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夢の章
10.会いたい
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あかりの意識が戻ったのは、病院だった。
母が私服で、あかりの腕に繋がれた点滴のパックを見ているところで目が覚めた。
うっすらと開けた目が下を向いた母と合って、母は何か言いたげな表情をした後、「あんた救急車乗ったの初めてじゃない?」と笑った。
「わたし……」
「お友達と出かけた先で倒れてたみたいよ。病院まで付き添ってくれたんだから、後でお礼言っときなさい」
「うん……」
母の言葉に、倒れてしまう前のことを思い出す。
瓦礫、炎、幽霊。
死。
あかりが目を覚ましたことでナースコールを押していた母が、「寒いの?」と聞いてあかりの手を握ってくれる。
あかりはそこで初めて自分が震えていることに気がついた。
「斎川さん、どうされましたか?」
「ああ、娘が目を覚ましましたが、震えているんです」
「わかりました。先生を呼んできます」
二人の会話から大ごとになってしまいそうな雰囲気がして、あかりは焦って否定した。
「ちょっと怖い夢を見ただけだから、大丈夫」
「あんた頭を打ってたの。どっちにしても検査が必要だから」
言われてみれば頭が痛い。
ただし割れるほどの痛みではなく、鈍い痛みでずきずきしている程度だ。
「今日は入院で、問題ないなら明日退院。二、三日学校はお休みして様子を見ることになると思うからね」
「えっ、そんなに?」
「心配かけた罰! もちろんゲームもスマホも基本禁止ね」
そんな、と思ったけれど、確かに心配をかけたことは事実だ。きっと病院から連絡が来て、文字通り飛んできてくれたのだろう。仕事も途中で抜けてきたのかもしれない。
「お母さん、ありがとう。ごめんね」
「……あんたが無事ならそれでいいの」
母に頭を撫でられたのはいつ振りだろうか。
あかりは、なんだかとても穏やかな気持ちで目を細めた。
◇◇◇
久々に登校した学校では、友達もクラスメイトもあかりをたくさん心配してくれた。
倒れた時に頭を打ってたんこぶができただけだったという事実は、深刻でないことをわかってもらうのにちょうどいい笑い話になった。
もし意識を失っていなければ、だいたい二日で学校に戻れていたらしい。もっとも頭を打ったから意識を失ったのではなく、意識を失ったから倒れたのだけれど、さすがに誰にも言えなかった。
昼休みになって、朝にたくさんの通知があることに気づいていながらずっと開いていなかったトークアプリを起動する。
クラスの友達や倒れた日に一緒にいた友達からの返事、そして静からのまとまったメッセージが来ていると表示されていた。
あかりが倒れた日から昨日まで、御守りを枕の下に入れることはしなかった。必要な時以外スマホを母に没収されていたということもあるけれど、今日学校へ行くと決まって、やっとゲームの世界と繋げようと思ったのだ。
あんなに大好きで、今でもその気持ちは変わらないというのに、自分でもどうして繋がりを絶っていたのかわからない。
いや、本当はわかっているのに、わかりたくないだけかもしれない。
『忙しいの終わったよ』
『今日』
『ごめん、間違えた』
『おやすみ』
『おはよう』
『あかり?』
その後も、繋がっていなかった日付分の挨拶や心配が続いていく。
それが脳内で、静の声で再生された。
目の前に現れるまで聞いたことのなかった声。優しくて、少し低くて落ち着いた響き。
ああ、やっぱり好きだ。
何があっても、それだけは揺るぎないのだとメッセージを見て再確認した。
その気持ちがあれば、きっと大丈夫。
(静くんに連絡しよう)
ずっと連絡できなくてごめんなさい、と文字を打っていると、スマホの画面が切り替わる。
静からの着信だ。
あかりは一度深呼吸してしてから思い切って通話ボタンを押す。
「もし、もし」
『あかり』
先ほど脳内で変換したとはいえ、本物の静が話す声はあの倒れた日以来だ。緊張と喜びがあかりの胸に広がった。
『良かった。また連絡できなくなってたから』
「う、うん。心配させちゃったみたいで、ごめんなさい」
あかりが静のメッセージを見たのは間違いなく今日で、同じように静は今日あかりからメッセージが届いていないことに気がついただろう。きっと送ったメッセージに既読がついたことでこうして電話をしてくれた。
あまりにもタイミングが良かったのは不思議だけれど。
『何があったの?』
「何……もないですよ。この間みたいに、なぜか送れなくなってただけで」
「おーいあかり! あんた一応病み上がりなんだから目の届くとこに……ってあ、ごめん。電話中か」
ごめん、と手と表情で謝る友達を責めることはできない。トイレに行った後、みんなのところに戻らなかったのはあかりの方だから。
『病み上がり、なの?』
「えーと、……はい」
『なんで嘘つくの』
声が低くなった。
もしかして怒っているのかと不安になるけれど、入院のことは言いたくない。なぜなら。
「その、恥ずかしいからです」
そう、それに尽きた。
それを聞いて友達が横で笑っている。ひどい。
もちろん他にも理由があるけれど、それを静に言う気はなかった。
『恥ずかしいって……』
「お話中ごめんなさい、わたしあかりの友達です! この子たんこぶ作って入院したんですよー」
「ちょ!?」
「それでやっと今日登校してきたんで、責めないでやってくださいねー」
「あああ、もー! ちょっと向こう行っててー!」
ぐいぐいと友達の背中を押して遠ざける。友達は代わりに言ってあげたんじゃん、とむくれていたけれど、声が笑っていたので絶対に楽しんでいる。
『たんこぶ』
「う。そうです」
『たんこぶ……っ』
「そんなに何回も言わなくても! 静くんまで笑ってませんか!?」
何が悲しくて好きな人にたんこぶができたことを知られなければいけないのか。笑ってくれるのは嬉しいけれど、できることなら直接見たかったしもっと違う場面でお願いしたかった。
あかりの顔は今、間違いなく赤くなっている。この後教室でまたからかわれるかもしれないと思うと少し気が重い。
『会いたい』
耳元で囁くような声がした。
『会いに行きたい。……だめ?』
どこか甘えるような色をしていて、あかりは思わず心臓のあたりを押さえた。
「あ、う、嬉しいのですが、寄り道しないで帰るようにお母さんに言われてて」
『わかった。じゃあ寄り道しないで送っていく』
「え!? でもそれは静くんになんの得も」
『じゃああとで。この間のとこで待ち合わせね』
ぷつっと電話が切れた。
以前も思ったように、静は最後切る時は会話の内容に比べてずいぶんあっさりとしていて、あかりは毎回置いてけぼりにされた気分になる。
「あかりってば、いつの間に彼氏できたのよ!」
「彼氏じゃなくて、好きな人だから」
「ふーん? これは近いうちに女子会が必要だね」
「お手柔らかにお願いします……」
なんにせよ、友達のおかげでうまくごまかせた。
その女子会でそっとダイエット中の彼女にパフェでも奢ろうと思う。
放課後、以前静が待ってくれていた場所にあかりが立っていると、駅の方から男の人が歩いてくるのが見えた。
心臓が高鳴る。
本当に来てくれたのが嬉しくて、あかりははにかんだ笑みを浮かべた。
「待たせてごめん」
「いえ、全然……っ!?」
近くまで寄っても止まらない静を不思議に思いながら、このままではぶつかってしまうと一歩下がろうとする。しかし腕を取られて、引っ張られて、温かいものに包まれた。
(え? だ、抱きしめられ……っ)
「あああ、あの静くん!?」
「……良かった」
「あの、見られ」
「あかり……」
ぎゅうぎゅうと何度か力加減を変えながら抱きつく静に、あかりはあたふたと手を動かす。あわよくば静の背中に手を回したい気持ちはそれはもうたっぷりあるのだけれど、下心のある側がやったらアウトだろうと泣く泣く諦めることにする。もちろん実際にはそんな勇気がなかったとも言える。
しばらく硬直したまま心を無にして目を瞑っていると、「とりあえず満足した」と静が離れる。
とりあえずが何のことなのか、聞いてはいけない。
「あかり、熱あるの?」
「だめ! それ以上触ったら心臓がもちません!」
「……ああ、いつものか。びっくりした」
びっくりしたのはあかりの方だというのに、静はあんなことをしておいて何ゆえ表情を変えずにいられるのか。
身長差のおかげで静の胸元にすっぽり入ったために、下校する生徒に顔を見られずに済んで心底ホッとしているあかりですら顔が赤いのに。ああそうか、恋心の差か。
「はい、手」
「……ううう」
「心臓、もちそう?」
もたないかもしれない。
けれどせっかく手が繋げるのに、断るのがもったいなさすぎた。
「つなぎたい、です」
「うん。僕も」
またそうやって思わせぶりな言動をする。
本当なら、あかりが静に少しだけでいいから好きになってほしいのに、静はすぐあかりの心を奪っていくのだ。
それが悔しくて、あかりは初めて自分から静の手を握った。
静の顔は、見れない。
母が私服で、あかりの腕に繋がれた点滴のパックを見ているところで目が覚めた。
うっすらと開けた目が下を向いた母と合って、母は何か言いたげな表情をした後、「あんた救急車乗ったの初めてじゃない?」と笑った。
「わたし……」
「お友達と出かけた先で倒れてたみたいよ。病院まで付き添ってくれたんだから、後でお礼言っときなさい」
「うん……」
母の言葉に、倒れてしまう前のことを思い出す。
瓦礫、炎、幽霊。
死。
あかりが目を覚ましたことでナースコールを押していた母が、「寒いの?」と聞いてあかりの手を握ってくれる。
あかりはそこで初めて自分が震えていることに気がついた。
「斎川さん、どうされましたか?」
「ああ、娘が目を覚ましましたが、震えているんです」
「わかりました。先生を呼んできます」
二人の会話から大ごとになってしまいそうな雰囲気がして、あかりは焦って否定した。
「ちょっと怖い夢を見ただけだから、大丈夫」
「あんた頭を打ってたの。どっちにしても検査が必要だから」
言われてみれば頭が痛い。
ただし割れるほどの痛みではなく、鈍い痛みでずきずきしている程度だ。
「今日は入院で、問題ないなら明日退院。二、三日学校はお休みして様子を見ることになると思うからね」
「えっ、そんなに?」
「心配かけた罰! もちろんゲームもスマホも基本禁止ね」
そんな、と思ったけれど、確かに心配をかけたことは事実だ。きっと病院から連絡が来て、文字通り飛んできてくれたのだろう。仕事も途中で抜けてきたのかもしれない。
「お母さん、ありがとう。ごめんね」
「……あんたが無事ならそれでいいの」
母に頭を撫でられたのはいつ振りだろうか。
あかりは、なんだかとても穏やかな気持ちで目を細めた。
◇◇◇
久々に登校した学校では、友達もクラスメイトもあかりをたくさん心配してくれた。
倒れた時に頭を打ってたんこぶができただけだったという事実は、深刻でないことをわかってもらうのにちょうどいい笑い話になった。
もし意識を失っていなければ、だいたい二日で学校に戻れていたらしい。もっとも頭を打ったから意識を失ったのではなく、意識を失ったから倒れたのだけれど、さすがに誰にも言えなかった。
昼休みになって、朝にたくさんの通知があることに気づいていながらずっと開いていなかったトークアプリを起動する。
クラスの友達や倒れた日に一緒にいた友達からの返事、そして静からのまとまったメッセージが来ていると表示されていた。
あかりが倒れた日から昨日まで、御守りを枕の下に入れることはしなかった。必要な時以外スマホを母に没収されていたということもあるけれど、今日学校へ行くと決まって、やっとゲームの世界と繋げようと思ったのだ。
あんなに大好きで、今でもその気持ちは変わらないというのに、自分でもどうして繋がりを絶っていたのかわからない。
いや、本当はわかっているのに、わかりたくないだけかもしれない。
『忙しいの終わったよ』
『今日』
『ごめん、間違えた』
『おやすみ』
『おはよう』
『あかり?』
その後も、繋がっていなかった日付分の挨拶や心配が続いていく。
それが脳内で、静の声で再生された。
目の前に現れるまで聞いたことのなかった声。優しくて、少し低くて落ち着いた響き。
ああ、やっぱり好きだ。
何があっても、それだけは揺るぎないのだとメッセージを見て再確認した。
その気持ちがあれば、きっと大丈夫。
(静くんに連絡しよう)
ずっと連絡できなくてごめんなさい、と文字を打っていると、スマホの画面が切り替わる。
静からの着信だ。
あかりは一度深呼吸してしてから思い切って通話ボタンを押す。
「もし、もし」
『あかり』
先ほど脳内で変換したとはいえ、本物の静が話す声はあの倒れた日以来だ。緊張と喜びがあかりの胸に広がった。
『良かった。また連絡できなくなってたから』
「う、うん。心配させちゃったみたいで、ごめんなさい」
あかりが静のメッセージを見たのは間違いなく今日で、同じように静は今日あかりからメッセージが届いていないことに気がついただろう。きっと送ったメッセージに既読がついたことでこうして電話をしてくれた。
あまりにもタイミングが良かったのは不思議だけれど。
『何があったの?』
「何……もないですよ。この間みたいに、なぜか送れなくなってただけで」
「おーいあかり! あんた一応病み上がりなんだから目の届くとこに……ってあ、ごめん。電話中か」
ごめん、と手と表情で謝る友達を責めることはできない。トイレに行った後、みんなのところに戻らなかったのはあかりの方だから。
『病み上がり、なの?』
「えーと、……はい」
『なんで嘘つくの』
声が低くなった。
もしかして怒っているのかと不安になるけれど、入院のことは言いたくない。なぜなら。
「その、恥ずかしいからです」
そう、それに尽きた。
それを聞いて友達が横で笑っている。ひどい。
もちろん他にも理由があるけれど、それを静に言う気はなかった。
『恥ずかしいって……』
「お話中ごめんなさい、わたしあかりの友達です! この子たんこぶ作って入院したんですよー」
「ちょ!?」
「それでやっと今日登校してきたんで、責めないでやってくださいねー」
「あああ、もー! ちょっと向こう行っててー!」
ぐいぐいと友達の背中を押して遠ざける。友達は代わりに言ってあげたんじゃん、とむくれていたけれど、声が笑っていたので絶対に楽しんでいる。
『たんこぶ』
「う。そうです」
『たんこぶ……っ』
「そんなに何回も言わなくても! 静くんまで笑ってませんか!?」
何が悲しくて好きな人にたんこぶができたことを知られなければいけないのか。笑ってくれるのは嬉しいけれど、できることなら直接見たかったしもっと違う場面でお願いしたかった。
あかりの顔は今、間違いなく赤くなっている。この後教室でまたからかわれるかもしれないと思うと少し気が重い。
『会いたい』
耳元で囁くような声がした。
『会いに行きたい。……だめ?』
どこか甘えるような色をしていて、あかりは思わず心臓のあたりを押さえた。
「あ、う、嬉しいのですが、寄り道しないで帰るようにお母さんに言われてて」
『わかった。じゃあ寄り道しないで送っていく』
「え!? でもそれは静くんになんの得も」
『じゃああとで。この間のとこで待ち合わせね』
ぷつっと電話が切れた。
以前も思ったように、静は最後切る時は会話の内容に比べてずいぶんあっさりとしていて、あかりは毎回置いてけぼりにされた気分になる。
「あかりってば、いつの間に彼氏できたのよ!」
「彼氏じゃなくて、好きな人だから」
「ふーん? これは近いうちに女子会が必要だね」
「お手柔らかにお願いします……」
なんにせよ、友達のおかげでうまくごまかせた。
その女子会でそっとダイエット中の彼女にパフェでも奢ろうと思う。
放課後、以前静が待ってくれていた場所にあかりが立っていると、駅の方から男の人が歩いてくるのが見えた。
心臓が高鳴る。
本当に来てくれたのが嬉しくて、あかりははにかんだ笑みを浮かべた。
「待たせてごめん」
「いえ、全然……っ!?」
近くまで寄っても止まらない静を不思議に思いながら、このままではぶつかってしまうと一歩下がろうとする。しかし腕を取られて、引っ張られて、温かいものに包まれた。
(え? だ、抱きしめられ……っ)
「あああ、あの静くん!?」
「……良かった」
「あの、見られ」
「あかり……」
ぎゅうぎゅうと何度か力加減を変えながら抱きつく静に、あかりはあたふたと手を動かす。あわよくば静の背中に手を回したい気持ちはそれはもうたっぷりあるのだけれど、下心のある側がやったらアウトだろうと泣く泣く諦めることにする。もちろん実際にはそんな勇気がなかったとも言える。
しばらく硬直したまま心を無にして目を瞑っていると、「とりあえず満足した」と静が離れる。
とりあえずが何のことなのか、聞いてはいけない。
「あかり、熱あるの?」
「だめ! それ以上触ったら心臓がもちません!」
「……ああ、いつものか。びっくりした」
びっくりしたのはあかりの方だというのに、静はあんなことをしておいて何ゆえ表情を変えずにいられるのか。
身長差のおかげで静の胸元にすっぽり入ったために、下校する生徒に顔を見られずに済んで心底ホッとしているあかりですら顔が赤いのに。ああそうか、恋心の差か。
「はい、手」
「……ううう」
「心臓、もちそう?」
もたないかもしれない。
けれどせっかく手が繋げるのに、断るのがもったいなさすぎた。
「つなぎたい、です」
「うん。僕も」
またそうやって思わせぶりな言動をする。
本当なら、あかりが静に少しだけでいいから好きになってほしいのに、静はすぐあかりの心を奪っていくのだ。
それが悔しくて、あかりは初めて自分から静の手を握った。
静の顔は、見れない。
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