俺の彼女は中の人

鏡野ゆう

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本編

奥様は中の人? side - 旦那様

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 洋上訓練が終わり久し振りに母港に戻ってみれば、その日はちょうど港内で地元のイベントが行われている日で大勢の人が訪れていた。珍しい護衛艦の入港場面に立ち会うことが出来た人達は、手にカメラを持ってこちらを撮影している。岸壁近くは出迎えの関係者と写真を撮っている来訪者とでとんでもなく賑やかしいことになっていた。

「こりゃまた凄い人出だな」
「冬の恒例イベントですからね、地元商工会も力を入れてるって話ですし」

 接岸作業の監視をしながら少し遠くを見れば、桟橋さんばしから少し奥まったところにテントが並び地元の名産品を売っている店舗が並んでおり、色とりどりののぼりが立っている。普段は見学者と関係者以外いない場所が少しばかり毛色の違った雰囲気だ。

「お前達、ふねを降りる時は気をつけろよ。制服オタクのお兄さんやお姉さん達に囲まれないようにな。特に若い連中にはきちんと言って聞かせろ、浮かれてハメをはずすなと」

 艦長の声に全員が了解しました~と若干まのびした口調で答える。本来ならこんな呑気な返事をすればすぐにでも叱責が飛んでくるのだが、遠洋から久し振りに戻ってきたという安堵感からか今日は特に何のおとがめも無かった。

藤原ふじわら、お前の嫁さんも今日はこっちに来てるのか?」

 接岸作業が無事に完了し、艦橋を出ようとしたところで艦長から声をかけられた。

「はい。嫁の仕事が休みらしいので、自分を出迎えがてらに来るとのことでした。まあ本当の目的は、自分ではなくこのイベントなんでしょうが」

 送ってきたメールに買いたいものを列挙していたところを見ると、自分を迎えることよりまずはイベントで他の奥様方と食べ歩きをしてお買い物、これが目的だと思われる。

「まあそう言うな。ところで藤原は久し振りの長期休暇だったな」
「はい。艦長も今回は東京に行かれるんでしたよね」
「ああ。本省に顔を出す案件があってな。それも兼ねて同期会に顔を出すつもりだ」
「同期会。ああ、あの人達ですか……」
「あのって何だ、あのって」

 こちらの言葉に少しムッとした顔をする佐伯さえき一佐。

「まあ色々と伝説になっているとしか」
「どんな伝説なのやら……もしかして俺もか?」
「そりゃあ色々と」
「やれやれ。一体どんな尾びれ背びれがついていることやら。さて、これで今回の訓練は一段落だな。お前も久し振りの長期休暇だ、嫁さんと仲良くすごせよ」
「ありがとうございます」

 艦を降りると、艦長の言っていた通り、出迎えの関係者達に混じってカメラを持った人々が待ちかまえていた。その中には、久し振りに顔を見る自分の妻である真琴まことの姿もある。こちらのことを見つけた彼女が、嬉しそうな顔をして走り寄ってきた。

しゅうちゃん、お帰りなさい! 長い間お仕事お疲れ様でした!」
「ただいま、まこっちゃん。こっちは寒いだろ?」
「うん。冬の海って独特で演歌の世界だよね、海の荒れかたが普段とぜんぜん違うんだもん。今日はカイロ、二つも貼ってきたよ」
「ほんと、寒がりだよなあ……」

 寒がりな彼女らしい言葉に思わず苦笑いしてしまう。そしてその彼女の後ろで不思議な物体が、見え隠れしているというか、横幅がありすぎてまったく隠れていないと言うか……チラチラとこちらをのぞいているらしいことに気がついた。

 このへんではちょっと有名なゆるキャラで、地域のイベントには大体顔を出しているヤツだ。名前はなんだったかな、たしか……マロマロ? そんな名前だったはずだ。

「まこっちゃん、後ろになにかいている気がするのは気のせいか?」
「ん? ああ、マロロンちゃん?」
「ああ、マロロンか。マロマロだと思ってた」
「マロマロは別の地域の子。この子はマローマロロンだよ」
「……もしかして女の子なのか」
「当たり。名前がね、昔のアメリカの女優さんのものをもじったんだって。くびれはないけど」

 そう言われて改めて嫁の後ろに張りついているその物体をながめる。たしかに丸くて何処がウエストなのかまったくわからない。名前の元になったハリウッド女優の関係者からクレームが来ないかと、少しだけ心配になったのは言うまでもない。

「んで? なんで一緒に?」
「うん。久し振りだから距離感がつかめなくて怖いから一緒に歩いてくれって。ほら、視界がせまくて足元が見えないでしょ? そのまま歩いていって海に落ちたら大変なことになるから」
「久し振りって……もしかして佐伯夫人?」

 最後のほうはひそひそとささやくようにして一人と一体に尋ねる。俺の問い掛けに、その物体は嬉しそうに(多分)体を上下に揺らした。

「なにやってるんですか、こんなところでこんなもの着て。艦長、ビックリしますよ」
「それが目的だから良いんだって。ねー、マロロンちゃん?」

 何気に意気投合しているのはなぜだ?

「あ、来た来た、来ましたよ、艦長さんが」

 艦長がタラップを降りてきたのを目ざとく見つけた真琴が嬉しそうな顔をして、マロマロだかマロロンだかに話しかけている。はあ……二人してなにをたくらんできたのやら。

「まったく……」

 艦長は気がつくかな?なんてヒソヒソと話していると、その目立つ物体に目を向けた艦長が明らかにギョッとした顔をした。ああ、あれは気がついたよな、絶対に中の人が誰か気がついた顔だ。

「驚いてる驚いてる。あの顔は絶対にビックリですよね、マロロンちゃん」

 艦長が足早にやってきてマロロンを見下ろした。マロロンはそのおとぼけた顔のまま体をかたむけて挨拶をしているようだ……多分。

「一体なにをしてるんだ?」
「マロロンちゃんはお仕事ですよ、ここのイベントの」
「……杏奈、君はここの地域の職員じゃないだろ?」

 ヒソヒソとささやくようにして艦長がマロロンにそう言うと、体を左右に揺すっていたマロロンはちょっと腹立たしげな空気を醸し出し、艦長をその丸い腹で突き飛ばした。とはいえ柔らかいので自分の腹の部分が凹んだだけだったが。

「怒ってるようです」

 だから、まこっちゃんも実況するのはよせ……。艦長は少し困惑したような顔をしていたがやがてあきらめたように溜め息をついた。

「出迎えに来るかもとは聞いていたが、まさかこれで来るとはな……。藤原さん、ここまでのエスコートすまなかった。あとはこちらに任せて旦那さんとの休暇に入ってくれ。この丸いヤツは俺がきちんと保護するから」
「はい。艦長も長い訓練おかれ様でした!」
「藤原も御苦労だった、休暇明けには元気なままで出てこいよ」
「それどういう意味ですか、嫁に生気を吸い取られるとでも?」

 まったく。休暇中に俺が、嫁とずっとベッドにこもるとでも思っているのかね、この人は。真琴は横で、吸い取られるのはどちらかと言えば私のほうなんだけどな~なんてつぶやいているし。……まあ、ある意味正しいのかもしれないが。

「では失礼いたします。マロロンさんも」

 そう言って一人と一体にきちんと敬礼をしてから真琴とその場を離れた。少ししてから後ろを振り返ると、艦長がマロロンの頭の辺りをつかんで誘導している。なんていうか、手をつなぐとか普通のことをしないのがうちの艦長の面白いところだよな。横を歩いている真琴を見下ろせば、彼女はちょっと心配そうにその様子をながめている。

「あんなふうにつかんだら、マロロンちゃんの頭、ラ・フランスみたいになっちゃうよ……」

 俺の嫁のずれっぷりも艦長に負けてないよな……と、思ったのは秘密だ。


+++++


 部下の藤原二尉とその嫁さんが離れていくの見送ると、自分の横でフワフワと踊っているゆるキャラの頭をつかんだ。かすかに中から声が聞こえたような気がしたが、こいつはたしか喋ることができないということだから今のは俺の空耳なんだよな?と嫌味いやみったらしく話しかけてから歩き始める。

 制服を着たいい年したオッサンが、ゆるキャラの頭をつかんで歩いている光景というのはそれなりのインパクトがあるだろう。だがこちらの撮るな全開オーラに気がついたのか、カメラを持った人間は寄ってこない。

「まったく、一体どういうつもりだ。こんなものに入って」
「可愛いでしょ? 今日がデビューなんだって♪」

 中から御機嫌な声が聞こえてきた。

「一足先にあっちに顔を出して待ってるんじゃなかったのか?」
「だってこっちでイベントだって聞いたら見たくなったし、これの中の人をする子がうちの後輩だから、頼み込んで着せてもらったの。久しぶりにお客さんの相手ができて楽しかったわ。あ、もちろん子供達はもう佐伯の家に到着しているわよ」

 さっき携帯に電話があったから間違いないと、あっけらかんとした口調で言っている。

「藤原の奥さんまで巻き込んでなにをしているのやら……」
「真琴さんは似合ってますよって言ってくれたわよ?」
「そういう問題じゃない」

 なにがどう似合っているのか俺にはさっぱり理解できない。とにかく人が見ていない建物に引き摺っていくと、周囲を確認してから丸い胴体の後ろに回り込む。

「おい、これのファスナーはどこだ?」
「ああ、ちょっと待って。外からは見えにくいのよ。中から開けられるようになってるから」

 中でゴソゴソとする気配がして後ろがぱっくりと開いた。

「さすがに暑いわ~」

 そういいながら顔を出したのは俺の嫁、杏奈あんなだ。彼女はこちらを見上げてニッコリと笑った。あまりにも無邪気な笑顔を向けてきたものだから、顔を出したらあれこれ言ってやろうと思っていた気分が一気に削がれてしまった。

「お帰り、圭祐けいすけさん。なんだかすごく日に焼けた?」
「……色々と言いたいこともあったんだがな、顔を見たらもうどうでも良くなった」
「そうなの? じゃあ、お帰りのキスしてあげようか? 真琴さんちもしてるんだって」
「まったく嫁同士でどんな情報交換をしているんだか……」
「それなりに? で? する?」

 周囲を素早く見渡す。幸いなことにこちらはメイン会場とは逆の方向にあるので人影はない。誰もいないことをたしかめてから、杏奈のあごを指でつまんで引き寄せると素早く唇を重ねた。

「ただいま」

 体を起こすと腕時計を見る。

「一時間後に総監部のゲート前で待っていてくれるか?」
「わかかった。じゃあファスナーしめてくれる? 中身が飛び出たままでウロウロするのは良くないから」
「一人で大丈夫か?」
「うん。そこのドアを開けたところが裏方さんの詰め所だから」
「気をつけて行けよ」
「わかった~、じゃあ後でね~」

 丸い物体があちらこちらにぶつかりながらよたよたと歩いていくのをしばらく見守る。ドアのところでなにかにぶつかってよろけていたようだが無事にドアを開けつっかえながら無理やり外に出ていくのを見届けると、溜め息をつきながら総監部へと急いだ。

「そう言えば、杏奈と初めて会った時もこんな感じだったよなあ……」

 俺が彼女と初めて出会ったのは、以前に勤務していた港でここと同じようなイベントが行われるようになった最初の年のことだった。
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