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第1章
第4話(6)二つの事件
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ヨハンが駆け寄ってくる気配を感じた瞬間、治癒魔法の光がふっと消える。
全ての魔力を使い切った僕は、床に突っ伏すように倒れ込んだ。
「え、なっ…、急にどうしたんですか!?」
「魔力切れで……もう、体が……」
「魔力、切れ…?」
ヨハンが訝しげに眉を寄せた。
あぁ、まただ。
医師の時のように否定されるのだろう。
今までの彼の態度を思えば、嘲られたって不思議じゃない。
けれど、僕の予想は大きく裏切られた。
「……仕方ないですね」
低く息を吐き、ヨハンは僕の目の前に膝をつく。
そっと手をかざすと、温かい光がふわりと体を包んだ。
重く沈んでいた身体が、少しだけ軽くなる。
「え……?」
「疲労回復魔法です。はしたないので、さっさと起き上がりなさい。自室に戻るくらいは出来るでしょう?」
思わず目を瞬かせた。
てっきり冷たい目で見下ろされ、引きずるように部屋から追い出されると思っていたのに。
まさか否定どころか、回復魔法を施してくれるなんて。
礼を言ってゆっくりと立ち上がると、ヨハンが僕に問いかける。
「アンナ様に、何をされていたのですか?」
「治癒魔法を掛けていました」
「治癒魔法…?」
ヨハンは僕の言葉を反芻するように呟き、瞠目する。
「信用できないなら、彼女の容態を確認してください。魔力がほとんどないので、できる限りのことしか出来ませんでしたが…。あとは彼女の体力次第です」
ヨハンは黙ったままアンナ嬢へ手をかざし、診断魔法を発動させる。
その結果を読み終えた瞬間、表情がゆっくりと変わっていった。
「……魔法が、使える……?」
ヨハンは信じがたいというように、唇に指を添えて視線を落とした。
思考を追うその仕草は静かだが、内心の動揺は隠しきれていない。
そんなヨハンの姿に、僕は違和感を覚えていた。
信じられないはずの状況なのに、ヨハンは否定しようとしない。
受け入れようと、必死に事実を噛み砕こうとしている。
「否定しないんですか?」
「え?」
「いえ…、“Ωの君が魔法なんて使えるはずがない”、真っ先にそう言われると思っていたので」
「今朝の私なら、そう言ったでしょうね。Ωの口から魔力切れなんて言われたら、揶揄うつもりかとすぐにこの部屋からつまみ出していたと思います」
やっぱり追い出されていたんだなと、心の中で苦笑する。
でも、そうはならなかった。
どんな心変わりがあったのかと疑問に思っていると、ヨハンはそれに答えてくれた。
「けれど、私は火災を鎮火できませんでした」
ヨハンは静かに目を伏せた。
淡々と述べてはいるものの、その声音にはわずかな悔しさが滲んでいる。
「今日の火災、私はてっきりアンナ様が鎮火をしてくれたのだと思っていました。けれど彼女は毒で倒れていた。鎮火した後に倒れた可能性も考えましたが、倒れていた場所、時間の違和感……全てを考慮すると、彼女が鎮火したとは考えにくい」
ヨハンは息を整えるように、短く息を吐いた。
「では、誰が鎮火したのか。あの時二人を除き、ご令嬢も使用人も全員外庭に避難していました。手伝いに来てくれた者もいましたが、彼女たちが到着したのは火が消えた後。となると、可能なのはあの場にいなかったもう一人」
ひとつひとつ積み上げてきた推論を、慎重に並べるような口調だった。
彼なりに調べ、判断した結果なのだろう。
「けれど、それは常識的にありえない。Ωである君が魔法を使えるはずがない。しかも、あれほど高威力の水魔法を。だから私は、アンナ様が鎮火してくれたのだと思い込もうとしました。だけど、今見えた君の手から発せられていた光、あれは紛れもなく魔法だ。そしてアンナ様の容態は確かに改善している」
ゆっくりと視線が上がり、まっすぐに僕へ向けられる。
その瞳に、もう迷いはなかった。
「今日、火災を鎮火してくれたのは君ですね?ルカ・エドウィン」
僕は息を呑む。
そして、その問いに答えるように、深く頷いた。
全ての魔力を使い切った僕は、床に突っ伏すように倒れ込んだ。
「え、なっ…、急にどうしたんですか!?」
「魔力切れで……もう、体が……」
「魔力、切れ…?」
ヨハンが訝しげに眉を寄せた。
あぁ、まただ。
医師の時のように否定されるのだろう。
今までの彼の態度を思えば、嘲られたって不思議じゃない。
けれど、僕の予想は大きく裏切られた。
「……仕方ないですね」
低く息を吐き、ヨハンは僕の目の前に膝をつく。
そっと手をかざすと、温かい光がふわりと体を包んだ。
重く沈んでいた身体が、少しだけ軽くなる。
「え……?」
「疲労回復魔法です。はしたないので、さっさと起き上がりなさい。自室に戻るくらいは出来るでしょう?」
思わず目を瞬かせた。
てっきり冷たい目で見下ろされ、引きずるように部屋から追い出されると思っていたのに。
まさか否定どころか、回復魔法を施してくれるなんて。
礼を言ってゆっくりと立ち上がると、ヨハンが僕に問いかける。
「アンナ様に、何をされていたのですか?」
「治癒魔法を掛けていました」
「治癒魔法…?」
ヨハンは僕の言葉を反芻するように呟き、瞠目する。
「信用できないなら、彼女の容態を確認してください。魔力がほとんどないので、できる限りのことしか出来ませんでしたが…。あとは彼女の体力次第です」
ヨハンは黙ったままアンナ嬢へ手をかざし、診断魔法を発動させる。
その結果を読み終えた瞬間、表情がゆっくりと変わっていった。
「……魔法が、使える……?」
ヨハンは信じがたいというように、唇に指を添えて視線を落とした。
思考を追うその仕草は静かだが、内心の動揺は隠しきれていない。
そんなヨハンの姿に、僕は違和感を覚えていた。
信じられないはずの状況なのに、ヨハンは否定しようとしない。
受け入れようと、必死に事実を噛み砕こうとしている。
「否定しないんですか?」
「え?」
「いえ…、“Ωの君が魔法なんて使えるはずがない”、真っ先にそう言われると思っていたので」
「今朝の私なら、そう言ったでしょうね。Ωの口から魔力切れなんて言われたら、揶揄うつもりかとすぐにこの部屋からつまみ出していたと思います」
やっぱり追い出されていたんだなと、心の中で苦笑する。
でも、そうはならなかった。
どんな心変わりがあったのかと疑問に思っていると、ヨハンはそれに答えてくれた。
「けれど、私は火災を鎮火できませんでした」
ヨハンは静かに目を伏せた。
淡々と述べてはいるものの、その声音にはわずかな悔しさが滲んでいる。
「今日の火災、私はてっきりアンナ様が鎮火をしてくれたのだと思っていました。けれど彼女は毒で倒れていた。鎮火した後に倒れた可能性も考えましたが、倒れていた場所、時間の違和感……全てを考慮すると、彼女が鎮火したとは考えにくい」
ヨハンは息を整えるように、短く息を吐いた。
「では、誰が鎮火したのか。あの時二人を除き、ご令嬢も使用人も全員外庭に避難していました。手伝いに来てくれた者もいましたが、彼女たちが到着したのは火が消えた後。となると、可能なのはあの場にいなかったもう一人」
ひとつひとつ積み上げてきた推論を、慎重に並べるような口調だった。
彼なりに調べ、判断した結果なのだろう。
「けれど、それは常識的にありえない。Ωである君が魔法を使えるはずがない。しかも、あれほど高威力の水魔法を。だから私は、アンナ様が鎮火してくれたのだと思い込もうとしました。だけど、今見えた君の手から発せられていた光、あれは紛れもなく魔法だ。そしてアンナ様の容態は確かに改善している」
ゆっくりと視線が上がり、まっすぐに僕へ向けられる。
その瞳に、もう迷いはなかった。
「今日、火災を鎮火してくれたのは君ですね?ルカ・エドウィン」
僕は息を呑む。
そして、その問いに答えるように、深く頷いた。
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