アホの子と変な召使いと、その怖い親父たち

板倉恭司

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最強の武人(2)

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 顔をしかめるララーシュタインに向かい、グランドレイガーは吠える。

「もはや問答無用! さあ、力ずくで来るがよい! お前、白兵戦の方もなかなかのものと聞き及んでいるぞ!」

「いいだろう」

 ララーシュタインは、首に巻かれたチェーンを抜いた。ゆっくりと、頭上で振り回す。
 その姿を見て、グランドレイガーは鼻を鳴らした。

「何だそれは? そんなもので、この俺に立ち向かおうというのか?」

「そうだ。俺は、あんたと違い貧民街の生まれだ。こんな武器を使い、路上で腕を磨いてきたのだよ!」

 吠えた直後、ララーシュタインは襲いかかった。チエーンを振り上げ、思い切り叩きつける。
 グランドレイガーは、その一撃を避けようともしなかった。微動だにせず、まともに攻撃を受け止める。
 激しい金属音。打ったララーシュタインの方にも、強烈な手応えがあった。
 しかし、相手はビクリともしていない。

「愚か者めが。俺は、騎士として血ヘドを吐くような鍛錬を積み、幾多の戦場を生き抜いて来たのだぞ。血みどろの修羅場で飯を食い、死と隣り合わせの環境で眠ったこともある。そんな俺に、路上のケンカ殺法が通じるとでも思ったのか!」

 怒鳴った直後、グランドレイガーの蹴りが飛ぶ。
 強烈な前蹴りがまともに入り、ララーシュタインは吹っ飛ばされた。百三十キロの巨体が、蹴り一発で宙を飛び、壁に叩き付けられる──

「この、化け物め……」

 ララーシュタインは毒づいた。片膝を着いたまま、どうにか顔を上げグランドレイガーを睨みつける。
 あの鎧は、魔法への強力な耐性を持っている。レベルの低い攻撃魔法なら、一瞬にして無力化してしまうのだ。しかも、強い衝撃耐性をも備えている。
 この鎧を破壊するには、耐性をも上回るほどの強い魔法を使わねばならない。しかし、そんな強力な攻撃魔法を用いれば……この建物自体に、被害が及ぶことになる。そうなったら、ロミナの身に万が一のことが起きかねない。
 となれば、残るは肉弾戦しかない。だが、このグランドレイガーは強い。オーガーやミノタウロスといった大型の亜人族にも、引けを取らないほどの腕力を持っているのだ。技に関しても、長年の修練で鍛え上げられている。もう五十近い年齢のはずなのに、いささかも衰えていない。
 これまでララーシュタインが叩きのめしてきた連中とは、まるでレベルが違う。武神の異名は、伊達ではなかった。
 
「どうすればいいのだ……」

 さすがのララーシュタインも、この状況では打つ手がなかった──

 ・・・

 その頃ジュリアンは、自室のベッドに潜っていた。
 もっとも、眠ることなど出来はしない。ララーシュタインとバロンに言われたことは、今も心に突き刺さっている。
 いや、それよりも……ロミナの危機に、何も出来ないことが悔しい。自分の無力さを、ここまで思い知らされたことは初めてだ。
 
「僕は無力だ。どうしようもなく弱いんだ」

 そっと呟いた時だった。突然、ワウという声が聞こえた。
 見れば、ロバーツがいる。ドアは閉まっていたはずなのに、どうやって入ったのだろう。

「ロバーツ……」

 言いながら、そっと起き上がる。途端に、全身に痛みが走った。思わず顔をしかめる。
 ジュリアンは、己の弱さを呪った。あの時、自分がもう少し強ければ、ロミナを守ることが出来たのだ。
 いや、そもそも怪我をする機能など付けてもらわなければ良かったのだ。怪我さえ……いや、痛みさえ感じることがなければ、ロミナを連れ去られることはなかったかもしれない。

「僕は、バカだったよ」

 誰にともなく呟いた時、かつてララーシュタインに言われた言葉が甦る。

(新しい人間の第一号であり、最強の生物兵器でもある。お前の秘めた力は、ひとつの国をも制圧できるものなのだ)

 ということは……ジュリアンは本来ならば、とても強いということだ。だが、今はその強さを引き出せていない。
 次の瞬間、ジュリアンはベッドの上でひざまずいていた。両手を組み、天井を見つめる、

「お願いだよ。もし、僕に力があるなら……今こそ、その力を使わせてくれ!」

 真剣に祈った。彼は今まで、神に祈ったことなどない。そもそも、神なるものがどんな存在なのかすらわかっていない。しかし、今頼れるものはそれしかないのだ。今の体勢も、半ば本能的なものであった。
 その時、ロバーツが吠えた。直後、後ろからジュリアンに飛びつく。
 右肩に、がぶりと噛みついたのだ──

「いた!」

 ジュリアンは、思わず声をあげた。ロバーツはとうと、すぐに飛び降りる。何か言いたげな様子で、少年を見上げた。

「何をするんだよ……」

 突然の思いもよらぬ行動に、ジュリアンは戸惑いながらも右肩に触れる。血は出ていないし、怪我もしていない。一応は、加減をして噛んだらしい。
 だが、触れた時に違和感を覚えた。体の奥から、ビリッとくるような感覚に襲われたのだ。これは、噛まれた痛みとは全く別種のものだ。

「な、何だ今のは……」

 思わず呟いた時だった。ロバーツが、再びワウと吠えた。次いで、左肩の辺りを前足でつつく。
 どういう意味だろう。だが、すぐにピンときた。

「ひょっとして、こっちも触るの?」

 尋ねると、ロバーツは鼻を鳴らす。そうだ、とでも言わんばかりである。
 ジュリアンは、そっと左肩にも触れてみた。直後、全身に凄まじい衝撃が走る。落雷にでも打たれたかのようだ。あまりにも強烈な衝撃に、ジュリアンはその場に倒れ伏した。

 ややあって、ジュリアンは立ち上がる。体の奥底から、力が湧き出てくる……そんな不思議な感覚が、少年の全身を支配していた。
 直後、ジュリアンの体に不思議なことが起きた。突然、全身が発光し始めたのだ。赤と青の異様な光が、身体を覆っている。もはや、明かりなどいらないくらいの光量である。
 同時に、自身の裡から湧き出てくる力を感じていた。凄まじい力だ。体が爆発するのではないか、とさえ思われる異様な感覚に必死で耐える。
 一瞬の間を置き、頭の中に流れ込んできたものがあった。自身に秘められた強大な力、その内容と使い方だ。ジュリアンは、大量に流れ込んできた己の力に関する情報を、瞬時に理解していった。さらに、その効果的な使い方も学んでいく。
 やがてジュリアンは、己に備わった能力を全て把握した。さらに、今すぐに成さねばならぬことも思い出した。
 さらわれたロミナを、助け出さなくてはならないのだ。
 ララーシュタインの強さはわかっている。ザビーネや、バラカス兄弟の凄さも知っている。彼らがいれば、どんな敵でも恐れることはないはずだった。
 にもかかわらず、強い不安を覚えた。皆が危機に陥るかもしれない、そんな予感がするのだ。
 それに……ロミナが捕まっているというのに、自分だけここで安穏としてはいられない。
 
「ロミナちゃん……君は今、どこにいるの?」

 ジュリアンは、そっと呟いた。目をつぶり、精神を集中させる。
 これもまた、少年の能力だ。人間の体と心、そこから放たれる特有のエネルギー……すなわち「気」を感じ取るというものだ。ジュリアンは、ロミナから発せられる気を感じ取るべく、精神を集中させる。
 ロミナがどこにいるか、すぐに感知した。ジュリアンの顔に、笑みが浮かぶ。

「見つけたよ。今すぐ、助けに行くからね!」

 叫んだ直後、ジュリアンの体から得体の知れない力が湧き出てくる。
 同時に、彼の体が浮かび上がった。あっと言う間に、天井の近くまで浮き上がっていたのだ。物理の法則を完全に無視した、魔法の力である。
 次の瞬間、窓から外に出る。鳥よりも速いスピードで、飛び去って行ったのだ──

 一瞬にして、消え去ってしまったジュリアン。すると、ロバーツは窓の方を向く。
 直後、アウーと遠吠えした。ジュリアンに向け、エールを送っているかのように──





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