私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう

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本編

第十四話 母来たる

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 なんだかさっきから、蛇ににらまれて脂汗ダラダラ~な気分なのはきっと気のせい……だと思いたい。

「えっと、こちらが東出ひがしで克俊かつとし先生。ここにもともと住んでいた人で……えーと……」
「初めまして、めぐみの母です」

 私が言い終わる前にお母さんがにっこりと微笑んで、真ん前に座っている先生に挨拶をした。ちなみに私は先生の横ではなくて、お母さんと先生の間の位置。お母さんと先生の顔を交互に見ながら、落ち着かない気分のままでさっきから座っている。

「東出と申します」

 さすが救命救急で働いているだけあって、内心はどうかはさておき、先生にまったく動じた様子は見られない。そしてあえて空気を読まないキャラメルは、私の膝の上に乗ってきて首をかしげながら、テーブル越しにお母さんのことを不思議そうに見つめている。

「急に、アパートの更新はせずにお知り合いになったお医者さんと、ルームシェアをすると言い出したものですから驚いちゃって。とにかく娘が居候してお世話になるわけですから、御挨拶にうかがわないといけないと思って、慌てて出てきたんですよ」
「居候なんてとんでもありませんよ。恵さんは仕事で忙しい私のために、家のことをよくしてくれています。非常に感謝していますよ」
「そうなんですか? 家にいた時は本当に物臭な子だったから、御迷惑をかけているんじゃないかと心配していたんですけど」
「いえいえ。恵さんのお蔭で、こちらは快適に暮らさせていただいています」

 うわあ、うわあ……なんだか二人で腹の探り合いをしているようで怖いよ……。

「ルームシェアということですけど……」
「恵さんとは、お付き合いをさせていただいています。本来ならば一緒に暮らす前に、こちらから御挨拶におうかがいすべきところなのですが、なにぶん私の仕事の都合がつかずに今に至っています。大変申し訳ありません」

 こ、これは先生の先制パンチ? いやダジャレじゃなくて。お母さんが先生の言葉にポカンとした顔をした。これはもしかして効いてる……? お母さんは話が違うじゃないのという表情で、私のことをチラリとにらむと先生に視線を戻した。

「まあ。……先生はお医者さんですしね、お忙しいのは分かってるつもりですけど……こちらとしても急なことで、驚いてしまって……ましてや男性と一緒に暮らすなんて」
「そうですね。私が、病院に運び込まれてきた恵さんに一目ぼれをしたものですから。病院に運び込まれた経緯はお聞きになりましたか?」
「いえ、それもまだ」

 そういうわけで、先生は、お母さんに反論らしい反論を口にするヒマさえ与えることなく、それまでの経緯を簡単に、若干の脚色をつけて話し始めた。脚色といっても、大袈裟な話にしたりデタラメな話にするわけじゃなくて、私がお母さんに叱られないように、色々とかばってくれている感じ。そうこうしている内に、私がかまってあげないせいか、キャラメルは膝の上に座っているのが飽きてきたみたいで、さっと飛び降りると、お母さんの足元にいってフンフンとにおいを嗅ぎ始める。

「……」

 先生の話を聞きながらも、足元にいるキャラメルが気になるお母さんは、チラチラと足元を気にし始めた。うん、うちのお母さん、無類の猫好きで猫にも好かれる、通称マタタビ人間なんだよね。実家にもニャンコが三匹いるし、田んぼや庭でもお母さんに会いに毎日通ってくる野良ちゃん達もいるし。

「もしよければ、抱いてやってください」

 キャラメルを気にしているお母さんに、先生がどうぞと微笑みかける。こんな微笑み方、普段は絶対にしないよね先生。これはもしかしてよそ行きの顔? っていうか、対患者さんや対患者さん家族用?

「そう? じゃあ……」

 お母さんがちょっと椅子を引いて下を見ると、キャラメルがすぐに膝に飛び乗った。そしてゴロゴロいいながら、膝の上でゴロンとお腹を見せるように器用に横たわる。さすがマタタビ人間、あっという間にキャラメルが懐いてしまったよ……。お母さんも嬉しそうな顔をして、キャラメルのことを撫でている。

「可愛いわね。まだ生まれて三ヶ月ぐらいかしら?」
「そのぐらいだって獣医さんも言ってた。ゴールデンウィークあたりに、避妊手術しましょうかって」
「そうね。可哀想だけど、その方がそっち系の病気にもなりにくいって言うし」

 お母さんはニコニコしながら、キャラメルの顎の下を指でくすぐった。

「恵さんが助けてやらなかったら、その子は死んでましたよ。本当に運が良かった」

 川で流されそうになっていた時は、とにかくキャラメルが水の中に沈まないようにって必死だったのを思い出す。ずぶ濡れで耳の中にも水が入っただろうに、今ではまる溺れかけたことが嘘みたいに元気いっぱいだ。

「だけど東出先生はよろしかったの? 一人暮らしからいきなり、猫付娘と同居だなんて」
「猫を飼うのは初めてで最初は戸惑いましたが、今ではその子がいない日常なんて考えられませんよ」
「近くにペット同伴可のカフェがあってね。キャラメル、そこのアイドルなんだよ」

 するとお母さんが“そういえばね”と嬉しそうな顔をした。

「そう言えば、家の近所にも猫カフェってのができたわよ? お店にいるのは地域の野良ちゃん達で、ボランティア団体さん達で経営しているんですって」
「へえ。そう言えば、この辺りには猫カフェってないよね」

 ちょっと帰省したくなってきたかな。

「あらためて皆さんには、御挨拶にうかがうつもりでいます。その時にでも、その猫カフェに案内してください」
「あらあら、ここにも猫下僕が一人増えたってわけね。猫ちゃんって、本当に罪作りなんだから」

 先生の言葉に、嬉しそうに返事をするお母さん。こ、これはもしかして?

「ところでお母さん、今日はどちらに泊まる御予定でいらっしゃったんですか? もしかして、まだ宿泊先は決めていらっしゃらない?」
「取るものも取りあえず来ちゃったから、まだ何も決めてないんですよ。とにかく御挨拶しなくちゃって、そのことばかりが頭にあって」

 ちょっと恥ずかしげな顔をするお母さん。そういうところはお母さんらしい。よくお父さんからも、君は昔から後先のことを考えずに行動するから、危なっかしくて見てられないよって呆れられているし。

「でしたら今夜は、こちらでお泊りになっては?」
「よろしいの?」
「私はかまいませんよ。恵は?」
「えっと、私の仕事部屋のベッドを使ってもらうことになるけど、それで良かったら」
「東出先生が良いっておっしゃるなら、泊めていただこうかしら。猫ちゃんとももう少し遊びたいし」

 お母さんはそう言って、膝の上で手にじゃれついているキャラメルを見下ろした。


+++++


「ルームシェアなんかじゃなくて同棲じゃないの。お父さんが聞いたら驚いて倒れちゃうわ。どうしようかしら」

 今夜の夕飯は、宿泊代代わりに私が作るからと申し出たお母さんと一緒に、買い物に出た。そして二人っきりになったとたん、免れたと思っていたお小言が始まってしまった。

「お父さんにも報告するの?」
「当たり前でしょ? 恵がルームシェアするらしいわよって、話だけはしてあるんだもの。どんな人か話さないわけにはいかないでしょ?」
「えー……」

 私が不満げな声をあげると、怖い顔をして軽くにらんできた。

「えーじゃありません、まったく。でも良い人そうで一安心したのも事実ね。やっぱり来て良かったわ」
「一体どの辺で、良い人って判断したわけ?」
「猫に好かれている」
「ちょっと、判断基準ってそこなの?」

 まさかそれだけで、判断したわけじゃないよね?

「キャラメルちゃんを抱いている様子からして、優しい人なんだってことは分かったわよ。それに私に対しても礼儀正しいし、恵と出会ってから一緒に暮らすまでの経緯に関しても、恵のことを悪くとられないようにって、気にかけながら話していたのは分かった。つまり気遣いもできる人ってことよね。変にチャラチャラした人だったらどうしようって思っていたから、その点でも一安心した」

 スーパーに入ると、さすが東京都内は物価が高いわねと言いつつ、食材をあれこれと見つくろって、私が持っているカゴに放り込んでいく。

「ご飯はちゃんと作ってる? あのレシピは役立ってるの?」
「うん。今はバイトに行ってないから時間もあるし、ちゃんとご飯は作ってるよ。ただ、先生は仕事が遅くなることが多くて、なかなか夕飯を一緒に食べられないんだけどね」
「救命救急で仕事してるんだっけ?」
「うん。だから近くで災害や事故があると大変みたい。前なんて、病院に住んでるみたいな状態だったんだって」
「お医者さんも大変ね。それで?」
「それでって?」

 お母さんの問い掛けに首をかしげる。

「だから、一緒に暮らし始めたってことは、それなりに先のことも意識しているってことでしょ?」
「先のこと?」

 さらに首をかしげる私に、お母さんが溜め息をついた。

「……なんだか先生が気の毒になってきたわ。つまりね、先生と一緒になるつもりがあるのかって、聞いてるの。結婚するかってこと」
「え、なんで? だって一緒に暮らし始めたばかりなんだよ?」
「だけど先生はその辺のことも考えているでしょ? だから、あらためて挨拶にうかがいますって言ってたんだし。まさか恵、一緒に暮らすだけで終わりって思ってないわよね?」

 信じられないって顔をされてしまった。

「だって本格的にお付き合いを始めてから、まだ一ヶ月も経ってないんだもん……」

 そんな先のことなんて考えてなかった。私が考える先のことって言えば、せいぜいキャラメルの避妊手術をする数ヶ月先止まりで、それより先はまったくの白紙状態だ。

「あなたがその手のことに関してうといってことを、先生が理解してくれていれば良いんだけれどね」
「大丈夫じゃないかな。先生は私よりも私のこと良く分かってそうだから。で、もし、先生がそういうことを前提でって挨拶したらどうするの?」
「私は、恵が一緒になりたいと思っているなら反対はしないわよ。年の差に関しても、今じゃそんなに珍しいことでもないし」

 そう言いながら、お母さんは難しい顔をして鮭の切り身を吟味している。

「それってつまり、お母さんは先生のことが気に入ったってこと?」
「恵の気持ちが第一だけどそうね、あれだけ猫が懐く猫好きな人に悪い人はいないから、気に入ったとも言うかな」

 やっぱり判断基準はそこなのか……。ま、気に入らないって言われるよりは良いよね。

 そしてその日の夜のキャラメルは、何故かお母さんのことが気に入ったようで、ずっと後ろをついて回って寝る時も部屋に押し掛けるほどだった。私も先生もちょっと複雑な気分だったけど、人間マタタビにはかなわないよね……。
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