アホの子と変な召使いと、その怖い親父たち

板倉恭司

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最強の武人(4)

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 グランドレイガーは今、バラカス兄弟の強さを痛感させられていた。
 咄嗟に思いついたであろう今のトリッキーな作戦もさることながら、ハルバードを遠くにぶん投げた判断も素晴らしいものだ。
 常人ならば、奪い取ったハルバードで斬りかかって来ただろう。挙げ句、グランドレイガーに再び奪い返されていたはずだ。
 しかし、兄弟は違っていた。使い慣れない武器を無理に使うより、遠くに放り投げた。グランドレイガーの攻撃力を、確実に減らすという選択をしたのだ。
 今の状況では、その選択こそが正解であった。

「俺は、お前たちの力を見誤っていた。よくぞ、そこまで練り上げたものだ。お前たちは、本当に強い。極限に近いレベルまで鍛え抜かれた肉体と、瞬時に奇手を思いつき行動に移せる度胸。俺も、今まで数々の戦場を巡って来たが、お前たちほどの強者と相まみえたのは初めてだ」

 グランドレイガーは、静かな口調で語った。どのような表情をしているのかは、兜のせいで見えない。だが声を聞く限り、嘘ではなさそうだ。

「お前たちほどの戦士が、街の貧民窟に埋もれていようとはな。実に惜しい。俺の部下にいれば、どれだけの手柄を立てたのだろうな。お前たちのような部下と肩を並べて、戦場を駆け抜けてみたかった」

「おう、そうか」

「そうか」

 兄弟は、とぼけた顔つきで答えた。一方、グランドレイガーはさらに語っていく。

「これまで会った中でも、最強といっていい相手だ。実に惜しい。こんな強者を、自らの手で仕留めねばならんとはな。さあ、ふたりまとめて来るがいい」

 その言葉を待っていたかのように、バラカス兄弟が動き出す。
 ふたり同時に襲いかかっていった──

 バラカス強大は、恐ろしい勢いで殴りかかっていく。ふたりで拳を振るい、グランドレイガーを殴りつける。さらには、足での蹴りも食らわす。凄まじい連撃だ。
 大木すらへし折れるほどの連撃であったが、グランドレイガーはビクともしていない。ふたりのダース単位の打撃を、避ける素振りもなく受け続けている。
 しかし、この男はその場からピクリとも動いていないのだ。たとえ甲冑を着ていようが、殴られれば衝撃が内部まで浸透してくるはずだった。にもかかわらず、グランドレイガーにダメージはないらしい。これもまた、鎧に宿る力なのか。
 
「悪くはない。だが、その程度の攻撃では、この鎧には効かんぞ。次は、こちらの番だ」

 呟いた直後、今度はグランドレイガーが動く。
 左右の拳を、二回振っただけだった。兄弟は、力任せのパンチを、それぞれ一発ずつもらっただけである。
 そのたった一発のパンチで、バラカス兄弟は呆気なく飛んでいったのだ。百キロを超える頑丈な体が、ハリケーンにでも遭ったかのような勢いでぶっ飛び、床に倒れたのだ。
 
「どうした? もう終わりか? 俺を相手に、ここまで戦ったのは大したものだ。久しぶりに、本気で戦えたぞ。その腕に免じ、降伏するならば部下にしてやってもいい。だがな、あくまで戦うというなら殺すだけだ」

 グランドレイガーの提案に、バラカス兄弟は立ち上がる。
 兄弟そろって、拳を顔の位置にあげ構える。その瞳から、戦意は消えていない。どうやら、降伏する気はないらしい。圧倒的な差を知りながらも、なおも戦おうというのだ。

「そうか。まだ戦うのだな。だが、それこそ望むところよ。もっと、俺を楽しませろ!」

 吠えたグランドレイガーに、まず突進していったのが兄だ。拳を振り上げ、先ほどと同じく何やら喚きながら突っ込んでいく。
 だが、途中で動きが変わった。パッとしゃがみ込むと、腰の辺りに強烈なタックルを食らわしたのだ。スピード、タイミング共にこれ以上ないくらいの見事なものである。野生のゴリラでも、このタックルをくらえば立ってはいられないだろう。
 グランドレイガーはというと、そのタックルを正面から受け止めたのだ。しかし、ピクリともしない。微動だにせず、まっすぐ立っている。

「同じ攻撃を、二度もくらうと思ったか。愚かな奴め」

 組み付いている兄を見下ろし、グランドレイガーはせせら笑った。兄は懸命に引き倒そうとしているが、両者の力と体格は違いすぎた。しかも、グランドレイガーとて武人だ。組み合っての格闘で、倒されないためのコツは知っている。
 その時、弟も動いた。兄と同じく、喚きながら拳を振り上げ突進してくる。
 だが、こちらも途中で動きが変わった。飛び上がったかと思うと、高く跳躍してのドロップキックを放ったのだ。
 トリッキーな攻撃ではあったが、グランドレイガーにとっては何ということもないらしい。ぶんと腕を振り、簡単に払い落としてしまったのだ。
 そこで、再び動いたのが兄である。その振り回した右腕に、一瞬にして飛びついたのだ。
 グランドレイガーの二の腕に、両足を巻きつけた。同時に、相手の前腕を己の両手でがっちりと掴みロックする。一連の動きには、一切の無駄がなく流れるように進んでいる。その様は、一流の踊り手の舞踊を見ているかのようであった。
 直後、グランドレイガーの肘関節を逆方向に捻った──

 飛びつき腕ひしぎ十字固め……相手の腕に飛びつき、肘関節を極め破壊する関節技だ。
 グランドレイガーの鎧は、魔法を無効化する特殊能力を備えている。また、物理的な攻撃に対しても強い防御力を持っている。剣で斬ろうが槍で突き刺そうが、傷ひとつ付かない。
 その上、着用した者の動きを阻害することなく自在に動けるように作られている。したがって、柔軟さもある。
 しかし、鎧がどんなに頑丈であろうとも、関節技に対しては無力であった。いや、なまじ着用者の動きを阻害しないような構造だったのが災いしたのだ。
 バラカス兄は関節技をかけ、一瞬にして武人の右腕をへし折ってしまった──

「き、貴様!」

 グランドレイガーは吠えた。右の肘関節を襲う激痛に耐え、反射的に左腕を振り回した。
 その左腕に飛びついたのは、バラカス弟てあった。兄と同じく、飛びつき腕ひしぎ十字固めを極める。
 グランドレイガーの左肘もまた、一瞬にして砕かれた──

「ぐおぉぉぉ!」

 獣の咆哮のごとき叫び声をあげ、グランドレイガーは崩れ落ちた。ガバナス帝国最強と謳われた武人が、名もなき貧民街の用心棒風情に両腕をへし折られてしまったのである。
 当の双子は、涼しい表情で倒れた巨人を見下ろしている。

「お前強い。でも、その鎧に頼り過ぎ。技の防御が出来てない」

「頼り過ぎ。技の防御が出来てない」

 その言葉に、グランドレイガーは痛みをこらえ顔を上げた。

「そうか。この魔法の鎧に頼りすぎていた性根が、己の技を曇らせていたか……何たることだ。武人失格だな」

 言った後、仰向けに寝転がった。両腕が使えなくなった今、戦いにはならない。敗北を認めたのだ。
 その体勢のまま、さらに言葉を続ける。

「もういい。俺は敗れたのだ。さっさと殺すがいい。何もかも失った身、もはや生きる理由もない。最後に、貴様らのような最高の戦士と戦えた……それだけで満足だ」

 言われたふたりは、またしても目を合わせた。
 同時に頷くと、まず兄が動いた。グランドレイガーの顔を覆っていた兜を、力任せに引き剥がす。
 いかつい顔が、あらわになった。だが、兄はグランドレイガーの顔など見てもいない。その太い首に、背後から腕を巻き付けた。
 直後、キュッと絞め上げる。グランドレイガーは抵抗すら出来なかった。あっという間に絞め落とされ、意識を失う。

「兄ちゃん、やったか?」

「おう、やった」

 ふたりは、グランドレイガーの巨体を担ぎ上げる。
 そのまま、城から慎重に運び出していった。




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