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その後編
シェスの誕生日
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※今回の単話はかなり長めです。
**********************
衝撃の誕生日から早二ヶ月程が経ち、それからの私とシェスはというと中々会えないでいた。シェスの仕事が忙しいからだ。
愛の告白をしてもらい心が通じ合い、幸せの絶頂であるはずの二人なのに……、全く会えていない……。
「うーん、全然シェスに会えないね」
シェスからもらった指輪を眺めながら呟く。光を浴びキラキラと煌めきとても美しい指輪。宝石の裏には王家の紋が刻まれ、シェスと私の名前もある。
指に嵌めているときには見えない紋。指から外し光に翳すとその紋が浮き出て見える。
なんて綺麗なんだろう。指から外し、指輪を光に翳す。
うっとり見詰めているとマニカがお茶を入れながら言った。
「本当に素敵な指輪ですね。シェスレイト殿下のお誕生日にも何かお返しをしなくてはなりませんね」
誕生日…………
「あー!!」
マニカがビクッとした。
「どうされたのですか!?」
「シェスの誕生日っていつなの!? 私、お祝いしたことないんだけど!!」
「あ……」
マニカが唖然とした。
「そういえばそうですね……、すっかり失念しておりましたが、シェスレイト殿下のお誕生日は確かお嬢様の二ヶ月程後……」
「え、もしかして過ぎた!?」
「い、いえ、まだのはずです。元々お祝いの儀を殿下は嫌がられておられたようで、パーティー等一切行われたことがなかったと思うのですが、去年の今頃は殿下と婚約されて三ヶ月程全くお会いしない日々だったかと……」
「あー…………、ハハ……、そんなこともあったね……」
マニカと二人で苦笑した。
「よし! なら今年は盛大にお祝いしよう! シェスが私にしてくれたように!」
「そうですね!」
オルガに頼み、シェスの予定を探ってもらうことにした。最近のシェスは遠方に出向いたり、城で執務と面会に忙しかったり、としているらしい。
その合間を縫って、どこかで一日時間が取れないか、とディベルゼさんにお願いしに行ってもらった。
オルガの話ではディベルゼさんは喜んで一日空けると言っていた、と。そのせいでまたシェスが無理をしなければ良いのだけれど……。
とにもかくにもシェスの時間は確保出来た! さて、お祝いの準備をするぞ!
「どうしたら喜んでもらえるかなぁ」
「お嬢様がなさることでしたら、きっと殿下は何でもお喜びになられるでしょう」
「う、うん……、それは嬉しいんだけど……、それだと結局何したら良いか分からないじゃない!」
「フフ、すいません」
マニカは嬉しそうに笑う。
「そうですね、二人きりのお時間を取られたらいかがです?」
「ふ、二人きり?」
「えぇ」
「二人きりで過ごすの? お嬢……」
オルガが口を挟んだ。オルガを見るとしゅんとしている。
「え、う、うーん、どうしよう……」
「オルガの意見は聞いてはいけません。殿下はきっとお嬢様と二人きりでお過ごしになられたいはずです!」
「そ、そうかな?」
「そうですよ!」
何やらマニカの気合いが凄い。
二人きりかぁ……二人きり……、何だか意識すると物凄い恥ずかしくなる。
「お嬢様のお部屋で晩餐などいかがですか?」
「え、私の部屋で!?」
「えぇ」
「えー!!」
私が固まっているとオルガが代わりに叫んだ。
「だ、駄目だよ! お嬢! 夜、私室に男をなんて!」
「オルガは口を挟まないでください。お嬢様がお決めになられることですよ」
「う、うぅ……」
マニカに怒られオルガは唸る。
「夜……私室に……」
そ、それって……、いくら疎い私でもさすがに分かる! それは駄目なのでは……。
「夜に男性を私室に誘うなんて……はしたないんじゃ……」
「大丈夫です、ご婚約者様ですよ? しかも、もう結婚の日取りも決まっているのですから」
「そ、そういうもの?」
「そういうものです」
確かに結婚の日取りはもう決まっている。誕生日の日から会えてはいないが、婚約期間を一年過ごし、お互い承認し合い、一年後に結婚式を執り行うということになっているのだ。
「な、ならお誘いしてみようかな……」
「えぇ!」
「じゃあ誕生日の日の晩餐にシェスの好きなものを用意してもらわないとね」
「それはディベルゼ様に確認してみますね」
「うん、お願い」
マニカの気合いに若干引きながら、オルガは一人さめざめと泣いているし……、何だか変なテンションのお茶時間になってしまった。
それからというものあまり日にちがなかったため、料理の確認をしつつ、シェスへのプレゼントに悩んでいた。
「うーん、プレゼント何が良いかなぁ」
「そうですね……何が良いでしょう」
街へ行ったときに渡したブローチはとても喜んでくれたなぁ。いつも身に着けてくれている。それが恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
「ブローチは喜んでくれたけど、シェスってあまりアクセサリーは着けてないよね」
「そうですね……」
「うーん……、ケーキを手作りとか……」
「あぁ、手作り! それは良いですね!」
「そ、そう?」
「きっとお喜びになられますよ!」
「そうかな」
「えぇ、きっと!」
「ケーキはちょっと練習しないとなぁ、ラニールさんにお願いしようかな」
マニカと色々相談した結果、ケーキを手作りすることに! 失敗するのが怖いから当日までに何度かラニールさんにお願いして練習することに。
ラニールさんにお願いに行くと「俺もクリームのケーキは得意じゃない」と苦笑しながらも、練習に付き合ってくれた。
なぜクリームのケーキが得意ではないのか、それはすぐに分かった。
材料はすぐに完璧に美味しく作れるのよ! しかーし! 問題はここから! クリームが上手く塗れない!
ラニールさんも繊細なお菓子を作れるくらいだし、不器用とかではないのだろうけど、なぜかクリームを綺麗に塗ることだけは苦手なようだ。
かくいう私もまあ見事なボコボコ具合!! ラニールさんと二人で苦笑するはめに。
「難しいー!! クリームを綺麗に塗るのがこんなに難しいだなんて!!」
「ハハハ……、本当にな……」
珍しくラニールさんががっくりしているわ。中々見ることの出来ない姿に少し可笑しかった。
「どうしよう……、このままじゃケーキが作れない」
「ま、まあこういうのは気持ちだろう、良いんじゃないか? リディアが作ったというだけで殿下は喜ぶだろ」
ラニールさんは苦笑しながら慰めてくれるが……、良いのかしら、こんなんで……。
「と、とにかく当日まで練習させてもらっても良いですか!?」
「あぁ」
シェスは何とか休みを取れたらしく、嬉しいことに誕生日当日にお祝いが出来ることになった。
その日は朝を少し過ぎた辺りからラニールさんの元へ行き、忙しい時間に申し訳なくなりながらもケーキを作らせてもらった。
やっぱりボコボコ……、何でかしら……、がっくりとする。
「果物で飾れば大丈夫だろ」
ラニールさんが頭を撫でながら言った。
「そ、そうですね……、それだけは何とか綺麗に!」
果物や食用出来る花で飾り付け、ボコボコのクリームは程々に隠せたかしら。良かった……、何とか見た目は綺麗になった。
ラニールさんにお礼を言い、急いで私室に帰る。そしてマニカに手伝ってもらい、ドレスアップよ!
香油マッサージはもちろんのこと、お化粧も髪型も清楚に可憐にばっちりよ!
ドレスはシェスの色を……、ちょっと恥ずかしいのだけれど……、シェスが贈ってくれたあのドレス。同じドレスを何度も着るということは中々ないのだけれど、あのドレスは特別だから。
私の誕生日のときと全く同じドレスとアクセサリー。シェスが贈ってくれたもので全身を包み準備をする。
今日は一日予定を空けてくれたようなので、私の準備が整い次第シェスと共に過ごす。
お昼は庭園のガゼボで過ごそうと、シェスを私室まで迎えに行った。
「シェスの私室は初めてね……」
そう思うと何だか緊張した。
扉の前にはいつものようにギル兄が立っていた。
「リディ! 今日も一段と綺麗だな!」
「フフ、ありがとう、ギル兄。今日は張り切っておめかししたから」
そう言いながら二人で笑い合っていると扉が開かれディベルゼさんが顔を出した。
「リディア様、ようこそおいでくださいました。どうぞ」
中へと促されるとシェスがこちらへ歩み寄って来た。二ヶ月ぶりのシェス。はにかみながら微笑むシェス。可愛いわ……。
久しぶりに会えたからか、何だか緊張する。あの時、誕生日にお互いの気持ちを伝え合い、私からキ……、きゃー!! な、何で今思い出すのよ!
シェスへと向かって歩いていた足がギシッと止まってしまった。
「リディ?」
シェスは怪訝な顔をした。シェスの顔を見ると余計に思い出してしまう。顔が火照り出すのが分かる。
「お嬢様?」
マニカも背後でどうしたのかと心配をしている。
ま、まずい。皆に心配をかける上に絶対ディベルゼさんとか突っ込んでくるはず!
「シェ、シェス、お誕生日おめでとうございます」
慌ててドレスのスカートを持ち、顔を隠すように膝を折った。
「あ、あぁ、ありがとう……」
シェスは近付き私の手を取ると、どうしたのかと小さく聞いた。オロオロしたような不安そうな顔が可愛いけど……。
不安な顔をさせてしまった。このままじゃ駄目、正直に言おう。
「すいません、あの、久しぶりにお会い出来たので……、その、緊張してしまって……」
そう言うとシェスはフッと笑った。あ、良かった。
「フフ、私も少し緊張をしている。一緒だな」
「少しですか? 今日は、というか今日が近付くにつれずっとそわそわしていたではないですか。今朝なんか朝からずっと……」
「ルゼ!!」
ディベルゼさんがそう言うとシェスは怒鳴りディベルゼさんを睨んでいた。そのやり取りが可笑しくて少し緊張が解れた。
「フフ、シェスとディベルゼさんのやり取りを見られると安心しますね」
シェスは物凄く嫌そうな顔をした。
「プッ、フフ、アハハ、シェスの顔が面白い」
「お、面白い!?」
「フフ、ごめんなさい。でも色んな顔が見られて嬉しい」
そう言うと今度は顔を赤くし照れた。百面相だな。フフ、本当に面白い。
「今日のお昼は庭園のガゼボでいただこうかと思うのですが、いかがですか?」
「あぁ」
シェスは顔を赤くしたまま頷いた。
ガゼボまでシェスはずっと丁寧にエスコートしてくれる。
「懐かしいですね、婚約してから初めてお会いしたのがこのガゼボでした」
ガゼボが見えて来た。
婚約発表してから三ヶ月も経ちようやく会ったシェス。あの時……、色々やらかしたわね。
「フフ」
「あ、あの時はすまなかった!」
シェスは焦ったように謝った。
「いえ、あの時シェスは女性に興味がなかったのでしょう? だから私のことにも興味がなかった。おかげで私はカナデとして疑われずに済んだのですよ」
そう言いながらクスクス笑った。
「私のほうこそ、あの時何だか物凄いことをたくさん言いまして……、申し訳ございませんでした……」
あの時嫌味のようなことをたくさん言った気がする。あの時はシェスのことが分からなくて、ただ怖い印象しかなくて……、こんなに好きになるとは思わなかった……。
シェスをチラッと見ると、恥ずかしそうな顔をしていたが、お互い目が合うと何だか不思議と笑い合えた。二人共クスクスと笑いながらガゼボまで行った。
あの時とは違い、シェスも色々な話をしてくれるようになった。やはりまだ慣れてはいないようなぎこちなさもあるが、それが可愛かったりもする。好きになると何でも可愛く見えるものね、と可笑しかった。
ガゼボでお昼をいただき、庭園の花を眺めながら散策をしたり、お茶をしたり、のんびりとした時間を過ごす。
仕事続きだったシェスも久しぶりにゆったりとした時間を過ごせ喜んでくれていた。
さあ、ここからが勝負よ! いや、勝負じゃないか……、私の私室に……。良いのかしら。本当に私から私室に誘っても良いのかしら。緊張する……。
チラリとマニカを見ると拳を握り締め応援をしてくれている。ハハハ……。
「あ、あの、シェス!!」
声が裏返った。いやー!
「?」
「あ、あの! えっと……」
「どうした?」
ディベルゼさんのニヤニヤした顔が見えた。確か、ディベルゼさんには伝えてあるのよね……。うぅ、は、恥ずかしい……。
「あの! この後、私の部屋で晩餐をいかがですか!?」
勢いで言おうとしたら大声になってしまった。大声で夜に私室へ誘うって!
「えっ……」
シェスが固まった。
固まって数分……、まだ固まっていた。
ディベルゼさんが痺れを切らし、シェスを小突く。
「殿下! 現実に戻って来てください! リディア様に恥をかかせるおつもりですか!?」
その言葉にハッとし、シェスは現実に戻って来たようだ。そして混乱した。
「え、いや、リディの!? 私室!? え!? 今からか!?」
「はい、どうでしょうか?」
恥ずかしいからそう何度も言わないでー!!
「え、あ、いや、その……、良いのか?」
顔を赤くし目を逸らしながらシェスは聞いた。
「はい」
「!!」
お互いそれ以上会話が続かず俯いてしまった。案の定ディベルゼさんから容赦ない突っ込みが……。
「はいはい、初々しいお二人はさっさとリディア様の私室へ移動してくださいね」
あぁ、やっぱり恥ずかしい! マニカとギル兄はニコニコだし、オルガは不機嫌だし、シェスはというと、ディベルゼさんを睨むでもなく、もう何て言って良いやらって顔だし、目が泳いでるよ……。
二人共無言のまま私の私室まで。緊張感が増す! でも何を話したら良いのか分からない!
私室に着いた頃にはすっかり日も暮れ、部屋には灯りがともされた。
シェスは緊張気味に部屋の中へ入ると、不思議そうに部屋を眺めた。
「やはり女性の部屋というのは華やかだな」
「え?」
確かにシェスの部屋はもっと簡素な感じだった。調度品は一級品なのだろうが、女性の部屋に比べると幾分シンプルな雰囲気だ。それがシェスには珍しく見えるらしい。
バルコニー側に置かれたテーブルに着き晩餐の準備が始まる。テーブルには蝋燭が一本灯され、花が生けられている。
料理が順に運ばれ、果実酒で乾杯をする。
「改めまして、お誕生日おめでとうございます、シェス」
「あぁ、ありがとう」
料理を食べながら、去年の婚約発表のとき話、ガゼボでお茶をしたときの話、国営病院の話、お菓子作りの話、騎獣の話、街へ行った話、そして私の誕生日の話……、今まであった話をたくさんした。
どれも大事な想い出。一年間色んな人に巡り合い、色んなことをして、大事な人もたくさん出来て、幸せでもあり、いなくなる辛さも感じ、様々な経験をした。
こうしてシェスとも両想いになれて、私は何て幸せ者なんだろうか。
楽しそうに笑うシェスを見て、この笑顔をまさか自分が見ることが出来るとは、とふわふわした気分で幸せを噛み締めた。
料理が全て終わり、ケーキが運ばれて来る。
「シェス、シェスからはとても素敵な指輪をいただいたのに、私は何をプレゼントしたら良いのか思い付かず申し訳ございません。それで、その……」
シェスは気にするな、と慌てて言ってくれた。
「このケーキを……、プレゼントと言えるものでもありませんが……、その……、私が作りました」
「!?」
シェスは驚き、立ち上がった。ケーキをまじまじと見詰め、そしてこちらに向いた。
「このケーキをリディが?」
「えぇ……、あまり綺麗に出来上がらず……、ごめんなさい」
がっくりと肩を落としていると、シェスは私の両手を強く握った。
「ありがとう、こんなに嬉しいプレゼントはない」
「え?」
予想外の返事で戸惑っていると、シェスは少し涙ぐんでいるような、瑠璃色の瞳が蝋燭の灯りで照らされキラキラとしている。あぁ、何て綺麗なんだろう。
こんなに喜んでくれるなんて。
「ありがとうございます」
「?」
私がお礼を言うとシェスは不思議そうな顔をした。
「フフ、シェスがそんなに喜んでくれて私のほうが幸せをいただいてしまいました。ありがとうございます」
何だか私まで涙ぐんでしまう。
「さあ、切り分けますね」
マニカがケーキにナイフを入れた。そしてテーブルにケーキとお茶を置くと、それでは、と言い部屋を出て行こうとする。
「え!! マニカ!?」
「後はお二人でごゆっくりお過ごしください」
「「!?」」
シェスも驚いた顔をしていた。二人して固まってしまう。
ディベルゼさんもマニカと共に出て行き、ギル兄はオルガを引っ張って出て行く。
部屋に残されたシェスと私は……、しばらく無言だった。
ど、どうしよう……、どうしたら良いの!?
「あ! ケーキを! ケーキをどうぞ! 味は大丈夫なはずです!」
「フッ、あぁ、いただこう」
シェスは笑い、ケーキを食べてくれた。
「美味い」
そう呟いたシェスにホッとしたが、ホッと出来る状況じゃない! これからどうしたら良いの!?
ケーキも食べ終わり、お茶をゆっくり飲みながら、お互い無言……。
シェスがおもむろに深呼吸をし、ビクッとなる。
「その、バルコニーにでも出ないか?」
「え? あ、はい」
シェスは私に片手を差し出し、その手を取るとバルコニーへと向かう。
外は夜になり少しひんやりと冷たい空気。シェスが寒くはないか心配をしてくれた。
大丈夫と伝えるが、シェスは肩を抱き寄せ身体を密着させた。
「少しは暖かいか?」
「え、えぇ」
暖かいです! 暖かいですけど、緊張して身体が強張る!
強く抱き寄せられたためシェスの胸に顔を埋め、シェスの鼓動が伝わった。とても早鐘を打つ鼓動が、あぁ、シェスも同じように緊張しているのだ、と安心感を与えてくれる。
「星が綺麗」
「あぁ」
暗闇の中、夜空に光る星。まるで……
「私とリディのようだな」
夜空の色、星の色、それが私たちの色のようだ、そう思った。
シェスも同じように思ってくれていた。それがこんなにも嬉しいなんて。
「リディ」
「はい」
「その……」
「?」
何だろうか、星を眺めていた視線をシェスへと向けた。
シェスは少し身体を離し、真っ直ぐ見詰める。
「その…………、キ、キスをしても良いだろうか?」
「えっ!!」
シェスは少し躊躇いがちに言う。暗くて分からないがきっと顔も赤いのだろう。
それは私も一緒だ。顔が火照るのが分かる。
「駄目か?」
しゅんとした仔犬のように上目遣いで聞いてくる! 可愛いし!
じゃなくて!! いや、そんなこと聞かないで!! 改めて聞かれると恥ずかしいし! 余計緊張するし! 返事なんてしにくいし!! う、うぅ……。
「だ、駄目じゃないです……」
いやー!! 恥ずかしい! 何て返事をするのが正解なのかが分からない!
その返事を聞くとシェスははにかんだ。くっ、やっぱり可愛いし!
シェスは肩に手を置くと、熱を帯びた艶やかな瞳で見詰め、顔をゆっくりと近付けて来た。
あぁ、瑠璃色の綺麗な瞳が……。そしてゆっくりと瞳が閉じられたかと思うと、唇に温かいものが触れた。
柔らかく温かいそれは不器用に少し動き、何度も確かめるように重ねて来る。
いつまでも終わる気配のないその動きに、薄っすらと目を開けると間近にシェスの綺麗な顔があり、余計に心臓が高鳴った。心臓が口から出そう……。
……………………。
それにしても……、な、長くないですか? 初めてで分からないんだけど、こんな長いものなの?
どうしたら良いか分からなく、動けずにいると、シェスの吐息が徐々に荒くなってきたような……。
「あぁ、リディ……」
吐息の音と共に甘く切ない声で名前を呼ばれ、全身が熱を帯び鼓動がうるさい……。は、鼻血が出そう!
「シェ、シェス」
いつの間にか背中に手を回され抱き締められていたのを、シェスの胸を両手で押し身体を離した。
「ぷはっ、ごめんなさい、息が……」
そう言うとシェスはハッと驚き、急に肩を掴み身体を離した。
「す、すまない!!」
そう言ったかと思った矢先、シェスは脱兎のごとく走り去った。勢い良く扉をバーン! と開け、見事な走りで去って行く。
「え?」
それをポカーンと見送ることしか出来ず、呆然とした。
外ではディベルゼさんの「えぇ!? 殿下!?」という悲鳴にも似た叫びとドタドタとした足音が響き渡る。
勢い良く開けられた扉からマニカとオルガが心配そうに入って来た。
「お、お嬢様、大丈夫ですか? 一体何が……?」
「え……」
私にも何が何だか。
軽く触れるだけではない初めてのキスは何だかよく分からないままシェスの逃亡で終わった……。
えぇぇ!! 私のドキドキどうしたら良いのー!!
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衝撃の誕生日から早二ヶ月程が経ち、それからの私とシェスはというと中々会えないでいた。シェスの仕事が忙しいからだ。
愛の告白をしてもらい心が通じ合い、幸せの絶頂であるはずの二人なのに……、全く会えていない……。
「うーん、全然シェスに会えないね」
シェスからもらった指輪を眺めながら呟く。光を浴びキラキラと煌めきとても美しい指輪。宝石の裏には王家の紋が刻まれ、シェスと私の名前もある。
指に嵌めているときには見えない紋。指から外し光に翳すとその紋が浮き出て見える。
なんて綺麗なんだろう。指から外し、指輪を光に翳す。
うっとり見詰めているとマニカがお茶を入れながら言った。
「本当に素敵な指輪ですね。シェスレイト殿下のお誕生日にも何かお返しをしなくてはなりませんね」
誕生日…………
「あー!!」
マニカがビクッとした。
「どうされたのですか!?」
「シェスの誕生日っていつなの!? 私、お祝いしたことないんだけど!!」
「あ……」
マニカが唖然とした。
「そういえばそうですね……、すっかり失念しておりましたが、シェスレイト殿下のお誕生日は確かお嬢様の二ヶ月程後……」
「え、もしかして過ぎた!?」
「い、いえ、まだのはずです。元々お祝いの儀を殿下は嫌がられておられたようで、パーティー等一切行われたことがなかったと思うのですが、去年の今頃は殿下と婚約されて三ヶ月程全くお会いしない日々だったかと……」
「あー…………、ハハ……、そんなこともあったね……」
マニカと二人で苦笑した。
「よし! なら今年は盛大にお祝いしよう! シェスが私にしてくれたように!」
「そうですね!」
オルガに頼み、シェスの予定を探ってもらうことにした。最近のシェスは遠方に出向いたり、城で執務と面会に忙しかったり、としているらしい。
その合間を縫って、どこかで一日時間が取れないか、とディベルゼさんにお願いしに行ってもらった。
オルガの話ではディベルゼさんは喜んで一日空けると言っていた、と。そのせいでまたシェスが無理をしなければ良いのだけれど……。
とにもかくにもシェスの時間は確保出来た! さて、お祝いの準備をするぞ!
「どうしたら喜んでもらえるかなぁ」
「お嬢様がなさることでしたら、きっと殿下は何でもお喜びになられるでしょう」
「う、うん……、それは嬉しいんだけど……、それだと結局何したら良いか分からないじゃない!」
「フフ、すいません」
マニカは嬉しそうに笑う。
「そうですね、二人きりのお時間を取られたらいかがです?」
「ふ、二人きり?」
「えぇ」
「二人きりで過ごすの? お嬢……」
オルガが口を挟んだ。オルガを見るとしゅんとしている。
「え、う、うーん、どうしよう……」
「オルガの意見は聞いてはいけません。殿下はきっとお嬢様と二人きりでお過ごしになられたいはずです!」
「そ、そうかな?」
「そうですよ!」
何やらマニカの気合いが凄い。
二人きりかぁ……二人きり……、何だか意識すると物凄い恥ずかしくなる。
「お嬢様のお部屋で晩餐などいかがですか?」
「え、私の部屋で!?」
「えぇ」
「えー!!」
私が固まっているとオルガが代わりに叫んだ。
「だ、駄目だよ! お嬢! 夜、私室に男をなんて!」
「オルガは口を挟まないでください。お嬢様がお決めになられることですよ」
「う、うぅ……」
マニカに怒られオルガは唸る。
「夜……私室に……」
そ、それって……、いくら疎い私でもさすがに分かる! それは駄目なのでは……。
「夜に男性を私室に誘うなんて……はしたないんじゃ……」
「大丈夫です、ご婚約者様ですよ? しかも、もう結婚の日取りも決まっているのですから」
「そ、そういうもの?」
「そういうものです」
確かに結婚の日取りはもう決まっている。誕生日の日から会えてはいないが、婚約期間を一年過ごし、お互い承認し合い、一年後に結婚式を執り行うということになっているのだ。
「な、ならお誘いしてみようかな……」
「えぇ!」
「じゃあ誕生日の日の晩餐にシェスの好きなものを用意してもらわないとね」
「それはディベルゼ様に確認してみますね」
「うん、お願い」
マニカの気合いに若干引きながら、オルガは一人さめざめと泣いているし……、何だか変なテンションのお茶時間になってしまった。
それからというものあまり日にちがなかったため、料理の確認をしつつ、シェスへのプレゼントに悩んでいた。
「うーん、プレゼント何が良いかなぁ」
「そうですね……何が良いでしょう」
街へ行ったときに渡したブローチはとても喜んでくれたなぁ。いつも身に着けてくれている。それが恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
「ブローチは喜んでくれたけど、シェスってあまりアクセサリーは着けてないよね」
「そうですね……」
「うーん……、ケーキを手作りとか……」
「あぁ、手作り! それは良いですね!」
「そ、そう?」
「きっとお喜びになられますよ!」
「そうかな」
「えぇ、きっと!」
「ケーキはちょっと練習しないとなぁ、ラニールさんにお願いしようかな」
マニカと色々相談した結果、ケーキを手作りすることに! 失敗するのが怖いから当日までに何度かラニールさんにお願いして練習することに。
ラニールさんにお願いに行くと「俺もクリームのケーキは得意じゃない」と苦笑しながらも、練習に付き合ってくれた。
なぜクリームのケーキが得意ではないのか、それはすぐに分かった。
材料はすぐに完璧に美味しく作れるのよ! しかーし! 問題はここから! クリームが上手く塗れない!
ラニールさんも繊細なお菓子を作れるくらいだし、不器用とかではないのだろうけど、なぜかクリームを綺麗に塗ることだけは苦手なようだ。
かくいう私もまあ見事なボコボコ具合!! ラニールさんと二人で苦笑するはめに。
「難しいー!! クリームを綺麗に塗るのがこんなに難しいだなんて!!」
「ハハハ……、本当にな……」
珍しくラニールさんががっくりしているわ。中々見ることの出来ない姿に少し可笑しかった。
「どうしよう……、このままじゃケーキが作れない」
「ま、まあこういうのは気持ちだろう、良いんじゃないか? リディアが作ったというだけで殿下は喜ぶだろ」
ラニールさんは苦笑しながら慰めてくれるが……、良いのかしら、こんなんで……。
「と、とにかく当日まで練習させてもらっても良いですか!?」
「あぁ」
シェスは何とか休みを取れたらしく、嬉しいことに誕生日当日にお祝いが出来ることになった。
その日は朝を少し過ぎた辺りからラニールさんの元へ行き、忙しい時間に申し訳なくなりながらもケーキを作らせてもらった。
やっぱりボコボコ……、何でかしら……、がっくりとする。
「果物で飾れば大丈夫だろ」
ラニールさんが頭を撫でながら言った。
「そ、そうですね……、それだけは何とか綺麗に!」
果物や食用出来る花で飾り付け、ボコボコのクリームは程々に隠せたかしら。良かった……、何とか見た目は綺麗になった。
ラニールさんにお礼を言い、急いで私室に帰る。そしてマニカに手伝ってもらい、ドレスアップよ!
香油マッサージはもちろんのこと、お化粧も髪型も清楚に可憐にばっちりよ!
ドレスはシェスの色を……、ちょっと恥ずかしいのだけれど……、シェスが贈ってくれたあのドレス。同じドレスを何度も着るということは中々ないのだけれど、あのドレスは特別だから。
私の誕生日のときと全く同じドレスとアクセサリー。シェスが贈ってくれたもので全身を包み準備をする。
今日は一日予定を空けてくれたようなので、私の準備が整い次第シェスと共に過ごす。
お昼は庭園のガゼボで過ごそうと、シェスを私室まで迎えに行った。
「シェスの私室は初めてね……」
そう思うと何だか緊張した。
扉の前にはいつものようにギル兄が立っていた。
「リディ! 今日も一段と綺麗だな!」
「フフ、ありがとう、ギル兄。今日は張り切っておめかししたから」
そう言いながら二人で笑い合っていると扉が開かれディベルゼさんが顔を出した。
「リディア様、ようこそおいでくださいました。どうぞ」
中へと促されるとシェスがこちらへ歩み寄って来た。二ヶ月ぶりのシェス。はにかみながら微笑むシェス。可愛いわ……。
久しぶりに会えたからか、何だか緊張する。あの時、誕生日にお互いの気持ちを伝え合い、私からキ……、きゃー!! な、何で今思い出すのよ!
シェスへと向かって歩いていた足がギシッと止まってしまった。
「リディ?」
シェスは怪訝な顔をした。シェスの顔を見ると余計に思い出してしまう。顔が火照り出すのが分かる。
「お嬢様?」
マニカも背後でどうしたのかと心配をしている。
ま、まずい。皆に心配をかける上に絶対ディベルゼさんとか突っ込んでくるはず!
「シェ、シェス、お誕生日おめでとうございます」
慌ててドレスのスカートを持ち、顔を隠すように膝を折った。
「あ、あぁ、ありがとう……」
シェスは近付き私の手を取ると、どうしたのかと小さく聞いた。オロオロしたような不安そうな顔が可愛いけど……。
不安な顔をさせてしまった。このままじゃ駄目、正直に言おう。
「すいません、あの、久しぶりにお会い出来たので……、その、緊張してしまって……」
そう言うとシェスはフッと笑った。あ、良かった。
「フフ、私も少し緊張をしている。一緒だな」
「少しですか? 今日は、というか今日が近付くにつれずっとそわそわしていたではないですか。今朝なんか朝からずっと……」
「ルゼ!!」
ディベルゼさんがそう言うとシェスは怒鳴りディベルゼさんを睨んでいた。そのやり取りが可笑しくて少し緊張が解れた。
「フフ、シェスとディベルゼさんのやり取りを見られると安心しますね」
シェスは物凄く嫌そうな顔をした。
「プッ、フフ、アハハ、シェスの顔が面白い」
「お、面白い!?」
「フフ、ごめんなさい。でも色んな顔が見られて嬉しい」
そう言うと今度は顔を赤くし照れた。百面相だな。フフ、本当に面白い。
「今日のお昼は庭園のガゼボでいただこうかと思うのですが、いかがですか?」
「あぁ」
シェスは顔を赤くしたまま頷いた。
ガゼボまでシェスはずっと丁寧にエスコートしてくれる。
「懐かしいですね、婚約してから初めてお会いしたのがこのガゼボでした」
ガゼボが見えて来た。
婚約発表してから三ヶ月も経ちようやく会ったシェス。あの時……、色々やらかしたわね。
「フフ」
「あ、あの時はすまなかった!」
シェスは焦ったように謝った。
「いえ、あの時シェスは女性に興味がなかったのでしょう? だから私のことにも興味がなかった。おかげで私はカナデとして疑われずに済んだのですよ」
そう言いながらクスクス笑った。
「私のほうこそ、あの時何だか物凄いことをたくさん言いまして……、申し訳ございませんでした……」
あの時嫌味のようなことをたくさん言った気がする。あの時はシェスのことが分からなくて、ただ怖い印象しかなくて……、こんなに好きになるとは思わなかった……。
シェスをチラッと見ると、恥ずかしそうな顔をしていたが、お互い目が合うと何だか不思議と笑い合えた。二人共クスクスと笑いながらガゼボまで行った。
あの時とは違い、シェスも色々な話をしてくれるようになった。やはりまだ慣れてはいないようなぎこちなさもあるが、それが可愛かったりもする。好きになると何でも可愛く見えるものね、と可笑しかった。
ガゼボでお昼をいただき、庭園の花を眺めながら散策をしたり、お茶をしたり、のんびりとした時間を過ごす。
仕事続きだったシェスも久しぶりにゆったりとした時間を過ごせ喜んでくれていた。
さあ、ここからが勝負よ! いや、勝負じゃないか……、私の私室に……。良いのかしら。本当に私から私室に誘っても良いのかしら。緊張する……。
チラリとマニカを見ると拳を握り締め応援をしてくれている。ハハハ……。
「あ、あの、シェス!!」
声が裏返った。いやー!
「?」
「あ、あの! えっと……」
「どうした?」
ディベルゼさんのニヤニヤした顔が見えた。確か、ディベルゼさんには伝えてあるのよね……。うぅ、は、恥ずかしい……。
「あの! この後、私の部屋で晩餐をいかがですか!?」
勢いで言おうとしたら大声になってしまった。大声で夜に私室へ誘うって!
「えっ……」
シェスが固まった。
固まって数分……、まだ固まっていた。
ディベルゼさんが痺れを切らし、シェスを小突く。
「殿下! 現実に戻って来てください! リディア様に恥をかかせるおつもりですか!?」
その言葉にハッとし、シェスは現実に戻って来たようだ。そして混乱した。
「え、いや、リディの!? 私室!? え!? 今からか!?」
「はい、どうでしょうか?」
恥ずかしいからそう何度も言わないでー!!
「え、あ、いや、その……、良いのか?」
顔を赤くし目を逸らしながらシェスは聞いた。
「はい」
「!!」
お互いそれ以上会話が続かず俯いてしまった。案の定ディベルゼさんから容赦ない突っ込みが……。
「はいはい、初々しいお二人はさっさとリディア様の私室へ移動してくださいね」
あぁ、やっぱり恥ずかしい! マニカとギル兄はニコニコだし、オルガは不機嫌だし、シェスはというと、ディベルゼさんを睨むでもなく、もう何て言って良いやらって顔だし、目が泳いでるよ……。
二人共無言のまま私の私室まで。緊張感が増す! でも何を話したら良いのか分からない!
私室に着いた頃にはすっかり日も暮れ、部屋には灯りがともされた。
シェスは緊張気味に部屋の中へ入ると、不思議そうに部屋を眺めた。
「やはり女性の部屋というのは華やかだな」
「え?」
確かにシェスの部屋はもっと簡素な感じだった。調度品は一級品なのだろうが、女性の部屋に比べると幾分シンプルな雰囲気だ。それがシェスには珍しく見えるらしい。
バルコニー側に置かれたテーブルに着き晩餐の準備が始まる。テーブルには蝋燭が一本灯され、花が生けられている。
料理が順に運ばれ、果実酒で乾杯をする。
「改めまして、お誕生日おめでとうございます、シェス」
「あぁ、ありがとう」
料理を食べながら、去年の婚約発表のとき話、ガゼボでお茶をしたときの話、国営病院の話、お菓子作りの話、騎獣の話、街へ行った話、そして私の誕生日の話……、今まであった話をたくさんした。
どれも大事な想い出。一年間色んな人に巡り合い、色んなことをして、大事な人もたくさん出来て、幸せでもあり、いなくなる辛さも感じ、様々な経験をした。
こうしてシェスとも両想いになれて、私は何て幸せ者なんだろうか。
楽しそうに笑うシェスを見て、この笑顔をまさか自分が見ることが出来るとは、とふわふわした気分で幸せを噛み締めた。
料理が全て終わり、ケーキが運ばれて来る。
「シェス、シェスからはとても素敵な指輪をいただいたのに、私は何をプレゼントしたら良いのか思い付かず申し訳ございません。それで、その……」
シェスは気にするな、と慌てて言ってくれた。
「このケーキを……、プレゼントと言えるものでもありませんが……、その……、私が作りました」
「!?」
シェスは驚き、立ち上がった。ケーキをまじまじと見詰め、そしてこちらに向いた。
「このケーキをリディが?」
「えぇ……、あまり綺麗に出来上がらず……、ごめんなさい」
がっくりと肩を落としていると、シェスは私の両手を強く握った。
「ありがとう、こんなに嬉しいプレゼントはない」
「え?」
予想外の返事で戸惑っていると、シェスは少し涙ぐんでいるような、瑠璃色の瞳が蝋燭の灯りで照らされキラキラとしている。あぁ、何て綺麗なんだろう。
こんなに喜んでくれるなんて。
「ありがとうございます」
「?」
私がお礼を言うとシェスは不思議そうな顔をした。
「フフ、シェスがそんなに喜んでくれて私のほうが幸せをいただいてしまいました。ありがとうございます」
何だか私まで涙ぐんでしまう。
「さあ、切り分けますね」
マニカがケーキにナイフを入れた。そしてテーブルにケーキとお茶を置くと、それでは、と言い部屋を出て行こうとする。
「え!! マニカ!?」
「後はお二人でごゆっくりお過ごしください」
「「!?」」
シェスも驚いた顔をしていた。二人して固まってしまう。
ディベルゼさんもマニカと共に出て行き、ギル兄はオルガを引っ張って出て行く。
部屋に残されたシェスと私は……、しばらく無言だった。
ど、どうしよう……、どうしたら良いの!?
「あ! ケーキを! ケーキをどうぞ! 味は大丈夫なはずです!」
「フッ、あぁ、いただこう」
シェスは笑い、ケーキを食べてくれた。
「美味い」
そう呟いたシェスにホッとしたが、ホッと出来る状況じゃない! これからどうしたら良いの!?
ケーキも食べ終わり、お茶をゆっくり飲みながら、お互い無言……。
シェスがおもむろに深呼吸をし、ビクッとなる。
「その、バルコニーにでも出ないか?」
「え? あ、はい」
シェスは私に片手を差し出し、その手を取るとバルコニーへと向かう。
外は夜になり少しひんやりと冷たい空気。シェスが寒くはないか心配をしてくれた。
大丈夫と伝えるが、シェスは肩を抱き寄せ身体を密着させた。
「少しは暖かいか?」
「え、えぇ」
暖かいです! 暖かいですけど、緊張して身体が強張る!
強く抱き寄せられたためシェスの胸に顔を埋め、シェスの鼓動が伝わった。とても早鐘を打つ鼓動が、あぁ、シェスも同じように緊張しているのだ、と安心感を与えてくれる。
「星が綺麗」
「あぁ」
暗闇の中、夜空に光る星。まるで……
「私とリディのようだな」
夜空の色、星の色、それが私たちの色のようだ、そう思った。
シェスも同じように思ってくれていた。それがこんなにも嬉しいなんて。
「リディ」
「はい」
「その……」
「?」
何だろうか、星を眺めていた視線をシェスへと向けた。
シェスは少し身体を離し、真っ直ぐ見詰める。
「その…………、キ、キスをしても良いだろうか?」
「えっ!!」
シェスは少し躊躇いがちに言う。暗くて分からないがきっと顔も赤いのだろう。
それは私も一緒だ。顔が火照るのが分かる。
「駄目か?」
しゅんとした仔犬のように上目遣いで聞いてくる! 可愛いし!
じゃなくて!! いや、そんなこと聞かないで!! 改めて聞かれると恥ずかしいし! 余計緊張するし! 返事なんてしにくいし!! う、うぅ……。
「だ、駄目じゃないです……」
いやー!! 恥ずかしい! 何て返事をするのが正解なのかが分からない!
その返事を聞くとシェスははにかんだ。くっ、やっぱり可愛いし!
シェスは肩に手を置くと、熱を帯びた艶やかな瞳で見詰め、顔をゆっくりと近付けて来た。
あぁ、瑠璃色の綺麗な瞳が……。そしてゆっくりと瞳が閉じられたかと思うと、唇に温かいものが触れた。
柔らかく温かいそれは不器用に少し動き、何度も確かめるように重ねて来る。
いつまでも終わる気配のないその動きに、薄っすらと目を開けると間近にシェスの綺麗な顔があり、余計に心臓が高鳴った。心臓が口から出そう……。
……………………。
それにしても……、な、長くないですか? 初めてで分からないんだけど、こんな長いものなの?
どうしたら良いか分からなく、動けずにいると、シェスの吐息が徐々に荒くなってきたような……。
「あぁ、リディ……」
吐息の音と共に甘く切ない声で名前を呼ばれ、全身が熱を帯び鼓動がうるさい……。は、鼻血が出そう!
「シェ、シェス」
いつの間にか背中に手を回され抱き締められていたのを、シェスの胸を両手で押し身体を離した。
「ぷはっ、ごめんなさい、息が……」
そう言うとシェスはハッと驚き、急に肩を掴み身体を離した。
「す、すまない!!」
そう言ったかと思った矢先、シェスは脱兎のごとく走り去った。勢い良く扉をバーン! と開け、見事な走りで去って行く。
「え?」
それをポカーンと見送ることしか出来ず、呆然とした。
外ではディベルゼさんの「えぇ!? 殿下!?」という悲鳴にも似た叫びとドタドタとした足音が響き渡る。
勢い良く開けられた扉からマニカとオルガが心配そうに入って来た。
「お、お嬢様、大丈夫ですか? 一体何が……?」
「え……」
私にも何が何だか。
軽く触れるだけではない初めてのキスは何だかよく分からないままシェスの逃亡で終わった……。
えぇぇ!! 私のドキドキどうしたら良いのー!!
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