アホの子と変な召使いと、その怖い親父たち

板倉恭司

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さらわれたロミナ

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 ロミナとバロンは、今日も学校へと向かっていた。父の引く荷車に、娘が乗っている……そんな不思議な親子の姿も、最近では見慣れたものになっていた。
 しかし、今日は様子が違っていたのだ。



 突然、バロンの前に奇妙な者たちが現れた。黒いマントのようなものを羽織り、フードですっぽりと顔を隠している。
 彼らは、道を塞ぐかのように親子の前に立っている。バロンは、じろりと睨みつけた。

「おい、何なんだお前ら?」

 尋ねたが、黒衣の者たちに答える気配はない。それどころか、じりじりと間合いを詰めて来ている。
 次の瞬間、襲いかかってきた──

「クソ! 何なんだてめえら!」

 バロンは怒鳴った。直後、襲いかかる者たちを、片っ端から素手で殴り倒していった。バロンが拳を振るうたび、黒衣の者たちは次々と倒されていく。
 だが、その隙を突かれてしまった。物陰から、新手の者たちが出現する。
 あっと言う間にロミナを抱き抱え、走り去っていったのだ──

「お父さん! お父さん!」

 必死で叫ぶロミナの声に、バロンはようやく事態に気づいた。

「ロミナぁー!」

 叫ぶバロン。その時、通りかかったのはジュリアンだ。彼は、すぐに異変に気づいた。

「何なんだあなたたちは!」

 怒鳴り、男たちに掴みかかる。しかし、黒衣の者たちは怯まない。それどころか、何のためらいもなく突き飛ばした。小さな体のジュリアンは、あっさりと地面に倒れる。
 さらに、倒れたジュリアンを蹴飛ばした──

「うぐぅ!」

 腹を蹴られたジュリアンは、痛みのあまり悶絶した。地面に倒れ、両手で腹を押さえうずくまっている。
 一方、ロミナの後を追いかけるバロン。しかし、逃げる黒衣の者たちは、何かを地面に投げつけた。直後、バロンの目の前で爆発する。途端に煙が立ち込め、周囲は騒然となった──

「ちくしょう! どうなってやがる!」

 吠えたが、視界は晴れない。それでも闇雲に進んでいったが、既にロミナの声は聞こえなかった。
 ようやく煙が消えた時、ロミナと黒衣の者たちは、影も形もなくなっていた……。



 ララーシュタインが到着したのは、ちょうどその時であった。状況を見るなり、彼は駆け出した。まずは、倒れているジュリアンを抱き起こす。

「ジュリアン! 大丈夫か!?」

「ぼ、僕は大丈夫です。それより、ロミナちゃんがさらわれてしまいました……」

 少年に言われ、ララーシュタインは改めて周りを見回した。
 ちょうどその時に、ミネルバが現れた。執事のギャリソンたちも一緒だ。しかし、この状況には目を丸くしていた。
 それも仕方ないだろう。地面には、黒いマントを着た者たちが倒れているのだ。その数は、十人を超えているだろう。意識を失っているのか死んでいるのか、ピクリとも動かない者が半分を占めている。残りの半分は、苦痛の呻き声をあげていた。
 そんな中で、銀色の髪の男が動き続けている。言うまでもなくバロンだ。倒れている者のひとりに馬乗りになって、何やら質問している。

「ゴラァ! てめえの仲間はロミナをどこに連れて行ったんだ!? さっさと吐かねえと殺すぞ!」

「お、俺は何も知らねえ。赤毛の娘を捕まえて、街の外で待ってる仲間に引き渡すことになってたんだ。それ以上、何も聞かされてねえ」

「嘘つくんじゃねえ! ロミナをとこにやったんだ! 言わねえと首をへし折るぞ!」

 言いながら、バロンは相手の首を掴んだ。途端に、男の顔が苦痛で歪む。しかし、バロンはお構い無しだ。このままでは、本当に首をへし折りかねない。 
 すると、今度はララーシュタインが動いた。つかつかと歩いていき、バロンの肩に触れ尋ねる。

「何が起きたのだ?」

「ロミナがさらわれたんだ! こいつらの仲間が、俺の娘をさらいやがったんだよ!」

 怒鳴りつけた直後、バロンは再び男に向き直る。前歯が全てへし折られ、鼻は曲がり血が垂れている。ひどい暴行を受けたことを物語っていた。暴行の主がバロンであることは明らかだ。
 にもかかわらず、バロンは拳を振り上げる。さらに暴力を振るうつもりなのだ──

「オラァ! さっさと吐け!」

 言いながら、顔面に拳を叩き込もうとした時だった。ララーシュタインが、彼の腕を掴む。

「そこまでにしておけ。こいつら、しょせんは下っ端だ。トカゲの尻尾と同じで、簡単に切り捨てられる連中だ。どれだけ痛めつけようと、何も喋らん。なぜなら、本当に知らないからだ」

「どういうことだ!?」

「こいつらは、ロミナをさらうためだけに雇われた連中だ。さらった後は、別の人間に引き渡す。それで、仕事は終わりだ。詳しい計画の内容や、上にいる者たちのことなど何も知らされておらん。悪党どものよくやる手口だ」

 ララーシュタインに言われ、バロンはようやく拳を下ろした。立ち上がると、地面に倒れている者たちを見回す。
 その場から逃げ出した者もいたようだが、大半はまだ地面に倒れていた。バロンの一撃で気を失ったか、あるいは苦痛のあまり呻き声をあげている。
 そんな者たちを見ているうち、バロンの裡に再び怒りが湧き上がってきた。
 こんなクズ以下のザコ共のせいで、ロミナがさらわれたというのか。ならば、二度と悪さ出来ないようにしてやる──

「クソが……こいつら、全員ブッ殺してやる!」

 喚くと同時に、憤然とした顔つきで男たちに近づいていく。意識ある者たちは、ヒィという声をあげた。
 だが、バロンの前にたちはだかった者がいる。ララーシュタインだ。

「やめておけ!」

「どけコラァ! 邪魔するなら、てめえから殺すぞ!」

 バロンが怒鳴りつけたが、ララーシュタインは引かない。

「冷静になれ! お前は、これからロミナを助けにいかねばならぬのだろうが! ならば、こいつらを皆殺しにするエネルギーは後に取っておけ! ロミナを救い出すことに、お前の力を使わねばならないだろうが! そんな簡単な理屈もわからんのか!」

 恐ろしい剣幕で怒鳴り返す大男。その姿は、見ただけで山賊の集団をも怯ませるくらい恐ろしいものだった。
 もっとも、バロンには彼の言葉の方が効いたらしい。一瞬にして、目を逸らしうつむいた。

「確かに、お前の言う通りだな。すまなかった」

 その口から謝罪の言葉が出た。直後、すぐに顔を上げる。

「あんた、天才魔術師とか言ってたな? てことは、魔法が使えるんだよな? だったら、力を貸してくれ。頼む」

 懇願するバロンの目からは、今にも涙が溢れそうであった。
 対するララーシュタインは、力強く頷く。

「言われるまでもない。俺も、ウチの召使いを傷つけられたのだ。黙っていられん。奴らには、地獄を見せてやる」

 言った後、ようやく後ろに付いてきている者たちの存在を思い出した。ミネルバたちに向かい語り出す。

「ちょっと見苦しいところを見せてしまったが……この男はバロン。ロミナの育ての親だ」

 そこにきて、ようやくバロンもミネルバたちの存在に気づいた。怪訝な表情で尋ねる。

「おい、何なんだこいつらは?」

「このお嬢さんは、ロミナの義理の姉なんだ。まず、ちょっとだけ話を聞いてくれ」

 そう前置きすると、ララーシュタインはこれまでの経緯を簡単に語り出した。



 説明を聞き終わるのとほぼ同時に、バロンが口を開く。

「つまり、ロミナはあんたの義理の妹だと。で、あんたはその情報を知り、ここにやって来たわけか」

 その無礼な態度に、ミネルバは顔をしかめながらも頷く。

「そうですわ」

 途端に、バロンの顔つきが変わった。怒りの表情だ、

「てことは、だ……その情報が、どこかから漏れたんじゃねえのか。たぶん、あんたら公爵家にスパイがいたんだ。そのスパイが、悪党にロミナの情報を売ったんだ。で、悪党は身代金目当てにロミナをさらったんだよ。あんたらのせいだ」

 低い声で凄む。しかし、ミネルバも怯まない。

「情報が漏れた? そんなこと、有り得ないですわ!」

 言い返すが、バロンの怒りは収まらなかった。

「でなきゃ、誰がロミナのことを知るっていうんたよ! タイミングが合いすぎてるだろうが!」

 怒鳴った後、何を思ったか壁の方を向いた。

「クソが! 俺が付いていながら!」

 喚きながら、バロンは目の前の壁を蹴りつける。すると、レンガの壁が一撃で崩れてしまったのだ。
 見ている者たちは、思わず後退りする。だが、バロンの怒りは収まらない。

「ちくしょう!」

 罵声とともに、なおも壁を殴ろうとする。だが、ララーシュタインが制した。

「落ち着け! ここで余分なエネルギーを使うな! それだけのパワーがあるのなら、ロミナを助け出す時まで取っておけ!」

「すまねえ……」

 素直に謝るバロン。その時、人混みをかき分け前に出てきた者がいた。ザビーネである。

「私がやってみよう。風の精霊たちと交信してみる。さすれば、ロミナの居場所もわかるはずだ」

 そう言うと、すぐにその場を離れる。ララーシュタインたちも、彼女の後に続いた。



 後に残されたミネルバは、しばし呆然となっていた。突然のことに、まだ状況を把握しきれていないのだった。
 だが我に返ると、すぐさまギャリソンの方を向く。

「ギャリソン! 直ちに情報収集です! 金に糸目は付けません! ロミナをさらった者をさがしだすのです!」

「ほ、本気ですか?」

「フン、あんな下賤の連中に任せてはおけませんわ。ロミナは、必ずわたくしたちが救出します。フロンタル家の名にかけて、あんな下賤の者たちよりも先に助け出して御覧にいれますわ」

 





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