ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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廃墟大遭遇

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 城塞都市ガーレンをあわただしく出立した一行は、馬車で街道を進んでいた。馬車に漂う雰囲気は暗い。まだ若いヒロユキとガイにとって、ニーナの存在理由はあまりにショックであった。また、裏の世界を知り尽くしているはずのギンジとカツミですら、魔術師たちのやり方を不快に感じていたのだ。
 重苦しい空気が、一行を支配していた。だが、それはほんの僅かな間だけだった。

「おお! 何ですかあれは!? 皆さん空を見てください! でかい鳥が飛んでますよ!」

「バカ野郎! 前見ろ!」

 空気を読まないタカシが、いきなり大声を出した。すると横にいるカツミが、それを上回る大声で怒鳴りつける。すると、その声に反応し動き出した者がいた。

「ふにゃああああ……うるさいにゃ。カツミは顔も体も声も大きくて、うるさい奴だにゃ。せっかく寝てたのににゃ」

 チャムが馬車の上で立ち上がり、伸びをする。さすがのチャムも空気を読んでおとなしくしている……と思いきや、眠っていただけだったのだ。チャムは揺れる馬車の上で立ったまま、ガイの方を見る。

「ガイ……大好きだにゃ。おやすみにゃ」

 そう言うと、座っていたガイに抱きつき、彼の太ももに顔を埋めて寝てしまった。ガイは顔を真っ赤にしながらも、チャムを拒絶しない。
 その時、ヒロユキは肩をつつかれた。横を向くと、ニーナの笑顔。さらに、ノートに文字を書く。

(チャム カワイイ オモシロイ)

 ヒロユキも笑顔になる。どんな状況であれ、笑い合えるのはありがたい話である。ガイとチャムのおかげだ。



 白いローブを着た男は、さんざんカツミとギンジに脅されたが、結局異世界に行く方法──つまりは、元の世界に戻る方法だ──は知らないらしい。しかし、一行に重要な情報をもたらした。この街から街道沿いにしばらく行くと、左手の方に大きな森が見える。その森を抜けると、巨大な塔が建っており、そこには黒魔術師のレイという者が住んでいる。
 レイはこの世界でもトップクラスの知識を持つ魔術師であり、彼に聞けば大抵のことはわかるだろう……とのことである。ちなみに、白ローブの男は情報を聞き出した後に縛り上げ、猿ぐつわをかませたまま建物の裏に放置しておいた。
 正直言えば、ヒロユキは気が進まない。黒魔術師、というのが引っ掛かるのだ。ゲームの中でも、黒魔術師の住む塔は登場した。イベントもあった。しかし搭の中に登場したのは、魔法の研究ばかりしている、得体の知れない者たちだった。ダークエルフやオーガーなどといったモンスターも塔の中に出現した気憶がある。そもそも、黒魔術師という連中は研究のためなら手段を選ばなかったはずだ。自らの知識と引き換えに、何を要求されることか。
 そこまで考えて、ふと思い当たることがあった。研究所にいた白いローブの男は白魔術師だった。白魔術師は、正義の側にいる魔術師という設定だったはず。にも関わらず、あんな非人道的なことをしているのだ。

(それが、この世界の現実なんだよ)

 ギンジの言葉が甦る。しょせん、この世界の正義と自分たちの世界の正義は違うのだろう。この世界では間違っているのは自分の方なのだろう。
 だから、ニーナをこの世界から逃がし、自分たちの世界に連れ帰る。
 そして、自分が守る。



「おや、何か廃墟みたいなのがありますよ。ヒロユキくん、あれは何だろうね。見えるかい?」

 突然、タカシが馬車を止めた。と同時に左の方角を指差す。皆がそちらを見ると、確かに草原の中に奇妙な物がある。崩れかけた建物だろうか。どういう状況でこうなったのか……石造りの建物が強い力で破壊され、見るも無残な姿を晒している。しかし、雨宿りくらいならできそうだ。

「ヒロユキ、何だアレは? 危険な場所か?」

 廃墟の方に目をこらしながら、ギンジが尋ねる。

「いやあ、分からないですね。ただの廃墟じゃないですか……断言はできませんが」

「ただの廃墟ねえ。ちょっと調べてみるか。タカシ、馬車を寄せてくれ。場合によっては、今夜の宿にしよう」



 近づいてみると、廃墟は想像していたよりは広い。しかし、あちこちが崩れ、穴が空き、床の隙間からは雑草が伸びている。明らかに、人の住めるような場所ではない。
 にもかかわらず、人間が立ち寄ったような形跡があるのだ。食べかすや火を起こしたような跡がある。
 ギンジたちはガイとチャムとニーナを馬車に残し、廃墟の中を注意深く調べてみた。しかし、それ以上のことは分からない。一晩の仮の宿とする分には、まったく問題なさそうだが。
「もしかすると、通りかかった旅人が仮の宿としているのでしょうかねえ……おや、何ですかこれは?」

 好奇心旺盛なタカシは、あっちこっち見て回っているうちに、何かを発見したようだ。
 ギンジたちがそちらに行くと、タカシは床を指差す。その先には、穴が空いている。明らかに人工的に作られたものだ。人ひとりくらいは簡単に通れる大きさだろう。

「いやあ、床板いじくってたら外れちまいましてね。そしたら、こんなのが……見てくださいよ、梯子まで付いてます。地下室まで付いているとは、恐れ入りましたね」

 タカシが、感心したような声で言った。梯子はかなり下まで伸びている。それにしても、床板をいじくって穴を発見するとは。タカシという男には妙な勘の良さがある。空気を読むのは苦手なようだが。あるいは、ただ単に読む気がないだけなのかもしれないが。

「ギンジさん、どうするよ? オレが中に入ってみようか?」

 カツミがそう言いながら中を覗きこむ。だが、暗くて見えない。そばにあった棒きれを拾い、ライターで火を点ける。即席の松明を作ると、早速のぞきこんでみた。
 中は思ったよりも広い。あちこちに手を加え、上からの土砂崩れを防ぐ構造になっている。

「いや、カツミさんが行くまでもありません。私が入りますよ」

「いや、ぼくが行きます。カツミさん、松明を貸してください」

 タカシを制したのはヒロユキだった。固い表情で、カツミに手を差し出す。
 カツミは驚愕の表情を浮かべた。

「何言ってんだよ。お前が行く必要はない」

 だが、ヒロユキに引く気配はない。

「カツミさんは戦える人です。ギンジさんもタカシさんも、なくてはならない人です。でも、ぼくは一番使えない人間です。ぼくに万が一のことがあっても、チームに影響はない──」

「ヒロユキ、オレたちはチームじゃない。ひとり者が協力し合ってるだけだ。それにな、この状況では……腕の立つカツミが行くのがいい。カツミ、行ってくれるな?」

 言いながら、ギンジはヒロユキの肩を押さえた。さらにカツミの顔を見る。すると、カツミは頷いてみせた。

「任せてくれよ、ギンジさん。ヒロユキ、お前がいなくなったらニーナが困るんだ。それを忘れるな」

 そう言うと、カツミは穴の中を慎重にのぞきこむ。どうやら、三メートルほど降りると下に着くようだ。梯子は鉄製で頑丈そうである。人のいる気配はない。
 カツミは慎重に梯子を降りた。拳銃を抜き、周りを見渡す。弾丸の補充ができない以上、なるべく撃ちたくはない。ヒロユキの話によれば、この世界には映画に登場する怪獣のような生物も棲んでいるらしい。そんな生物と戦うとしたら……銃は絶対に必要だ。
 そのため、カツミは今まで銃器の使用をあえて封印してきた。
 しかし、この状況では仕方ない。穴の中ではバトルアックスや日本刀を振り回すスペースがあるかわからないのだ。
 カツミは片手で拳銃を構え、松明を高く掲げる。中は想像以上に広く、四隅に柱のような物が設置されている。土砂崩れを防ぐためのものだろう。周囲の壁も、木の板や石により補強されている。しかし、他にはガラクタのような物しか見当たらない。ボロボロになった木の椅子やテーブル、あとは樽やボロきれ。
 そして、仰向けで寝ている若く顔色の悪い女がひとり。いや、既に死んでいるのかもしれない。
 カツミは慎重に近づく。まずは足を伸ばし、軽く蹴ってみた。だが反応がない。カツミはしゃがみこむと、手首に触れてみる。だが脈はない。次に胸に触れてみるが、鼓動が感じられない。完全なる死人だ。念のため、もう一度同じことをしてみたが、やはり反応がない。
 妙だ。
 カツミは違和感を覚えた。目の前にあるものは……死体だとしたら、まだ新しい。今にも動き出しそうなのだ。まるで、ついさっき死んだかのように。
 死体らしきものを見ているうちに、カツミの違和感はどんどん膨れ上がっていく。これは、ただの死体ではない。
 カツミには、この世界の知識はない。だが、彼は今までに数々の修羅場を潜り抜けている。その経験により鍛えられ、磨き抜かれた勘が教えてくれるのだ……これはおかしい、と。
 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、カツミは女の口を開けてみた。念のため、もう一度呼吸の有無を確かめようと思ったのだ。すると、さらに異常な点を発見した。
 上の歯茎の部分から、牙らしきものが生えているのだ。人間と同じ歯はちゃんと生えている。だが、上の歯茎から、犬歯に重なるように鋭い牙が付いている。そう、犬歯の部分だけが二列になっているのだ……。

「おい、みんな……とりあえずは安全だ。しかし、妙なものがある。ちょっと来てくれ」



 一行は下に降り、奇妙な女の周りを囲んだ。

「ヒロユキ、こいつは何だ?」

「ヴァンパイアです!」

 ギンジの問いに、ヒロユキが即答する。と同時に、そばにある木の椅子を地面に叩きつけた。長い年月が経ち、脆くなっていた椅子は簡単に壊れる。

「ヒロユキくん、何をする気だい?」

 タカシが尋ねると、ヒロユキは慌てた様子で口を開く。

「杭です! 木の杭で心臓を突き刺すんです!」

 言うと同時に、ヒロユキは椅子の足を掴み立ち上がった。必死の形相で女に近づく。だが、制止する者がいた。

「まあ、ちょっと待て。説明してくれ、ヴァンパイアってのは吸血鬼だろうが。オレも、それくらいなら知ってる。こいつもやはり、血を吸って仲間を増やすのか?」

 ヒロユキの肩を掴み、ギンジが尋ねる。

「そうです! こいつらは人の血を吸うんですよ! 殺せる時に殺さないと危険なんです!」

「落ち着け。こいつは今寝てるんだろう。それに一匹なら、暴れだしても何とかなる。まずは、そいつを縛り上げるんだ」

 ギンジの言葉を聞くと同時に、カツミが手錠を取り出した。女の右手首と左足首を繋ぐような形で手錠を掛ける。

「カツミさん、凄い掛け方しますね。これなら逃げられない……つーか、あんた手錠なんか持ってたんですか?」

 ヴァンパイアに近づき、じろじろ眺め回していたタカシが、目を丸くして尋ねる。
 もっとも、拳銃やショットガン果ては手榴弾まで持っていたカツミなのだから、手錠くらい持っていても不思議ではないのだが。

「ああ。ヤクザも警官と一緒で、手錠を使うことは多いんだ。ただ、こいつは人間じゃなさそうなんでな、普通じゃない掛け方にしたんだよ」

 カツミがそう答えたとたん、今度は上から声がした。

「おおい、みんな来てくれよ! チャムが変な奴を取っ捕まえたぞ!」

「なー! ガイに教わった横四方固めで押さえ込んでるにゃ!」

 ガイとチャムの声だ。ヒロユキは思わず頭を抱えた。一難去ってまた一難という言葉があるが、こうやって数珠つなぎで事件が起こると……頭がパンクしてしまいそうだ。そもそも、横四方固めとは何なのだ。ガイも、そんな技を教えていたとは。
 だが次の瞬間、ヒロユキはここにいない人物の存在を思い出す。

「ニーナは!? ガイさん、ニーナは大丈夫なんですか!?」

 叫ぶと同時に、ヒロユキは恐ろしいスピードで梯子をよじ登り、地上に出た。すると、困った顔をしたニーナが近寄ってくる。
 ヒロユキは、ニーナのそばに駆け寄った。彼女は困った顔で、ノートに何やら書いて広げて見せる。

(チャム トンダ オトコ タオレタ チャム ノッタ オトコ クルシイ)

 ヒロユキはポカンとなる。読んでみても、何のことか分からなかった。
 だが、すぐに理解する。要するに、チャムが男に飛びかかり押さえ込んでいる、と言いたかったのだろう。いずれは句読点などについても教えてあげなくてはならない……などと思いつつも、騒いでいるガイたちの元に行く。
 ヒロユキが近づいてみると、チャムは既に押さえ込みを解いており、地面の上には若い男が座っている。いや、座らされているのだろう。ヒロユキやガイとさほど変わらない年齢に見える。気の弱そうな青年だが、すぐ横に置いてある膨らんだ皮袋の存在がヒロユキには気になった。

「てめえ、何者だ? 何しに来た?」

 ガイは男の前で仁王立ちし、恐ろしい顔つきで睨みつける。同時にナイフを取り出し、軽く振ったりいじくったりし始めた。
 男は震えながら、何やらためらうような仕草をしていたが、いきなりガイの足元にひざまずいた。
 泣きそうな表情で叫ぶ。

「お願いです! 彼女を……彼女を見逃してあげてください!」















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