悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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序章

子供の責任 キャロル7歳

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声にこたえて、ジルは風を止めます。
一部の枝の葉ががさがさと動き、誰かがおりて来てました。

「まぁ」

 現れたのは、私と同じ年頃の金色の髪に紺碧の瞳が絵本に出てくる天使のような男の子でした。服装から同じ上流貴族の子供のようです。この子もここに遊びに来たのかしら? 私たちだけとおじい様はおっしゃっていたはずです。
 でも……どうしましょう。お話がしてみたいです。見つめていると、男の子と目があいます。

「僕と遊ぼう。木登りを教えてあげるよ」

 人懐っこい笑顔で手を差し出してくださります。思わずその手を取ろうとして、ジルに止められます。

「お坊ちゃま、国のしきたりにより10歳に満たない子は公になるのを禁じられております。こちらは詮索いたしません。今すぐお戻りください」

「決まりのことは承知している。僕が名乗るつもりはないし、君たちにも名乗ることも求めない。互いに秘密だ。問題ないだろう?」

 男の子は大人であるジルの言葉に怯むことなく答えます。堂々としたもの言いに私も頷いてしまいました。それに、私も遊んでみたいのです。
 親族に同じ年頃の子がいれば屋敷で遊ぶことができるのですが、私の身内には子供はおりません。この機会を逃せば10歳を迎えるまで私は一人のままです。

「私も秘密にできますわ。お約束するので、ダメですか?」

 ジルを見上げてお願いしてみますが、難しい顔で首を振られてしまいます。

「申し訳ございません、お嬢様。お坊ちゃまは一人のご様子です。お家の方々は必死に探してらっしゃるでしょう。こちらにお坊ちゃまの家人がいらっしゃる恐れがあります。」

 他家の者に見られるのが困るのはわかります。決まりは緩くなったそうですが、なくなったわけではありません。
 馬車も厳重にカーテンで中が見えないようにされておりました。ここでの遊びは家族だけが知る秘密だから許されることなのです。

「大丈夫だ。僕のことを探しに来るものはいない」

 少年が得意げに胸を張ります。

「どういうことですの?」

「僕は部屋に優秀な身代わりをおいてきたんだ。屋敷の者は僕の不在に絶対気づかないはずだよ」

「身代わり? なんだか、すごいです」

「従弟なんだけどね。今日までに何度か一緒に練習を重ねてきたから完璧にこなしてくれるはずだよ」

 男の子は自信たっぷりです。すぐに見つかってしまうことはなさそうで、私は胸をなでおろします。

「お坊ちゃまは家人に隠れ、留守の身代わりまでたてて一人でいらっしゃったのですか?」

「ああ。これなら秘密を守って遊んで、こっそり屋敷にもどることがきるだろ」

 ジルが眉をひそめました。男の子とは遊びたいけれど、私はどうしたらよいのでしょう。
 突然のことで不安と期待ふたつの気持ちで心がゆらゆらします。男の子ととジルを交互に伺うしかできません。
 そんな私の背を困った顔を振り払って笑顔でジルは優しく一つ撫でてくださりました。

「わかりました。今はお二人ご一緒にお過ごしいただくのが一番かと存じます。身元を明かされないこと、目の届くところにいることを約束して遊んでください」

 ジルの言葉に男の子は満足そうに頷くとお日様のような笑顔で木登りを教えてあげると私の手を引きます。
 初めて木に登ることをつげると、木の登り方をやさしく説明してくれます。教えられたとおり僅かな木の膨らみに手をかけて頑張るのですが、なかなかうまくいきません。

「難しいです…。」

「女の子だし、力がなさそうだから大変かな」

 男の子は少し考えて、先に一番低い枝に登ると、私に向かって手を伸ばします。

「僕の手までなんとかならないかな? 引っぱってあげるよ」

「はい! 頑張ります」

 悪戦苦闘しながら男の子に引き上げていただき、最初の枝にようやく登ることができました。そこからもう一つ上の枝にそろりそろりと手を伸ばします。やはり、うまく上がることができずに男の子が先に登って引き上げてくださります。
 まだ二枝ですが、視界がとても高くなりなんだか気持ちがよいです。
 木の下でジルが左手をくるりと回す仕草をするのが見えました。何かの魔法を使ったようです。手を開くと中から透き通る蝶が現れます。蝶に向かってジルが何かを告げると、ほんのり蝶が瞬きました。
 隣にいる男の子が鋭い声をあげます。

「やめろ! 伝達魔法の使用は許可しない。すぐに解け!」

「お坊ちゃまはよくお勉強されておりますね。伝達魔法をご存知でしたか」

「どこに連絡をするつもりだ?」

「私の主に。お坊ちゃまの事を詮索するような内容ではございませんので、ご安心ください」

 笑顔でそう言って、ジルは蝶を空に放ちました。蝶の形をした魔法は驚くほど早く空をかけていきます。

「僕は伝達魔法を許可しないと言ったはずだぞ」

 男の子から厳しい声がジルに向けられています。

「ジ…私の従者の行動は間違ってないと思うのです」 

 どうしてジルはあんなに困っていたのだろう? 男の子と遊んでいる間も引っかかっておりました。
 私なりに出した答えは間違っているかもしれません。それでも勇気を出して言葉を続けます。

「私もあなたも貴族です。何かあれば大きな問題になってしまうかもしれません」

「それは秘密にしておけば大丈夫だと言っただろ」

 男の子は遮るように返します。ここで怯んではなりません。ちゃんと伝えるのです。

「あなたが帰りに一人の時に転んで怪我をしたら? 道に迷ったら? おうちに帰れなくなったら?」

「僕はそんな間抜けなまねはしないよ」

「絶対に? 絶対、絶対、絶対ですか?」

 男の子の瞳をお母様が私に大切なことを教えて下さる時を真似して間近でじっとのぞき込みます。
 しつこく絶対と言い募ってしまったことを怒っているのか男の子の頬が少し赤くまりました。

「……絶対にないはずだ」

「はず……ではだめなのです。一人でいる時にあなたに何かあり公になるのであれば、その時はわたし少しでも力になれるように名乗り出るかもしれません」

 男の子は口を膨らませて不満そうな顔をします。

「名乗り出なくていい。口を閉じて気にせずに君は自分の秘密だけ守れ」

 口をつぐみ気にかけなければよい秘密を守るのは簡単です。男の子は私のためにそれをすすめてくれているのでしょう。そして、私はそうしなくてはならないのかもしれません。
 でも、その時どんな気持ちになるでしょうか? 
 少年の裾をそっとつかみます。一緒に遊んで、今こんなに近くにいるんです。何かあったときに、口を閉じて見ないふりはとても悲しくて辛いと思います。

「そんな顔するな」

 男の子は慌てて、私の頭を撫でます。ちゃんと私のことを心配してくださる。私だって男の子ことを心配するのです。

「決まりを破ったことが公になればお家はどうなりますか? 他の貴族の方から意地悪なことをたくさん家族が言われてしまいませんか? 何か罰を受けるかもしれない。
 だから、秘密のままにするべきなのでしょう。でも、私は貴方が心配できっととても苦しいです。
 私のおじいさまで従者の主は、何かあれば従者をたよれと申しました。それは私たちに最善の行動をとってくださる存在だからではないですか?」

「……」

 男の子はジルをみた。ジルは穏やかな笑顔で小さく微笑みます。

「従者は私たちにとっての最善の行動をとってくださっていると私は信じます。
 それに、あなたや私はお父様、お母様にすごく怒られるだけですが、ジ……わたしの従者や、あなたの使用人たちはわたしたちを守れかったらたくさん責められると思います。」

「周りの者が責められる……」

 男の子は顔を歪めた。身代わりとして残してきた従弟に迷惑がかかる事態になることを思ったのかもしれない。彼のためにそのような役を引き受けるのだからとても仲が良いのだと思う。

「はい。私たちの周りの者は貴族の子供である私たちを守る責任があります。私たちは貴族の子としての無事に守られる責任があるのではないでしょうか?」

 短い沈黙の後、男の子は天使のような笑顔になって私の両手を握ります。

「…わかった。彼らは僕たちを守るための責任を全うするために行動していると信じよう。そして、僕も守られる責任を果たそう」

 男の子の言葉に、ジルは眩し気に目を細めました。。私も同じ表情をしていると思いです。決断した時の男の子の笑顔は本当に晴れやかでとても眩しかったのです。

「お坊ちゃま、先ほど主にはお嬢様がお迎えを希望していることにして、仕事が終わったらご連絡をくださるようお願い致しました。主とお嬢様が一緒になられた後、わたしが安全なところまでお見送りさせていただきます。」

「よろしく頼む」

「かしこまいました。主にお嬢様をお引き渡しする間は近くの茂みに隠れていただけますか?お坊ちゃまのことは、お嬢様に懐いた子だぬきを森にわたしが返しに行くということにでもしておきましょう。よろしくお願いたします」

「う……、子だぬきか。」

 男の子は不満げな顔で渋々うなずきます。ジルは少し意地悪そうな笑顔で「子狸の振りをおねがいします」と繰り返します。私は思わず声を出して笑ってしまいました。男の子は複雑そうな顔をしましたが、すぐに子狸らしく茂みで完璧な音をたててみせると言って一緒に笑いだしました。

 その後は木から降りられなくて半泣きでジルの魔法で降ろしてもらう失敗はありましたが、男の子とたくさん遊んで楽しいことばかりでした。
 お日様が頭の上を少し通りすぎてお腹が空き始めたころ、おじいさまから仕事が終わったので迎えにくると真っ白な鼠の形をした伝達魔法で返信がありました。

 男の子と手をつないで帰ります。お腹がすいてますが、帰りたくありません。できるだけゆっくり歩きます。男の子も同じ気持ちのようで、理由をつけて立ち止まったりします。そんな私たちをジルは苦笑しながら促します。
 おじい様は庭園の入口まで迎えにくるというので、少し手前のアーチがある生垣のところに男の子は隠れることになりました。

「僕は君を忘れないから。また会おう」

「お約束ですね。必ずまた遊びましょう」

 今日あったばかりなのに、別れるのがとても悲しくて泣きそうです。初めてのお友達です。

「泣くな」

「は…はいぃ…」

 怒ったような顔で少年は、ポケットから何かを取り出し、私の手に握らせます。

「僕が必ず10歳になったら、君を迎えにいく。だからそれまで預かっていて」

 小指サイズの小さな猫の置物です。男の子の瞳と同じ青い色をしています。
 預かっていつか返す、それは言葉だけの約束より確かな気がしてほんの少し寂しい気持ちが消えます。

 「いつか必ず」

 「いつか必ずですね」

 男の子と少し離れると庭園の入口が見えて手を振るおじい様が見えました。
 本当は振り返ってはいけなかったのに、私は男の子をもう一度見ます。生垣からほんの少し顔を覗かせてくしゃりと顔を歪めると頬を袖で乱暴にぬぐいました。初めての友達が泣いているのは胸がぎゅっと痛くて、何かせずにはいられません。

「ジル、待ってください。ハンカチを……」

 踵を返した一瞬、私は道の僅かな窪みに足を引っかけて顔から転倒してしまいました。
 気づいた時には目の前に石が見え、鋭い痛みに頭の中がぐらりと揺れます。生温かいものが額から溢れて地面にぽたりと音をたてて落ちるのが見えました。泣きながら顔を上げると視界の端に男の子がこちらに駆け寄るのが見えます。秘密にしなくては、そう思って私は慌てて叫びました。

「だめです! 子狸さんは一緒にお家にかえるのです!! お家にかえるまでがエンソクなのです!」

 その言葉に男の子は足を止めてくれました。私はほっと安心します。もう大丈夫。
 でも、エンソクってなんでしょう? 痛みの中で自分の言葉を不思議に思った途端、私の目の前はまっくらになりました。
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