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最高の家族
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事件から、数日が過ぎた。城塞都市バーレンのゾッド地区は、普段とほぼ変わらない時間が流れている。
ただし、変化もあった。そのひとつが、バラカス兄弟である。もともと変人として知られてはいたが……最近では天を突くような巨人とともに、わけのわからないトレーニングに励むようになったのだ。
今も兄弟は、昼間から巨人とともに三人で街中をジョギングしているのだ。
「わっせ、わっせ」
とぼけた声をあげながら、三人で走っていった。そんな大男どもを見て、肉屋のアンジェラは困った表情でかぶりを振る。
「やれやれ、また変なのが増えたよ。困ったねえ。あの三人が来たら、ウチの店の肉を全部食っちまいそうだよ」
呆れた口調で呟いた。
彼女は知らなかっと。バラカス兄弟と一緒に走っていた巨人は、ガバナス帝国にて最強の武人と恐れられていたグランドレイガーだったのである。
その頃、ロミナとジュリアンは、アルラト山の山道を歩いていた。雲ひとつない青空が広がっており、いい天気である。
やがて、ふたりは小高い丘の上で腰を下ろした。ジュリアンが地面に布を敷き、ロミナをその上に座らせる。
次いで、背負っていたリュックを下ろした。中から、紙に包んだものを取り出す。
丁寧に開けると、中には焼き菓子が入っていた。ジュリアンは、その菓子をロミナに差し出す。
「ロミナちゃん、これ作ったんだよ。食べてみて」
「これは何なのだ?」
「牛乳やバターや卵なんかを使った焼き菓子だよ。クッキーっていうんだ。ロミナちゃんに、是非とも食べて欲しいんだ」
「うん、わかったのだ。食べるのだ」
ロミナは、恐る恐るという様子で口に入れた。直後、奇怪な叫び声とともに飛び上がる──
「ふ、ふんぎゃあ!」
「だ、大丈夫!?」
慌てるジュリアンの前で、ロミナは呆然となっていた。
「こ、これは……」
「まずかった?」
聞いたジュリアンに、ロミナは首をブンブン振る。もちろん横にだ。
「まずくないのだ! 美味しいのだ! とってもとっても美味しいのだ! 脳みそバーンて爆発するかと思ったのだ!」
感激した様子で、ロミナは身振り手振りを交えて美味しかった気持ちを訴える。ジュリアンは、ホッとした表情で笑っていた。
そんなふたりを、離れた木陰からじっと見ている者たちがいた。銀髪の小柄な男と、毛皮のベストを着た大男……そう、バロンとララーシュタインである。
「ったく、何イチャついてんだよ。くっつきすぎだ……で、お前は何しに来てんだ?」
バロンが横を向き、小声で凄む。だが、ララーシュタインも負けていない。
「お前こそ何をしているのだ。若いふたりの逢瀬を覗くなど、いい趣味ではないぞ」
「お前だって同じだろうが、この人型ゴリラが。だいたいな、ジュリアンはまだ若すぎるだろうが」
「フン、ロミナだってまだ幼いではないか。理由になっておらん。本当に愚かな奴だな」
「んたと、このアホの変態魔術師が。やんのかコラ」
「そうか。やはり、どちらが強いかはっきりさせんといかんらしいな」
「上等だよ。お前のうっとおしいヒゲを引きちぎってやりたいと、ずっと思ってたんだよ」
「やれるものならやってみろ。それより、狼の姿にならなくていいのか?」
「何を言ってんだ。てめえごとき、この人の姿で充分だ。てめえこそ、魔法を使わなくていいのか?」
「フッ、お前ごとき魔法を使うまでもない。この両手で充分だ」
睨み合い罵り合いながら、腕をブンブン回したり首をポキポキ曲げたりと、ウォーミングアップをする両者。だが、その騒ぎのせいで存在はバレバレである。
ロミナは、そっと振り返った。ふたりの「隠れている」方を見てみる。両者の言い合いは、今やはっきり聞こえるほどの声量だ。
「この原始人が! その髪さっさと切れや!」
「何を抜かす! バーレンの野良犬が!」
ロミナが呆れた表情でこちらを見ていることにすら気づいていない。少女は、そっと溜息を吐いた。
「あのふたり、また付いて来てるのだ。それに、また喧嘩してるのだ。本当に困ったさんなのだ」
「どうする? 止める?」
「いいのだ。ほっとくのだ。お母さんが言ってたのだ。あのふたりは、喧嘩するほど仲がいいらしいのだ」
言った後、不意にロミナはジュリアンの方を向いた。
「そんなことより、ジュリアンは空を飛べるのか?」
「う、うん、一応は飛べるよ」
「では、ロミナを連れて飛んで欲しいのだ」
「えっ? 怖くないの?」
「怖くないのだ! それよりも、空を飛んでみたいのだ!」
「わかった。じゃあ、まずは軽くその辺を飛んでみようか」
「わかったのだ!」
目を輝かせ答えたロミナを、ジュリアンはそっと抱き上げた。お姫さま抱っこの体勢である。
「じゃあ、行くよ!」
言った直後、ジュリアンの体がふわりと浮かぶ。走るのと同じくらいの速度で、空を移動し始めた。
そこで、ようやくふたりも状況に気づく。
「くぉらジュリアン! 危ねえだろうが! ウチの娘を連れて空飛ぶな! お姫さま抱っこなんかして、どこに連れて行く気だ!」
真っ先に騒ぎ出したのはバロンだったが、ララーシュタインが彼の肩を掴む。
「こうなっては仕方ない。そっとしといてやれ」
その言葉に、バロンは悔しそうな顔をしながらも頷いた。
少しの間を置き、彼はララーシュタインに尋ねる。
「なあ、あのジュリアンは人間と同じなのか?」
「ああ、ほとんど同じだ。成長し、やがて年老いる。俺たちと同じだよ」
「じゃあ、ウチの娘を預けても大丈夫なんだな?」
「ああ、大丈夫だ。俺が保証する」
「お前の保証? いまいち信用できねえなあ」
「だいたいな、ふたりのこの先がどうなるか……それは、お前が決めることではない。ロミナとジュリアンが決めることだ」
一方、ロミナとジュリアンは悠々と空を飛んでいた。
「ロミナちゃん、あの……」
ジュリアンが、思いつめた表情で口を開く。
「何なのだ?」
「改めて言うことでもないけど……僕は、人間じゃないんだ。ララーシュタインさまに造られた人造人間なんだよ」
「ジンゾウニンゲン? 何なのだそれは?」
「普通の人間は、お父さんとお母さんさんが……その、何というか……アレして生まれるんだよ。でも、僕はララーシュタインさまの魔法で造られたんだ」
「ふーん、そうなのか」
「こんな僕でも、友だちでいてくれる?」
意を決して尋ねたジュリアンだったが、ロミナの返事はあっけらかんとしたものだった。
「何を言っているのだ? なぜ、そんなことを聞くのだ?」
「えっ……だって、僕は普通の人間じゃないんだよ。怖くないの?」
「そんなの、どうてもいいことなのだ。ジュリアンはジュリアンだし、それでいいのだ」
「ロミナちゃん……」
ジュリアンは、感激のあまり思わず涙ぐむ。だが、続いて放たれた言葉には涙も吹っ飛んでしまった。
「ロミナは大きくなったら、ジュリアンのお嫁さんになりたいのだ」
「へっ?」
思いもかけなかつた言葉に絶句するジュリアンだったが、ロミナはもう一度繰り返した。
「ロミナは、大きくなったらジュリアンのお嫁さんになりたいのだ。そして、いっぱいお菓子を作ってもらいたいのだ。そしたら、毎日おいしいお菓子が食べられるのだ。ジュリアンは嫌なのか?」
「嫌なわけないじゃないか! 嬉しいよ! 凄く嬉しい!」
叫びながら、ジュリアンは空を飛び回る。ロミナは、楽しそうにキャッキャッと声をあげた。全く怖くないらしい。
「僕、ロミナちゃんのために毎日ご馳走を作るからね! もっと美味しいお菓子も、いっぱい作るよ!」
「ほ、本当か!? それは嬉しいのだ!」
叫んだロミナだったが、不意に真顔になる。
「そしたら、お父さんやお母さんにも、ご馳走を食べさせて欲しいのだ。食べさせてくれるか?」
「もちろんだよ! 毎日、いっぱいご馳走するよ!」
・・・
同じ頃、アルラト山に向かう街道に馬車が向かっていた。乗っているのは、ロミナの姉ミネルバである。今日もまた、ロミナに会いに来たのだ。
「さあて、今日はどうやって可愛がってあげましょうか……」
そんなことを言いながら、頬を赤く染め手足をバタバタさせ悶えている。またしても、ひとりで妄想の世界に突入しているらしい。
侍女と執事は、困った表情で溜息を吐いた。
ただし、変化もあった。そのひとつが、バラカス兄弟である。もともと変人として知られてはいたが……最近では天を突くような巨人とともに、わけのわからないトレーニングに励むようになったのだ。
今も兄弟は、昼間から巨人とともに三人で街中をジョギングしているのだ。
「わっせ、わっせ」
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その頃、ロミナとジュリアンは、アルラト山の山道を歩いていた。雲ひとつない青空が広がっており、いい天気である。
やがて、ふたりは小高い丘の上で腰を下ろした。ジュリアンが地面に布を敷き、ロミナをその上に座らせる。
次いで、背負っていたリュックを下ろした。中から、紙に包んだものを取り出す。
丁寧に開けると、中には焼き菓子が入っていた。ジュリアンは、その菓子をロミナに差し出す。
「ロミナちゃん、これ作ったんだよ。食べてみて」
「これは何なのだ?」
「牛乳やバターや卵なんかを使った焼き菓子だよ。クッキーっていうんだ。ロミナちゃんに、是非とも食べて欲しいんだ」
「うん、わかったのだ。食べるのだ」
ロミナは、恐る恐るという様子で口に入れた。直後、奇怪な叫び声とともに飛び上がる──
「ふ、ふんぎゃあ!」
「だ、大丈夫!?」
慌てるジュリアンの前で、ロミナは呆然となっていた。
「こ、これは……」
「まずかった?」
聞いたジュリアンに、ロミナは首をブンブン振る。もちろん横にだ。
「まずくないのだ! 美味しいのだ! とってもとっても美味しいのだ! 脳みそバーンて爆発するかと思ったのだ!」
感激した様子で、ロミナは身振り手振りを交えて美味しかった気持ちを訴える。ジュリアンは、ホッとした表情で笑っていた。
そんなふたりを、離れた木陰からじっと見ている者たちがいた。銀髪の小柄な男と、毛皮のベストを着た大男……そう、バロンとララーシュタインである。
「ったく、何イチャついてんだよ。くっつきすぎだ……で、お前は何しに来てんだ?」
バロンが横を向き、小声で凄む。だが、ララーシュタインも負けていない。
「お前こそ何をしているのだ。若いふたりの逢瀬を覗くなど、いい趣味ではないぞ」
「お前だって同じだろうが、この人型ゴリラが。だいたいな、ジュリアンはまだ若すぎるだろうが」
「フン、ロミナだってまだ幼いではないか。理由になっておらん。本当に愚かな奴だな」
「んたと、このアホの変態魔術師が。やんのかコラ」
「そうか。やはり、どちらが強いかはっきりさせんといかんらしいな」
「上等だよ。お前のうっとおしいヒゲを引きちぎってやりたいと、ずっと思ってたんだよ」
「やれるものならやってみろ。それより、狼の姿にならなくていいのか?」
「何を言ってんだ。てめえごとき、この人の姿で充分だ。てめえこそ、魔法を使わなくていいのか?」
「フッ、お前ごとき魔法を使うまでもない。この両手で充分だ」
睨み合い罵り合いながら、腕をブンブン回したり首をポキポキ曲げたりと、ウォーミングアップをする両者。だが、その騒ぎのせいで存在はバレバレである。
ロミナは、そっと振り返った。ふたりの「隠れている」方を見てみる。両者の言い合いは、今やはっきり聞こえるほどの声量だ。
「この原始人が! その髪さっさと切れや!」
「何を抜かす! バーレンの野良犬が!」
ロミナが呆れた表情でこちらを見ていることにすら気づいていない。少女は、そっと溜息を吐いた。
「あのふたり、また付いて来てるのだ。それに、また喧嘩してるのだ。本当に困ったさんなのだ」
「どうする? 止める?」
「いいのだ。ほっとくのだ。お母さんが言ってたのだ。あのふたりは、喧嘩するほど仲がいいらしいのだ」
言った後、不意にロミナはジュリアンの方を向いた。
「そんなことより、ジュリアンは空を飛べるのか?」
「う、うん、一応は飛べるよ」
「では、ロミナを連れて飛んで欲しいのだ」
「えっ? 怖くないの?」
「怖くないのだ! それよりも、空を飛んでみたいのだ!」
「わかった。じゃあ、まずは軽くその辺を飛んでみようか」
「わかったのだ!」
目を輝かせ答えたロミナを、ジュリアンはそっと抱き上げた。お姫さま抱っこの体勢である。
「じゃあ、行くよ!」
言った直後、ジュリアンの体がふわりと浮かぶ。走るのと同じくらいの速度で、空を移動し始めた。
そこで、ようやくふたりも状況に気づく。
「くぉらジュリアン! 危ねえだろうが! ウチの娘を連れて空飛ぶな! お姫さま抱っこなんかして、どこに連れて行く気だ!」
真っ先に騒ぎ出したのはバロンだったが、ララーシュタインが彼の肩を掴む。
「こうなっては仕方ない。そっとしといてやれ」
その言葉に、バロンは悔しそうな顔をしながらも頷いた。
少しの間を置き、彼はララーシュタインに尋ねる。
「なあ、あのジュリアンは人間と同じなのか?」
「ああ、ほとんど同じだ。成長し、やがて年老いる。俺たちと同じだよ」
「じゃあ、ウチの娘を預けても大丈夫なんだな?」
「ああ、大丈夫だ。俺が保証する」
「お前の保証? いまいち信用できねえなあ」
「だいたいな、ふたりのこの先がどうなるか……それは、お前が決めることではない。ロミナとジュリアンが決めることだ」
一方、ロミナとジュリアンは悠々と空を飛んでいた。
「ロミナちゃん、あの……」
ジュリアンが、思いつめた表情で口を開く。
「何なのだ?」
「改めて言うことでもないけど……僕は、人間じゃないんだ。ララーシュタインさまに造られた人造人間なんだよ」
「ジンゾウニンゲン? 何なのだそれは?」
「普通の人間は、お父さんとお母さんさんが……その、何というか……アレして生まれるんだよ。でも、僕はララーシュタインさまの魔法で造られたんだ」
「ふーん、そうなのか」
「こんな僕でも、友だちでいてくれる?」
意を決して尋ねたジュリアンだったが、ロミナの返事はあっけらかんとしたものだった。
「何を言っているのだ? なぜ、そんなことを聞くのだ?」
「えっ……だって、僕は普通の人間じゃないんだよ。怖くないの?」
「そんなの、どうてもいいことなのだ。ジュリアンはジュリアンだし、それでいいのだ」
「ロミナちゃん……」
ジュリアンは、感激のあまり思わず涙ぐむ。だが、続いて放たれた言葉には涙も吹っ飛んでしまった。
「ロミナは大きくなったら、ジュリアンのお嫁さんになりたいのだ」
「へっ?」
思いもかけなかつた言葉に絶句するジュリアンだったが、ロミナはもう一度繰り返した。
「ロミナは、大きくなったらジュリアンのお嫁さんになりたいのだ。そして、いっぱいお菓子を作ってもらいたいのだ。そしたら、毎日おいしいお菓子が食べられるのだ。ジュリアンは嫌なのか?」
「嫌なわけないじゃないか! 嬉しいよ! 凄く嬉しい!」
叫びながら、ジュリアンは空を飛び回る。ロミナは、楽しそうにキャッキャッと声をあげた。全く怖くないらしい。
「僕、ロミナちゃんのために毎日ご馳走を作るからね! もっと美味しいお菓子も、いっぱい作るよ!」
「ほ、本当か!? それは嬉しいのだ!」
叫んだロミナだったが、不意に真顔になる。
「そしたら、お父さんやお母さんにも、ご馳走を食べさせて欲しいのだ。食べさせてくれるか?」
「もちろんだよ! 毎日、いっぱいご馳走するよ!」
・・・
同じ頃、アルラト山に向かう街道に馬車が向かっていた。乗っているのは、ロミナの姉ミネルバである。今日もまた、ロミナに会いに来たのだ。
「さあて、今日はどうやって可愛がってあげましょうか……」
そんなことを言いながら、頬を赤く染め手足をバタバタさせ悶えている。またしても、ひとりで妄想の世界に突入しているらしい。
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