アホの子と変な召使いと、その怖い親父たち

板倉恭司

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ロミナを送迎したいジュリアン

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 その日の夕方、ジュリアンは意気揚々と屋敷に帰ってきた。
 主人であるララーシュタインに挨拶すると、さっそく夕飯の支度を始める。買ってきた肉や野菜を調理し、皿に盛り付けていった。
 料理の乗った皿をテーブルに並べている時、ララーシュタインが研究室から出てきた。途端に、目を丸くする。

「ん? 今日はいつもと違うな」

 そう、テーブルに並んでいる料理は、いつもより豪勢なのだ。

「実はですね、アンジェラさんの店にいい牛肉が入ってたんですよ。今夜は牛のステーキです」

「ほう、そうか。それは楽しみだが……」 

 ララーシュタインの言葉が、そこで止まった。
 今日の夕飯は、分厚いステーキが三枚だ。しかも、いつもより野菜の量が少ない。
 その上、普段は大量に盛り付けられるはずのニンジンが、今日は全くないのだ。
 これは、何かある──

「お前、何が望みだ?」

 食卓に着いた直後、ララーシュタインが低い声で尋ねる。と、ジュリアンはすぐに目を逸らした。

「は、はい? 望みとは何でしょう。僕は、ただ夕飯を出しただけですが?」

 とぼけた顔つきで答えるが、少年の目は完全に泳いでいる。嘘をつくのが、本当に下手なのだ。

「俺の目をごまかせると思ったか。今日の夕飯には、ニンジンが入っていない。いつも、好き嫌いは駄目だなどと言ってニンジンを無理やり食わせるお前が、今日に限ってニンジンを入れていない。何か望みがあるのだろう?」

「い、いえ、あの、その、望みなんかありません」

 しどろもどろになるジュリアンを、ララーシュタインはなおも追い込んでいく。

「嘘をつくな。何が望みだ? 言ってみろ」

「あ、あの……」

 ジュリアンは口ごもり、下を向く。何か言いたいことがあるのだろうが、なかなか言い出せないようだ。ララーシュタインは急かすことなく、少年の次の言葉を待つ。
 やがて、ジュリアンは顔を上げた。意を決した表情で口を開く。

「ぼ、僕に馬車を買ってくれませんか?」

「はあ? 馬車だとお? そんなもの、何に使うんだ?」

 さすがに、馬車という単語が飛び出すとは思わなかった。面食らいつつも尋ねたララーシュタインに対し、ジュリアンはまたしても口ごもる。

「そ、それはその……」

「馬車を買う理由は何だ? それを言わなければ、買ってやることは出来ん」

「あ、あのう……」

 しばらくためらっていたが、腹を括ったらしく真剣な表情で答える。

「ロミナちゃんを送迎するためです!」

「何だとお?」

 またしても、予想外の言葉が飛び出てきた。
 ロミナといえば、先日に出会った天然少女だ。頭は悪いが、明るく朗らかで顔も可愛らしい。ララーシュタイン相手に、物怖じすることなく話しかけてきた。挙げ句に、腕を触りたいなどと言ってきたのだ。
 ジュリアンが、いつ彼女と知り合ったのかは知らないが、親しい間柄なのは確かである。

「ロミナちゃんは、学校に行きたいと言っていました。でも、山の中に住んでいるから通えないんです。だから、僕が馬車で送り迎えしてあげようかと……」

 縋るような目で、ジュリアンは訴えた。しかし、ララーシュタインの答えはにべもない。

「却下だな」

「駄目ですか……」

 落胆した様子のジュリアンに、ララーシュタインは冷たい表情で頷く。

「ああ、駄目だ。あいつの父親は、お前のことを気に入らんらしい。そんな話を持ちかけても、反対されるのがオチだ」

「そうですね」

 悲しげな表情で答えるジュリアン。
 そう、あの父親はかなり面倒な性格である。ジュリアンのことも気に入っていないらしい。この少年が、馬車で娘さんを送迎しましょうか? などと提案したら、烈火のごとき勢いで怒鳴り散らすだろう。
 暗い表情になったジュリアンに、ララーシュタインは真面目くさった顔つきで尋ねる。

「お前は、ロミナのことが好きなのか?」

「えっ! いや、そんな、好きとかそういうのでは……」

 頬を赤らめ、またしても目線をあちこちに泳がせながら否定している。
 実にわかりやすい反応である。普通の人間なら、思わず微笑んでしまうだろう。だが、ララーシュタインはにこりともしなかった。

「俺には、詳しいことはわからん。だがな、あいつは家族と一緒にアルラト山に住んでいるらしい。あんな物騒な場所に住んでいるということは、何らかの事情があると考えるべきだろう。その事情は、他人に知られたくないものかもしれないんだぞ」

「どんな事情でも、僕は関係ないです」

 ジュリアンは、きっぱりと言ってのけた。その顔は、真剣そのものである。
 その気持ちに、嘘はないのだろう。しかし、後押しは出来ない。

「確かに、お前には関係ないかもしれん。だがな、ロミナはどうだ? お前に知られたくない秘密があるかもしれないぞ。あいつの父親にしてもそうだ。お前に知られたくない事情を抱えているかもしれん」

 珍しく理路整然と話すララーシュタインに、ジュリアンは目を逸らしうつむいた。不貞腐れているわけではない。むしろ、言われていることが心に響いているのだろう。本当に素直な少年なのだ。
 そんなジュリアンに向かい、ララーシュタインはさらに語り続ける。

「別に、ロミナと仲良くなるなと言っているわけではない。ただ、もう少し時間をかけて距離を縮めていけ。それが、俺のアドバイスだ」

 途端に、ジュリアンの表情が明るくなった。

「はい! わかりました!」

「わかってくれたな。では、食べるとしようか」

 そう言うと、ララーシュタインはナイフとフォークを手に取った。旺盛な食欲を発揮し、モリモリ食べる。その傍らでは、ジュリアンがニコニコしながら立っていた。犬のロバーツも、ララーシュタインの足元に控えている。おこぼれにあずかろうというのだ。
 いつも通りの食事風景である。だが、ララーシュタインの胸の裡は複雑であった。美味しいはずの牛ステーキも、いつものように味わって食べることが出来なかった。



 夜になり、ジュリアンは自室で眠りにつく。ララーシュタインの方は、研究室で先ほどの話を思い返していた。
 ジュリアンは、ロミナのことが好きなのだろう。普通なら、それに反対するような野暮なことはしない。
 それが普通ならば、だが……。

「ジュリアン……お前にもまた、恐ろしく複雑な事情があるだろうが。それを知られて、果たして平気なのか?」

 天井を見つめ、ひとり呟く。そう、ジュリアンにも秘密はあるのだ。それを知った時、ロミナはどんな反応をするだろうか。あの天真爛漫な少女は、ジュリアンを受け入れてくれるだろうか。
 ジュリアンが傷つく姿は、絶対に見たくなかった。

 その時、視線を感じ振り向いた。
 そこには、犬のロバーツがいた。いつの間に、研究室に入ってきていたのだろう。地面に伏せた姿勢で、つぶらな瞳をこちらに向けている。
 その目は、何かを訴えかけているようにも思えた。

「何だお前、何が言いたいんだ?」

 犬に向かい問いかける。
 ロバーツは、フンと鼻を鳴らし目をつぶる。お前が悩んでも仕方ないだろ、と言われたような気がした。
 思わず、ふうと溜息を吐く。

「お前は気楽だな。俺は、どうしたらいいのかわからんよ」

 犬に向かい愚痴った時だった。ふと、ロミナの顔が頭に浮かぶ。
 あの少女は、確かに可愛い。ジュリアンが夢中になってしまうのも、わかる気がした。だからと言って、手放しで応援は出来ない。
 そこで新たな疑問が浮かんだ。あのバロンという男、ロミナの父親らしい。だが、ふたりは全く似ていない。
 しかもララーシュタインは、かつてロミナと会った記憶があるのだ……。









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