αで上級魔法士の側近は隣国の王子の婚約者候補に転生する

結川

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第1章

第4話(5)二つの事件

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「……入室は許可できません」

医務室の扉を叩くと、疲れ切った表情の医師が扉の隙間から顔を覗かせた。
てっきりヨハンが出てくるかと思っていた僕は一瞬中をのぞくが、彼の姿も他の使用人の姿もない。


広間を離れた後、僕は自室へ戻り、ベッドに倒れ込んだ。
アンナ嬢をすぐにでも治療しに行きたいが、魔力切れのこの体では、魔法どころかまともに動くことすら難しい。
焦る気持ちを押し殺し、魔力回復のため眠ることを選ぶ。
魔力回復の補助魔法を自分にかけたあと、僕は意識を手放した。

目を覚ましたのは、すでに日付が変わる頃だった。
全回復とまではいかないが、魔力も体力もある程度戻っている。
これなら、多少は症状の進行を遅らせることはできるはずだ。

――もしもルイスだったら、アンナ嬢を完治させることが出来るのに。
考えても仕方ない"たられば"が頭をよぎる。
この体の魔力量では、たとえ万全の状態でも致死性の毒を治すには足りない。
全回復出来ていない今、効果は微々たるものかもしれない。
それでも、何もしないよりは良い。

意気込んで扉を開けると、廊下は昼とは違う静かな暗さで満ちていた。
僕は医務室へ向かって駆け出し、扉をノックする。
しかし医師は僕の顔を見るなり、わずかに顔をそむけ、入室禁止を告げたのだった。


「あなたはルカ・エドウィンですね。“容疑者”を中へ通すわけにはいきません」

“容疑者”。
その言葉に、疑われている現実が胸を刺す。
書斎の状況を見た令嬢たちが僕を疑うのは当然だ。
それに、罪を擦り付けたいベネット嬢が、僕について吹聴して回っている姿も簡単に想像できる。

「アンナ嬢の容態を、聞いても良いですか?」
「……悪化しています。できる限りの処置はしていますが」

その歯切れの悪さに、ドクンと心臓が跳ねた。
その一瞬で、事態が深刻だと悟る。
もう時間がない。

「僕なら治癒魔法が使えます」
「……はい?Ωの君が?普通の人でも難しい治癒魔法を?そんなはずがないでしょう」
「本当です!」
「では何か魔法を見せてください。無理でしょうけれど。容疑者の君を、そんな戯言で入れるわけにはいきませんから」

僕は唇を噛んだ。
そんなことのために使う魔力は、この体には残っていない。
“Ωだから”というだけで物事が思うように進まない。
その事実に、どうしようもない歯がゆさが込み上げる。

でも、今処置しなければ、きっと間に合わない。
本当はこんなことしたくはないけれど。
それでも、彼女が死ぬよりはずっといい。

「…分かりました。見せます。僕の手を、よく見てください」

医者が訝しげに眉を寄せる。
僕が微笑んで促すと、彼はごくりと喉を鳴らしながら身を乗り出し、僕の手を覗き込んだ。

「これが、僕の"魔法"です」

瞬間、手刀を首筋に振り下ろす。
鈍い音とともに医師の身体が崩れ落ちた。
僕はその身体を抱きとめ、素早く医務室へ滑り込む。

アデルを守るために、前世の僕は魔法だけでなく護身術も習っていた。
あの時は、まさか来世で、こんな形で役に立つとは思っていなかったが。

医者を近くの椅子に座らせ、ベッドに向かう。
アンナ嬢は血の気のない顔で、浅く速い呼吸を繰り返していた。

僕は急いで右手をかざし、魔力を流し込む。
診断魔法で毒性を特定し、それに合わせた治癒魔法へと切り替える。
判明した毒は、複数の植物性毒素を人工的に組み合わせた、極めて致死性の高い毒。
すでに全身に回っており、危険な状態だ。

残る魔力を惜しみなく注ぎ込む。
視界がくらりと揺れ、膝が震える。
それでも、歯を食いしばって魔力を流し続けた。

「何をしているんですか!」

振り返ると、扉の前にヨハンが立ち尽くしていた。
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