αで上級魔法士の側近は隣国の王子の婚約者候補に転生する

結川

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第1章

第4話(7)二つの事件

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「君があの水魔法と治癒魔法を……。もしかしたら君は、王子やアンナ様と並ぶ、この国でも有数の魔法士になるかもしれませんね」
「王子?」
「はい。公にはしていませんが、私のお仕えしている第三王子は、この国随一の魔法の使い手なんです」

ヨハンはそう言って、どこか誇らしげに目元を緩める。
その表情からは、忠誠だけではなく深い敬愛すら感じられた。

それにしても、第三王子がそんなに優秀だとは初耳だ。
そもそも第三王子については知らないことばかりで、新しい情報に驚かされる。

「そうなんですね。第三王子のことはほとんど存じ上げていなくて」
「それも当然でしょう。色々と事情があり、第三王子の詳細については公にしないよう"箝口令"が敷かれていましたから。もっとも、それも明日のパーティーまでですが」
「パーティー……?え、明日って第三王子との顔合わせパーティーだったんですか?」
「……知らなかったんですか?事前に通達しているはずなんですが」

聞いていたのかもしれない。
だが、通達があったとしたら、それは僕が転生する前のルカ・エドウィンが聞いているはずだ。
…いや、あの付き人の老女の態度を思い返すと、伝えていなかった可能性も高いが。

「まあいいでしょう。その話は一旦置いておいて、アンナ様の件です」

ヨハンは話を切り替えるように一度息を整え、真剣な声で続けた。

「すでに知っているかと思いますが、アンナ様の体にあった毒は人工毒です。つまり、事故ではなく、誰かが意図的に盛ったということ」

ヨハンの瞳が鋭く細められ、その奥に怒りが滲む。
致死性の人工毒――誰かが本気でアンナ嬢を殺害しようとしたのは事実だ。
僕自身も診断魔法で同じ結論に至っている。否定の余地はない。

「状況的に最も疑わしかったのは君でした。しかし、毒を盛った犯人が、わざわざ書斎から離れた南棟の火災を鎮火しにきたり、今アンナ嬢に治癒魔法を施したり…そんな不自然なことはしないでしょう」

はっきりと言い切るヨハンの言葉に、気付けば僕は小さく息を吐いていた。
最大の容疑者であることは理解している。
そんな中で、冷静に見極めてくれる人がいることが、胸を少しだけ軽くさせる。

「とはいえ、アンナ嬢と接触が多かったのも君です。何か気になる点や、知っていることはありませんか?」

問われて、脳裏に浮かぶのはただ一人。
僕は小さく息を整え、口を開いた。

「一人、怪しいと思う人がいます」
「誰ですか?」
「ベネット嬢です」

その名を告げた瞬間、ヨハンの眉がぴくりと動いた。
ヨハンの表情にわずかな驚きと、複雑な感情が交錯する。

「理由は?」
「アンナ嬢が倒れる前、書斎に来た理由を聞きました。"僕が呼んでいるとベネット嬢に言われた"と。けれど、僕はアンナ嬢を書斎に呼んでいません」

ヨハンの表情が険しくなる。
そして、「なるほど」と小さく呟くと、何かが腑に落ちたように顔つきを変えた。

「昨夜、アンナ嬢から作業の割り当てについて提案があったんです。“王子にぜひ提供したい紅茶があるから自分は厨房担当にしたい”と。そして、“君には書斎の清掃を任せてはどうか”と。元々書斎の清掃は予定していませんでしたが、王子を迎えるにあたり、書斎の汚れが気になるようで」

淡々と語られていく事実に、自分の中の推論がより現実味を帯びていく。
すべては昨日から仕組まれていた。

僕だけ遠くに配置された作業。
アンナ嬢の言葉の違和感。
そして、突然起きた火事。

もしベネット嬢が犯人だとすれば、全て辻褄が合う。
けれど。

「まだ状況証拠の域を出ません。決定的ではない。ベネット様ではない可能性も残っています」

ヨハンは冷静に告げる。

「そうですね。明日、僕は犯人につながる手がかりを集めます」
「私も協力します。アンナ様を害した者を、見過ごすわけにはいきませんから」

日付の変わる頃、月明かりが照らす静かな医務室で、僕とヨハンは深く頷き合った。
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