アホの子と変な召使いと、その怖い親父たち

板倉恭司

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戦闘開始

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 食事の後、彼らは作戦会議を始めた。既に日は沈み、夕暮れ時になっている。

「先ほどの精霊からの情報によれば、城には百人を超える者たちが集まっているらしいぞ」

 ザビーネが言うと、ララーシュタインは険しい表情で答える。

「そうなると、ただの誘拐とは思えんな。フロンタル家を相手に、戦争でも仕掛ける気か?」

「わからんな」

「待ってくれ。そろそろ、ライムが起きてくる頃だ」

 途中で口を挟んだのはバロンだ。同時に、扉の開く音が聞こえてきた。一同は、そちらを向く。
 地下室に通じる扉が開いており、ひとりの女が顔を見せている。ライムが起きてきたのだ。
 いつもと同じく、気だるそうな表情で出てきた。だが、見たこともない者たちが集まっている光景を見た途端、表情が一変する。

「誰だお前ら!」

 吠えると同時に、口の犬歯が伸びる。同時に、瞳に紅い光が宿った。賊が侵入してきたと判断し、臨戦体勢に入ったのだ。
 それも仕方のないことだった。なにせ、家に見たこともない男女が集まっているのだ。それも、人相の悪い連中ばかりである。賊と思われても、無理はない。
 今にも襲いかかってきそうな空気を察し、バロンがすぐさま動く。ライムの前に立った。

「ちょっと待ってくれ。こいつらの話を聞いてくれ」

「どういうことなの!?」

 ライムは、バロンを睨みつける。そこで、ようやくロミナがいないことに気づいた。

「ちょっと! ロミナはどこ!?」

「悪いが、少しだけ黙って話を聞いてくれ」

 そう前置きし、ララーシュタインは彼女に今の状況を説明し始める。
 彼が話している間に、何を思ったかバロンが姿を消した。しばらくして、そこに現れたのほ銀色の毛に覆われた巨大な狼だった。仔牛ほどもあろうかという体をのっそり動かし、一同の前で伏せの姿勢を取る。

「君は、バロンなのだな?」

 ザビーネが尋ねると、巨狼は頷く。

「ソウダ」

 その口から、人間の言葉が出た。すると、バラカス兄弟が顔を見合わせた。

「喋った……すげえ」

「すげえ」

 呆然とした表情で言い合う。しかし、ライムの方はそれどころではなかった。

「それじゃあ、ロミナはそのフロンタルとかいう貴族の隠し子だったんだね。そして、今はその貴族の政敵にさらわれた可能性が高い……というわけか」

「そうだ」

 答えるララーシュタイン。すると、ライムは立ち上がった。

「そいつら、伯爵の城にいるんだろ。だったら、すぐに助けに行こう!」

「ちょっと待て。ロミナは、俺たちが必ず助け出す。お前は、おとなしく待っていろ」

 ララーシュタインが言うと、ライムは凄まじい形相で彼を睨む。

「ふざけんじゃないよ! ロミナは、あたしの娘だ! 親のあたしがやらなくてどうすんだい!」

「だがな、そうなった場合はお前たちの正体が知られてしまうかもしれないのだぞ。いいのか?」

 ザビーネが横から口を挟んだが、ライムに引く気配はない。口元を歪めつう答える。

「いいよ。本物の家族が来てんだろ。だったら、いさぎよくさよならするしかないじゃないか。あたしらだって、いつかはこんな日が来るんだって覚悟してたしね」

「本当に、いいんだな?」

 ララーシュタインが問うと、ライムは不機嫌そうな顔で頷く。

「しつこい奴だね。いいって言ってんだろ。大丈夫だよ」

「アア、ダイジョウブダ」

 そう言ったのはバロンだ。巨狼の姿で、ララーシュタインをまっすぐ見つめている。

「ならば、今から作戦を考えるか」




 アルラト山にそびえ立つ古城は、かつてロクスリー伯爵が住んでいた。
 しかし、今は違う。どこから現れたのか、物騒な得物を持った男たちの住処となっている。年齢や人種はまちまちだが、共通するのは危険な匂いを発している点だ。
 
 だいぶ前に日は沈み、空には月が出ている。そんな中、城の中庭には鉄製の松明台が数本立てられていた。その上には火のついた松明が置かれており、辺りを明るく照らしている。
 松明台の周囲では、武装した傭兵たちが、酒瓶を片手にウロウロしていた。その数は、ざっと三十人ほどだろうか。
 酒を飲みながら、軽口を叩き笑いあっていた傭兵たち。だが、そこにとんでもない知らせが入った──

「おい、誰か歩いてきたぞ!」

 物見櫓から、突然の大声。傭兵たちほ、一斉にそちらを向く。

「誰かって誰だ? 何人いる?」

 ひとりが聞く。

「知らねえ奴だよ。たった三人だが、みなデカい奴らだぞ。どうする? 追い払うか?」

 返ってきた言葉に、傭兵たちは一斉に首を捻る。

「三人だと?」

「いくらなんでも、たった三人で乗り込んできたりしねえだろ」

「道に迷ったアホじゃねえのか?」

 勝手なことを言い合っているうちに、また見張りが声を発した。

「近づいて来るぞ! どうすんだ!?」

「とりあえず、何の用か聞け」

 傭兵のひとりが、そう返した。すると、見張り番が怒鳴る。

「おい! お前ら誰だ! ここに何しに来た!」

 声が聞こえた。だが、返事はない。
 それきり、何も聞こえなくなった。中庭にいる傭兵たちは、顔を見合わせる。

「どうしたんだろうな?」

「ビビって逃げていったんだろ」

 そんな呑気なことを言い合っていた時だった。突然、凄まじい轟音が響き渡る。さらに、大地が揺れた──

 直後の信じられない光景に、傭兵たちは啞然となっていた。
 頑丈なはずの城壁だったが、その一部が完全に吹き飛んでいたのだ。見れば、巨大な穴が空いている。
 その穴から、入ってきた者がいた。筋肉に覆われた巨大な体、肩までの黒髪、ぼうぼうに伸びた髭、毛皮のベスト……そう、ララーシュタインである。
 彼は真正面から、ロミナの囚われし城に殴り込みをかけたのだ。  

「お、おい……あいつ何なんだ!?」

「何で穴が空いてんだ!?」

「いったいどうなってる!?」

 傭兵たちは、とんでもない事態を前にどよめいている。
 だが、ひとりの傭兵が近づいて行った。信じられない光景を前にしながらも、どうにか口を開く。

「ちょ、ちょっと待て。あんた、誰だ?」

「俺の名は、ララーシュタインだ」

 答えた後、ぶんと拳を振る。
 何の変哲もない、力任せのパンチである。にもかかわらず、食らった傭兵はバタリと倒れた。たった一撃で、殴り倒してしまったのだ。
 そのまま、振り返りもせず進んで行く。彼は今、こんな連中にいちいち構っていられる状況ではない。ズンズン中庭の奥深くへと侵入していく。
 そこで、傭兵たちはようやく自身の職務を思い出した。

「おい、お前! そこで止まれ! 何者だ!」

 槍を構えた若者が、行く手を遮るような形で怒鳴りつける。同時に、他の者たちも動いた。大男の魔術師を取り囲む。
 ララーシュタインは立ち止まった。大勢に囲まれているにもかかわらず、怯む気配がない。じろりと睨みつけた。

「貴様ら、さっさと失せろ。でないと全員殺す」

 魔術師の体格と冷めた迫力を前に、傭兵たちは怯んでいた。もともと、金で雇われた身である。命まで懸けるほどの忠誠心はない。
 しかも、侵入してきた男は見るからに強そうだ。その上、得体のしれない自信に満ち溢れている。さらに、頑丈な城壁に一瞬で風穴を空けてしまったのだ。百戦錬磨の傭兵たちとて、こんな理解不能な者を相手にしたことはない。
 一方、ララーシュタインは溜息を吐いた。人差し指を、中庭に生えている大木へ向ける。
 短い呪文の詠唱と同時に、指先が光った。次の瞬間、人差し指から青い稲妻が放たれる──
 稲妻は、大木を直撃した。と、一瞬にして黒焦げの炭へと変えてしまった──

「貴様らも、こうなりたいのか。それならば、遠慮はいらん。かかって来い」

 傭兵たちを見回し、ララーシュタインは面倒くさそうな表情で言った。
 傭兵たちの方はというと、完全に固まっている。どうすべきか、判断がつかないのだ。もし、ここで逃げたら傭兵として名折れである。今後の仕事にも差し支える。かと言って、死にたくもない。
 ララーシュタインはというと、また溜息を吐いた。呪文を詠唱しつつ、ひとりの傭兵に人差し指を向ける。
 今度は、指先から光の弾丸が放たれた。光弾はまっすぐ飛び、傭兵たちの足元へと炸裂する。
 軽い爆発音とともに、足元の土がえぐれた。土煙も上がり、傭兵たちは反射的に後ずさる。

「次は当てるぞ。当たれば、怪我では済まない。それが嫌なら、さっさと失せろ」

 ララーシュタインは、冷静な声で言い放つ。
 そこで、ようやくひとりの傭兵が心を決めた。くるりと振り向き、一目散に逃げていく。
 それを見た他の傭兵たちも、一斉に動いた。蜘蛛の子を散らすように、全員が逃げていく。城の中庭は、あっと言う間に人っ子一人いなくなってしまった。
 そんな無人の庭を、ララーシュタインはひとり進んでいく。城の前に立つと、後ろを振り返った。
 あれだけいた傭兵たちは、みな逃げていったらしい。ここから見る限りでは、敵らしき者の姿はない。
 ただし、味方の姿はあった。バラカス兄弟だ。ララーシュタインの後ろから、しっかりと付いて来ている。彼の背中を守ってくれているのだ。
 ララーシュタインは、ふたりに向かい口を開く。

「お前たちは、ここで見張っていてくれ。騒ぎを知り、新手の部隊が駆けつけて来るかもしれん。その時は、中に来て知らせてくれ」

「わかった」

「わかった」

 兄弟は同時に答えた。ララーシュタインは頷き、門を開け城の中へと入っていく

「俺の名はララーシュタインだ! 臆さぬならば、かかって来い!」





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