アホの子と変な召使いと、その怖い親父たち

板倉恭司

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バロンのもてなし

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 ララーシュタインは、人気ひとけのない路地裏に皆を集めた。
 まず、バロンに向かい口を開く。

「お前の家を、頭の中で思い浮かべてくれ。出来るだけ正確に、周りの風景をも含めてだ」

「ど、とうするんだ?」

「俺が、ここにいる者たち全員を、お前の家に魔法で瞬間移動させる。そこを拠点に作戦会議だ」

「ま、魔法で瞬間移動? 大丈夫なんだろうな? 石の中に入っちまったりしないだろうな?」

 バロンは不安そうに尋ねた。
 実のところ、彼はかつて傭兵だった時、瞬間移動の魔法に失敗し石の中に入ってしまった冒険者パーティーの話を聞いたことがある。心配するのも仕方ないことだった。
 それに対するララーシュタインの答えは、実にシンプルなものだった。 

「俺は、そんな低レベルなヘマはしない。信じられないなら、皆で今から走ってお前の家に行くしかないぞ。ただし、その場合は時間と体力を大幅にロスすることになるがな」

 続いて、ザビーネも口を挟む。 

「心配するな。この男、やることなすこと暴力的で無茶苦茶ではあるが、魔法に関しては完璧だ」

「仕方ねえ。信じてますぜ、魔術師さま」

 冗談めいた口調で言ったバロンに、ララーシュタインは手を伸ばした。
 何をするのかと思いきや、バロンの手を握ったのだ。

「お、おい! 何しやがんだ!」

 いきなりの行為にバロンは慌てるが、ララーシュタインは落ち着いて答える。

「これは必要な手順なのだよ。大勢を飛ばすためには、こうしなくてはならんのだ」

 そう言うと、他の者たちを見回す。

「皆も、手を繋ぎ輪になってくれ。バロン、お前は家の形や見た目などをイメージするのだ」

「わかった」

「わかった」 

 素直に頷いたのは、バラカス兄弟だ。彼らは、互いに手を繋ぐ。さらに兄は、バロンの空いている手を握る。弟は、ザビーネの手を握った。
 ザビーネは苦笑しつつ、ララーシュタインの手を握る。これで、一同は輪になった。
 そこで、ララーシュタインが呪文の詠唱を始める。普段の荒々しい言葉遣いとは、まるで違うものだ。正確かつ柔らかい口調で、呪文を紡いでいく。
 詠唱が終わると同時に、彼らの姿は消えていた。



 次の瞬間、ララーシュタインらはバロンの家の前にいた。

「凄いな。本当に一瞬で来ちまったよ……さすがだな。てめえで天才魔術師と名乗るだけのことはある」

 バロンは、驚愕の表情で辺りを見回していた。
 それも当然だろう。普段の人間の足なら、半日以上はかかる距離だ。にもかかわらず、ほんの一瞬で来てしまったのである。ララーシュタインの魔術師としての力を、認めないわけにはいかなかった。
 その時、何か思いついたらしい。

「なあ、城の中に移動することは出来ないのか? そしたら、ロミナを一気に助け出せる」

「いや、それは無理だ。移動する先の風景や場所を、正確にイメージできなくてはならない。今回は、この家の住人であるお前がいたからこそ、魔法は効果を発揮した。だがな、無理に城の中に移動しようとすれば、行き先は石の中かもしれんぞ」

「そ、そうか。なら、やめとくとしよう。まあ、いろいろ面倒な制約はあるにせよ、ここまで一瞬で来られたのはすげえよ」

 しかし、ララーシュタインの方はそれどころではないらしい。

「感心している場合ではない。まずは、今後どうするか考えねば……」

 言った直後、その巨体がぐらりと揺れた。その場で、地面に片膝を着く──

「大丈夫か?」

「大丈夫か?」

 慌てて寄ってきたのはバラカス兄弟だ。しかし、ララーシュタインはすぐに立ち上がった。

「心配するな。ただの立ち眩みだ。これだけの人数を、一度に移動させたのは久しぶりだよ。しかも、距離もあったしな」

「魔法って、使うと疲れるのか?」

 尋ねたバロンに、ザビーネが答える。

「そうだ。しかも、これだけの人数を一瞬で移動させられるのは、かなりの魔力が必要だよ。ララーシュタイン以外に出来る者は……この大陸では、十人もいないだろうな」

「そうか。大したもんだな」

 そう言うと、バロンは家の扉を開けた。

「とりあえず、立ち話もなんだから入ってくれや」 

 言葉に従い、一行は家の中に入っていった。バロンが椅子を出し、食卓を囲むようにして皆が座る。

「で、どうするんだ。少し休んだら、奇襲をかけるか?」

 バロンが尋ねると、ザビーネがかぶりを振った。

「いや、どうせ攻撃を仕掛けるなら、夜にした方がいいだろう。それに、ライムさんにも何が起きたか伝えねばならぬのだろう。ならば、夜まで待つべきだ」

「俺も、その方がいいと思う」

 そう言ったのは、ララーシュタインだ。
 すると、バロンは台所に行った。やがて、人数分のパンを抱えて戻って来る。
 そのパンを、テーブルの上に置いた。

「となれば、まずは腹ごしらえだ。こんなのしかないが、とりあえず食ってくれ。腹が減っては、戦えねえからな」

 言った後、彼は再び台所に入っていった。竈に火をつけ、鍋を温めている。
 やがて、鍋の中から湯気が立ちのぼる。それを見たバロンは、皿を持ってきて中身をよそっていく。

「残りもので悪いけどよ、食ってくれ」

 言いながら、彼は皿とスプーンを置いていった。
 真っ先に食べ始めたのは、バラカス兄弟である。味わう、というより流し込むような勢いで、スープを平らげてしまった。
 その姿を見て、バロンは苦笑しつつ尋ねる。

「お前ら、すげえなあ。もっと食うか?」

「うん!」

「うん!」

 ふたりは、ほぼ同時に答えた。

「そうか。でもなあ、スープは残ってないんだよ。鹿の干し肉ならたくさんあるけど、食べるか?」

「食べる!」

「食べる!」

 たいへん元気よく答えた。聞いたバロンは、またしても苦笑しつつ地下室へと降りて行く。
 そこは、地上と違い冷えていた。寒いくらいである。ライムの眠る棺も置かれているが、まだ目を覚ます気配はない。
 棺の横を通り、貯蔵庫から大きな干し肉の塊を持ってくる。
 台所にてざっと調理し、切り分けて双子の前に出した。バラカス兄弟は旺盛な食欲を発揮し、もりもりと食べていく。
 そんな姿を見ていたララーシュタインが、そっと口を開く。

「お前、料理をするのだな」

「ああ、ライムは味見が出来ないからな。俺が作るしかねえんだよ」

「では、ロミナの食事もお前が作っていたのか?」

「そうだよ。飯だけじゃねえ、洗濯も俺がやってた」

「そうか。お前、しっかり父親をやっていたのだな」

「おいおい、お世辞なんか言われても、何も出ねえぞ」

「気にするな。期待はしておらん」

 ララーシュタインが、苦笑しつつ答えた時だった。突然、バロンの顔つきが変わる。

「そうだ。あんたに、ちょっと見て欲しいものがある」

 言ったかと思うと、ドタドタとひとつの部屋に入って行く。壁にかけられていたペンダントを外した。
 すぐに部屋を出て、ララーシュタインにペンダントを見せる。

「これに見覚えはあるか?」

「こ、これは……」

 思わず声をあげたララーシュタインに、バロンは訝しげな表情で口を開く。

「こいつはな、ロミナが持ってたペンダントだ。知ってるのか?」

「知ってる。フロンタル家の紋章だ」

 そう、ペンダントに彫られていたものは……フロンタル家の象徴・ドラゴンである。ロミナの父・エドワード公爵の曽祖父に当たる人物が、ドラゴンを退治した功により貴族の地位を賜った。フロンタル家の隆盛は、そこから始まったと言われている。
 ミネルバが乗っていた馬車にも、このペンダントと同じデザインの金具が付けられていたのだ。

「そうか……クソ、俺は本当にバカだったよ。何も気づかず、何も知らず、ずっとロミナを育ててきた」

 言いながら、バロンは自嘲の笑みを浮かべた。

「どういう意味だ?」

 ザビーネが横から尋ねると、バロンは歪んだ表情で答える。

「俺が、このペンダントの紋章に気づけていれば……こんなことになる前に、なんとか出来たのかもしれねえよ。俺は、どうしようもねえバカだ」

 言いながら、床を睨みつける。その拳は、固く握りしめられていた。
 その時、ララーシュタインが彼の肩を叩く。

「今は、後悔も反省もするな。そんなことをしている暇があったら、次に打つ手を考えろ。後悔だの反省だのはな、暇な連中に任せておけばいい」

「そうだな。本当に、その通りだよ」





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