162 / 179
諸国漫遊編
162.宗家との会談
しおりを挟む「さて、こちらが対馬を護った斎藤健とその一味じゃ。もっとも助国殿の下にも報せは行っておったようじゃな」
三善の爺さんの紹介で、宗家当主との会談は始まった。爺さんは当然のように上座に座り、その入り口寄りには広目天が控える。
「斎藤健と申す。先日は庭先を荒らすような真似をしてしまい、ご挨拶もせず申し訳ない」
胡坐をかいたまま床板に拳を付け頭を下げる。
相対するのは宗家当主、宗助国だ。
まさか一国の守護代がお供も連れずに忍んで来ているということもないだろうが、この部屋にいるのは助国だけだ。
「まあそう堅苦しくせんでもよい。あれには儂を含め全員が助かったのじゃ。面を上げてくれ」
助国は見た目60代ぐらいの文字通り老人だ。三善の爺さんもそうだが、さっさと隠居でもすればいいものを……生涯現役を貫くつもりなのだろうか。
「して、そちらのお嬢さん方が宗像に降臨あそばされたという女神様かの?」
「んまあ宗像に降臨したわけじゃあないけどな。だいたい合ってる」
助国の問いかけに紅が代表して答える。
「そうか。我が父の養父も宗像には少なからず縁がありましてな。其方らが此度の戦さに加勢してくれるのならば、これほど心強い事はない。民草の心も一つになり、必ずや夷狄を討ち滅ぼせようぞ」
夷狄か。外国の軍勢が攻めてくるとなれば、確かにそれは“夷狄”なのだろう。だが討ち滅ぼす必要があるのだろうか。追い返せればいい気もするが。
「持って回ったような言い方をするのう。宗像家との権力闘争に負けて宰府に引き籠ったと言わんか」
「相変わらず三善様はご容赦が無いですなあ」
言葉だけを聞けば口喧嘩をしているようにも聞こえるが、三善の爺さんを上手にあしらっているのだろう。
「民草の心って私達が行かないと一つにならないのですか?」
「失礼ながら人心を掌握出来ていないという事でしょう。何か事情がおありなのでは?」
白の疑問に青が質問を被せる。
「これは女神様方は手厳しいですな。先程斎藤殿が“庭先”と申されたが、対馬が当家の治める地となってから実は三十年も経っておらぬのです。民草のほとんどは先の阿比留家所縁の者達でしてな。我ら宗家が対馬に渡って二十余年、何とか民に慕われようと努めてはきたのですが、なかなか上手くはいかぬものです」
「阿比留家というのは?」
「斎藤殿の若さでは知らぬのも道理。では一つ、儂が平家と宗家、対馬と宰府の関係をお話しして進ぜよう。まずはそうじゃなあ……発端は壇ノ浦からかの」
こうして爺さん2人による昔話が始まった。
この爺さん2人のとりとめのない茶飲み話を年表にすると、こんな感じだ。
寿永4年(1185年)
壇ノ浦の海戦。
その前年に生まれた平知盛の四男、知宗が長門国の斎藤家に身を寄せる。
建久2年(1191年)
元々平家方だった武藤資頼が、太宰少弐および鎮西奉行として太宰府に任官。
建久9年(1198年)
武藤資頼の子、資能(後の少弐資能)誕生。
前後して長門国から平知宗が武藤資頼に引き取られる。
正治2年(1200年)
平知宗が武藤資頼の養子になり、太宰大監に任官。
承元1年(1207年)
平知宗の子、助国(後の宗助国)誕生。
承元4年(1210年)
九州各地で陰陽師崩れによる騒乱発生。
都にいた三善の爺さんが鎮圧に駆り出され、そのまま博多に居座る。
寛元1年(1243年)
対馬国の阿比留家が高麗と交易していることが判明。
時の大宰府政庁はこれを謀反と判断する。
寛元3年(1245年)
宗助国、対馬国の阿比留親元の謀反を平定するために対馬に渡る。
寛元4年(1246年)
対馬国平定。その功績により宗助国が対馬守護代に任じられる。
文永9年(1272年)
宗助国、三善の爺さんに呼びつけられて博多で茶を飲む。
「とまあ、こんな感じじゃが、これも表向きの話でのう。この助国が誠に知宗の子かどうかなど正直わからんのじゃ」
あっけらかんとした口調で三善の爺さんがとんでもない事を言い出す。
「それってお父様がどなたかわからないという事?どうして?」
白の疑問ももっともだが、俺には何となく察しはついている。
「お主らの里の幼子共もそうであろう?そこのタケルを父と慕っておる。そのまま斉藤の姓を名乗れば表向きはタケルの子じゃ。じゃが実父は別におる。それと同じじゃ」
「タケル兄さん。そういうものなの?」
そういうものかもしれない。歴史とは時の為政者によって形作られ語り継がれるものだ。大事なのは今誰が何をしているかなのだ。
そして判明したのは、ここにいる宗助国と少弐家当主たる少弐資能は同じ人間を父と呼ぶ義理の兄弟ということと、宗家も少弐家も平家にルーツを持つ者をその血筋に組み込んだということだ。
「俺からも質問いいか?」
紅がスッと手を挙げる。
「なんじゃ紅いの。今なら何でも答えるぞ」
「爺さんっていったい幾つなんだ?さっきの話じゃ50年近く前には都で暗躍する陰陽師だったんだろ?」
暗躍か。式神達には好々爺のようなあるいは助平爺のような顔を見せてはいるが、若い頃はキリッとしたイケメン陰陽師だったなどと言わないだろうな。
「はて……幾つとは歳のことじゃろうが……幾つだったかの。広目天や。知っておるか?」
単に呆けているのではないだろうな。それにしては年号はしっかり覚えていたが。
「しっかりしてください旦那様。御身は今年で齢百二十四になられました」
ひゃくにじゅうよん……はい???
「そうじゃそうじゃ。儂は久安の生まれじゃ。もう歳をとらんくなって久しいからの。すっかり忘れておったわ」
どうやら聞き間違いではないようだ。人生50年といい、60年も生きれば大往生を迎えるこの世界において、その倍は生きてピンピンしているということか。この妖怪爺め。
「まったく。三善様は初めてお会いした時からお姿が変わりませんからな。こうして茶や酒を酌み交わしておらねば、夢か幻を見ていたかのような気になりますな」
さて!と言わんばかりに助国が膝を叩く。
「そろそろ供の者が待ちくたびれておりましょう。某はこれにて失礼仕ります。斎藤殿。それに巫女様方。我が対馬が危急の時は、当てにしておりますぞ」
「承知した」
「助国様。海路お気をつけて」
「いい風が吹くといいね!お爺ちゃん!」
青と白の言葉を聞いて、ふぉっふぉっふぉと助国が笑う。
「水神様と風の巫女様のご加護があれば、何の心配もいりませぬな。ではこれにて」
助国が部屋を出て、供を呼ぶ声が遠ざかっていく。
三善の爺さんが茶を啜る音がやけに部屋に響く。
「しっかし面白い爺さんだったな。歳を喰うとあんなに剽軽になるものなのか?」
天井を仰いで紅が呟く。
「あやつは古強者じゃ。あの歳になってなお、戦場で先陣を切るじゃろうて。そんな男だからこそ、最前線になるであろう対馬の守護に推したのじゃ。少弐家の若造らにはとても任せられん」
三善の爺さんの言葉は、まるで30年近く前からこうなることを予期していたかのように聞こえる。
「この地への異国の侵入は、何も蒙古が初めてではない。250年ほど前にも刀伊の入寇があった。対馬、壱岐を襲い、やがてここ筑前にも押し寄せたらしい。それより前にも、また後にも、大陸からの賊の侵入は何度もあった。此度の蒙古が特別なわけではない。備えておくのは当然じゃ」
いかに日本が島国で大陸と地続きになっていないとはいえ、朝鮮半島の先端と対馬であれば船で半日の距離なのだ。大陸の戦乱と無関係でいられるはずもない。
「さてと。お主等は平戸島に向かってくれるのじゃな。案内に弥太郎を連れていけ。弥太郎!おるな!」
「はい。控えております」
廊下側から弥太郎の声がする。
「よし。では詳細は弥太郎とお主等に任せる。儂は少々疲れたのでな。昼寝じゃ昼寝」
三善の爺さんが広目天を連れて退席した。入れ替わりに弥太郎が入ってくる。
「お久しぶりですタケル様。それに皆様も息災で何よりです」
床に座った弥太郎が深々と頭を下げた。
2
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
辺境の最強魔導師 ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~
日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。
アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。
その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる