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本編
第三話 二人して花より団子
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「は?」
「だから、お見合いパーティに参加してほしいの」
「……」
「もしもし聞いてる?」
「うん、聞いてますよ」
その日、学生時代の友達に急に呼び出されたと思ったら、いきなりお見合いしませんか?だって。
目の前に座っている葉山一花ちゃんは、某大手広告代理店の子会社であるイベント企画会社に務めている。そこで企画されているイベントの一つが今、私が誘われているお見合いパーティ企画。彼女達が企画するパーティのお相手は、制服を着ている公務員さんばかりで、警察官もいれば消防隊員もいるし自衛官もいるらしい。企画立案の段階で、それぞれのOBさん達がオブザーバーとして参加しているので、信用のできるものなんだとか。そして私が来てくれと言われているのは、その中でも一番人気の、海上自衛官さん達が参加されているもの、らしい。
「最近の制服人気でね、参加者も増えて抽選になったりするのよ」
「だったら私に声をかけなくても、定員はうまるんじゃ?」
「そうなんだけど、相手が国家公務員や地方公務員でしょ? 参加者の方も、それなりに身元がしっかりしている人じゃないとまずいのよ。土壇場で欠員が出て調べる時間がなくてね。その点、杏奈は地方の上級職員だし、家族構成もしっかりしているし、身元も確かでしょ?」
まあ確かに私は公務員だし、両親も同じで二人は都庁の職員。そして兄貴は、消防隊員で少しばかり筋肉オタクでおかしな性格をしているけど、少なくとも身元だけは確かだと思う。
「なるほど、身元調査が入るのね」
「そうなの。それなりに国の機密事項にたずさわる職業もあるから、誰でも参加できるってわけじゃないのよ。倍率が高くてなかなか参加できないっていうのも、実際は事前調査で選考落ちしている人が少なくないっていうのが実情」
「お見合いを企画するのも大変ねえ……」
「だからお願い。こっちとしても相手先のОBが携わっている関係上、参加者に欠員を出すわけにはいかないから」
そう言って拝まれてはしかたがない。今のところ誰かと付き合っているわけでもないし、まあ当分は結婚する気はないけれど、出るぐらいなら話のネタに参加しても良いかなって思った。
「一花の頼みだし、変な集まりじゃないんなら出ても良いけど」
「本当? 参加費はうちで持つから安心して。立食形式でおいしいものがいっぱい出るんだ。参加しているような顔をして、それを楽しんでくれるだけで良いから」
「う、うん」
別に、食べ物につられて参加するわけじゃないんだけどな。ちなみに参加費っておいくらぐらいするのか気になって質問したら、目玉が飛び出るかと思った。そ、そんなに高いの?! そのぐらい出せないようじゃ、参加する資格なんてないのよなんて言っているけど、いやいや、私ならそれだけ出すなら温泉に行くよって、密かにツッコミを入れてしまったのは秘密だ。
+++++
そして当日、パーティ会場は都内の大手高級ホテル。立食形式の会場には、そりゃもうおいしそうなお料理が並んでいる。だけど皆さん、食べるよりお相手を捕まえるので頭がいっぱいって感じで、あまり食べている人は見かけない。せっかくおいしそうなお料理なのに、もったいないなあ。
「あ、お汁粉がある」
色とりどりのケーキが並んでいる中、白玉が浮いたお汁粉のお椀が一つだけ残っていた。おいしそうと思って手にしたところで、後ろで“あ”って男の人の声が。振り返ると、海上自衛隊の制服を着た背の高いお兄さん。あれ? どこかでお会いしたような気が。……あ、もしかしてケーキよりおまんじゅうの人?
「もしかして食べたかったですか?」
私の問いに、ちょっと残念そうに笑いながら首を横にふる。
「いや、たまたま目についておいしそうだなって思っただけだから。どうぞ」
「日本人なら、ケーキよりおまんじゅうでしたっけ?」
「え?」
「前にお友達に、そんなことおっしゃってましたよね」
私のことをジッと見つめていたその人は、何ヶ月か前に、自分が着ぐるみを抱き起した時のことを思い出したのか、ああ、と言ってうなづいた。
「……もしかして、海の日にいた中の人?」
「はい。あの時はお世話になりました」
「まさかここで、中の人に会えるとは思ってなかったよ」
「友達に頼まれまして。せっかくなので、おいしいお料理を堪能しようと思っていたところです。白玉、柔らかくておいしいですよ、食べます?」
お箸でつまんだ白玉をかざしてみせると、その人は周囲を素早く見回してからパクリと白玉を食べた。
「本当に甘いものが好きなんですね、えーと……」
「佐伯です。佐伯圭祐。そちらは?」
「今はマツラーじゃなくて、ただの立原杏奈です」
「今はってことは、こっちが仮の姿ってこと?」
「かもしれません」
私の返事におかしそうに笑うと、佐伯さんはあっちに座って話をしませんかと誘ってきた。そのお誘いに返事をためらっていると、佐伯さんはちょっとこちらに身を屈めて、小声でこっそりとお願いしますとささいてきた。その顔は下心に大いにありという顔ではなく、少し悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「実は俺も、ここに無理やり連れてこられたクチでさ。そろそろ、肉食系なお姉さん達から守ってくれる人が必要なんだ」
「つまりは私は、佐伯さんの盾みたいなものですか?」
「まあそんなところ?」
「しかたないですね。私もお腹すいているし、何か食べながらで良かったらOKですよ」
「存分に食べてください。あっちに行くまでに、何かお皿に取っていこうか?」
歓談用のテーブルが置かれている場所に行くまでに、私達が手にしたお皿には甘い物でいっぱいになった。日本人はおまんじゅうと言っていたのに、ケーキ選んでいるじゃないですかってツッコミを入れたら、最後のお汁粉はそっちが食べちゃったじゃないかっていう反論が返ってきた。
「その代りと言っちゃなんだが、わらび餅はちゃんと入れてきたぞ」
「当然ですよ。みたらし団子は?」
「え? そんなの何処に?」
「ふふーん、私が最後の二本をせしめてきました」
「さすがマツラー」
「なんでそこでマツラーが?」
「確かマツラーは、市役所近くにある和菓子屋の団子が好きだって、書いてあったはず」
そう言えばそんなことが、最初の広報誌に書かれていたっけ。地元に古くからあるお店の商品を気に入っているという設定にしたのは、やはり市のマスコットキャラだから。だから着ている服もリボンも、一応は地元の何処そこのお店で買ったものという、細かい裏設定までができあがっている。そこまで読む人はそうそういないんだけど、そんな珍しい人がこんな近くに現れるなんて。
「わざわざマツラー君の設定を読んだんですか?」
「あれから気になったんで、松平市のホームページにいって読んだんだ」
「そうなんですか。じゃあお礼と言ってはなんですが、みたらし一本は佐伯さんに進呈します」
「ありがとう。そのお返しと言っちゃなんだが、こっちのミニシュークリームを一つ、進呈しよう」
「もうお皿にのせられないからあきらめてたんです、嬉しいな」
テーブルにつくと早速お互いの戦利品(?)を見せ合って、最初の言葉通り、みたらし団子とミニシュークリームをトレードした。
「これってまさに、色気より食い気ってやつですよね」
「確かに花より団子だな」
「さすがに食べてばかりだと浮いちゃうので、世間話程度はしませんか?」
「んー……別に俺は食ってばかりでもかまわないんだが、何か話したいことがあるなら聞くけど?」
「え、改まって言われるとちょっと困るって言うか……」
何か無いかなあ、と頭の中で必死に考える。あ、そうだ。
「無理やりに連れてこられたっておっしゃってましたけど、カノジョさんがいるとか、そういうことなんですか?」
私のその質問に、佐伯さんはちょっと困った顔をする。
「いや、カノジョはいない。実はね、俺、バツイチなんだ」
「え?! まだお若いですよね? まさかものすごく童顔とか言いませんよね?」
「二十八歳だからまだ若いのかな? 相手が短大を卒業したと同時に結婚したんだけどね、ほら、海上自衛官って海に出ると、長いこと連絡がとれなくなったりするだろ? それに耐えらなくなったらしくてね。二年前に離婚したんだ」
「でも、佐伯さんが海上自衛官だって分かって結婚したんですよね、相手の方も」
「まあ、付き合っていた頃から、分かっていたとは思うんだけどね。実際に結婚してみて、聞くと見るとでは大違いってやつだったんだろうな。ここまで頻繁に音信不通になるとは、思ってなかったらしい」
ま、浮気されなかっただけましだよねと、付け加えて笑った。
「お子さんは?」
「いるよ、いま三歳。たまに写真を送ってきてくれる。で、最近その元奥さんが再婚したものだから、お前もそろそろ何とかしろってんで、ここに連れてこられたってわけ」
「そうなんですか。色々と大変なんですね、海上自衛官って」
「まあ海自に限ったことじゃないだろうけどね。なかなか思うようにデートもできないとなると、お付き合いするのは余程の覚悟がないと難しいんじゃないかな。それで? 立原さんはどんな仕事を? 中の人をしてない時はってことだけど」
そう言って、佐伯さんは今度は私に質問をしてきた。
「松平市役所の広報課で働いていて、広報誌とか作っているんですよ。最近はイベントで中の人をしているから、役所の中にいるより外にいる方が多いんですけど。あ、マツラー君のプロジェクトもうちがやりました」
「へえ、本当にマツラーの誕生から関わっているんだね」
「そうです。まさか自分が、中の人になれるとは思ってなかったですけどね」
最初に着ぐるみが届いた時の話をして聞かせる。
「へぇぇ、本当に希望したのか。てっきりサイズが立原さんしか無理だから、しかたなくだと思っていたよ」
「確かに他の着ぐるみに比べると、ちょっと小さいかな」
何処かの駅前商店街にマツラー君が遊びに行った時、そこのマスコットキャラとも並んで写真を撮ったんだけど、確かにマツラー君は小柄な気がする。
「市役所勤めってことは、当然のことながら社会人なんだよね?」
「そうですけど?」
「そうか。いやさ、最初に会った時、バイトの学生さんかなとか思ったんだ」
「……それって暗に私が小さいとおっしゃってます? 私これでも二十四歳ですし、身長に関しては、佐伯さんが大きすぎるんだと思いますけど」
「まあ確かに同僚にも、お前は縦に育ちすぎだとよく言われる」
ちなみに身長がいくつかなのかと尋ねてみれば、案の定百八十五センチでうちの東雲さんと同じぐらいだ。ってことは私より三十センチ以上上背があるってことで、これはマツラー君なしでも、隣に立っていたら肘掛にされそうな身長差かもしれない。
「おや、佐伯一尉。自分はお見合いなんて興味ありませんと言っていたらしいのに、早々に可愛いお嬢さんを捕まえているじゃないか」
二人で空になったお皿を眺めながら、次は何を食べてみましょうか?なんて話していると、和装の御年輩の方に声をかけられた。佐伯さんはその人の顔を見たとたん、慌てて椅子から立ち上がり敬礼をしている。突然のことに、私はその様子をポカンとした顔で見上げるしかなかった。
「御無沙汰をしております」
「そんな堅苦しい挨拶は無用だよ、ちょっと様子を見に来ただけなんだから。こちらのことは気にせず、お嬢さんのお相手をして差し上げなさい」
「はっ」
その人は私に目を向けて柔らかい笑みを浮かべると、いきなりとんでもないことをおっしゃった。
「佐伯君のこと、頼みますよ」
「え……?」
頼みますってどう頼みますなんでしょう? 食べすぎないように頼みますでしょうか? あの、もしもし? あのー? 唖然とする私と佐伯さんをその場に残し、その御年輩の方は、かくしゃくとした足取りで立ち去っていかれたのでした。
+++
【今日のマツラー君のお写真】
和菓子司まつ葉庵:お店の皆さんと共に
「だから、お見合いパーティに参加してほしいの」
「……」
「もしもし聞いてる?」
「うん、聞いてますよ」
その日、学生時代の友達に急に呼び出されたと思ったら、いきなりお見合いしませんか?だって。
目の前に座っている葉山一花ちゃんは、某大手広告代理店の子会社であるイベント企画会社に務めている。そこで企画されているイベントの一つが今、私が誘われているお見合いパーティ企画。彼女達が企画するパーティのお相手は、制服を着ている公務員さんばかりで、警察官もいれば消防隊員もいるし自衛官もいるらしい。企画立案の段階で、それぞれのOBさん達がオブザーバーとして参加しているので、信用のできるものなんだとか。そして私が来てくれと言われているのは、その中でも一番人気の、海上自衛官さん達が参加されているもの、らしい。
「最近の制服人気でね、参加者も増えて抽選になったりするのよ」
「だったら私に声をかけなくても、定員はうまるんじゃ?」
「そうなんだけど、相手が国家公務員や地方公務員でしょ? 参加者の方も、それなりに身元がしっかりしている人じゃないとまずいのよ。土壇場で欠員が出て調べる時間がなくてね。その点、杏奈は地方の上級職員だし、家族構成もしっかりしているし、身元も確かでしょ?」
まあ確かに私は公務員だし、両親も同じで二人は都庁の職員。そして兄貴は、消防隊員で少しばかり筋肉オタクでおかしな性格をしているけど、少なくとも身元だけは確かだと思う。
「なるほど、身元調査が入るのね」
「そうなの。それなりに国の機密事項にたずさわる職業もあるから、誰でも参加できるってわけじゃないのよ。倍率が高くてなかなか参加できないっていうのも、実際は事前調査で選考落ちしている人が少なくないっていうのが実情」
「お見合いを企画するのも大変ねえ……」
「だからお願い。こっちとしても相手先のОBが携わっている関係上、参加者に欠員を出すわけにはいかないから」
そう言って拝まれてはしかたがない。今のところ誰かと付き合っているわけでもないし、まあ当分は結婚する気はないけれど、出るぐらいなら話のネタに参加しても良いかなって思った。
「一花の頼みだし、変な集まりじゃないんなら出ても良いけど」
「本当? 参加費はうちで持つから安心して。立食形式でおいしいものがいっぱい出るんだ。参加しているような顔をして、それを楽しんでくれるだけで良いから」
「う、うん」
別に、食べ物につられて参加するわけじゃないんだけどな。ちなみに参加費っておいくらぐらいするのか気になって質問したら、目玉が飛び出るかと思った。そ、そんなに高いの?! そのぐらい出せないようじゃ、参加する資格なんてないのよなんて言っているけど、いやいや、私ならそれだけ出すなら温泉に行くよって、密かにツッコミを入れてしまったのは秘密だ。
+++++
そして当日、パーティ会場は都内の大手高級ホテル。立食形式の会場には、そりゃもうおいしそうなお料理が並んでいる。だけど皆さん、食べるよりお相手を捕まえるので頭がいっぱいって感じで、あまり食べている人は見かけない。せっかくおいしそうなお料理なのに、もったいないなあ。
「あ、お汁粉がある」
色とりどりのケーキが並んでいる中、白玉が浮いたお汁粉のお椀が一つだけ残っていた。おいしそうと思って手にしたところで、後ろで“あ”って男の人の声が。振り返ると、海上自衛隊の制服を着た背の高いお兄さん。あれ? どこかでお会いしたような気が。……あ、もしかしてケーキよりおまんじゅうの人?
「もしかして食べたかったですか?」
私の問いに、ちょっと残念そうに笑いながら首を横にふる。
「いや、たまたま目についておいしそうだなって思っただけだから。どうぞ」
「日本人なら、ケーキよりおまんじゅうでしたっけ?」
「え?」
「前にお友達に、そんなことおっしゃってましたよね」
私のことをジッと見つめていたその人は、何ヶ月か前に、自分が着ぐるみを抱き起した時のことを思い出したのか、ああ、と言ってうなづいた。
「……もしかして、海の日にいた中の人?」
「はい。あの時はお世話になりました」
「まさかここで、中の人に会えるとは思ってなかったよ」
「友達に頼まれまして。せっかくなので、おいしいお料理を堪能しようと思っていたところです。白玉、柔らかくておいしいですよ、食べます?」
お箸でつまんだ白玉をかざしてみせると、その人は周囲を素早く見回してからパクリと白玉を食べた。
「本当に甘いものが好きなんですね、えーと……」
「佐伯です。佐伯圭祐。そちらは?」
「今はマツラーじゃなくて、ただの立原杏奈です」
「今はってことは、こっちが仮の姿ってこと?」
「かもしれません」
私の返事におかしそうに笑うと、佐伯さんはあっちに座って話をしませんかと誘ってきた。そのお誘いに返事をためらっていると、佐伯さんはちょっとこちらに身を屈めて、小声でこっそりとお願いしますとささいてきた。その顔は下心に大いにありという顔ではなく、少し悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「実は俺も、ここに無理やり連れてこられたクチでさ。そろそろ、肉食系なお姉さん達から守ってくれる人が必要なんだ」
「つまりは私は、佐伯さんの盾みたいなものですか?」
「まあそんなところ?」
「しかたないですね。私もお腹すいているし、何か食べながらで良かったらOKですよ」
「存分に食べてください。あっちに行くまでに、何かお皿に取っていこうか?」
歓談用のテーブルが置かれている場所に行くまでに、私達が手にしたお皿には甘い物でいっぱいになった。日本人はおまんじゅうと言っていたのに、ケーキ選んでいるじゃないですかってツッコミを入れたら、最後のお汁粉はそっちが食べちゃったじゃないかっていう反論が返ってきた。
「その代りと言っちゃなんだが、わらび餅はちゃんと入れてきたぞ」
「当然ですよ。みたらし団子は?」
「え? そんなの何処に?」
「ふふーん、私が最後の二本をせしめてきました」
「さすがマツラー」
「なんでそこでマツラーが?」
「確かマツラーは、市役所近くにある和菓子屋の団子が好きだって、書いてあったはず」
そう言えばそんなことが、最初の広報誌に書かれていたっけ。地元に古くからあるお店の商品を気に入っているという設定にしたのは、やはり市のマスコットキャラだから。だから着ている服もリボンも、一応は地元の何処そこのお店で買ったものという、細かい裏設定までができあがっている。そこまで読む人はそうそういないんだけど、そんな珍しい人がこんな近くに現れるなんて。
「わざわざマツラー君の設定を読んだんですか?」
「あれから気になったんで、松平市のホームページにいって読んだんだ」
「そうなんですか。じゃあお礼と言ってはなんですが、みたらし一本は佐伯さんに進呈します」
「ありがとう。そのお返しと言っちゃなんだが、こっちのミニシュークリームを一つ、進呈しよう」
「もうお皿にのせられないからあきらめてたんです、嬉しいな」
テーブルにつくと早速お互いの戦利品(?)を見せ合って、最初の言葉通り、みたらし団子とミニシュークリームをトレードした。
「これってまさに、色気より食い気ってやつですよね」
「確かに花より団子だな」
「さすがに食べてばかりだと浮いちゃうので、世間話程度はしませんか?」
「んー……別に俺は食ってばかりでもかまわないんだが、何か話したいことがあるなら聞くけど?」
「え、改まって言われるとちょっと困るって言うか……」
何か無いかなあ、と頭の中で必死に考える。あ、そうだ。
「無理やりに連れてこられたっておっしゃってましたけど、カノジョさんがいるとか、そういうことなんですか?」
私のその質問に、佐伯さんはちょっと困った顔をする。
「いや、カノジョはいない。実はね、俺、バツイチなんだ」
「え?! まだお若いですよね? まさかものすごく童顔とか言いませんよね?」
「二十八歳だからまだ若いのかな? 相手が短大を卒業したと同時に結婚したんだけどね、ほら、海上自衛官って海に出ると、長いこと連絡がとれなくなったりするだろ? それに耐えらなくなったらしくてね。二年前に離婚したんだ」
「でも、佐伯さんが海上自衛官だって分かって結婚したんですよね、相手の方も」
「まあ、付き合っていた頃から、分かっていたとは思うんだけどね。実際に結婚してみて、聞くと見るとでは大違いってやつだったんだろうな。ここまで頻繁に音信不通になるとは、思ってなかったらしい」
ま、浮気されなかっただけましだよねと、付け加えて笑った。
「お子さんは?」
「いるよ、いま三歳。たまに写真を送ってきてくれる。で、最近その元奥さんが再婚したものだから、お前もそろそろ何とかしろってんで、ここに連れてこられたってわけ」
「そうなんですか。色々と大変なんですね、海上自衛官って」
「まあ海自に限ったことじゃないだろうけどね。なかなか思うようにデートもできないとなると、お付き合いするのは余程の覚悟がないと難しいんじゃないかな。それで? 立原さんはどんな仕事を? 中の人をしてない時はってことだけど」
そう言って、佐伯さんは今度は私に質問をしてきた。
「松平市役所の広報課で働いていて、広報誌とか作っているんですよ。最近はイベントで中の人をしているから、役所の中にいるより外にいる方が多いんですけど。あ、マツラー君のプロジェクトもうちがやりました」
「へえ、本当にマツラーの誕生から関わっているんだね」
「そうです。まさか自分が、中の人になれるとは思ってなかったですけどね」
最初に着ぐるみが届いた時の話をして聞かせる。
「へぇぇ、本当に希望したのか。てっきりサイズが立原さんしか無理だから、しかたなくだと思っていたよ」
「確かに他の着ぐるみに比べると、ちょっと小さいかな」
何処かの駅前商店街にマツラー君が遊びに行った時、そこのマスコットキャラとも並んで写真を撮ったんだけど、確かにマツラー君は小柄な気がする。
「市役所勤めってことは、当然のことながら社会人なんだよね?」
「そうですけど?」
「そうか。いやさ、最初に会った時、バイトの学生さんかなとか思ったんだ」
「……それって暗に私が小さいとおっしゃってます? 私これでも二十四歳ですし、身長に関しては、佐伯さんが大きすぎるんだと思いますけど」
「まあ確かに同僚にも、お前は縦に育ちすぎだとよく言われる」
ちなみに身長がいくつかなのかと尋ねてみれば、案の定百八十五センチでうちの東雲さんと同じぐらいだ。ってことは私より三十センチ以上上背があるってことで、これはマツラー君なしでも、隣に立っていたら肘掛にされそうな身長差かもしれない。
「おや、佐伯一尉。自分はお見合いなんて興味ありませんと言っていたらしいのに、早々に可愛いお嬢さんを捕まえているじゃないか」
二人で空になったお皿を眺めながら、次は何を食べてみましょうか?なんて話していると、和装の御年輩の方に声をかけられた。佐伯さんはその人の顔を見たとたん、慌てて椅子から立ち上がり敬礼をしている。突然のことに、私はその様子をポカンとした顔で見上げるしかなかった。
「御無沙汰をしております」
「そんな堅苦しい挨拶は無用だよ、ちょっと様子を見に来ただけなんだから。こちらのことは気にせず、お嬢さんのお相手をして差し上げなさい」
「はっ」
その人は私に目を向けて柔らかい笑みを浮かべると、いきなりとんでもないことをおっしゃった。
「佐伯君のこと、頼みますよ」
「え……?」
頼みますってどう頼みますなんでしょう? 食べすぎないように頼みますでしょうか? あの、もしもし? あのー? 唖然とする私と佐伯さんをその場に残し、その御年輩の方は、かくしゃくとした足取りで立ち去っていかれたのでした。
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►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
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※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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