているのだから船体は揺れていた。体を横にして目を閉じたら、船酔いの原因であるはずのその揺れが何とも心地よく、クスリのせいもあってあっという間に睡魔がやってくる。
―― そう言えばあの三尉さん、私が情報本部の職員だって知っているような口ぶりだった。事前にどこまで聞いていたんだろ……? ――
そんなことを考えながら眠ってしまった。
++++++
「おい、起きろ」
肩をつかまれて揺すぶられ慌てて飛び起きたとたん、ゴンッという音がして頭を衝撃が襲った。目から星が飛び散って、襲ってきた痛みに頭を抱えながら引っ繰り返る。二段ベットの下に寝ていたことをすっかり忘れていた……。
「いたたたたたた……」
「まったく……なにをしているのやら、この女は……」
こっちを覗き込むようにして立っていたのは三尉さん。
「そろそろ港に到着だ」
「ええっ?!」
「あれだけ爆睡しておいて、何がええなんだ」
「え、でもなんて言うか、ちょっと休んだら気分が良くなって、少しぐらいは観艦式を見れるかなあって思っていたんですが……」
「残念だったな、もう夕刻だ。どうしても自分の目で見たいなら、三年後にどうぞ」
どうやら冗談ではなく、本当に戻ってきたらしい。
「ショックだ……」
「自宅に戻ったら、インターネットで配信されている動画を見ることだな。そうすれば、少しぐらいは見た気分に浸れるだろ」
「護衛艦に乗ったのに、観艦式は動画サイトで見るとか……っていうかなんで爆睡していたって知ってるんですか?」
「あまりにも静かだから、ゲロまみれで死んでるんじゃないかと心配になって、一度のぞいたんだ。おい、なんでそんな目で見る。こっちは親切心でのぞいたんだぞ」
「……なにもしてませんよね」
「当たり前だ。なんで俺が、見ず知らずの女になにかしなくちゃならんのだ」
私のことを睨むとベッドから離れた。そして両腕を組んで振り返った。
「それで? 気分が悪いのはどうなんだ。治ったのか?」
そう質問されてどうかな?と自分の体調を改めて確認してみる。うん、頭が痛い以外はなんともない。って言うか、頭をぶつけた衝撃で気持ち悪いのが吹き飛んでしまったのかもしれないけれど。
「おかげさまで」
「もう湾内に入って接岸準備に入っている。フリューベック司令も、あんたのことをお待ちだ」
ああ、そうだった。頭を思いっきりぶつけて忘れかけていたけど、私がここに来たのは単なる物見遊山ではなかったのだ。ほとんど寝ていたので、仕事も何もあったものじゃなかったのは何とも情けない話ではあったものの、何事もなく陸地に戻ってこれたようで一安心。
「これで終わったと腑抜けているようだが、司令を所定の場所に送り届けるまでがあんたの仕事だ。それを忘れるな」
「……」
「なんだ」
「え、いえ。今回のこと、三尉さんはどこまで御存知なのかなあと思って」
とたんに怖い顔をされた。
「俺のことはどうでもいい。目の前の自分の任務に集中しろ」
「……心得ました」
私、これでもまだ、入省してから一年未満の新米職員なんですよ? そりゃあ、それなりに考えがあって防衛省入省を希望しましたけど、それまではまったくその手のことと無縁に生活していたんです。自衛官ではないんだし、少し思考が横道にそれるぐらい、大目に見てくれても良いじゃないですか。そう言いたかったけど、また睨まれるのもイヤなので黙っておくことにする。
「ほら、こっちに移動して座ってろ。ベッドの片づけは俺がする」
「そのぐらい自分でできますから、お気遣いなく」
「気遣っているのはあんたにではなく、ここの部屋を提供してくれた一尉殿に対してなんだがな。きっちり片づけておかないと、申し訳が立たないだろ。最初に片づけてあったようにする自信はあるのか?」
たしかに、あんな四隅がきっちりとそろうようにたたむなんて、私にはできない。自宅のベッドだって、いつも適当に整えてベッドカバーで目隠しして、きちんと片づけた気分になってるし。
「……ないです」
「だったら、おとなしく見ていろ」
そう言って、テキパキとした動きで毛布と敷布をたたんでいく。
「あのう」
「なんだ?」
「私、あんたって名前じゃないので」
「はあ?」
三尉さんはたたんでいた手を止めて振り返った。
「さっきから、あんたあんたって仰ってましたけど私、門真って名前がありますから」
「分かった、あんたの名前は門真な」
そう言うと片づけを再開する。
「あのう」
「だからなんだ」
「私のいったこと聞いてくれてました?」
「ああ。門真だろ。まあ俺が思うに、それは名前じゃなくて苗字なんだろうがな」
「……」
なんだか悔しい。そのうち仕返しできる日が来るだろうか……?
「なんだ、なにか言いたいことでも?」
こっちの視線に気がついたのか、三尉さんがこっちを不審げな顔をして見下ろした。
「いいえ、何もありません」
慌てて前を向く。そんな私達の様子に、前を歩いていた一尉さんが首をかしげながら振り返える。
「もしかして、篠塚の知り合い?」
「何故ですか?」
あからさまに三尉さんが不機嫌そうな顔をした。
「だって口振りが容赦ないし、初対面の人に対する態度だとしたら、あまりにもあんまりだろ?」
「初っ端から、顔にゲロをぶちまけられそうになってみてくださいよ、多少なりとも無礼になるでしょう」
む、なんだか聞き捨てならないことを言っている!!
「ちょっと待ってください。私がいつ、三尉さんの顔にゲロをぶちまけようとしたんですか。だいたいどうやって顔に? こんなに身長差があるんですよ? 顔にぶちまけようとするなら、ジャンプしないとゲロは届かないじゃないですか。私、いつ三尉さんにジャンピングゲロしました?」
一尉さんがブッと噴き出して笑い出した。
「なんていうか凄いね。こんな可愛いお姉さんが、ゲロゲロ連発するのはなかなか破壊力があるな」
だけど、私の横を歩いている三尉さんは同意しかねるらしい。ますます顔をしかめて怖い顔になった。
「なにが可愛いんだか。そんなことを言っていると、一尉殿の奥さんに言いつけますよ。あなたの旦那がよその女に色目を使っていると」
「なんで俺に八つ当たりするのさ。篠塚が言い負かされているのは俺のせいじゃないだろ? それと可愛いと言ったのは、あくまでも客観的事実を言ったまで。俺は嫁以外の女は本気でどうでもいい」
「それを人前で言いますか、あんたって人は」
「言わせたのはお前だ」
いつの間にか、三尉さんは私とじゃなく前の一尉さんと言い合いを始めてしまった。
「ちょっと、私との話も終わってないですよ!」
「ほらほら、お姉さんがご立腹だぞー?」
「うるさい。だいたいだな、あそこで俺が声をかけなかったら、間違いなく下に向かって吐いていただろうが」
「でもジャンピングゲロはしません!!」
一尉さんが笑い出す。
「そのジャンピングゲロっていうの勘弁して。ツボにはまりすぎて腹が痛い」
「それはこの三尉さんのせいですよ。私は顔になんて吐きませんから。だけど腹が立ってきたので、背中から服の中にゲロを流し込んでも良い気がしてきました」
三尉さんは思わずといった感じで制服の襟に手をやり、一尉さんは爆笑した。
「あなた、凄い人だね。俺はこの篠塚三尉とはそこそこ付き合いが長い方だけど、一方的な言葉のタコ殴り状態で、砲撃を受けているこいつ見るのは初めてだよ。なかなか見込みがあると思うな」
「なんの見込みですか」
「え? 色々と。怖いお兄さんに睨まれても物怖じしないなんて、なかなか凄いじゃないか。まあ何の役に立つかは俺にも分からないけど、少なくともお偉いさんを目の前にしても、物怖じしなさげで大変よろしいんじゃないか?」
ウンウンとうなづきながら、一人で納得している。
「さて、じゃあここが自分が使っている部屋です、お嬢さん。自衛官の常として整理整頓はきちんとされているので、ベッドに横になるのに抵抗は感じないと思うけど大丈夫かな」
そう言いながらドアを開けた。中は思っていたよりもずっと狭い部屋だった。机も折り畳み式になっているし、ベッドは二段ベッド。私の顔を見て何を考えているか察したらしく、一尉さんは申し訳なさげに微笑んだ。
「思っているより狭いでしょう? 大型化した護衛艦だと幹部は個室を使えるんだけど、くらまは古いタイプの護衛艦だから、幹部でも艦長以外は相部屋なんだ。ベッドは下の段が自分が使っている場所だから、そっちを使ってください。えーと、あとのことは任せても良いのかな、篠塚」
「すみませんでした、わざわざ降りてきてもらって」
「これぐらいどうってことないよ。じゃあお大事に。せっかく護衛艦に乗れたのにもったいないことだね。観艦式の様子はインターネットで配信されるから、改めてそっちで見てください」
「ありがとうございます」
頭を下げた私を、三尉さんがさっさと入れと部屋に押し込もうとした。
「もう、なんでそんなにせっかちなんですか。お礼ぐらいゆっくりさせてください。本省の人間は無礼な人間だと思われても困るんだから」
「俺にゲロをぶちまけると言っている時点で十分に無礼だ。それに廊下も狭いし他の人間に見られても厄介だ。さっさと入れ」
私の抗議もどこ吹く風で、無理やり部屋に押し込むとドアを閉める。
「あの、外で見張りなんじゃ?」
「襲われるとでも思っているなら心配するな。俺だってゲロ女はごめんこうむる」
「何気に失礼ですね」
「そっちがな」
なんで?と言い返そうとしている私を無視して、三尉さんが二段ベッドに歩み寄った。
「あんたじゃ、どれが下に敷くものでどれが体にかけるものか分からないだろ? ちゃんとしてやるから、椅子に座って待ってろ。まだ気持ち悪いんだろうが」
たしかに言い合いをしていた時は気が紛れていたけど、まだ気持ち悪い。薬、早く効かないかな……。
「……ありがとうございます」
「なんだって?」
ボソッと呟くようにお礼を言った、らニヤッと笑って耳に手を当てて聞き返してきた。
「ありがとうございます!! お世話かけます!!」
「どういたしまして」
三尉さんは手早くベッドの準備をしてくれた。折りたたまれて積み重ねてあった毛布もそれぞれの隅っこがきっちり揃っていたし、そういうのところが自衛官さんらしいなって感心してしまう。
「上着は、こっちの椅子の背中にかけておけばシワにならない。時間になったら声をかけるから、それまでここにいるように。俺は外で待機をしているつもりだが、呼び出されればそちらに出向く。万が一、俺がいない時に外に出たくなっても勝手にウロウロするな。ああ、トイレは別だ。ちなみにトイレは部屋を出て左を直進、突き当りをさらに左に曲がったところにある」
のんびりと喋る堅田部長とはまったく違うきびきびとした口調に、少しだけ戸惑う。
「私、三尉さんの部下じゃないんですけどね……」
「だがあんたは、外部組織に籍を置いているとはいえ防衛省の職員だ。ここにいる間は、俺の指揮下に入っている」
「艦長さんの方が嬉しいんですけどね」
「なにか不満でも?」
「いいえ、篠塚三尉。ウロウロせずに、ここでおとなしくしています」
三尉さんはよろしいとうなづくと、部屋を出ていった。
バタンとちょっと乱暴にドアが閉められたのを見届けて、上着を椅子の背中にかけてからベッドに横になる。当然のことながら、海に出ているのだから船体は揺れていた。体を横にして目を閉じたら、船酔いの原因であるはずのその揺れが何とも心地よく、クスリのせいもあってあっという間に睡魔がやってくる。
―― そう言えばあの三尉さん、私が情報本部の職員だって知っているような口ぶりだった。事前にどこまで聞いていたんだろ……? ――
そんなことを考えながら眠ってしまった。
++++++
「おい、起きろ」
肩をつかまれて揺すぶられ慌てて飛び起きたとたん、ゴンッという音がして頭を衝撃が襲った。目から星が飛び散って、襲ってきた痛みに頭を抱えながら引っ繰り返る。二段ベットの下に寝ていたことをすっかり忘れていた……。
「いたたたたたた……」
「まったく……なにをしているのやら、この女は……」
こっちを覗き込むようにして立っていたのは三尉さん。
「そろそろ港に到着だ」
「ええっ?!」
「あれだけ爆睡しておいて、何がええなんだ」
「え、でもなんて言うか、ちょっと休んだら気分が良くなって、少しぐらいは観艦式を見れるかなあって思っていたんですが……」
「残念だったな、もう夕刻だ。どうしても自分の目で見たいなら、三年後にどうぞ」
どうやら冗談ではなく、本当に戻ってきたらしい。
「ショックだ……」
「自宅に戻ったら、インターネットで配信されている動画を見ることだな。そうすれば、少しぐらいは見た気分に浸れるだろ」
「護衛艦に乗ったのに、観艦式は動画サイトで見るとか……っていうかなんで爆睡していたって知ってるんですか?」
「あまりにも静かだから、ゲロまみれで死んでるんじゃないかと心配になって、一度のぞいたんだ。おい、なんでそんな目で見る。こっちは親切心でのぞいたんだぞ」
「……なにもしてませんよね」
「当たり前だ。なんで俺が、見ず知らずの女になにかしなくちゃならんのだ」
私のことを睨むとベッドから離れた。そして両腕を組んで振り返った。
「それで? 気分が悪いのはどうなんだ。治ったのか?」
そう質問されてどうかな?と自分の体調を改めて確認してみる。うん、頭が痛い以外はなんともない。って言うか、頭をぶつけた衝撃で気持ち悪いのが吹き飛んでしまったのかもしれないけれど。
「おかげさまで」
「もう湾内に入って接岸準備に入っている。フリューベック司令も、あんたのことをお待ちだ」
ああ、そうだった。頭を思いっきりぶつけて忘れかけていたけど、私がここに来たのは単なる物見遊山ではなかったのだ。ほとんど寝ていたので、仕事も何もあったものじゃなかったのは何とも情けない話ではあったものの、何事もなく陸地に戻ってこれたようで一安心。
「これで終わったと腑抜けているようだが、司令を所定の場所に送り届けるまでがあんたの仕事だ。それを忘れるな」
「……」
「なんだ」
「え、いえ。今回のこと、三尉さんはどこまで御存知なのかなあと思って」
とたんに怖い顔をされた。
「俺のことはどうでもいい。目の前の自分の任務に集中しろ」
「……心得ました」
私、これでもまだ、入省してから一年未満の新米職員なんですよ? そりゃあ、それなりに考えがあって防衛省入省を希望しましたけど、それまではまったくその手のことと無縁に生活していたんです。自衛官ではないんだし、少し思考が横道にそれるぐらい、大目に見てくれても良いじゃないですか。そう言いたかったけど、また睨まれるのもイヤなので黙っておくことにする。
「ほら、こっちに移動して座ってろ。ベッドの片づけは俺がする」
「そのぐらい自分でできますから、お気遣いなく」
「気遣っているのはあんたにではなく、ここの部屋を提供してくれた一尉殿に対してなんだがな。きっちり片づけておかないと、申し訳が立たないだろ。最初に片づけてあったようにする自信はあるのか?」
たしかに、あんな四隅がきっちりとそろうようにたたむなんて、私にはできない。自宅のベッドだって、いつも適当に整えてベッドカバーで目隠しして、きちんと片づけた気分になってるし。
「……ないです」
「だったら、おとなしく見ていろ」
そう言って、テキパキとした動きで毛布と敷布をたたんでいく。
「あのう」
「なんだ?」
「私、あんたって名前じゃないので」
「はあ?」
三尉さんはたたんでいた手を止めて振り返った。
「さっきから、あんたあんたって仰ってましたけど私、門真って名前がありますから」
「分かった、あんたの名前は門真な」
そう言うと片づけを再開する。
「あのう」
「だからなんだ」
「私のいったこと聞いてくれてました?」
「ああ。門真だろ。まあ俺が思うに、それは名前じゃなくて苗字なんだろうがな」
「……」
なんだか悔しい。そのうち仕返しできる日が来るだろうか……?
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