幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

【同人誌より】三角のチョコレート(1)

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 日本で一人暮らしをしていた時も、欲しいものを我慢したり、少しでも安いものを探して買ったり、そういう節約はしていた。だけど、とにかくオーストラリアでの生活はお金がかかる!

「物価、高いよ」と留学経験のある友達から聞いた時に、一応いろいろと調べてはいた。マクドナルドのセットや、ドーナツ一個の値段、ガソリンやジャンパー、ビールがいくらで買えるのかをインターネットで調べては、ふんふんと俺は頷いていた。だけど、いざ生活をしてみると、財布から現金が消えていくスピードに愕然とした。物を買うことは、食べることに繋がっているから仕方がないのだろうけど、それでも日本よりも高い時給のアルバイト代が派手に遊んでいるわけでもないのに、すぐなくなってしまう。俺はたまたま少食だからまだよかった、大食いだったらもっともっと大変だっただろうから……。


「それにしたって、本当に心配なんだけど。……ルイ、少し痩せたんじゃない? 大丈夫?」

 心配そうにしながら、ヒカルがディスプレイに顔を近づけた。
 相変わらず大学ではモテているであろう、整った顔と真っ白な肌。身体が大きいからヒカルがオーストラリアで俺と同じ生活をしていたらきっと大変だろうと想像する。美しさを保つためなのか、わざわざ硬水や味のついていない炭酸水を飲み、フルーツと野菜をたくさん食べる、といった自分が口にするものには微妙にこだわりがあるヤツだから俺よりもずっとお金がかかりそうだ。

「大丈夫。これ以上痩せると体力が落ちるから体重には本当に気をつけてる。昨日、うちの母親もいろいろ食べ物を送ったって言ってたし」
「本当?」
「本当。いっつも食べてるチョコバーが、すごいカロパがいいんだけど、ヒカルと約束したからあれは夕飯の代わりじゃなくてオヤツにしてる」
「……カロパってそういう意味じゃなくない?」
「俺にとっては一ドルで摂取出来るカロリーのことだからいいんだよ」
「えー……」

 ヒカルはまだ何か言いたそうだったけど「あ、でも、俺いいもの買ったんだよ!」と今度は俺が机に身を乗り出した。話したいことを思い出したからだ。時間を気にせずに話していると、すぐに話題があちこちに飛んでしまう。

「今日さ、友達とショッピングセンターまで行って、わざわざ買ってきたんだけど……」
「……水筒?」

 買ったばかりのウォーターボトルを画面に映すとヒカルは目を丸くしていた。800ミリリットルの水を持ち運べるボトルはもしかしたら、カメラ越しだと実物よりもさらに大きく見えているのかもしれない。角張ったデザインと銀色の蓋が特徴的なボトルをまじまじと眺めてから、「日本では見たことがないメーカーだ」「ルイが持ってるとすごく大きく見える」とヒカルは正直な感想を口にしていた。

「……オーストラリアって、学校や町の中に給水スポットがあるんだよ。毎日そこで水を入れて飲もうと思って」

 日本の大学にいた頃の俺は水筒を持ち歩いたことなんてなかった。喉が渇けば自動販売機やコンビニで飲み物を買っていたからだ。

 だけど、こっちではほとんどの学生がマイボトルを持参して水を飲んでいる。ジャイーに聞いたら「だって経済的だし。ゴミも出ない」とクリアボトルからぐびぐび水を飲んでいた。なるほど、とすぐに俺も真似をして安いプラスチック製のボトルを買ったけど、歩いて移動をすることが多いから保温も保冷も出来るものが欲しくなってしまう。それで、思いきって少し高かったけどステンレス製のボトルを買ってしまった。

「給水スポットの水って安全? お腹壊さない?」
「全然。味が好みじゃないっていう友達もいるけど、俺は水道の水も飲んでるし」
「えーっ……ルイって強いんだね」

 強いかどうかはわからないけど、少しずつオーストラリアの生活には慣れつつある。オーナーに癖はあるけど日本食のレストランでのアルバイトはなんとか続いているし、勉強だって順調だ。……ヒカルが側にいないことはやっぱり寂しいけど、でも、遠く離れていたって励まし合ってお互い頑張れている。

「……なんか、水筒を買って喜んでいるルイを見てたら、子供の頃、瞬足を買ってもらってはしゃいでいたのを思い出しちゃった」
「はあ? なんでだよ……」
「可愛いなーと思って」

 運動会の前に早く走れる靴を買ってもらったと大喜びしていたのは小学校低学年の時だ。そんな昔のことを持ち出してからかうなんて、と拗ねていると「違う違う」とヒカルが首を横に振った。

「こんなに離れているのに、ルイが買ったもののことを喜んで教えてくれるのが嬉しかっただけだよ」
「それならいいけど……」
「本当に……すごく遠くにいるのを忘れてしまいそうになるぐらい。もちろん会いたいなって気持ちは変わらないけど」
「うん、俺も」

 うん、と頷きあってから二人とも無言で微笑む。会いたい、という気持ちを伝えあった時はいつもこうなる。

 直接会って触れあえないというのは俺とヒカル……というか、遠距離恋愛中のカップルにとって一番重要な問題だ。特に俺はそのことについていつでも寂しがっていると寮の友達からはよくからかわれていた。

 ビデオ通話中に「会いたい、大好きだよ」と言われるたびに、ヒカルのさらさらとした肌や、甘い匂い、それから筋肉で覆われた腕や胸を思い出すけど、時々不安になる。思い出せているつもりのヒカルについての記憶は、本当はもう思い出せなくなっていて、実は全部俺が頭の中で作っただけの限りなく本物に近い別の何かなんじゃないかって。

「どうしたの?」
「あ、ううん……。ヒカルにぎゅってハグされたいなって思っただけ」

 そうすれば一発で答え合わせが出来る。きっと、こんな湿っぽいことを考えてしまうのはキャンパス内のそこら中でいちゃついてるカップルがいるからだ。「こんなところで非常識な奴らだ」と思ってブチュブチュとキスを繰り返す男女を見て呆れていたら、今日はカップルの男の方から「羨ましいか?」と言いたげな顔でニヤリと笑いかけられた。
 人前でそんなことをしたいなんて、考えたこともないのに腹が立つ。次からは何がなんでも見ないふりをしようと俺が決心していると、ヒカルは「そういうことをさらっと言うのはずるい」となぜだか必死になっていた。

「え? 何が?」
「そうやって、ぎゅってされたいとか……ルイって本当に俺を振り回す天才だよね」
「なんで? ヒカルもしょっちゅう言うだろ」
「はあ……」

 いつも変なことを言って俺を困らせるのはヒカルの方なのに。自分の今までの行いを省みてから俺にそういうことは言うべきだと思う。じとっとした目でヒカルを見つめていると「あーあ、この間も夢精したのに、また今日も出ちゃうじゃん」ととんでもないことを言い始めた。

「本気で言ってんのか?」
「当たり前じゃん。この前夢でルイが、『ヒカルの欲しい、お願い』って上に乗ってきてさあ……。めちゃくちゃ興奮した……。入ってる時に乳首を触られて嫌がるのがすごいリアルでさ、自分のイマジネーションの正確さに感動したもんね。パンツの中は最悪なことになってたけど」
「変態。バカじゃねーの」
「ははは……」

 聞いている俺の方が恥ずかしくてオロオロしているのにヒカルは余裕だった。その後はビデオ通話でオナニーを見せろとしつこく言われたけど「ダメだ」の一点張りでなんとか断った。……夢精したヒカルの話を聞いて、すっかりそういう気分になってしまったことを知られたくなかったからだ。ムラッとしていたけど、このまま抜いてしまうのは負けたような気がするから我慢して眠りについた。

 
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