筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~

九尾の猫

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台風編

104.台風襲来

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翌朝、黒の予報通り激しい雨になった。
少しづつ風も強まっている。

時折雨が弱まるタイミングを見て、里に引き込んだ用水路の堰や田の様子を見に行く。

元の世界で台風シーズンになると『用水路の様子を見に行ったまま行方不明』になるニュースをよく目にしていたが、自分で農業をやるようになると気持ちがよくわかる。気になって仕方ないのだ。

万が一用水路や川が溢れたり家屋に被害が出そうになれば、遠慮なく結界を張るように青、白、そして小夜、椿とは申し合わせてある。
青と小夜が水流のコントロールを、そして白と椿が風の結界を張る手筈だ。


夜になるといよいよ本格的に嵐となった。

轟轟と風が家を揺らし、雨戸に雨粒を打ち付ける。
普段は母屋で寝る小夜や式神達も、今夜は子供達の家で過ごす。
女の子達の家には青と白が、男の子達の家には紅と小夜がそれぞれ泊まり込むことにした。
ちなみに2頭の子犬(もう子犬サイズではないが)も女の子達の家の土間に避難している。
夜でも騒いでなかなか寝付かない男の子達も、精霊の光で薄暗く照らされた室内で、身を寄せ合って静かにしているようだ。

俺と黒は蔵の一つにシュラフを持ち込み夜を明かす。
蔵もかなり頑丈に作ってはいるが、基本的には貯蔵物の重さで固定しているようなものだ。
まあ屋根が吹き飛ぶぐらいなら、また乾かせばいいだけではあるのだが、それでも心配だ。
ちなみに目の行き届かない化学実験室には予め結界を敷いてある。

時折轟音を立てる雷鳴と打ち付ける雨音に、黒が身を寄せてくる。

「タケル……シュラフ繋いでいい?」

今使っているシュラフは封筒型だから、サイドのジッパーを開ければ2つ連結できる。

「ああ、構わないが、暑苦しくないか?」

とは言ったものの、低気圧のせいで急激に気温は下がっている。板壁の隙間風とも相まって、少々肌寒いくらいだ。

「暑くはない。タケルは?」

そう言いながら黒はいそいそとシュラフを繋ぎ、俺の右側に潜り込んできた。

「どうした?雷が怖いか?」

「そんなことはない……けど、ちょっと不安」

不安か。式神とはいえ、人の形になって初めての嵐の夜だ。吹きすさぶ風の音や打ち付ける雨の音に不安を覚えても仕方ないだろう。

「……たぶんタケルが思っていることは違う。不安なのは今後のことについて」

今後のこと?何か黒が不安がるようなことがあるだろうか。
黒は俺の脇に顔を埋めながら続ける。

「今夜の配置は能力で決めたでしょ。水を操る青と風を操る白を女の子の家に。その両方を上手に操る小夜を男の子の家に。たぶん男の子達は自分の身を自分で守れるだろうから、水と風のスペシャリストは不要と判断した。その代わり万が一に備えて、男の子達を指揮できる紅を配置した。違う?」

「ああ。その通りだ。俺そこまで説明したっけ?」

「説明はされていない。みんなタケルの言うことだし、なんとなくそうだろうなって納得した」

「まあ今夜は非常時シフトみたいなものだからな。それがどうかしたか?」

「そのシフトに私は入っていなかった。私は……要らない子?」

ん…??ちょっと黒が何を言っているかわからない。何故そこで“要らない子”の発想が出てきた?

「だって私の力はすごく限定されている。遠くを見たり、離れた場所に移動したり、たくさん物を収納したり、何かを複製したり。確かに便利だけど……でもその力はタケル自身も使える。別に私じゃなくてもいい」

ああ。そういうことか。確かに最近は、黒に力を使うようお願いする機会は減っていた。

「でも今回の台風の襲来を予測できたのは、黒の天気予報のおかげだぞ」

「そうだけど……でも災害に備えたのは主に青だった。天気を予報しても私に天気を変える力はない」

「いいか黒。天気を操るなんてことは誰にもできない。局地的には青が雨を降らせたり、白が風を遮ったりして調整することはできる。それでも天気を操ったことにはならない。何故なら気象というものは自然現象そのものだからだ」

いくら科学技術が進歩しても、地震の発生をコントロールすることはできないし、火山の噴火を食い止めることなどできないのだ。

「でもな、自然現象だからこそ、その発生と規模を予測することはできる。予測は予言とは違って、きちんとした根拠に基づく科学だ。黒に期待しているのは予測だ。これは黒にしかできない仕事だ」

「私にしかできない?」

「ああ。俺が知っている知識を教え、更に後世に伝えていくのは黒にしかできない。だから黒は俺の一番弟子だ」

「タケル……外はひどい状況かな。稲も倒れちゃってるかな」

「そうだな。全部とは言わないが、一部は倒れてしまっているだろう」

「倒れた稲を起こす方法は?」

「いくつかの束をまとめて、藁で縛っていくしかないな。全部手作業だから大変だぞ?」

「わかった。天気が回復したら、やり方を教えて。私はタケルの一番弟子だから」

「ああ。今後もよろしく頼む」

黒は俺に抱き着いた腕に力を込めてくる。俺は黒の髪をそっと撫でながら、目を閉じる。
そういえば出会った頃の黒はポニーテールだったが、最近は肩まで切って下ろしていることが多い。紅に言われた事を気にしているのだろうか。
そんなことを考えながら、いつの間にか眠っていた。


翌朝、外は明るくなったが、相変わらずの嵐だ。
黒の天気予報では、もうすぐ台風の目に入る。

小康状態になってから、女の子の家に集合し、朝食兼昼食を摂る。
晴れ間が見えたのも束の間で、またすぐに嵐になった。
台風の速度がだいぶ上がっているようだ。
結局この日は夕食はそれぞれの家で食べることにして、早々に眠りについた。


夜半過ぎに、嵐は過ぎ去った。
日が昇るのと同時に、黒の窓を使って付近の様子から確認する。

里の被害は思ったほどではない。板塀の内側はほぼ無傷と言っていいだろう。
里を流れる用水路は、きちんと排水路としての役割を果たしていた。土手にも目立った崩壊はない。
ヤギや馬も、大人しく小屋の中で過ごしているようだ。

板塀の外の田畑の被害も重大ではない。中心部の稲が倒れているが、回復可能な範囲だ。
三期作目で、まだ出穂していなかったのが幸いした。
南の田の中心を流れる川と、板塀の北を流れる川の水位は上がっているが、氾濫には至っていない。田を開墾する際に予め浚渫していたのが功を奏したか。

そのまま、付近の集落の様子を観察する。
大隈は目立った被害はないようだ。稲は倒れているが、倒壊した家などはない。
小野谷は……せっかく片付けた畑に土砂が流れ込んでいる。まあ秋撒き小麦の種撒きまでに再度片付ければいいだろう。あ……家屋が一棟倒壊している。救援が必要だろう。

俺がじっくりと観察している間に、黒が地図に被害状況をプロットしている。上空500mに黒の精霊を飛ばし、一気に領内を確認しているのだ。

「よし、俺は救援に向かう。青・紅・小夜は付いてきてくれ。黒は被害状況をまとめて、小野谷の救援が終われば次の場所まで俺達を案内してくれ。白は黒のサポート。サポートが終われば子供達の世話を頼む。椿と平太は子供達を指揮して、板塀の内側の片付けをしてくれ。間違っても用水路に近づくなよ。まだ流れが速い。桜と梅は朝食を作って子供達に食べさせるように」

『了解!』
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