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ふたりの出会い(2)
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「これは、何という生き物なのだ?」
いきなりそんなことを言われ、ジュリアンは戸惑っていた。
彼は今、ロバーツの散歩をしている。本来ならば、この犬の散歩は主人であるララーシュタインの仕事……いや、趣味である。しかし、今日は研究に没頭しており、部屋から出て来ないのだ。
そういった時は、ジュリアンが散歩させることになっている。この犬は、召使いであるジュリアンにもよく懐いていた。いや、むしろジュリアンの方に親しげな態度を見せているかもしれない。
今、ジュリアンは散歩がてら夕飯の材料を仕入れに肉屋に寄ったのである。店先にロバーツを繋ぎ、店に入って行こうとしたのだ。
そこで、この天然少女と出くわしてしまったのである──
「えっ、ええと……犬だよ」
ジュリアンは、困惑しつつも答えた。
誰かと思えば、見たこともない少女だ。赤い髪の毛は短く刈られており、皮のシャツを着ている。ジュリアンに向ける大きな瞳からは、溢れんばかりの好奇心が感じられた。
少女はというと、さらに聞いてくる。
「イヌというのか! これは強いのか!?」
「うーん、どうだろう。このロバーツは、あんまり強くないと思うよ」
強いのか、などと聞かれたのもまた初めてである。ジュリアンは、さらに混乱しつつ答えた。
すると、少女は首を傾げる。
「ロバーツ? これは、イヌという生き物ではないのか?」
「あっ、あのね、これは、犬という種類の生き物。で、名前がロバーツ。君だって、人間という生き物で、名前は別にあるでしょ? それと同じだよ」
「おおお! そういうことか!」
パチンと手を叩き、大きく頷く少女。その仕草は可愛らしく、ジュリアンは思わず微笑んでいた。彼の周りには、いないタイプである。
「ロバーツは、触っても大丈夫なのか? 怒ったりしないか? 触りたいのたが、触ってもいいのか?」
矢継ぎ早に聞いてきた少女に、ジュリアンは頷いた。
「大丈夫だよ。触ってみる?」
「うん! 触ってみるのだ!」
元気よく答えた少女を見て、ジュリアンはくすりと笑った。同時に、可愛いなあ……とも思った。こんな天真爛漫な女の子には、今まで会ったこともない。
ふと思った。この少女の笑顔を、もっと見てみたい。
少女を手招きすると、ジュリアンはその場にしゃがみ込む。ロバーツに、右の手のひらを差し出した。
ロバーツは、ちらりと彼の手を見た。直後、すぐに右の前足をあげ、ジュリアンの手のひらに乗せる。いわゆる「お手」の姿勢だ。これくらいのこと、ロバーツには造作もない。
「おおお……これは凄いのだ……」
少女は、感心した面持ちで呟いた。ジュリアンの方はというと、顔がにやけてしまっている。こんなことで感心されるとは思わなかったが、それだけではない。目の前の少女と話していると、どうしても笑顔になってしまう。こんな気分になったのは、生まれて初めてだ。
幸せな気分にひたっている時、ジュリアンはあることを思いついた。
「君もやってみる?」
「えっ、いいのか?」
少女は、目を輝かせる。表情が豊かだ。話していると、本当に面白い。
「いいよ。今、僕がやったようにやってみて」
「わかったのだ」
答えると、少女はしゃがみ込んだ。手のひらを、恐る恐る前に出していく。
ロバーツは、彼女をじっと見ていた。ややあって、そっと前足を乗せる。
「おおお……出来たのだ。嬉しいのだ」
少女は、満面の笑みを浮かべロバーツを見ている。ロバーツの方も、嬉しそうに少女を見上げていた。
そんな両者を見て、ジュリアンはさらにアドバイスしてみる。
「ロバーツの頭を撫でてあげると、凄く喜ぶよ」
「そ、そうか」
ロミナは、そっと手を伸ばし犬の頭を撫でる。ロバーツはというと、されるがままになっていた。
だが、不意に顔をあげた。ロミナの手を、ペロリとなめる。ちぎれそうなくらい尻尾を振りながら、ワウッと鳴いた。
途端に、ロミナは笑顔になる。
「ペロリとなめたのだ! それに、尻尾を振ってるのだ!」
「これはね、ロバーツが喜んでいるっていうことだよ。犬はね、嬉しいと尻尾を振るんだよ」
「そ、そうなのか!」
目を輝かせる少女。すると、ロバーツが吠えた。ワウ、という親しみを込めた声だ。
ジュリアンは、くすりと笑った。
「ロバーツは、君と友だちになりたがっているみたいだ。君は、ロバーツと友だちになってくれる?」
「もちろんなのだ! 今日から、ロバーツと友だちなのだ!」
はしゃぐ少女に、ロバーツは再びワウと吠える。この犬もまた、少女のことが気に入ったらしい。
見ているジュリアンはというと、思わずポーッとなっていた。少女と犬の醸し出す優しく温かい空気に、完全に魅了されていたのだ。
と、少女はこちらを向いた。
「お前とも、友だちになりたいのだ。お前、名は何というのだ?」
「僕? 僕はジュリアンだよ」
「おおお、ジュリアンというのか!」
言いながら、少女はジュリアンの手を握る。いきなりの行動に面食らいながらも、ジュリアンは聞き返した。
「あのう、君は何ていう名前なの?」
「ロミナだ!」
「そうなんだ。ロミナちゃんていうんだね」
「そうなのだ! ロミナちゃんなのだ!」
胸を張って答えるロミナ。その時、肉屋の扉が開いた。中から、柄の悪い男が出てきた。背はさほど高くないが、目つきが鋭く顔に刀傷がついている。
男はジュリアンを睨みつけ、口を開いた。
「おい、お前何なんだ?」
「えっ、ええと、あなたは?」
いきなり敵意むき出しの態度に、困惑し聞き返したジュリアン。ロバーツはというと、怯えた様子でジュリアンの後ろに隠れた。男から、何かを感じたらしい……。
「この娘の父親だよ。何か、文句でもあるのか?」
低い声で凄む男だったが、ジュリアンは思わず微笑んでいた。
「あっ、そうでしたか。ロミナちゃんのお父さんでしたか」
その時、男の表情が歪む。無論、怒りによるものだ。
「お父さんだと!? 何じゃゴラァ! 誰がお父さんじゃ! お前にお父さんと呼ばれる覚えはねえんだよ!」
怒鳴りつけた途端、ロミナが男の顔を見上げる。両手を広げ訴えた。
「お父さんやめるのだ! 怒ってはいけないのだ! ジュリアンは、ロミナの友だちなのだ!」
「はあ!? 友だちだと!? こんなクソガキと付き合うな!」
言いながら。ロミナを睨む。だが、彼女も引く気配がない。
「どうしてなのだ!? ジュリアンは、いい奴なのだ!」
訴えるロミナを見た男は、チッと舌打ちする。
「オラ、帰るぞ」
不貞腐れたような態度で言った。直後、ロミナの手を引き去っていく。
と、ロミナは振り向いた。男に片手を引っ張られながらも、もう片方の手を振りつつ叫ぶ。
「ジュリアン! それにロバーツ! また会うのだ!」
「う、うん! またね!」
ジュリアンもまた、手を振り返した。ニコニコ顔で店に入っていき、買い物をすませる。
ひとり鼻歌を唄いながら、ララーシュタインの待つ屋敷へと帰っていった。
「お前、大丈夫か?」
ララーシュタインは、そっと尋ねた。
「えっ、何がですか? 大丈夫に決まってるじゃないですか!」
「本当か?」
訝しげな表情で、ララーシュタインはジュリアンを見つめた。
そのジュリアンは、先ほどロバーツの散歩を終えて帰って来た。それから、ずっとニコニコしている。時おり、思い出し笑いをしながら家事をしているのだ。
外で、いったい何があったのだろうか。思わず首を傾げる。一方、ジュリアンの方は鼻歌など唄いながら調理をしていた。
「フンフンフーン! さーて、今日は鹿のステーキですよ! お腹いっぱい食べてください!」
鼻歌混じりの言葉と共に、皿が出されてきた。確かに、分厚いステーキが乗っていた。脇には、炒めたジャガイモとニンジンが添えられている。
ララーシュタインは、あっと言う間にステーキを平らげた。さらに、ジャガイモも食べ終える。続いてニンジンに取りかかろうとして、ジュリアンの様子を盗み見る。
ジュリアンは、幸せそうな顔でヘラヘラ笑っていた。その目は、あらぬ方向に向けられている。ララーシュタインのことなど、まったく見ていない。
これ幸いとばかり、ララーシュタインは残ったニンジンをロバーツへとあげる。
ロバーツは、一瞬にしてニンジンを食べてしまった。だが、ジュリアンはまったく気づいていない。幸せそうな様子で、フンフン鼻歌を唄っている。
「どういうことだ? 何も言わないのか……」
ララーシュタインは、思わず呟いた。ふと、ロバーツの方を見てみる。
犬は、テーブルの下でじっとこちらを見ていた。
「なあロバーツ、あいつに何があったのだ?」
そっと尋ねてみる。だが、ロバーツも困ったような表情でこちらを見上げるだけだ。何か伝えようとしているような気もするが、さすがの天才魔術師も犬の言葉はわからない。
ララーシュタインは、再び首を撚る。
「おかしな奴だ……」
いきなりそんなことを言われ、ジュリアンは戸惑っていた。
彼は今、ロバーツの散歩をしている。本来ならば、この犬の散歩は主人であるララーシュタインの仕事……いや、趣味である。しかし、今日は研究に没頭しており、部屋から出て来ないのだ。
そういった時は、ジュリアンが散歩させることになっている。この犬は、召使いであるジュリアンにもよく懐いていた。いや、むしろジュリアンの方に親しげな態度を見せているかもしれない。
今、ジュリアンは散歩がてら夕飯の材料を仕入れに肉屋に寄ったのである。店先にロバーツを繋ぎ、店に入って行こうとしたのだ。
そこで、この天然少女と出くわしてしまったのである──
「えっ、ええと……犬だよ」
ジュリアンは、困惑しつつも答えた。
誰かと思えば、見たこともない少女だ。赤い髪の毛は短く刈られており、皮のシャツを着ている。ジュリアンに向ける大きな瞳からは、溢れんばかりの好奇心が感じられた。
少女はというと、さらに聞いてくる。
「イヌというのか! これは強いのか!?」
「うーん、どうだろう。このロバーツは、あんまり強くないと思うよ」
強いのか、などと聞かれたのもまた初めてである。ジュリアンは、さらに混乱しつつ答えた。
すると、少女は首を傾げる。
「ロバーツ? これは、イヌという生き物ではないのか?」
「あっ、あのね、これは、犬という種類の生き物。で、名前がロバーツ。君だって、人間という生き物で、名前は別にあるでしょ? それと同じだよ」
「おおお! そういうことか!」
パチンと手を叩き、大きく頷く少女。その仕草は可愛らしく、ジュリアンは思わず微笑んでいた。彼の周りには、いないタイプである。
「ロバーツは、触っても大丈夫なのか? 怒ったりしないか? 触りたいのたが、触ってもいいのか?」
矢継ぎ早に聞いてきた少女に、ジュリアンは頷いた。
「大丈夫だよ。触ってみる?」
「うん! 触ってみるのだ!」
元気よく答えた少女を見て、ジュリアンはくすりと笑った。同時に、可愛いなあ……とも思った。こんな天真爛漫な女の子には、今まで会ったこともない。
ふと思った。この少女の笑顔を、もっと見てみたい。
少女を手招きすると、ジュリアンはその場にしゃがみ込む。ロバーツに、右の手のひらを差し出した。
ロバーツは、ちらりと彼の手を見た。直後、すぐに右の前足をあげ、ジュリアンの手のひらに乗せる。いわゆる「お手」の姿勢だ。これくらいのこと、ロバーツには造作もない。
「おおお……これは凄いのだ……」
少女は、感心した面持ちで呟いた。ジュリアンの方はというと、顔がにやけてしまっている。こんなことで感心されるとは思わなかったが、それだけではない。目の前の少女と話していると、どうしても笑顔になってしまう。こんな気分になったのは、生まれて初めてだ。
幸せな気分にひたっている時、ジュリアンはあることを思いついた。
「君もやってみる?」
「えっ、いいのか?」
少女は、目を輝かせる。表情が豊かだ。話していると、本当に面白い。
「いいよ。今、僕がやったようにやってみて」
「わかったのだ」
答えると、少女はしゃがみ込んだ。手のひらを、恐る恐る前に出していく。
ロバーツは、彼女をじっと見ていた。ややあって、そっと前足を乗せる。
「おおお……出来たのだ。嬉しいのだ」
少女は、満面の笑みを浮かべロバーツを見ている。ロバーツの方も、嬉しそうに少女を見上げていた。
そんな両者を見て、ジュリアンはさらにアドバイスしてみる。
「ロバーツの頭を撫でてあげると、凄く喜ぶよ」
「そ、そうか」
ロミナは、そっと手を伸ばし犬の頭を撫でる。ロバーツはというと、されるがままになっていた。
だが、不意に顔をあげた。ロミナの手を、ペロリとなめる。ちぎれそうなくらい尻尾を振りながら、ワウッと鳴いた。
途端に、ロミナは笑顔になる。
「ペロリとなめたのだ! それに、尻尾を振ってるのだ!」
「これはね、ロバーツが喜んでいるっていうことだよ。犬はね、嬉しいと尻尾を振るんだよ」
「そ、そうなのか!」
目を輝かせる少女。すると、ロバーツが吠えた。ワウ、という親しみを込めた声だ。
ジュリアンは、くすりと笑った。
「ロバーツは、君と友だちになりたがっているみたいだ。君は、ロバーツと友だちになってくれる?」
「もちろんなのだ! 今日から、ロバーツと友だちなのだ!」
はしゃぐ少女に、ロバーツは再びワウと吠える。この犬もまた、少女のことが気に入ったらしい。
見ているジュリアンはというと、思わずポーッとなっていた。少女と犬の醸し出す優しく温かい空気に、完全に魅了されていたのだ。
と、少女はこちらを向いた。
「お前とも、友だちになりたいのだ。お前、名は何というのだ?」
「僕? 僕はジュリアンだよ」
「おおお、ジュリアンというのか!」
言いながら、少女はジュリアンの手を握る。いきなりの行動に面食らいながらも、ジュリアンは聞き返した。
「あのう、君は何ていう名前なの?」
「ロミナだ!」
「そうなんだ。ロミナちゃんていうんだね」
「そうなのだ! ロミナちゃんなのだ!」
胸を張って答えるロミナ。その時、肉屋の扉が開いた。中から、柄の悪い男が出てきた。背はさほど高くないが、目つきが鋭く顔に刀傷がついている。
男はジュリアンを睨みつけ、口を開いた。
「おい、お前何なんだ?」
「えっ、ええと、あなたは?」
いきなり敵意むき出しの態度に、困惑し聞き返したジュリアン。ロバーツはというと、怯えた様子でジュリアンの後ろに隠れた。男から、何かを感じたらしい……。
「この娘の父親だよ。何か、文句でもあるのか?」
低い声で凄む男だったが、ジュリアンは思わず微笑んでいた。
「あっ、そうでしたか。ロミナちゃんのお父さんでしたか」
その時、男の表情が歪む。無論、怒りによるものだ。
「お父さんだと!? 何じゃゴラァ! 誰がお父さんじゃ! お前にお父さんと呼ばれる覚えはねえんだよ!」
怒鳴りつけた途端、ロミナが男の顔を見上げる。両手を広げ訴えた。
「お父さんやめるのだ! 怒ってはいけないのだ! ジュリアンは、ロミナの友だちなのだ!」
「はあ!? 友だちだと!? こんなクソガキと付き合うな!」
言いながら。ロミナを睨む。だが、彼女も引く気配がない。
「どうしてなのだ!? ジュリアンは、いい奴なのだ!」
訴えるロミナを見た男は、チッと舌打ちする。
「オラ、帰るぞ」
不貞腐れたような態度で言った。直後、ロミナの手を引き去っていく。
と、ロミナは振り向いた。男に片手を引っ張られながらも、もう片方の手を振りつつ叫ぶ。
「ジュリアン! それにロバーツ! また会うのだ!」
「う、うん! またね!」
ジュリアンもまた、手を振り返した。ニコニコ顔で店に入っていき、買い物をすませる。
ひとり鼻歌を唄いながら、ララーシュタインの待つ屋敷へと帰っていった。
「お前、大丈夫か?」
ララーシュタインは、そっと尋ねた。
「えっ、何がですか? 大丈夫に決まってるじゃないですか!」
「本当か?」
訝しげな表情で、ララーシュタインはジュリアンを見つめた。
そのジュリアンは、先ほどロバーツの散歩を終えて帰って来た。それから、ずっとニコニコしている。時おり、思い出し笑いをしながら家事をしているのだ。
外で、いったい何があったのだろうか。思わず首を傾げる。一方、ジュリアンの方は鼻歌など唄いながら調理をしていた。
「フンフンフーン! さーて、今日は鹿のステーキですよ! お腹いっぱい食べてください!」
鼻歌混じりの言葉と共に、皿が出されてきた。確かに、分厚いステーキが乗っていた。脇には、炒めたジャガイモとニンジンが添えられている。
ララーシュタインは、あっと言う間にステーキを平らげた。さらに、ジャガイモも食べ終える。続いてニンジンに取りかかろうとして、ジュリアンの様子を盗み見る。
ジュリアンは、幸せそうな顔でヘラヘラ笑っていた。その目は、あらぬ方向に向けられている。ララーシュタインのことなど、まったく見ていない。
これ幸いとばかり、ララーシュタインは残ったニンジンをロバーツへとあげる。
ロバーツは、一瞬にしてニンジンを食べてしまった。だが、ジュリアンはまったく気づいていない。幸せそうな様子で、フンフン鼻歌を唄っている。
「どういうことだ? 何も言わないのか……」
ララーシュタインは、思わず呟いた。ふと、ロバーツの方を見てみる。
犬は、テーブルの下でじっとこちらを見ていた。
「なあロバーツ、あいつに何があったのだ?」
そっと尋ねてみる。だが、ロバーツも困ったような表情でこちらを見上げるだけだ。何か伝えようとしているような気もするが、さすがの天才魔術師も犬の言葉はわからない。
ララーシュタインは、再び首を撚る。
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