私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう

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本編

第二十七話 二人と一匹のウエルカムボード

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 スタジオから届いた写真を元にして、私は仕事の合間にウェルカムボードを作り始めていた。デザインに関しては私の独断で、先生には事後承諾って感じ。そして今、だいたいの配置が決まったので、簡単に描いたものを先生に見てもらっているところ。

 ……なんだけど。

「……」

 なぜか先生は、膝に居座っているキャラメルを撫でながら、ラフ画を眺めて黙り込んでしまっている。

「ねえ、どうしたの?」

 もしかして気に入らないところがあるのかな?

「……髭が無いのは新鮮だな」
「見るところはそこなのー?」

 今回は先生の顔を知っている人も多いから、それなりに似せたイラストにしたんだけど、お髭が無いのが先生的には新鮮らしい。っていうか、お髭があるのはペット雑誌の某相方さんなんであって、もともと先生には髭ないじゃん。

「デザインはどう? 先生の希望は無いの?」
「この手のことに関して俺は門外漢だからな。めぐみの好きなように描いてくれたら、それで良いんだぞ」
「せっかく見せたのに~」
「もちろん気に入っているさ。ただ、これの何処を変えけば見栄えがするのかなんて思い浮かばないんだよ。そういうのは、俺よりも恵のほうが詳しいだろ?」
「じゃあ、このまま仕上げてもかまわないってこと?」
「もちろん」

 先生が気に入ってくれているなら、それで良いんだけど。

「そんなに心配なら、誰か他の人間に見てもらうか?」
「ダメダメ、当日まで秘密なんだから」
「だったら恵の独断でかまわない。まあ俺のことを知っている奴等からすれば、可愛すぎるって物言いがつくかも知れないけどな」

 そう言って、自分の似顔絵の部分を指でさした。

「そう? これでも十分に厳つい感じにしてみたんだよ?」
「だが恵は、仕事をしているところの俺なんて見たことないだろ?」
「でもこれ、最初に病院で先生に会った時のイメージだもの。近いと思うんだけどな~」

 自分ではかなり厳つい顔にしたつもりなんだけど、実はもっと怖い顔をしているってこと? だけど、お客さんをお迎えするウェルカムボードで、これ以上怖い顔はさせられないよね。ウェルカムじゃなくてゴーホームになっちゃうもの。

「先生に不満が無いなら、これで進めていくね」

 スケッチブックを閉じようとしたところで、先生の膝の上にいたキャラメルが不満げに鳴いた。

「え、もしかしてキャラメルのほうが異議あり?」
「そうなのか?」

 二人の間にちんまりと座っているキャラメルのイラスト。どこが不満なんだろう……。

「キャラメル、なにか気に入らないところがあるの?」

 スケッチブックをキャラメルの前に差し出すと、立ち上がってイラストに鼻を近づけている。そして私の顔を見上げてニャーンと鳴いた。

「……なにが不服なのかな」

 分からなくて首をかしげると、今度は先生のほうを見上げてニャーンと鳴いた。

「さて、どういうことだ?」

 二人してスケッチブックを見下ろす。私と先生の間に、ちんまりとお座りしているキャラメルも、よく似ていると思うんだけどな。

「もしかして、もっと大きく描いてほしいんじゃないか?」

 しばらく考え込んでいた先生が、そんなことを言いながらキャラメルの絵を指さした。その声に答えるように、キャラメルがニャーンと鳴いて私の顔を見上げる。

「え、大きくってどのぐらい? もしかして人間と同じぐらいとか?」

 キャラメルはなにか言いたげな顔をしたままだ。

「もっとなの? ……じゃあ、いっそのこと背景をキャラメルにしちゃう? ボードの形を猫の形に切り抜く感じで」

 すると、キャラメルが嬉しそうにニャーンと鳴いた。

「どうやらその案が気に入ったみたいだな」
「最初にそのアイディアは浮かんだんだけど、あまりにも可愛すぎるからってボツにしたんだけど、そっちの方が良いみたいだね、キャラメル的には」
「みたいだな」

 満足げに私達を交互に見上げるキャラメル。もしかして主役は自分だって思ってる? 当日はモンブランちゃんとお留守番なんだけど?

「わかった。じゃあキャラメルの希望通りのイラストにして、それをウエルカムボードにするよ。もう一度ラフ画を作るから、その時にちゃんと見てもらうね」

 まさか、ここでキャラメルから駄目出しが出るとは思ってなかったけど、そのアイディアも楽しそうなのでまあ良いか。

「あ、そうだ」

 スケッチブックを片づけようとしていた時に、昼間に編集の犬飼いぬかいさんと話したことで、先生に聞かせてあげようと思っていたことを思い出す。

「ねえ先生、私ね、お仕事が増えるかもしれないんだよ」
「そうなのか?」

 膝の上にいることに飽きたらしいキャラメルと、猫じゃらし対決をしようとしていた先生が手を止めてこっちを見た。

「うん。同じ出版社から出ている女の子向けのコミック雑誌にね、読み切りの短編を描かないかって」
「だが、恵の本職はイラストレーターであって、漫画家じゃないんだろ?」
「そうなんだよ。だけどほら、ここしばらくキャラメルのことをコラム風の漫画で描いてるでしょ? それを見たコミック雑誌の編集さんが、もし余力があるならこっちで描きませんかって、声をかけてくれたの」
「そういうこともあるんだな」

 今まではペット雑誌が主な仕事だったから、動物達を描くことが圧倒的に多かったんだけど、今度のお仕事では、人間を中心としたストーリーにしてほしいってことなので、自分にできるかどうかちょっとドキドキしている。

「うん。犬飼さんも、いい機会だから挑戦してみたらって、言ってくれてるの」

 まだ具体的にいつとは決まってなくて、犬飼さんからは来年の春か夏あたりにどう?って打診をもらったばかり。今は、そのための資料集めやプロット作りをしている最中なのだ。

「一回きりになるか、不定期に何作か描けるかは、評判次第なんだけどね」
「なるほどな。だが仕事の幅ができるのは良いことだ。頑張れよ」
「うん。今からどんな話にしようかすごく迷ってるんだ。あ、それでね。参考にお義兄にいさん達とお義姉ねえさん達の恋花を聞かせてくれないかなあ、なんて」

 先生が、飲んでいたコーヒーを噴き出しかけた。

「なんで兄貴達、しかも恋愛」
「え、だって。自衛官さんと刑事さんの恋愛なんて色々とありそうだし。もちろんそのまま描くつもりは無くて、あくまでも参考程度なんだけど」

 まだ恋愛を主体にして描くとは決めていないんだけど、引き出しはたくさん作っておきたいし? 単なる好奇心じゃなくて、あくまでも資料としてだよ?

「まさか、俺と恵の話も参考にするつもりか?」
「んー、私と先生の生活をネタにした話は、すでにこっちのペット雑誌で描いてるからねえ。あ、だけどヒロインが川上から流されてくるお話って、面白そうだよね。ヒーローはお医者さんじゃなくて、消防のレスキューさんとか」

 お医者さんじゃなくてレスキューさんと聞いて、先生は少しだけ面白くなさそうな顔をした。

「長編を描けるかどうかは読み切りの評判によるから、今はあくまでも、参考資料の蓄積段階ってやつなの。いいかな? 先生がOK出してくれたら、今度お義姉ねえさん達と顔を合わせた時に、お願いしてみるつもりなんだけど」

 先生は、やれやれと軽く溜め息をついた。

義姉ねえさん達なら、きっと喜んで話してくれるんじゃないか? 俺はそんなに詳しくはしらないが、それぞれ波乱万丈はらんばんじょうだったようだし」
「そうなの? だったら今度お願いしてみるね」

 今からお話を聞かせてもらうのが楽しみ! もちろんあくまでも創作の資料としてだから!

「やれやれ。そのうち俺の職場に、取材させてくれなんて話になるんじゃないだろうな」
「あ、それは良い考え。お医者さんの恋愛事情とかも知りたいな。恋愛事情だけじゃなくて、お仕事事情も色々と詳しく聞きたいかも。西入にしいり先生だったら色々と聞かせてくるかな? あとはあの三人の先生とか」

 私が名案だねって喜んだら、先生は苦笑いをした。

「……とんだヤブヘビだった」
「ヤブヘビだなんて失礼な」

 創作する人間って、少しでも役立ちそうな情報には鼻がきくし、冬眠前のリス並みに自分の引き出しにネタを溜め込むことに貧欲なんだよ。だって、いつその時の話が役立つか分からないでしょ?

「先生達にも取材させてもらっても良い?」
「わかったわかった。そのうちに話を聞く機会を作ってやるから、そんなに慌てるな」
「やったー! あ、でも私のホームグラウンドはあくまでも今のペット雑誌であって、キャラメルや他の動物達のイラストを描くのが一番なんだからね?」

 じれたキャラメルが、先生が持っていた猫じゃらしに飛びついた。

「新しい仕事が増えるのは喜ばしいことだが、あまり無理はするなよ。そのうち、仕事ばかりしていられなくなるんだろうから」

 片手でキャラメルの相手をしながら先生が私に言った。

「どういうこと?」
「結婚するってことは、そのうち家族も増えるってことだろ? ああ、猫が増えるわけじゃなくて人間のほうだが」
「つまり赤ちゃんってこと?」
「そうだ。恵は欲しくないのか?」

 先生が首をかしげる。

「そんなことないよ。先生との子供は早く欲しいな。そうだなあ、できれば二人か三人ぐらい?」

 私は二人姉弟だし先生のところは三人兄弟だし。少なくとも、そのぐらいの家族になりたいなって思ってるんだけど、先生はどうなのかな?

「二人か三人か」
「うん。いや?」
「そんなことはないさ。だがそうなると大変だな」
「そうなの? どうしてか聞いても良い?」

 私の質問に、先生は少しだけ困った顔をした。

「俺はもうすぐ四十歳だ。今のところ特に異常があるわけじゃないが、年齢を重ねるごとに生殖能力が低下していくのは、誰しも避けて通れない道だからな」
「そう言えば私、ブライダルチェックとかいうの受けたよ」

 ブライダルエステについて調べていた時に見つけて知ったんだよね、そういう検査があるって。それで受けたほうが良いのかなってお母さんに相談したら、そのほうが良いって言われたから受けたんだ。結果は問題なし。ホッとしたと同時に、受けて良かったって思ったよ。そう言えば、男のこともあるみたいに書いてあったっけ。

「先生も心配なら受けてみたら? あ、今度調べてみようかな男の人の検査ってどんなものか」
「恵」
「なに?」

 先生が変な顔をしてこっちを見ていた。

「調べなくて良いから」
「なんで?」

 首をかしげると、先生は顔をしかめた。

「とにかく調べなくて良い。俺は医者で、その手の分野のこともよく分かっているから」
「そう? だったら先生にお任せするね」

 どうして先生が調べなくても良いって言い張ったのか、それが分かったの数日後。

 実はこっそり調べちゃったんだよね、どんなことをするんだろって。別に先生のそっち方面の能力を疑っていたわけじゃなくて、単なる好奇心からだったんだけど、読んでみて、先生があまり話したがらなかった理由が分かった気がしたよ……、うん。
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