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第一話 初夜の論破戦
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燭台の灯りが揺れる寝室で、カレンは冷静に夫を見つめた。
「あなたは私を愛していないから、この結婚は形だけのものにしたいと。
そういうことですね、ルーファス様」
新婚初夜。
普通なら涙を流すべき場面かもしれない。
だが、カレンの瞳に感情の波は見えなかった。
夫となったルーファス・ベルンワード侯爵は、気まずそうに視線を逸らした。
「ああ……君には申し訳ないが。私には心に決めた人がいる。
だから君を妻として扱うことはーー」
「なるほど」
カレンは夫の言葉を遮った。
「では質問なのですが、その『心に決めた方』とは、あなたと結婚できる身分の方なのでしょうか?」
「それは…」
「できないから、私との政略結婚を受け入れたのですよね?
でしたら、あなたの理屈には矛盾があります」
カレンは寝台横の椅子に腰かけ、足を組んだ。
「あなたは『愛していないから妻として扱えない』とおっしゃいましたが、
そもそも政略結婚において愛情は必須条件ではありません。
むしろ家同士の契約が本質です。
ということは、あなたの感情論は契約不履行の正当な理由にはなりえないんです」
「き、君は……」
「誤解しないでください。私もあなたを愛していませんから
ただ、論理的整合性の問題として指摘しているだけです。
あなたは『愛していないから白い結婚』とおっしゃいますが、
それはあなたの一方的な都合ですよね。私の意見は聞かないんですか?」
ルーファスは眉間に皺を寄せ、視線を逸らす。
言葉を探すように唇を噛むが、結局言葉は出てこなかった。
「それに、この結婚の目的を考えましょう。両家が望んでいるのは何ですか?
同盟の証としての跡継ぎ、つまり子供です。白い結婚では、その目的を達成できません。
すなわち、あなたの提案は契約違反に当たります」
「しかし、私はーー」
「あなたの個人的感情は、家の存続という大義の前では些事です。
それとも、あなたは個人の恋愛感情のために、ベルンワード侯爵家と
私のクレメント伯爵家、両家を危機に晒すおつもりですか?」
「そんなことは……」
「でしたら、論理的に考えて、あなたの選択肢は一つしかありません」
カレンは立ち上がり、夫の目を真っ直ぐ見た。
「通常通りの夫婦生活を送る。これ以外にありえないんです。
あなたの感情がどうであれ、それは契約には関係ありません」
「だが、君の気持ちは」
「私の気持ち?」
カレンは殊更ゆっくり首を傾げる。
「私は最初から、これが政略結婚であることを理解していました。
愛がないことも、当然の前提です。ですから、私の感情も契約履行の障害にはなりません。
それとも、あなたは『愛のない行為は女性にとって残酷だ』とでも思っているのですか?
それは、あなたの勝手な思い込みです。
私たち貴族女性は、そんな感傷的な生き物ではありません」
「……」
「論点を整理しましょう。
一、政略結婚において愛情は必須要件ではない。
二、両家の目的は跡継ぎの誕生。
三、白い結婚は契約不履行。
四、あなたの個人的感情は契約の変更理由にならない。
五、私は契約履行に同意している」
カレンは指を一本ずつ折りながら、淡々と項目を挙げていく。
「結論、あなたの提案は論理的に破綻しています」
両手を軽く広げ、まるで数式の証明を終えたかのような仕草を見せた。
「あの……カレン」
「はい」
小首を傾げ、無表情にルーファスを見つめる。
「君は……本当に平気なのか? 愛のない結婚で……」
「平気かどうかではなく」
カレンは肩をすくめた。
そして、まるで天気の話をするような口調で続ける。
「それが私たちの現実だというだけです。
現実を受け入れられないのは、あなたの方ではありませんか?」
彼女は夫に背を向け、ナイトドレスの腰ひもに手をかけた。
「さあ、無駄な議論はこれで終わりです。契約を履行しましょう、ルーファス様。
それとも、まだ何か反論がおありですか?」
完全に論破された夫は、ただ黙ってうなだれるしかなかった。
こうして、史上最も冷静な初夜が始まった。
ルーファスの想い人の存在すら語られることのない、徹底的にドライな新婚生活の幕開けである。
-----
「感情より論理。それが貴族の流儀です」
ーカレン・ベルンワード侯爵夫人ー
「あなたは私を愛していないから、この結婚は形だけのものにしたいと。
そういうことですね、ルーファス様」
新婚初夜。
普通なら涙を流すべき場面かもしれない。
だが、カレンの瞳に感情の波は見えなかった。
夫となったルーファス・ベルンワード侯爵は、気まずそうに視線を逸らした。
「ああ……君には申し訳ないが。私には心に決めた人がいる。
だから君を妻として扱うことはーー」
「なるほど」
カレンは夫の言葉を遮った。
「では質問なのですが、その『心に決めた方』とは、あなたと結婚できる身分の方なのでしょうか?」
「それは…」
「できないから、私との政略結婚を受け入れたのですよね?
でしたら、あなたの理屈には矛盾があります」
カレンは寝台横の椅子に腰かけ、足を組んだ。
「あなたは『愛していないから妻として扱えない』とおっしゃいましたが、
そもそも政略結婚において愛情は必須条件ではありません。
むしろ家同士の契約が本質です。
ということは、あなたの感情論は契約不履行の正当な理由にはなりえないんです」
「き、君は……」
「誤解しないでください。私もあなたを愛していませんから
ただ、論理的整合性の問題として指摘しているだけです。
あなたは『愛していないから白い結婚』とおっしゃいますが、
それはあなたの一方的な都合ですよね。私の意見は聞かないんですか?」
ルーファスは眉間に皺を寄せ、視線を逸らす。
言葉を探すように唇を噛むが、結局言葉は出てこなかった。
「それに、この結婚の目的を考えましょう。両家が望んでいるのは何ですか?
同盟の証としての跡継ぎ、つまり子供です。白い結婚では、その目的を達成できません。
すなわち、あなたの提案は契約違反に当たります」
「しかし、私はーー」
「あなたの個人的感情は、家の存続という大義の前では些事です。
それとも、あなたは個人の恋愛感情のために、ベルンワード侯爵家と
私のクレメント伯爵家、両家を危機に晒すおつもりですか?」
「そんなことは……」
「でしたら、論理的に考えて、あなたの選択肢は一つしかありません」
カレンは立ち上がり、夫の目を真っ直ぐ見た。
「通常通りの夫婦生活を送る。これ以外にありえないんです。
あなたの感情がどうであれ、それは契約には関係ありません」
「だが、君の気持ちは」
「私の気持ち?」
カレンは殊更ゆっくり首を傾げる。
「私は最初から、これが政略結婚であることを理解していました。
愛がないことも、当然の前提です。ですから、私の感情も契約履行の障害にはなりません。
それとも、あなたは『愛のない行為は女性にとって残酷だ』とでも思っているのですか?
それは、あなたの勝手な思い込みです。
私たち貴族女性は、そんな感傷的な生き物ではありません」
「……」
「論点を整理しましょう。
一、政略結婚において愛情は必須要件ではない。
二、両家の目的は跡継ぎの誕生。
三、白い結婚は契約不履行。
四、あなたの個人的感情は契約の変更理由にならない。
五、私は契約履行に同意している」
カレンは指を一本ずつ折りながら、淡々と項目を挙げていく。
「結論、あなたの提案は論理的に破綻しています」
両手を軽く広げ、まるで数式の証明を終えたかのような仕草を見せた。
「あの……カレン」
「はい」
小首を傾げ、無表情にルーファスを見つめる。
「君は……本当に平気なのか? 愛のない結婚で……」
「平気かどうかではなく」
カレンは肩をすくめた。
そして、まるで天気の話をするような口調で続ける。
「それが私たちの現実だというだけです。
現実を受け入れられないのは、あなたの方ではありませんか?」
彼女は夫に背を向け、ナイトドレスの腰ひもに手をかけた。
「さあ、無駄な議論はこれで終わりです。契約を履行しましょう、ルーファス様。
それとも、まだ何か反論がおありですか?」
完全に論破された夫は、ただ黙ってうなだれるしかなかった。
こうして、史上最も冷静な初夜が始まった。
ルーファスの想い人の存在すら語られることのない、徹底的にドライな新婚生活の幕開けである。
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「感情より論理。それが貴族の流儀です」
ーカレン・ベルンワード侯爵夫人ー
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