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序章
狸なお父様 キャロル8歳
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翌日。私は朝食前にお父様の書斎に駆け込み、王都の地図を探す。かなり古いもので、内容も簡素なものしか見つからない。仕方ないので、それを持ってダイニングに向かう。
「お母様。教えてください」
昨夜の事を何も感じさせない穏やかな笑顔で私を招いてくれる。何かが好転したわけではないけど、お母様が笑ってそこにいてくれることに安堵した。お母様の前に地図を広げる。
「おうちはどこですか?」
「ご飯を食べる前に忙しいこと。ここですよ」
お母様が地図の一点を指す。慌ててダイニングに据え置かれた羽ペンで印をつける。
「おじいさまのおうちはどこですか?」
お母様が指をさす。印をつける。
「お城はどこですか?」
お城の場所にも印をつける。お城と我が家の距離は、おじい様のお家の距離のおよそ半分だ。
「お城より、おじい様のおうちの方が遠いのですね」
「そうね。馬車で一刻前はかかるかしら」
一刻はこの世界での二時間。一刻前で三十分、一刻中で一時間、一刻後は一時間半。前世と比べて時計はそこまで普及していないし、時間も大まかだ。
秘密の場所までは体感だけど三十分以上はかかっていた。お城がおじい様のお家の半分の距離なら、一周しても、我が家からは三十分をこえることはないと思う。男の子、アレックス王子と出会ったのはお城の敷地の中、または隣接した場所だと思っていたけどあてが外れてがっかりする。
「それにしても、随分古い地図だこと。新しい地図を買ってあげましょうか?」
「嬉しいです、お母様!できるだけ詳しいのが良いです」
新しい詳細な地図が手に入ればまた違った発見があるかもしれない。とりあえず、秘密の場所とアレックス王子への確信は後回しだ。
「おはよう、私の天使と女神」
お父様がダイニングに入ってくる。さっそく私を抱える。最近はお願いを叶えてくれない件でつれない態度を心がけていたけれど、今日はお父様に思いっきり甘える。お母様を元気づけてくれたご褒美です。
「今朝は何をしているのかな?」
「地図を見ているのです」
「ねぇ、レオナール。帰りにキャロルに地図と何か新しい本を買ってきてあげてほしいの」
「喜んで。私の美しい女神さまの仰せの通りに致しましょう」
お父様がおどけて言って、お母様の指先にキスをする。そして、私の頬にもキスをして、お土産をお楽しみにと囁いてくれた。期待してます! お父様。
朝食を家族で済ませ、お父様を送り出す。
お母様はお昼までは予定はないからと、本邸に行くのは午後にし剣の稽古をつけてくれることになった。
昨日頂いた稽古着に着替えて、お母様の見ている前で受け身と素振りの特訓を始める。
素振りの方は初めての事なのであまり上手くいかない。ふらふらしてしまう。でも、受け身の方はかなり良い感じだと思う。前世で元械体操部だった経験が生きてる。
「キャロルは身が軽いのね。それだけ動けるのなら、練習を重ねたら私の剣筋がよくなじむと思うわ」
「お母様の剣筋ですか?」
「ええ。速さを重視しして手数を多く。お兄様には卑怯だと文句は言われましたけど、勝てばいいのです」
お母様はご機嫌で答えると、おじいさまの荷物から一番大きなものを取り出す。一般的に流通している騎士の剣と同じ型だという。お母様がドレスのまま剣を構える。
「アリア、その当たりの枝を折って投げてちょうだい」
その声に答えて手近な枝を折ると侍女のアリアがお母様に向かって投げた。風を切る音と共に枝が真ん中から二つに切断されて地面に落ちる。
「お母様、すごいです!」
次はこちらとお母様が取り出したのは、おじい様が作った細身の剣。同じようにアリアが枝を投げると、きれいに等間隔で枝は三つに切断されて落ちた。
「やっぱり少し腕が落ちてまっているわ」
「お母様、かっこいいです! 私もできるようになりますか?」
「もちろんよ。たくさん一緒に練習しましょうね。そうしたら、二本使えるにもなりますからね」
さりげなくお母様が難しい目標を織り込んでくる。お母様の熱の入り方、お父様が剣に取られると心配したのもよくわかる。
たくさん二人で汗をかく。これから時間のある時はできるだけ、一緒に練習の時間をとると約束してくれた。その時のお母様の目がとても優しくて愛情に満ちていたのに寂しげなのは、きっと昨日の会話のせいだ。私はそう思うことにする。いつかくる別れを知って今を慈しむ目ではないと私は願う。
午後になりお母様を送り出すと、私はお父様の書斎に向かった。
今日は気分転換に書庫の隣にあるお父様の書斎で読書することをマリーゼに伝える。気分転換はもちろん嘘。アングラード家に関する情報を探すためだ。
昨日のマリーゼの回答から、私にアングラード家の情報は入らないように使用人たちはお父様に言い含められている可能性が高いと思う。それならば、お父様の書斎を探るしかない。後ろめいたとは思うけど、お母様を救う為に私には情報が必要だ。
お父様の書斎は、重要な役職に就く人間が使う割には秘密めいた雰囲気がない。引き出しに鍵もつけていない。書棚に並ぶ本は一般に流通していそうなものばかり並んでいるようなので、机の引き出しを開けていくことにする。驚いたことに、いきなり仕事に関する書類が入っていた。
「お父様、管理が甘いですわ」
これは遠回しに一度注意しなくてはいけないと思う。泥棒に入られたら大変だ。
一番上の引き出しに入った仕事の書類を出して読んでいく。次の人事に関するもので、たくさんの貴族の名前がならんでいる。中にはアングラードの名前がいくつか見つかる。まだ見ぬ親類はやはり存在するようだ。何かに仕えるかもしれないから、その名前と部署をしっかりと覚える。
他にも、これから検討されるものなのか王都の治安の悪い地区の警備に関する書類、どこかの領地の冠水工事の計画書があった。今は時間も少ないので中は詳しく読まずに丁寧にもとあったように書類を戻す。
仕事の引き出しを閉じると次の引き出しを開ける。お母様の肖像画と私の肖像画が出てきた。書斎で仕事の合間に肖像画を眺めるお父様が容易く想像できた。次の引き出しにいくと、お菓子が出てくる。これは口に入れたい衝動をぐっと抑えて引き出しを閉じる。
最後の引き出しを開けようとしたところで、絨毯の上に小さな糸が3本落ちているのを見つけて私は呟いた。
「あの、狸お父様!」
我が家の使用人は優秀なのだ。当主であるお父様の部屋にはっきり糸くずを残すなんて考えられない。だとすれば、この糸はお父様が仕掛けたもの。
よく見れば三本の糸はそれぞれ長さが微妙に違う。誰かが侵入して勝手に机を開ければ糸くずが落ちる。長さでどの引き出しが開けられたのかがわかるようにしてあるのだと思う。
こんな仕掛けをしているのだから、先ほどの書類の真偽か怪しい。でも、貴族の名は偽ればすぐに偽書類と分かっていしまうから、名前だけは実名のはずだろう。先ほど記載された親類が王都にちゃんと存在するのは確かだ。
してやられた事にもやもやした気分で、糸くずを拾い集めようとして手を止める。最後の引き出しを注意深く確認して、糸を元に戻す選択肢もあるけれど、あの狸なお父様が簡単に見つかるような仕掛けをするわけがない。ああ、本当にお父様は狸です!
少し考えてから、やはり最後の引き出しを開ける。出てきたのは手紙だ。それも私がうんと小さいころに書いたもの。ぐちゃぐちゃなお父様の顔や間違いだらけのお手紙。
「まだ、残してらっしゃったのですね……」
懐かしい気持ちで何枚かの中身を確認して戻す。2段目の私と母の肖像画の引き出しも開ける。こちらも一度出して配置を変えてから戻す。3段目の引き出しのお菓子は、美味しそうなものを何個か食べる。美味しくて、思わずご機嫌が回復する。包装紙は丁寧に引き出しの下の方に隠しておいた。とりあえず、私の方の逃げ道の確保は完了だ。
これ以上はできることがないので、書棚を大人しく眺めいくつかの本に目を止める。「魔物の出現とひずみの関係」「騎士と行商のワンデリア紀行」「各領地における作物の栽培と収穫」「毒物辞典」「魔力・魔法論」。子供向けの本の多い書庫ではお目にかかれない本が見つかる。お父様、お母様が帰ってくるまでそれらの本を読むことにした。
夕方になりお母様が先に帰宅したので、本を片付けてダイニングでお父様の書斎で本を読んでいたことを報告をしているとお父様が帰宅された。いつもはすぐに顔を出すのに、今日は一度お部屋にもどられたようでなかなかこない。
「ただいま、私の天使と女神。遅れて、すまなかった」
ようやく降りてきたお父様の後ろでは、従者クレイが大きな荷物を抱えている。お土産、万歳!
恭しくお父様がソファーに座るお母様と私の前に膝をついた。まずは私の手を取って両手で包む。
「可愛い私の天使に約束の贈り物を」
クレイが恭しく荷物を私の前に並べてくれる。お父様にお礼を言って早速中身を開封していく。新しい地図に複数の辞書、上級向けの各場面に合わせたマナー書、挿絵の美しい絵本が数冊、少し難しめの読み物のシリーズ、ワンデリアを題材にした本もいくつか入っている。私の年齢向けでは難しい内容だけど、書庫の本を読みつくした私には程良い難易度の本ばかりだ。
喜ぶ私の様子に満足そうにお父様は目を細める。それからお母様の手を取って口づけた。
「私の美しい女神さま。あなたの願いには応えらえたでしょうか?」
「ええ、レオナール。キャロルが嬉しそうで私とっても嬉しいですわ」
「それは恐悦至極。私からあなたへこちらを受け取っていただけますか?」
そう言って上着からお母様に小さな包みを差し出す。中にはお母様の髪の色と同じ銀の繊細なデザインのネックレスが見えた。きっとこれを仕込むのに一度お部屋にもどられたのだ。お父様はこういった演出を好む。
「まぁ、素敵。つけてくださる?」
「喜んで」
お母様が髪をそっと上げると、お父様が首筋に両手を回してネックレスをつける。そのまま寄せた唇でお母様の耳元でそっと何かを呟いて軽い音を立ててキスをする。ネックレスをつけるのに十分な時間が経っているのに、お父様は真っ赤になったお母様の首筋に手を回したままくすくすと笑いながら髪に額にこっそりキスを落とす。私、見てませんからごゆっくりどうぞ!
新しい地図を開くと古い地図とは違い、シンボルとなる建物や地形がしっかり記されている。地図を照らし合わせて、我が家とおじい様の家を書き込んでいく。我が家を起点おじい様の家までの直線を1.5倍にした長さの円周を指でなぞる。
「あった……」
なぞっていった指の先にはマールブランシュ王家離宮を擁する丘が存在していた。王家の離宮に住む少年。それは王家に類するもの。少年が誰であった確定する。あの日あった少年の笑顔とゲームの中のスチルが重なって、急にどきどきしてしまう。
「キャロル、そろそろ夕食にしよう」
二人の世界を終えた、お父様が私に声をかける。どきどきを振り払うと、私は用意していたシナリオ通りに顔を歪めた。
「お父様! ごめんなさい。私、お父様の書斎でお菓子を食べてしまいましたの」
お父様の腰に抱き着いて肩を震わす。涙が出るように頑張って悲しいことを思い浮かべるけど、なかなか難しい。
「キャロルはお父様の書斎にはいって引き出しを開けてしまったのかい?」
気づいてるくせに、お父様は今知ったかのように驚いて見せる。私も、演技を続ける。
「はい。書庫の本は読みつくして飽きてしまったので、気分を変えてお父様の机で本を読もうと思って……。たくさん引き出しがあったからこっそり開けたらたくさんおいしそうなお菓子があったの。面白くなって他の引き出しも開けてしまいした。本当にごめんなさい、お父様」
「気にしなくていいよ。たいしたものは殆ど入っていないから」
「でも、お仕事につかうような難しい文章もありましたの。私悪いことをしたって思って……。あと、私とお母様の肖像画と、私のお手紙を大切にとっていてくれて、ありがとうございます。うれしかったのです」
ぎゅうっとお父様に抱きつく手に力を籠める。本当に肖像画とお手紙を見つけた時はとても嬉しかった。そう思ったら、なんだか急に本当に悪いことをした気分になって涙が出てくる。気が付けば、わんわん大泣きをしてお父様のお膝の上で頭を撫でてもらっていた。久しぶりに8歳の本能が全開になりました。
「キャロル、落ち着いた?」
「はぅう、落ち着きましたです」
「ふふ。まだまだだが、キャロルは私に本当によく似ているねぇ」
お父様の言葉に私は口を膨らませる。何を指すのか分からないけどお父様に似てるのは納得いかない。私はお母様似がいい。膨らませた頬をお父様が笑いながらつつく。
「ごめんね、キャロル。お願いされた勉強の先生はふさわしい人が見つからないんだ」
「大丈夫です。新しい本をいっぱいいただきました」
珍しく、真摯な顔でお父様が私に謝罪する。お父様に言われなくても、お願いは取り下げるつもりだった。
「どうしてワンデリアに興味をもったのかな?」
私は答えに戸惑う。まさか没落してその地にとばされるかもしらないから保険になんて言えない。
「先生を見つけられないかわりに。私がキャロルに課題を出そう。9歳のお誕生日までに今できる方法でワンデリアについて自分で調べてみなさい。そして、何かしたいことや気になることがあるのなら提案してごらん。これは、とても勉強になると思うよ」
お父様は楽しそうにそういった。それでは、二つのお願いの同時却下だ。不服を唱えようとする私にお父様が魔法の言葉を唱える
「素晴らしい結果がでたら。キャロルがとても驚くような今まで一番すごい贈り物をしよう!」
「私やりますわ!」
「お母様。教えてください」
昨夜の事を何も感じさせない穏やかな笑顔で私を招いてくれる。何かが好転したわけではないけど、お母様が笑ってそこにいてくれることに安堵した。お母様の前に地図を広げる。
「おうちはどこですか?」
「ご飯を食べる前に忙しいこと。ここですよ」
お母様が地図の一点を指す。慌ててダイニングに据え置かれた羽ペンで印をつける。
「おじいさまのおうちはどこですか?」
お母様が指をさす。印をつける。
「お城はどこですか?」
お城の場所にも印をつける。お城と我が家の距離は、おじい様のお家の距離のおよそ半分だ。
「お城より、おじい様のおうちの方が遠いのですね」
「そうね。馬車で一刻前はかかるかしら」
一刻はこの世界での二時間。一刻前で三十分、一刻中で一時間、一刻後は一時間半。前世と比べて時計はそこまで普及していないし、時間も大まかだ。
秘密の場所までは体感だけど三十分以上はかかっていた。お城がおじい様のお家の半分の距離なら、一周しても、我が家からは三十分をこえることはないと思う。男の子、アレックス王子と出会ったのはお城の敷地の中、または隣接した場所だと思っていたけどあてが外れてがっかりする。
「それにしても、随分古い地図だこと。新しい地図を買ってあげましょうか?」
「嬉しいです、お母様!できるだけ詳しいのが良いです」
新しい詳細な地図が手に入ればまた違った発見があるかもしれない。とりあえず、秘密の場所とアレックス王子への確信は後回しだ。
「おはよう、私の天使と女神」
お父様がダイニングに入ってくる。さっそく私を抱える。最近はお願いを叶えてくれない件でつれない態度を心がけていたけれど、今日はお父様に思いっきり甘える。お母様を元気づけてくれたご褒美です。
「今朝は何をしているのかな?」
「地図を見ているのです」
「ねぇ、レオナール。帰りにキャロルに地図と何か新しい本を買ってきてあげてほしいの」
「喜んで。私の美しい女神さまの仰せの通りに致しましょう」
お父様がおどけて言って、お母様の指先にキスをする。そして、私の頬にもキスをして、お土産をお楽しみにと囁いてくれた。期待してます! お父様。
朝食を家族で済ませ、お父様を送り出す。
お母様はお昼までは予定はないからと、本邸に行くのは午後にし剣の稽古をつけてくれることになった。
昨日頂いた稽古着に着替えて、お母様の見ている前で受け身と素振りの特訓を始める。
素振りの方は初めての事なのであまり上手くいかない。ふらふらしてしまう。でも、受け身の方はかなり良い感じだと思う。前世で元械体操部だった経験が生きてる。
「キャロルは身が軽いのね。それだけ動けるのなら、練習を重ねたら私の剣筋がよくなじむと思うわ」
「お母様の剣筋ですか?」
「ええ。速さを重視しして手数を多く。お兄様には卑怯だと文句は言われましたけど、勝てばいいのです」
お母様はご機嫌で答えると、おじいさまの荷物から一番大きなものを取り出す。一般的に流通している騎士の剣と同じ型だという。お母様がドレスのまま剣を構える。
「アリア、その当たりの枝を折って投げてちょうだい」
その声に答えて手近な枝を折ると侍女のアリアがお母様に向かって投げた。風を切る音と共に枝が真ん中から二つに切断されて地面に落ちる。
「お母様、すごいです!」
次はこちらとお母様が取り出したのは、おじい様が作った細身の剣。同じようにアリアが枝を投げると、きれいに等間隔で枝は三つに切断されて落ちた。
「やっぱり少し腕が落ちてまっているわ」
「お母様、かっこいいです! 私もできるようになりますか?」
「もちろんよ。たくさん一緒に練習しましょうね。そうしたら、二本使えるにもなりますからね」
さりげなくお母様が難しい目標を織り込んでくる。お母様の熱の入り方、お父様が剣に取られると心配したのもよくわかる。
たくさん二人で汗をかく。これから時間のある時はできるだけ、一緒に練習の時間をとると約束してくれた。その時のお母様の目がとても優しくて愛情に満ちていたのに寂しげなのは、きっと昨日の会話のせいだ。私はそう思うことにする。いつかくる別れを知って今を慈しむ目ではないと私は願う。
午後になりお母様を送り出すと、私はお父様の書斎に向かった。
今日は気分転換に書庫の隣にあるお父様の書斎で読書することをマリーゼに伝える。気分転換はもちろん嘘。アングラード家に関する情報を探すためだ。
昨日のマリーゼの回答から、私にアングラード家の情報は入らないように使用人たちはお父様に言い含められている可能性が高いと思う。それならば、お父様の書斎を探るしかない。後ろめいたとは思うけど、お母様を救う為に私には情報が必要だ。
お父様の書斎は、重要な役職に就く人間が使う割には秘密めいた雰囲気がない。引き出しに鍵もつけていない。書棚に並ぶ本は一般に流通していそうなものばかり並んでいるようなので、机の引き出しを開けていくことにする。驚いたことに、いきなり仕事に関する書類が入っていた。
「お父様、管理が甘いですわ」
これは遠回しに一度注意しなくてはいけないと思う。泥棒に入られたら大変だ。
一番上の引き出しに入った仕事の書類を出して読んでいく。次の人事に関するもので、たくさんの貴族の名前がならんでいる。中にはアングラードの名前がいくつか見つかる。まだ見ぬ親類はやはり存在するようだ。何かに仕えるかもしれないから、その名前と部署をしっかりと覚える。
他にも、これから検討されるものなのか王都の治安の悪い地区の警備に関する書類、どこかの領地の冠水工事の計画書があった。今は時間も少ないので中は詳しく読まずに丁寧にもとあったように書類を戻す。
仕事の引き出しを閉じると次の引き出しを開ける。お母様の肖像画と私の肖像画が出てきた。書斎で仕事の合間に肖像画を眺めるお父様が容易く想像できた。次の引き出しにいくと、お菓子が出てくる。これは口に入れたい衝動をぐっと抑えて引き出しを閉じる。
最後の引き出しを開けようとしたところで、絨毯の上に小さな糸が3本落ちているのを見つけて私は呟いた。
「あの、狸お父様!」
我が家の使用人は優秀なのだ。当主であるお父様の部屋にはっきり糸くずを残すなんて考えられない。だとすれば、この糸はお父様が仕掛けたもの。
よく見れば三本の糸はそれぞれ長さが微妙に違う。誰かが侵入して勝手に机を開ければ糸くずが落ちる。長さでどの引き出しが開けられたのかがわかるようにしてあるのだと思う。
こんな仕掛けをしているのだから、先ほどの書類の真偽か怪しい。でも、貴族の名は偽ればすぐに偽書類と分かっていしまうから、名前だけは実名のはずだろう。先ほど記載された親類が王都にちゃんと存在するのは確かだ。
してやられた事にもやもやした気分で、糸くずを拾い集めようとして手を止める。最後の引き出しを注意深く確認して、糸を元に戻す選択肢もあるけれど、あの狸なお父様が簡単に見つかるような仕掛けをするわけがない。ああ、本当にお父様は狸です!
少し考えてから、やはり最後の引き出しを開ける。出てきたのは手紙だ。それも私がうんと小さいころに書いたもの。ぐちゃぐちゃなお父様の顔や間違いだらけのお手紙。
「まだ、残してらっしゃったのですね……」
懐かしい気持ちで何枚かの中身を確認して戻す。2段目の私と母の肖像画の引き出しも開ける。こちらも一度出して配置を変えてから戻す。3段目の引き出しのお菓子は、美味しそうなものを何個か食べる。美味しくて、思わずご機嫌が回復する。包装紙は丁寧に引き出しの下の方に隠しておいた。とりあえず、私の方の逃げ道の確保は完了だ。
これ以上はできることがないので、書棚を大人しく眺めいくつかの本に目を止める。「魔物の出現とひずみの関係」「騎士と行商のワンデリア紀行」「各領地における作物の栽培と収穫」「毒物辞典」「魔力・魔法論」。子供向けの本の多い書庫ではお目にかかれない本が見つかる。お父様、お母様が帰ってくるまでそれらの本を読むことにした。
夕方になりお母様が先に帰宅したので、本を片付けてダイニングでお父様の書斎で本を読んでいたことを報告をしているとお父様が帰宅された。いつもはすぐに顔を出すのに、今日は一度お部屋にもどられたようでなかなかこない。
「ただいま、私の天使と女神。遅れて、すまなかった」
ようやく降りてきたお父様の後ろでは、従者クレイが大きな荷物を抱えている。お土産、万歳!
恭しくお父様がソファーに座るお母様と私の前に膝をついた。まずは私の手を取って両手で包む。
「可愛い私の天使に約束の贈り物を」
クレイが恭しく荷物を私の前に並べてくれる。お父様にお礼を言って早速中身を開封していく。新しい地図に複数の辞書、上級向けの各場面に合わせたマナー書、挿絵の美しい絵本が数冊、少し難しめの読み物のシリーズ、ワンデリアを題材にした本もいくつか入っている。私の年齢向けでは難しい内容だけど、書庫の本を読みつくした私には程良い難易度の本ばかりだ。
喜ぶ私の様子に満足そうにお父様は目を細める。それからお母様の手を取って口づけた。
「私の美しい女神さま。あなたの願いには応えらえたでしょうか?」
「ええ、レオナール。キャロルが嬉しそうで私とっても嬉しいですわ」
「それは恐悦至極。私からあなたへこちらを受け取っていただけますか?」
そう言って上着からお母様に小さな包みを差し出す。中にはお母様の髪の色と同じ銀の繊細なデザインのネックレスが見えた。きっとこれを仕込むのに一度お部屋にもどられたのだ。お父様はこういった演出を好む。
「まぁ、素敵。つけてくださる?」
「喜んで」
お母様が髪をそっと上げると、お父様が首筋に両手を回してネックレスをつける。そのまま寄せた唇でお母様の耳元でそっと何かを呟いて軽い音を立ててキスをする。ネックレスをつけるのに十分な時間が経っているのに、お父様は真っ赤になったお母様の首筋に手を回したままくすくすと笑いながら髪に額にこっそりキスを落とす。私、見てませんからごゆっくりどうぞ!
新しい地図を開くと古い地図とは違い、シンボルとなる建物や地形がしっかり記されている。地図を照らし合わせて、我が家とおじい様の家を書き込んでいく。我が家を起点おじい様の家までの直線を1.5倍にした長さの円周を指でなぞる。
「あった……」
なぞっていった指の先にはマールブランシュ王家離宮を擁する丘が存在していた。王家の離宮に住む少年。それは王家に類するもの。少年が誰であった確定する。あの日あった少年の笑顔とゲームの中のスチルが重なって、急にどきどきしてしまう。
「キャロル、そろそろ夕食にしよう」
二人の世界を終えた、お父様が私に声をかける。どきどきを振り払うと、私は用意していたシナリオ通りに顔を歪めた。
「お父様! ごめんなさい。私、お父様の書斎でお菓子を食べてしまいましたの」
お父様の腰に抱き着いて肩を震わす。涙が出るように頑張って悲しいことを思い浮かべるけど、なかなか難しい。
「キャロルはお父様の書斎にはいって引き出しを開けてしまったのかい?」
気づいてるくせに、お父様は今知ったかのように驚いて見せる。私も、演技を続ける。
「はい。書庫の本は読みつくして飽きてしまったので、気分を変えてお父様の机で本を読もうと思って……。たくさん引き出しがあったからこっそり開けたらたくさんおいしそうなお菓子があったの。面白くなって他の引き出しも開けてしまいした。本当にごめんなさい、お父様」
「気にしなくていいよ。たいしたものは殆ど入っていないから」
「でも、お仕事につかうような難しい文章もありましたの。私悪いことをしたって思って……。あと、私とお母様の肖像画と、私のお手紙を大切にとっていてくれて、ありがとうございます。うれしかったのです」
ぎゅうっとお父様に抱きつく手に力を籠める。本当に肖像画とお手紙を見つけた時はとても嬉しかった。そう思ったら、なんだか急に本当に悪いことをした気分になって涙が出てくる。気が付けば、わんわん大泣きをしてお父様のお膝の上で頭を撫でてもらっていた。久しぶりに8歳の本能が全開になりました。
「キャロル、落ち着いた?」
「はぅう、落ち着きましたです」
「ふふ。まだまだだが、キャロルは私に本当によく似ているねぇ」
お父様の言葉に私は口を膨らませる。何を指すのか分からないけどお父様に似てるのは納得いかない。私はお母様似がいい。膨らませた頬をお父様が笑いながらつつく。
「ごめんね、キャロル。お願いされた勉強の先生はふさわしい人が見つからないんだ」
「大丈夫です。新しい本をいっぱいいただきました」
珍しく、真摯な顔でお父様が私に謝罪する。お父様に言われなくても、お願いは取り下げるつもりだった。
「どうしてワンデリアに興味をもったのかな?」
私は答えに戸惑う。まさか没落してその地にとばされるかもしらないから保険になんて言えない。
「先生を見つけられないかわりに。私がキャロルに課題を出そう。9歳のお誕生日までに今できる方法でワンデリアについて自分で調べてみなさい。そして、何かしたいことや気になることがあるのなら提案してごらん。これは、とても勉強になると思うよ」
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婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
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