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二章
ユーグ キャロル 12歳
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掴んだ手を振り払おうとするが、しっかり握られて離れない。頭から血が流れているのになんだか楽しそうな顔でユーグが見つめる。
「離して下さい!」
「教えてよ。君は誰? ノエルにそっくりだね」
「離して! 頭から血がだらだらと出ています!」
驚いた顔で手を離すと、手を当てて傷口の位置を確認する。血だらけになった手を見て、初めて気付いたように本当だね、驚く。自分の体なのだから好奇心より先に労わって欲しい。
「僕の荷物ってある?」
クララが奇妙なものを見る目つきで、手に持っていた荷物を放り投げる。ユーグは鞄を受け取ると小さな小瓶を取り出して一気に飲み干した。柔らかい光がユーグの体を包んで小さな傷からどんどん消えていく。傷の治りから、かなり高価の回復薬のようだ。
それから、小さなケースを取り出して、ジルに向かって放り投げる。
「それ、右側の白い錠剤は魔力の回復薬。左の少し黄色い錠剤は普通の回復薬。僕が飲んだのより効果は低いいけど、そこそこに回復するよ。二人で全部食べちゃってもいいよ。助けてくれて、ありがとう」
そう言って軽く頭を下げる。変な人だけど一応と感謝の気持ちは表せるみたいだ。それから、また私の顔をまじまじと見つめだす。お願いだから、その変に色気のある視線をどこか他へ向けてほしい。
「ノエル?」
「違います」
「誰?」
「お答えする義務はありません」
「ここアングラード領だよね? ゲートからアングラード家に届けてくれない? ノエルに聞くから」
「ゲートは使わせません。各家の秘密なんです。わかるでしょ?」
このまま放っておくと延々と質問攻めにあいそうなので、こちらから質問してみる。
「貴方こそ、どなたですか?」
キャロルとしての私はユーグとは初対面だ。首を傾げるとベットからゆったり立ち上がり、私の手を取って膝まずく。見惚れるぐらい艶のある動作だ。
「ユーグ・シュレッサーです。ワンデリアのシュレッサー領に滞在中です。お助けいただいたこと心より感謝します」
音を立てて、私の手の甲にゆっくりとした口づけを落とす。指を絡めて手を離さずに、上目遣いに見つめる。
「雰囲気は違うけど、彼はノエルの従者だね。それを連れてる、君は誰なの?」
「私はキャロルと申します。アングラード領に滞在しております。確かにこちらのジルはノエル様の従者です。今日はノエル様よりお休みを頂いて、ワンデリア事業に関することで私がお借りしておりますの」
ユーグがワンデリアに来てしまった時の対応は相談済みだ。シュレッサーの事だから突然現れる可能性があるから念のため、といった父上の予想が大当たりだ。ふーん、っと微妙な反応をユーグが返す。このくらいの情報では満足いかないらしい。
「キャロル様! これ凄く体力が回復します!!」
クララが声を上げる。先ほど貰った錠剤を食べたようだ。ジルの方は素知らぬ顔をしてるので食べていないのだろう。舌で唇を舐めると満足そうな笑顔をユーグが浮かべる。
「うちで新しく開発した薬。感想聞かせてほしいな?」
「開発? うちの従者と護衛を人体実験に使ったわけではないですよね?」
「もうすぐ国政管理室の許可も下りるよ。ほぼ安全はお墨付き。僕が飲んだのは自分で調合したからお墨付きじゃないけど」
ユーグの発言に色々言いたいことはあるけど、彼と話すと振り回されている気分になって疲れる。ユーグを相手にするより、先にクララとジルに何があったのかを聞くことにする。
「ジル、クララ。先ほどはどのような状態だったのですか?」
「はい! 私とジル様が向かったら、ユーグ様が馬で魔物に追われてて。近寄ろうとしたら、変なものをポケットから取り出して投げたんです。ドーンです!すごい音がして炎が上がりました。もう一つ投げたら更にドドーンって、倍ぐらいの爆発です。ユーグ様はそれで自分が吹っ飛んじゃったんです」
「ユーグ様、出して下さい! ポケットの中にあるものを今すぐ! 全部です!」
クララの説明でポケットの中に危険物が入っていることはよくわかった。私が慌てて怒ると、ちょっと嫌そうな顔をする。ベットに腰掛けて渋々といった様子でポケットの中から、ドロリとした液体が入ったお守りと同じサイズの珠を取り出した。ジルが受け取って、机の上に並べていく。一つ、二つ、三つ……全部で十五個が色々なところから出てくる。
「新しい魔法弾だったんだけど、連続して投げたら大爆発だったよ。あれってどういう法則だろ? 予定外だから練り直してみなきゃいけないな」
自分の思考の中に潜り込んでいくユーグに、ため息をついてジルとクララを見る。ジルはユーグを見て苦笑いしているが、クララはジルを見て、なんだかうっとりしながら話を続ける。
「魔物が後退した隙をついて、ジル様が吹き飛んだユーグ様を拾いました。その時に魔物が手を火の中から伸ばしたんです!ジル様素敵でした……。短いナイフなのに自然に捌いて、あれ程の技量は私兵団でも見たことなかったです!!その後も凄い風魔法で二対倒しちゃいました!でも、ユーグ様が邪魔で馬のスピードが上がらなくて、後一体を私が倒してこちらに戻ってきたんです」
クララの顔がなんだか恋する乙女に見えるのはきっと気のせいだ。ジルは凄い、私の大切な従者。誰かが好きになってしまうのは仕方ない。
クララを労うと扉の外で警備をお願いする。ユーグが追及を諦めると思えないから、裏事情をしらないクララはここにいない方がいい。クララが出ていって扉が閉まるのを確認するとユーグに向き直る。心ここにあらずと言った様子で、思考に耽っている。概ね物騒な魔法弾の大爆発の原因探しだろう。
「ジル、ゲートを使って戻ってください。アングラード侯爵に至急事の次第を伝え、シュレッサー伯爵にユーグ様を引き取ってもらう手筈を」
ここから伝達魔法をつかうより、一度ゲートで王都に戻って使う方が連絡は断然早い。ユーグと二人になるのは些か不安だけど、できるだけ早くこの危険な人物をシュレッサー領に返したい。
「あ、迎えは明日でお願いします。もう少しぐらいはここに滞在したいんで」
「ダメです。至急です! 何言ってるんですか! ジル至急ですよ、至急!!」
「キャロル、僕は頭を怪我したんだよ。回復薬で傷はある程度ふさがるけど、頭を怪我したら一日は安静にする。これは怪我人の看護の基本だよ。ね? 僕はもう少しここに君と一緒にいたいな?」
頭の怪我の一日安静は大事だけど、絶対にユーグは気になる事を根ほり葉ほり調べたいだけだ。大人しく休んでいる筈はない。私は手を腰に当ててできるだけ冷たい態度で見下ろす。
「ユーグ様にお伺いしますわ。従者の代わりに魔物を連れてどうしてアングラード領にいらっしゃるのかしら?」
「あぁ、そう言えば従者を忘れてきたね。待ち合わせの場所で待ちぼうけでは可哀そうだ。ジル、一緒に父に、僕の従者が第3研究棟入口で待ちぼうけてるって伝えてもらえるかな?」
報告に向かう為に礼をして部屋を出るジルの背中にそう声を掛ける。本当に信じられない。伯爵子息が従者を忘れて出歩くなんて。なんだかだんだん腹が立ってくる。
経過を聞けば、従者との待ち合わせ場所に行くのを忘れたユーグは、たった一人で地下渓谷沿いをアングラード領に向かって西に進んで来たらしい。一昨年は驚くほど魔物が少なかったが、昨年は例年よりやや多い発生だった。今年はまた少ない傾向にあるせいか、魔物の影すら見当たらなかったそうだ。夢中になって進み続けたところで、渓谷に人影を見つけた。目を凝らしたが影は消えてしまってそれが魔物なのか、動物なのかは判別はできなかったと言う。
「あぶりだせるかなと思って、魔法弾を投げてみたんだよね。計算通りの威力で激しい炎が上がって、収まった頃に渓谷の中腹で空気が淀んだ。凝縮するような動きがあると思ったら、すぐに魔物の形になった。魔物の発生の瞬間だよ! すごく貴重な経験になったよ!」
そう言って、赤い舌でまた唇をユーグはなぞった。その仕草はユーグが何かに一定の満足を得た時の癖なのだと気づく。
「それで、貴方はその魔物に追いかけられたということですね?」
うっとりと甘く微笑んで頷く顔の裏側は、魔物発生の瞬間を思い出しているのだろう。研究狂いのシュレッサーその名が浮かぶ。
「危なかったけどアングラード領に拾って貰えたし、今日はとても運がいい」
魔物に追われて、怪我をして意識を失って、それでも運がいいと言う気持ちが全く理解できない。誰かに自分の行動が迷惑や心配をかけるとか全く思わないのか。
「勝手な方です。どれ程、貴方の周りが貴方を心配するか理解しているのですか?」
「心配? 心配なんてしないさ。シュレッサーの探求者は自分の探求心を優先するのが信条だもの。僕は僕の求める答えを探すために動く。僕がそれで命を落としても、それはすべて僕の責任だと皆が理解している。その死に僅かな結果が残れば、シュレッサーの探求者はその功績を称えてくれるね」
死ぬことよりも探求を求める。シュレッサーの数々の無謀な噂を思い出して、私は何とも言えない気持ちになる。私はユーグを知らないから、それがシュレッサーだと言われてしまえば掛ける言葉が見つからない。
「どうしてキャロルがそんな顔をするのかな?」
立ち上がると、その手で私の頬を掴んだ。嫌だ。咄嗟にそう思ってその手を払う。自分がなぜそれが嫌なのかわからない。わからないけどすごくユーグにそうされるのが嫌だった。
「そういう掴み方は辞めて下さい。嫌いなんです」
不思議そうに首を傾げと、私の頭を両手で抑えるよに捕まえて、金の瞳で覗き込む。
「分からないこと見つけた。そんな複雑な顔されたのは初めてだ。もっとキャロルの中が知りたいな」
首を振りたいのに抑えられた頭が動かない。それでも、さっきのような嫌悪がないのは不思議だ。少しだけ落ち着いた気持ちでユーグの金の瞳を睨みつける。
「私に気軽にふれないで。私はシュレッサーの考え方が理解できない。私は功績よりも生きて側にいてほしいわ。少しの結果で称賛が得られたらいい?少しの結果の為に死ぬなんてバカみたい。あなたのその言葉が理解できないの。私、自分の身を案じることができない貴方も死ぬことを厭わない考えのシュレッサーも嫌いだわ」
不満げに唇を歪めて鋭い目で私を睨む、私の耳に唇を寄せる。鋭く冷たいその声が私に告げたのはシュレッサーの探究者の誇り。
「理解なんていらない。シュレッサー探求者たちの功績の多くが君の望む、誰か命を救う道に繋がってきた。僕らの道には立ち止まることも躊躇することも許されない。より多くを残し、進むためにシュレッサーの探求者はその命を懸けてる。たった一度で成功する研究なんてない、僅かな功績を積む事がどれ程大切か、君にはわからないんだね。思ったより君の中はつまらなそうだ」
そう言ってユーグは私から手を離して、ベットに横になった。私は客間をそっと出て、クララにユーグを見張るように告げると書斎に戻った。
ソファーに座ると、クッションに顔を埋める。甘い浅はかさと傲慢さを金の眼に見透かされたと思った。与えられた環境が何の犠牲も強いていないと思い込んでる私の甘さ。その甘さを自覚しないでユーグに投げたシュレッサーへの批判。怒られて、罵られても当然だ。
「私、バカです。ユーグに納得がいかないのと、シュレッサーを非難するのは別です!」
ユーグの行動は好きじゃない。シュレッサーの考えも受け入れたくない。でも、数々の研究で成果を上げ続けてきた。流行り病を治す薬、難しい病の診断方法、人を癒す回復薬もシュレッサーの名の元に救われた命がある。一度で成功する研究はない。その言葉の裏に僅かな功績の為の犠牲になった探求者がいるのだ。私は彼らの名前を一つも知らない。決して声をあげない。ただ結果だけを残していく。その行動に理解なんていらないと言った。ひたすらに進む彼らの功績を私は称えたことがある?
「私にシュレッサーを批判する権利なんてない!只の感傷を振り回して何を言ってるの!!」
行き場のない気持ちを吐き出すように、息を殺して呻く。甘い自分が恥ずかしい。でも、納得がいかない。こんな風にかき乱されるのは初めてで私はただ顔を埋めて喚く。
ふと、私の頭に触れる優しい感触に頭を上げると、父上の元から戻ったジルがソファーの横に膝をついて優しく微笑む。倒れこむようにジルに抱き着くと、膝の間に抱え込むように受け止めて背中と頭を撫でてくれる。肩に顔を埋めて子供みたいに泣く。自分の気持ちに慰めを求めるのはズルいと思う。でも、一番心が落ち着けるから縋りたくなる。泣きながら繋ぐ言葉は、支離滅裂だ。それでも、ジルは一つ一つ頷いて、優しく私を包み続けてくれる。
「私、間違えてましたよね?」
徐々に落ち着いてきた私の言葉に、ジルが優しく答える。
「お嬢様のそういうところが私は好きです」
触れあう頬の温かさも、抱きしめてもらう温もりも、生きているから感じられる。
ジルがもし従者として私の為に死んでしまったら、私はそれを称えられるか。絶対に無理だ。きっと自分も死にそうなぐらいにおかしくなる。
シュレッサーの薬がない世界で、ジルが病にたおれたら何故なおす道がないのかと憤らずにいられるか?それも無理だ。どうしてと責めるだろう。
私は本当に勝手だ。答えが出せなくて、ジルの腕の中で時間だけがたっていく、それでも心はいつの間にか落ち着きを取り戻す。
「答えは先に持ち越してもいいですか?」
「構いません。旦那様も以前におっしゃったでしょ? たくさん悩んでいいと。答えはいつか見つかります。少なくとも私はいつでもキャロル様の居場所でおります」
逃げるのではなくて、いつか必ず答えを出す。その時はユーグにもう一度聞いてもらおう。でも、その前に私はユーグにきちんと今の自分の甘さとシュレッサーへの非礼は謝ろうと思う。
私は立ち上がってしわくちゃになったスカートを整える。マリーゼと同じぐらい大きくなってはしたないからジルに抱きつくのはやめた。でも、やっぱり腕の中は心地が良いくて小さな子供にすっかり戻ってしまった。ほんの少し恥ずかしくて、頬が熱い。
「さて、お嬢様。旦那様からの伝言です。シュレッサー伯爵と連絡がつかず、これからユーグ様がお帰りになるのは難しいだろうとの事です。今晩はこちらに一泊して戴く事になります」
「離して下さい!」
「教えてよ。君は誰? ノエルにそっくりだね」
「離して! 頭から血がだらだらと出ています!」
驚いた顔で手を離すと、手を当てて傷口の位置を確認する。血だらけになった手を見て、初めて気付いたように本当だね、驚く。自分の体なのだから好奇心より先に労わって欲しい。
「僕の荷物ってある?」
クララが奇妙なものを見る目つきで、手に持っていた荷物を放り投げる。ユーグは鞄を受け取ると小さな小瓶を取り出して一気に飲み干した。柔らかい光がユーグの体を包んで小さな傷からどんどん消えていく。傷の治りから、かなり高価の回復薬のようだ。
それから、小さなケースを取り出して、ジルに向かって放り投げる。
「それ、右側の白い錠剤は魔力の回復薬。左の少し黄色い錠剤は普通の回復薬。僕が飲んだのより効果は低いいけど、そこそこに回復するよ。二人で全部食べちゃってもいいよ。助けてくれて、ありがとう」
そう言って軽く頭を下げる。変な人だけど一応と感謝の気持ちは表せるみたいだ。それから、また私の顔をまじまじと見つめだす。お願いだから、その変に色気のある視線をどこか他へ向けてほしい。
「ノエル?」
「違います」
「誰?」
「お答えする義務はありません」
「ここアングラード領だよね? ゲートからアングラード家に届けてくれない? ノエルに聞くから」
「ゲートは使わせません。各家の秘密なんです。わかるでしょ?」
このまま放っておくと延々と質問攻めにあいそうなので、こちらから質問してみる。
「貴方こそ、どなたですか?」
キャロルとしての私はユーグとは初対面だ。首を傾げるとベットからゆったり立ち上がり、私の手を取って膝まずく。見惚れるぐらい艶のある動作だ。
「ユーグ・シュレッサーです。ワンデリアのシュレッサー領に滞在中です。お助けいただいたこと心より感謝します」
音を立てて、私の手の甲にゆっくりとした口づけを落とす。指を絡めて手を離さずに、上目遣いに見つめる。
「雰囲気は違うけど、彼はノエルの従者だね。それを連れてる、君は誰なの?」
「私はキャロルと申します。アングラード領に滞在しております。確かにこちらのジルはノエル様の従者です。今日はノエル様よりお休みを頂いて、ワンデリア事業に関することで私がお借りしておりますの」
ユーグがワンデリアに来てしまった時の対応は相談済みだ。シュレッサーの事だから突然現れる可能性があるから念のため、といった父上の予想が大当たりだ。ふーん、っと微妙な反応をユーグが返す。このくらいの情報では満足いかないらしい。
「キャロル様! これ凄く体力が回復します!!」
クララが声を上げる。先ほど貰った錠剤を食べたようだ。ジルの方は素知らぬ顔をしてるので食べていないのだろう。舌で唇を舐めると満足そうな笑顔をユーグが浮かべる。
「うちで新しく開発した薬。感想聞かせてほしいな?」
「開発? うちの従者と護衛を人体実験に使ったわけではないですよね?」
「もうすぐ国政管理室の許可も下りるよ。ほぼ安全はお墨付き。僕が飲んだのは自分で調合したからお墨付きじゃないけど」
ユーグの発言に色々言いたいことはあるけど、彼と話すと振り回されている気分になって疲れる。ユーグを相手にするより、先にクララとジルに何があったのかを聞くことにする。
「ジル、クララ。先ほどはどのような状態だったのですか?」
「はい! 私とジル様が向かったら、ユーグ様が馬で魔物に追われてて。近寄ろうとしたら、変なものをポケットから取り出して投げたんです。ドーンです!すごい音がして炎が上がりました。もう一つ投げたら更にドドーンって、倍ぐらいの爆発です。ユーグ様はそれで自分が吹っ飛んじゃったんです」
「ユーグ様、出して下さい! ポケットの中にあるものを今すぐ! 全部です!」
クララの説明でポケットの中に危険物が入っていることはよくわかった。私が慌てて怒ると、ちょっと嫌そうな顔をする。ベットに腰掛けて渋々といった様子でポケットの中から、ドロリとした液体が入ったお守りと同じサイズの珠を取り出した。ジルが受け取って、机の上に並べていく。一つ、二つ、三つ……全部で十五個が色々なところから出てくる。
「新しい魔法弾だったんだけど、連続して投げたら大爆発だったよ。あれってどういう法則だろ? 予定外だから練り直してみなきゃいけないな」
自分の思考の中に潜り込んでいくユーグに、ため息をついてジルとクララを見る。ジルはユーグを見て苦笑いしているが、クララはジルを見て、なんだかうっとりしながら話を続ける。
「魔物が後退した隙をついて、ジル様が吹き飛んだユーグ様を拾いました。その時に魔物が手を火の中から伸ばしたんです!ジル様素敵でした……。短いナイフなのに自然に捌いて、あれ程の技量は私兵団でも見たことなかったです!!その後も凄い風魔法で二対倒しちゃいました!でも、ユーグ様が邪魔で馬のスピードが上がらなくて、後一体を私が倒してこちらに戻ってきたんです」
クララの顔がなんだか恋する乙女に見えるのはきっと気のせいだ。ジルは凄い、私の大切な従者。誰かが好きになってしまうのは仕方ない。
クララを労うと扉の外で警備をお願いする。ユーグが追及を諦めると思えないから、裏事情をしらないクララはここにいない方がいい。クララが出ていって扉が閉まるのを確認するとユーグに向き直る。心ここにあらずと言った様子で、思考に耽っている。概ね物騒な魔法弾の大爆発の原因探しだろう。
「ジル、ゲートを使って戻ってください。アングラード侯爵に至急事の次第を伝え、シュレッサー伯爵にユーグ様を引き取ってもらう手筈を」
ここから伝達魔法をつかうより、一度ゲートで王都に戻って使う方が連絡は断然早い。ユーグと二人になるのは些か不安だけど、できるだけ早くこの危険な人物をシュレッサー領に返したい。
「あ、迎えは明日でお願いします。もう少しぐらいはここに滞在したいんで」
「ダメです。至急です! 何言ってるんですか! ジル至急ですよ、至急!!」
「キャロル、僕は頭を怪我したんだよ。回復薬で傷はある程度ふさがるけど、頭を怪我したら一日は安静にする。これは怪我人の看護の基本だよ。ね? 僕はもう少しここに君と一緒にいたいな?」
頭の怪我の一日安静は大事だけど、絶対にユーグは気になる事を根ほり葉ほり調べたいだけだ。大人しく休んでいる筈はない。私は手を腰に当ててできるだけ冷たい態度で見下ろす。
「ユーグ様にお伺いしますわ。従者の代わりに魔物を連れてどうしてアングラード領にいらっしゃるのかしら?」
「あぁ、そう言えば従者を忘れてきたね。待ち合わせの場所で待ちぼうけでは可哀そうだ。ジル、一緒に父に、僕の従者が第3研究棟入口で待ちぼうけてるって伝えてもらえるかな?」
報告に向かう為に礼をして部屋を出るジルの背中にそう声を掛ける。本当に信じられない。伯爵子息が従者を忘れて出歩くなんて。なんだかだんだん腹が立ってくる。
経過を聞けば、従者との待ち合わせ場所に行くのを忘れたユーグは、たった一人で地下渓谷沿いをアングラード領に向かって西に進んで来たらしい。一昨年は驚くほど魔物が少なかったが、昨年は例年よりやや多い発生だった。今年はまた少ない傾向にあるせいか、魔物の影すら見当たらなかったそうだ。夢中になって進み続けたところで、渓谷に人影を見つけた。目を凝らしたが影は消えてしまってそれが魔物なのか、動物なのかは判別はできなかったと言う。
「あぶりだせるかなと思って、魔法弾を投げてみたんだよね。計算通りの威力で激しい炎が上がって、収まった頃に渓谷の中腹で空気が淀んだ。凝縮するような動きがあると思ったら、すぐに魔物の形になった。魔物の発生の瞬間だよ! すごく貴重な経験になったよ!」
そう言って、赤い舌でまた唇をユーグはなぞった。その仕草はユーグが何かに一定の満足を得た時の癖なのだと気づく。
「それで、貴方はその魔物に追いかけられたということですね?」
うっとりと甘く微笑んで頷く顔の裏側は、魔物発生の瞬間を思い出しているのだろう。研究狂いのシュレッサーその名が浮かぶ。
「危なかったけどアングラード領に拾って貰えたし、今日はとても運がいい」
魔物に追われて、怪我をして意識を失って、それでも運がいいと言う気持ちが全く理解できない。誰かに自分の行動が迷惑や心配をかけるとか全く思わないのか。
「勝手な方です。どれ程、貴方の周りが貴方を心配するか理解しているのですか?」
「心配? 心配なんてしないさ。シュレッサーの探求者は自分の探求心を優先するのが信条だもの。僕は僕の求める答えを探すために動く。僕がそれで命を落としても、それはすべて僕の責任だと皆が理解している。その死に僅かな結果が残れば、シュレッサーの探求者はその功績を称えてくれるね」
死ぬことよりも探求を求める。シュレッサーの数々の無謀な噂を思い出して、私は何とも言えない気持ちになる。私はユーグを知らないから、それがシュレッサーだと言われてしまえば掛ける言葉が見つからない。
「どうしてキャロルがそんな顔をするのかな?」
立ち上がると、その手で私の頬を掴んだ。嫌だ。咄嗟にそう思ってその手を払う。自分がなぜそれが嫌なのかわからない。わからないけどすごくユーグにそうされるのが嫌だった。
「そういう掴み方は辞めて下さい。嫌いなんです」
不思議そうに首を傾げと、私の頭を両手で抑えるよに捕まえて、金の瞳で覗き込む。
「分からないこと見つけた。そんな複雑な顔されたのは初めてだ。もっとキャロルの中が知りたいな」
首を振りたいのに抑えられた頭が動かない。それでも、さっきのような嫌悪がないのは不思議だ。少しだけ落ち着いた気持ちでユーグの金の瞳を睨みつける。
「私に気軽にふれないで。私はシュレッサーの考え方が理解できない。私は功績よりも生きて側にいてほしいわ。少しの結果で称賛が得られたらいい?少しの結果の為に死ぬなんてバカみたい。あなたのその言葉が理解できないの。私、自分の身を案じることができない貴方も死ぬことを厭わない考えのシュレッサーも嫌いだわ」
不満げに唇を歪めて鋭い目で私を睨む、私の耳に唇を寄せる。鋭く冷たいその声が私に告げたのはシュレッサーの探究者の誇り。
「理解なんていらない。シュレッサー探求者たちの功績の多くが君の望む、誰か命を救う道に繋がってきた。僕らの道には立ち止まることも躊躇することも許されない。より多くを残し、進むためにシュレッサーの探求者はその命を懸けてる。たった一度で成功する研究なんてない、僅かな功績を積む事がどれ程大切か、君にはわからないんだね。思ったより君の中はつまらなそうだ」
そう言ってユーグは私から手を離して、ベットに横になった。私は客間をそっと出て、クララにユーグを見張るように告げると書斎に戻った。
ソファーに座ると、クッションに顔を埋める。甘い浅はかさと傲慢さを金の眼に見透かされたと思った。与えられた環境が何の犠牲も強いていないと思い込んでる私の甘さ。その甘さを自覚しないでユーグに投げたシュレッサーへの批判。怒られて、罵られても当然だ。
「私、バカです。ユーグに納得がいかないのと、シュレッサーを非難するのは別です!」
ユーグの行動は好きじゃない。シュレッサーの考えも受け入れたくない。でも、数々の研究で成果を上げ続けてきた。流行り病を治す薬、難しい病の診断方法、人を癒す回復薬もシュレッサーの名の元に救われた命がある。一度で成功する研究はない。その言葉の裏に僅かな功績の為の犠牲になった探求者がいるのだ。私は彼らの名前を一つも知らない。決して声をあげない。ただ結果だけを残していく。その行動に理解なんていらないと言った。ひたすらに進む彼らの功績を私は称えたことがある?
「私にシュレッサーを批判する権利なんてない!只の感傷を振り回して何を言ってるの!!」
行き場のない気持ちを吐き出すように、息を殺して呻く。甘い自分が恥ずかしい。でも、納得がいかない。こんな風にかき乱されるのは初めてで私はただ顔を埋めて喚く。
ふと、私の頭に触れる優しい感触に頭を上げると、父上の元から戻ったジルがソファーの横に膝をついて優しく微笑む。倒れこむようにジルに抱き着くと、膝の間に抱え込むように受け止めて背中と頭を撫でてくれる。肩に顔を埋めて子供みたいに泣く。自分の気持ちに慰めを求めるのはズルいと思う。でも、一番心が落ち着けるから縋りたくなる。泣きながら繋ぐ言葉は、支離滅裂だ。それでも、ジルは一つ一つ頷いて、優しく私を包み続けてくれる。
「私、間違えてましたよね?」
徐々に落ち着いてきた私の言葉に、ジルが優しく答える。
「お嬢様のそういうところが私は好きです」
触れあう頬の温かさも、抱きしめてもらう温もりも、生きているから感じられる。
ジルがもし従者として私の為に死んでしまったら、私はそれを称えられるか。絶対に無理だ。きっと自分も死にそうなぐらいにおかしくなる。
シュレッサーの薬がない世界で、ジルが病にたおれたら何故なおす道がないのかと憤らずにいられるか?それも無理だ。どうしてと責めるだろう。
私は本当に勝手だ。答えが出せなくて、ジルの腕の中で時間だけがたっていく、それでも心はいつの間にか落ち着きを取り戻す。
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「構いません。旦那様も以前におっしゃったでしょ? たくさん悩んでいいと。答えはいつか見つかります。少なくとも私はいつでもキャロル様の居場所でおります」
逃げるのではなくて、いつか必ず答えを出す。その時はユーグにもう一度聞いてもらおう。でも、その前に私はユーグにきちんと今の自分の甘さとシュレッサーへの非礼は謝ろうと思う。
私は立ち上がってしわくちゃになったスカートを整える。マリーゼと同じぐらい大きくなってはしたないからジルに抱きつくのはやめた。でも、やっぱり腕の中は心地が良いくて小さな子供にすっかり戻ってしまった。ほんの少し恥ずかしくて、頬が熱い。
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(それ、私なんですけど……)
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