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第三章
23,奇襲された村
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まだ僅かに明かりがある。陽が完全に沈む前にさっさと薪を集めてしまおう。黙々とリュウキが作業を始めると──
突如目の前に、いや、脳裏にリュウキの意思とは関係なく見知らぬ風景が現れた。今いるはずである春の山のあたたかい雰囲気とは空気が全く違う。匂いや気温なども、突然に変わったのである。
ひとことで言えば、重い。重くて暑苦しい雰囲気になった。
(意識だけが別の世界に連れられた感覚だ。まさか、これは)
リュウキはすぐにハッとした。
(幻想の世界か?)
夢ではないことくらい、リュウキにも分かった。過去の出来事を、心が思い出そうとしているのだろうか。
意識の奥底で、リュウキは幻想の世界に沈んでいった。
──燃え盛る炎、逃げ惑う人々、奇声を上げて攻撃を仕掛ける兵士たち。
ある村が、襲撃されていた。
幻想の中で立ち尽くすリュウキは、誰も助けられることもなく、ただただ襲撃される村を眺めているだけだ。
妙に現実的でないと感じた。リュウキは戸惑いを隠せない。
それでも止まることなく、リュウキの中に次から次へと痛ましい光景が流れてくる。人々の叫び声も、血の匂いも、そして熱気さえも。全てがリュウキの五感に伝わってくるのである。
(助けたい)
右手をギュッと握り締め、村人を虐げる兵士を燃やしてやりたかった。
『──やめて!』
リュウキの衝動を抑えつけるように、背後から少女の声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには──細身の少女が立ち尽くしていて、こちらを見上げていた。
だが容姿がはっきり認識できない。リュウキにはこの少女がどんな表情をしていて、どのような格好をしているのか。頭に入ってこなかった。
けれど一つだけ。リュウキの中に強烈に伝わってくるものがあった。
「……怯えているのか?」
自然と口にしたその台詞は、空気に溶けるようになくなっていく。声を発したはずなのに、少女には届いていないようだ。
『人を殺さないで。お願い。あなたは間違っています……』
悲鳴に近い彼女の声は、リュウキに向けられたものではなかった。
少女の訴える先を振り返ってみる。そこには、一人の男がいた。
なぜだろう。この時、リュウキの心臓が低く唸る。
男の容姿もぼやけていて分からないはずだ。だがその男は、不敵な笑みで少女を見下ろしているのだと、なぜだかリュウキには認識できた。
『なぜだ……なぜだ!』
低い声で男は少女に向かって怒号を投げつける。
『なぜ人間を殺してはならないのか。理由を言ってみろ!』
『説明しないと理解できないのですか……?』
少女はひどく震えていた。
混乱する村の中で、男と少女の周囲だけは別次元であるかのように、静かな時が流れる。
『人間とは醜い生き物だ。弱者を虐げ、強い者だけが優遇される。救いの手も差し伸べず、ただただその命が尽きるまで静観しているだけだ』
『違う。そんな人ばかりではありません』
『お前には分かるまい。生まれた瞬間から力がない者の苦しみなど。弱者が理解されないのならば、人間を滅びに導くのが道理である』
とんでもないほどの冷酷な口調。男は右手に握られた剣を重々しく振り回す。
『お前たちは裏切った。苦しみ、もがき、孤独に死ぬがよい!』
男の叫びに、リュウキは冷や汗を流した。少女に向けられたはずの男の言葉の一つ一つが、自分に放たれたものだと勘違いしてしまいそうになる。
村の混乱は収まることはなく、むしろ悲鳴がどんどん大きくなっていく一方。逃げ惑う村人たちは、容赦なく兵に剣で突き刺されていく。まだ歩くのもままならない幼子までもが犠牲になっていった。
息を荒くし、少女に背を向けて男は剣を掲げる。
『一人残らず処分しろ。夜明け前には終わらせるのだ』
兵士たちに命を下す男は、表情が狂気に満ち溢れている。
この瞬間、リュウキの全身に悪寒が走った。
(お前は、誰だ)
言葉に出したくても、男にリュウキの訴えは届かない。
人々を殺害することは絶対に許せない。怒りが込み上げ、リュウキの全身を巡る血が沸騰するように熱くなる。
(村人たちを虐殺しているお前は……一体誰だ。僕は絶対に、許さないぞ!)
──そこでリュウキはハッとした。幻想の世界が目の前から一瞬で消え、意識が「今」に戻ったのである。
辺りはすっかり陽が沈んでいた。
右手の人差し指を立て、軽く息を吹きかけると小さな火が現れた。少しくらいの火であれば、特に集中力も必要ない。
岩の空洞の中は、暗くて何も見えないはずだ。ヤエが寂しい思いをしているかもしれない。
リュウキは無意識のうちに掻き集めていた薪をまとめて抱え、彼女の所へと小走りで向かった。
「ヤエ、待たせちゃったね。灯りがなくて、困ったよね……?」
火の力を少しばかり大きくし、狭い空洞内を灯した。
リュウキの火で照らされたのは、端の方で横になるヤエの姿。彼女は気持ちよさそうな顔をしてすやすやと眠っている。
そのすぐ傍には捌かれた野鳥の肉が丁寧に並べられていた。少し血の匂いも残っていて、ヤエの手は薄く赤くなっている。
「……疲れていたのに、ありがとう。ヤエ」
彼女からの返事はないが、リュウキは笑みを溢す。
本当はリュウキも息切れしてしまうほど疲弊していた。しかし、彼女が捌いてくれた肉を放置して休むことなどしたくない。
ヤエを起こさないよう、荷の中から調理器具を取り出して静かに準備を始めた。集めた薪を空洞出口の付近に置いてから、リュウキは目を閉じて拳を軽く握り絞める。
手の平から現れた赤と青色が混じった炎を出現させると、リュウキはそれを慣れた手つきで薪に移す。ゆっくり揺れながら、火は少しずつ燃え上がっていった。
「美味しい肉料理を作ってあげるからね。出来上がるまでゆっくり休んでいて」
優しく語り掛けるリュウキの声は、ヤエに届くことはないが、静かに燃える火のようにあたためられていった。
突如目の前に、いや、脳裏にリュウキの意思とは関係なく見知らぬ風景が現れた。今いるはずである春の山のあたたかい雰囲気とは空気が全く違う。匂いや気温なども、突然に変わったのである。
ひとことで言えば、重い。重くて暑苦しい雰囲気になった。
(意識だけが別の世界に連れられた感覚だ。まさか、これは)
リュウキはすぐにハッとした。
(幻想の世界か?)
夢ではないことくらい、リュウキにも分かった。過去の出来事を、心が思い出そうとしているのだろうか。
意識の奥底で、リュウキは幻想の世界に沈んでいった。
──燃え盛る炎、逃げ惑う人々、奇声を上げて攻撃を仕掛ける兵士たち。
ある村が、襲撃されていた。
幻想の中で立ち尽くすリュウキは、誰も助けられることもなく、ただただ襲撃される村を眺めているだけだ。
妙に現実的でないと感じた。リュウキは戸惑いを隠せない。
それでも止まることなく、リュウキの中に次から次へと痛ましい光景が流れてくる。人々の叫び声も、血の匂いも、そして熱気さえも。全てがリュウキの五感に伝わってくるのである。
(助けたい)
右手をギュッと握り締め、村人を虐げる兵士を燃やしてやりたかった。
『──やめて!』
リュウキの衝動を抑えつけるように、背後から少女の声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには──細身の少女が立ち尽くしていて、こちらを見上げていた。
だが容姿がはっきり認識できない。リュウキにはこの少女がどんな表情をしていて、どのような格好をしているのか。頭に入ってこなかった。
けれど一つだけ。リュウキの中に強烈に伝わってくるものがあった。
「……怯えているのか?」
自然と口にしたその台詞は、空気に溶けるようになくなっていく。声を発したはずなのに、少女には届いていないようだ。
『人を殺さないで。お願い。あなたは間違っています……』
悲鳴に近い彼女の声は、リュウキに向けられたものではなかった。
少女の訴える先を振り返ってみる。そこには、一人の男がいた。
なぜだろう。この時、リュウキの心臓が低く唸る。
男の容姿もぼやけていて分からないはずだ。だがその男は、不敵な笑みで少女を見下ろしているのだと、なぜだかリュウキには認識できた。
『なぜだ……なぜだ!』
低い声で男は少女に向かって怒号を投げつける。
『なぜ人間を殺してはならないのか。理由を言ってみろ!』
『説明しないと理解できないのですか……?』
少女はひどく震えていた。
混乱する村の中で、男と少女の周囲だけは別次元であるかのように、静かな時が流れる。
『人間とは醜い生き物だ。弱者を虐げ、強い者だけが優遇される。救いの手も差し伸べず、ただただその命が尽きるまで静観しているだけだ』
『違う。そんな人ばかりではありません』
『お前には分かるまい。生まれた瞬間から力がない者の苦しみなど。弱者が理解されないのならば、人間を滅びに導くのが道理である』
とんでもないほどの冷酷な口調。男は右手に握られた剣を重々しく振り回す。
『お前たちは裏切った。苦しみ、もがき、孤独に死ぬがよい!』
男の叫びに、リュウキは冷や汗を流した。少女に向けられたはずの男の言葉の一つ一つが、自分に放たれたものだと勘違いしてしまいそうになる。
村の混乱は収まることはなく、むしろ悲鳴がどんどん大きくなっていく一方。逃げ惑う村人たちは、容赦なく兵に剣で突き刺されていく。まだ歩くのもままならない幼子までもが犠牲になっていった。
息を荒くし、少女に背を向けて男は剣を掲げる。
『一人残らず処分しろ。夜明け前には終わらせるのだ』
兵士たちに命を下す男は、表情が狂気に満ち溢れている。
この瞬間、リュウキの全身に悪寒が走った。
(お前は、誰だ)
言葉に出したくても、男にリュウキの訴えは届かない。
人々を殺害することは絶対に許せない。怒りが込み上げ、リュウキの全身を巡る血が沸騰するように熱くなる。
(村人たちを虐殺しているお前は……一体誰だ。僕は絶対に、許さないぞ!)
──そこでリュウキはハッとした。幻想の世界が目の前から一瞬で消え、意識が「今」に戻ったのである。
辺りはすっかり陽が沈んでいた。
右手の人差し指を立て、軽く息を吹きかけると小さな火が現れた。少しくらいの火であれば、特に集中力も必要ない。
岩の空洞の中は、暗くて何も見えないはずだ。ヤエが寂しい思いをしているかもしれない。
リュウキは無意識のうちに掻き集めていた薪をまとめて抱え、彼女の所へと小走りで向かった。
「ヤエ、待たせちゃったね。灯りがなくて、困ったよね……?」
火の力を少しばかり大きくし、狭い空洞内を灯した。
リュウキの火で照らされたのは、端の方で横になるヤエの姿。彼女は気持ちよさそうな顔をしてすやすやと眠っている。
そのすぐ傍には捌かれた野鳥の肉が丁寧に並べられていた。少し血の匂いも残っていて、ヤエの手は薄く赤くなっている。
「……疲れていたのに、ありがとう。ヤエ」
彼女からの返事はないが、リュウキは笑みを溢す。
本当はリュウキも息切れしてしまうほど疲弊していた。しかし、彼女が捌いてくれた肉を放置して休むことなどしたくない。
ヤエを起こさないよう、荷の中から調理器具を取り出して静かに準備を始めた。集めた薪を空洞出口の付近に置いてから、リュウキは目を閉じて拳を軽く握り絞める。
手の平から現れた赤と青色が混じった炎を出現させると、リュウキはそれを慣れた手つきで薪に移す。ゆっくり揺れながら、火は少しずつ燃え上がっていった。
「美味しい肉料理を作ってあげるからね。出来上がるまでゆっくり休んでいて」
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