悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります

立風花

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序章

誓約 キャロル9歳

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 書斎ではお父様が私のレポートを読んで待っていてくれた。

「ジル、キャロルにいろいろ案内してもらえたかい?」

「はい。旦那様お時間を頂きありがとうございました」

 そう応えて一礼すると、私とお父様の会話の妨げにならないように扉の隣にそっと移動した。反対にはお父様の従者のクレイが控えている。

「さて、キャロル。調べてみてどうだった?」

「とても難しかったです」

 私はワンデリアを住みやすく安全な土地にしたい。没落後も家族が仲良く安心して生活できて、行方不明なんかに決してならない土地。
 住みやすくする為にはも、土地を豊かしたい。では、何が必要か?
 長期目標、短期目標。現状と改善への道筋。
 ワンデリア領は複数の有力貴族が分割して土地を収めている。魔物への対策費がかかり過ぎて、一つの家が背負うにはあまりにも重いからだ。
 領土を縦断する露出した地下渓谷が存在して、その底から魔物がわく。そのために多くはないが全ての領地で定期的に魔物が現れる。

「ワンデリアは我が家の領地の中では利益は出ないのに、魔物の討伐や対策費用ばかりかさんでいる。そのせいで領民も裕福とはいえない」

 アングラード家が負担する土地は岩山がほど近く、砕いて庭石として出荷するのが主な事業だ。単価は低いがたくさん採れるので一定の収益はあるが、その利益を超える魔物の討伐費と領民の家屋の修繕費等がかかっている。お父様の言う通り、裕福な他の領地が多いため比べると領民の生活の苦しさがは際立っている。

「キャロルの提案は村を新たに造り直すこと。採掘を計画的に行い、岩山をくりぬいて中に村を作る。」

「はい。岩の中に村があれば、襲撃の都度建物が壊されることはなくなるかと考えました。領民の建物は木材などが中心で決して強くありません。それなら岩の中をくりぬいて丸ごと村にしてしまえと思ったのです」

 イメージの元は前世で有名な地下都市と海外旅行のパンフレットで一度みただけの岩山ホテル。いづれもパンフレットに軽く掲載されているのを見ただけなので、傷をさわっても対した情報は呼び出せなかった。でも、しっかり調査して岩盤の強度を利用すれば、簡単に壊れない安全な住まいが確保できるのではないかと思っている。

「それで、抑えた修繕費は職人の誘致に使いたいか……。石を使った宝飾デザイナーの育成、石造の彫刻家の育成ねぇ」

 ワンデリアの石は庭石になる、我が家の庭にもひかれている。とても硬い石。比べてみるとジルにもらったジュエリーケースは前世で展示されていた象牙の質感に近いので少し異なる。庭師のパスカルに聞いてみたら、同じワンデリアの石だけれど、種類が違うらしい。庭石に使われる硬い石を採掘すると出てくるもので庭石にすると割れてしまう柔らかい材質のため、屑石として捨てられる。
 前世の象牙も他の石よりも湿度があり柔らかいのを活かして、繊細な加工品が昔たくさん作られていた。同じようにこの石で加工品を作ることができれば、新しいワンデリアの売り物になるのではと期待している。

「今、屑石で捨てられている石はとても加工に適している可能性があります。実際、庭師のパスカルに庭石に混じったかけらを頂きました。私では上手にできなかったのですが……とても削りやすく、質感もよかったです。ジルに以前頂いたジュエリーケースも同じ素材ですが、本当に加工がきれいです。あと、先ほどお父様達から頂いたペンを作るのにも向いているのかなってと思いつきました。なので、ペンの工房も追加です」

 お父様と私は課題の内容について話していく。荒唐無稽と笑われるかもしれないと思った部分もあったけど、公になっていない身で得られる情報が少ない中、よく頑張っているというお褒めの言葉をもらえた。

「では、私のキャロルに約束のご褒美だ! 今からワンデリアを見せてあげよう!!」

 私は思いっきり顔を歪めて見せる。ワンデリアには行きたい。でも、今は何刻だかお父様はわかっているのか? 種の刻、前世でいうところの二十時だ。私まだ九歳ですよ!

「行くなら昼間が良いです!眠いのです!!」

「あー。それは我慢してほしいな。キャロルはまだ公になってないから昼間は人目につく。明日私も仕事だし、あんまり魔力を消費したくないんだ」

 お仕事の都合というのは不服だけど、魔力と言う言葉にはむくむくと好奇心が湧いてくる。魔法を見るのは一年前にジルがアレックス王子に使った時以来だ。
 私は両手を上げて、抱っこを要求する。今日はもう疲れたから歩かない。お父様がくすくす笑って、その前にと言ってジルの方を向く。

「ジル、ここからは我が家の秘密の一部になる。従者として本当に付き従う覚悟があるならばキャロルに誓約を」

「畏まりました、旦那様」

「では、キャロル。ジルとの間に誓約を結んでもらう。これは、従者を主が縛る。従者が主に害をなせば、誓約の力で従者に罰が下る。罰は主が従者から受けた傷みの倍に準じ、死に至ることもある」

「なんですか、それ! 私のせいでジルが死ぬかもしれない可能性があるのは嫌です!」

 私は、即座に叫ぶ。この時点で誓約を求めるということは、ワンデリアに向かう方法に私と誓約をしなければジルが行動を共にできない理由があるのだろう。でも、私に害をなすことでジルが死に至る可能性があるということがとても怖い。もちろんジルが私に悪意を持って害をなすとは思わない。ただ、受け入れるには言葉の意味は重い。

「キャロル様、私が貴方様に害をなすようなことはありません。信じていただけませんか?」

「だめです。私はジルのことがとても気に入っています。大好きです。信じています。でも、まだジルも私もお互いを深く知っていないのに、ジルに命をかけさせる誓約を結ぶことはできません」

 ジルは、虚を突かれた顔をしてから唇を噛む。そして瞬きの一瞬だけ口元に微笑みを浮かべてから、悲しい顔になった。

「キャロル様は、貴方は私にとってとても大切な方です。たった一日の出会いで、貴方の従者になろうと思えた理由が私にはございます。それは、もう少しキャロル様が大きくなったら必ずお話しします。私は貴方の側にずっとありたい。どうか誓約をお許しください」

 縋りつくような眼差しでジルが跪いて私のドレスの裾に口づける。どうしたらいいの? 

「来年には公になる以上、必ず従者は必要だ。他の貴族の子も誓約をかけた従者をつれてくる。同じ従者であっても誓約をしているか誓約をしていないかで連れていける場所に違いがでる。キャロルは同じだからという心持で納得できないだろうが、私は好条件が揃っているジルには誓約した従者として常にお前の側につかえさせたい。自分自身を守るためにも、誓約をしなさい」

 今のお父様の言葉は父として当主としての言葉だ。守られる側の責任それは一年前に気づいたこと。ジルが従者として私に仕える以上、私の身を守ることは再優先される。私が傷つけば必ず罰を受ける。ならば、誓約をしできる限り私の側で守ってもらえる条件を整えるのは私の役目でもある。私は拳を握りしめた。

「わかりました。ジル、誓約を」

 ジルがとても嬉しそうに笑ってくれた。その心からの笑顔にこの選択でよかったと励まされる気がして、ようやく力が抜ける。お父様が壁際に移動してから誓約の方法を説明する。

「これよりジルは魔力の印をキャロルに見せる。誓約の言葉の中で、印の名前をキャロルにだけ小さな声で伝える。とても大事な名前だからキャロルは他のものに漏らさないように。キャロルはその名をよんでから、わが身の内に入ることを許す、といって印に口づけを」

私にだけ見えるようにジルは執事服のシャツの前を外して左側に広げる。何かを呟くと。左胸の少し上、心臓のあたりに流線状の模様の上に蝶が描かれた印が薄い緑に輝いて浮かぶ。

「え?!」

 私は慌ててお父様を見る。お父様はなんとも複雑そうに顔を歪めて口を尖らせている。クレイは面白そうに笑っている……。印はジルの左胸、心臓の少し上辺りにある。ここに口づけをするのよね? 急に頭の中がぐるぐるしてきた。

「キャロルにも印があれば他の穏やかな方法もあるんだけど、まだ小さいからねぇ。この方法しかないんだよ」

 なんだかお父様の声がすさんでいる。ジルの肌に口づけをすると思うと、どんどん胸の鼓動が早くなるのがわかる。顔だって鏡を見なくても真っ赤なのがわかるぐらい熱い。私ワンデリアに行く前に倒れてしまいそうです。

「わが身の全てを貴方様に捧げる。御身を傷つけるいかなる剣も持たず。ただ盾になる許しを」

 そう言ってジルは、小声になって魔力の名前を囁く。ちゃんと聞き取れるか自信がなくなるぐらい、心臓の音が大きい。

「風紋を舞う優美な貴蝶」

 私はその名前を、小さな声で復唱してから、誓約を受け入れる言葉を唱える。

「風紋を舞う優美な貴蝶、わが身の内に入ることを許す」

 私はゆっくりとジルの胸に顔を寄せた、滑らかな肌の上に浮かぶ印の王冠を頂いた蝶は近くで見るとても美しい。その蝶に口づける。温かい肌に触れた唇から体の中に何か入り込む感覚。入り込んだ何かが体の中で圧縮されて小さく小さくなって、私の体の一部として身の内に残る。それから今度は私の中から何かがジルの印へ流れ込んだ。印から光が消える。ジルがとてもはっきり感じられる気がする。今になってジルもどきどきしているのがわかる。

「はい! 誓約終了!!」

 お父様が大きな声で手を叩いて宣言するので、私は慌ててジルの肌から唇をはなした。しばらく、ジルの顔をまっすぐに見れない気がする。
 乱暴に物音をたてて引き出しを開けて、お父様が私とお母様の肖像画をとりだす。肖像画の取り扱いだけは恭しいのは家族愛。

「さぁ、これが鍵だ。ねぇ、キャロル。気を隠すのは森の中が一番だっておもわないかい?」

 まさか、あのびっくり箱みたいな引き出しの肖像画が鍵だったなんて全然気づかなかった。お父様の得意げな笑顔を見てると、肖像画を大切にしてくれていたのを喜んでいたことを取り消したくなる。
 私とお母様の肖像画を壁にかけても何もおこらない。首を傾げてお父様を見れば、肖像画の間に手を置く。

「アングラードの闇よ。道をひらけ!」

 室内の空気が変わる。お父様の手の周囲の壁からモヤがわき出て、ぎゅうっと収束すると真っ暗な地下に続く通路が現れた。お父様が私を抱き上げて階段を下りる。クレイとジルが後に続いた。中に入ると入口が消えて代わりに魔法ランプが石レンガ造りの廊下を照らす。

「お父様、ここはどこに続いているんですか?」

「ここはアングラード家の本邸につながる隠し通路。知っているのは私とソレーヌ、クレイ。今日からキャロルとジルが加わる。使えるのもこの5人のみだ。ただし、クレイとジルは侍従の誓約をとけば使うことはできない」

 通路の途中の壁に扉がいくつか並んでいる。真ん中の扉以外は、先ほどの黒い靄が零れ出ていてとても怪しげだ。思わず抱えてくれているお父様の首に力を籠めた。

「真ん中の扉は私の本当の書斎だよ。ここなら安全だからね。誰かがこっそり引き出しを調べてお菓子を食べてしまう心配がない」

 絶対に、今度こちらの部屋にいたずらにしようと私は固く誓った。

「残り二つはゲートだ。遠く離れた領地と我が家を結ぶことができる。ただ、一人の移動にかなりの魔力を使うから頻繁うものではない。さあ、一番手前の扉がワンデリアへのゲートだ。私からのとっておきのご褒美だ!嬉しいかい、キャロル?」

 お父様が扉を開け放つと、真っ暗闇の靄が扉の向こうに広がっていた。

「全く嬉しくありません! 怖いです、お父様!」

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