結婚を前提にお付き合いを申し込まれたので了承したらなぜか説教されています。え、本当にどうして??

新高

文字の大きさ
1 / 14

しおりを挟む



「お噂は常々耳にしていますし、まさにそのお噂通りである意味安心ではありましたが。いいですかリートフェルト卿、いくら貴方様が噂に違わぬ社交界の花であったとしても、こんなにも気軽に女性の気持ちを受け入れてはなりません!」

 社交界の花こと、レオン・ファン・リートフェルトは夜会の最中でありながら絶賛説教を受けている。
 夏の夜、風通しの良い中庭のベンチで男女が二人、であるにも関わらず、あまりにも甘さの欠片も無い。
 懇々と説教をしているのはヘンリエッタ・キールス子爵令嬢。緩やかに波打つ栗色の髪が夜風に揺れる。丸く少し垂れた碧色の瞳は今はきつくレオンを見据えている。

 今日の夜会で出会ったばかりの人物であり、そしてレオンに告白してきた相手でもある。

 告白をされたのでそれを了承した、だけなのに。その結果まさかの説教である。
 こんな展開を誰が予測できただろうか。レオンは吹き出しそうになるのを必死に堪えつつ、ほんの少し前の彼女とのやり取りに意識を向けた。






「リートフェルト卿、ずっとお慕いしておりました! 結婚を前提にお付き合いしてください!!」

 まさかの女性からの求婚。あげくその表情は親の仇でも見る様なもので、あまりのちぐはぐさにレオンは一瞬だが固まってしまった。
 蜂蜜色の髪に青紫色の瞳を持つ彼の存在は社交界では有名だ。甘いマスクにミステリアスな瞳は数多くの女性達の心を虜にしてきた。侯爵家の次男、そして、王太子であるアレクサンデルの学友であり側近でもあるものだから尚更だ。
 そんな彼にこうやって直接声を掛けてくる令嬢は少なくはない。が、ここまで直球なのは初めてである。しかもその中身と顔が合ってはいない。

 ふむ、とレオンは考える。彼の主義として女性と付き合っている間はその一人のみと関係を持つ事にしている。二股などは絶対にしない。別れる時もお互いが納得のいく方向で話を進め円満に終わらせる。

 現在レオンにそういった相手はいない。なので彼女からの想いを断る理由は特にない。結婚、の二文字が聞こえたが自分もそろそろ身を固めろとの圧力を受けているし、もし付き合ってみて気が合う様ならそれでいいか、という答えが出るまでたったの五秒。

「分かった、君と付き合おう……っと、いう事で、まずは名前を聞いてもいいかな?」

 すると当の本人がポカンとした顔でレオンを凝視する。ん? とレオンが首を傾げれば、だんだんと彼女の眉間に皺が寄り、ややあって出てきた言葉は「は?」と言うなんとも短いものだった。

「……あの、今、なんと……?」
「君から俺が好きで、結婚を前提に付き合って欲しいと言われたので、そうしよう、と」
「それはつまり、わたしの話をお受けになると……?」
「そういう事だね?」

 チ、チ、チ、と時を刻む音が三つ続いた後に彼女の眉間に皺がギュンと寄る。

「いや……いやいやいや違うでしょうそうじゃない、そうじゃない!!」

 見事なまでの渋面。およそ貴族の令嬢がしていい顔ではない。というかそもそも年頃の女性がするものではないだろう。けれども彼女はまるで頭痛に耐えるかの様にこめかみを指で押さえ深く呼吸を繰り返す。

「なにがだろう?」
「なにが……なに、が……! ああもうこれはあれですねちょっとお時間よろしいですかリートフェルト卿!? わたしとお話をしていただきたいのですが!」

 なんだか見覚えのある顔だなあと思いつつ、レオンは彼女に連れられて中庭に出た。ちょうど庭の中央にあるガゼボ、のベンチを勧められて腰を下ろす。今までレオンの胸元辺りにあった彼女の顔が見上げる位置だ。そこにある表情、にようやくレオンは思い至る。幼き頃、侍女のメイサがレオンを叱る時の顔にそっくりだ。

「とりあえず、君も座らないか? あと、そろそろ名前を教えてもらえると嬉しいんだが」
「……初めてお目に掛かりますリートフェルト卿。ヘンリエッタ・キールスと申します」

 彼女はレオンの隣、拳を三つほど空けた位置に腰を下ろし――そうして怒濤の説教が始まった。







「本当にありえませんリートフェルト卿!」
「よければ名前で呼んでくれないかなあ?」
「それはあまりにも馴れ馴れしくはありませんか!?」
「でもヘンリエッタ嬢とはほら、これから親しくなる仲なわけだし。なんならそのまま結婚」
「だから簡単に話を受け入れてはなりませんと申し上げましたよね!? リートフェルト家のみならず、ご自身が王家にとっても重要であるということをもっと自覚なさってください!」

 王太子の側近であり友人、侯爵家自体も長きに渡って将軍職を務めている重鎮の一つだ。侯爵家を継ぐのは兄のハーネストだが、兄弟仲は悪くはないのでいずれ兄を支えるつもりでいる。

「リートフェルト家……ええもうそれではお言葉に甘えて今宵だけはレオン様と呼ばせていただきますね! 先程から何度も申し上げておりますが、いくらレオン様が社交界の花、もしくは花と花を飛び交う蝶、有り体に言ってしまえば女好きのロクデナシだとしてもです! 守らねばならぬ血筋とお立場をもう少し考えるべきでしょう!」

 怒られている。二十歳を超えてしばらく経つが、こんなにも女性に怒られているのは子どもの時以来だ。あととてつもなく失礼な事も言われたが、それは事実なのでレオンは大人しく耳を傾けている。

「単純に見目麗しいレオン様の寵愛を狙う者もいれば、お家の権力を狙う野心家もおりましょう! 百歩譲って付き合うだけならまだしも、その後の結婚まで了承とは不用心、考え無しにも程があります!! 特に婚姻は貴族社会においてどれ程重要か、いかに自由奔放、お気楽極楽を体現なさるレオン様でも少しはお分かりなのでは!?」

 繰り返すが告白してきたのは彼女の方だ。レオンはそれを了承しただけ。だと言うのにこの状況はあまりにも理不尽ではないのか。しかしレオンはこの状況こそが楽しくて仕方がない。未だかつてこんな目に遭った事などない。いやむしろ世の男性誰一人として同じ目に遭った事はないだろう。

「聞いておられますか!?」
「ああ……そうか、貴女が【至論の令嬢】か」

 レオンのその言葉にヘンリエッタの口がピタリと止まる。どうやら正解であったらしい。
 至論の令嬢――ヘンリエッタ・キールスがそう呼ばれる様になったのは一年前のとある出来事が原因だ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…

satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

婚約破棄されたら兄のように慕っていた家庭教師に本気で口説かれはじめました

鳥花風星
恋愛
「他に一生涯かけて幸せにしたい人ができた。申し訳ないがローズ、君との婚約を取りやめさせてほしい」 十歳の頃に君のことが気に入ったからと一方的に婚約をせがまれたローズは、学園生活を送っていたとある日その婚約者であるケイロンに突然婚約解消を言い渡される。 悲しみに暮れるローズだったが、幼い頃から魔法の家庭教師をしてくれている兄のような存在のベルギアから猛烈アプローチが始まった!? 「ずっと諦めていたけれど、婚約解消になったならもう遠慮はしないよ。今は俺のことを兄のように思っているかもしれないしケイロンのことで頭がいっぱいかもしれないけれど、そんなこと忘れてしまうくらい君を大切にするし幸せにする」 ローズを一途に思い続けるベルギアの熱い思いが溢れたハッピーエンドな物語。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

処理中です...