【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第四章

30,救ってくれたのは……

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 視界が暗闇に包まれている。
 全身が雷に打たれたような衝撃だった。身体のあちこちが痛みで悲鳴を上げる。
 特に右腕と右脚だ。少しでも動かそうとすると、鋭い刃物で突き刺されたような激痛が走る。

(……あれ……?)

 目を閉じていることに気がつき、ゆっくりと瞼を開く。視界の中に飛び込んできたのは、緑、緑、緑。その隙間から、優しい光が差し込んでくる。
 木の葉の揺れる音の中から、どこからともなく鳥たちの歌声が聞こえてきた。

(……美しい場所だ)

 ──どうやら生きている、らしい。リュウキはちゃんと生きていたのだ。

 視界に広がる光景は優しいものだが、今いる場所は決して心地の良いものではない。
 ゴツゴツした太い木の上に寝そべっているようで、背中が地味に痛いし、体勢を少しでも変えると落ちてしまいそうになる。おそらく、身体のあちこちが骨折してしまったようだ。これ以上衝撃なんかを与えては、ひとたまりもないだろう。

(まずいなぁ、身動きが取れない)

 目線を左右に動かしてみるが、木々の葉に囲まれていて周囲の様子がよく分からない。崖から落下したのだから、この付近にヤエがいないことくらい理解している。それでもリュウキは叫ぶしかなかった。

「助けて」

 弱々しい声は、澄んだ空気の中に消えてなくなっていく。

「助けてくれ。ヤエ! 僕はここにいる!」

 彼女に届くはずもない。だが、今のリュウキには他に何もできない。

 崖下にあったこの場所はリュウキの今の状況とは正反対で、信じられないほどのどかであった。鳥たちの綺麗な鳴き声が絶えず響き渡り、通常ならば聞いて心地良いに違いない。
 リュウキの現状では癒しにすらならないのだが。

(このままだと、飢え死にするな)

 ふと横目で下の方を確認すると、リュウキの瓢箪が地に転がっているのが確認できる。あの中に水が入っているが、手に届くわけがない。
 水分も口にできなければ食べるものも何もない。外敵からの襲撃はないとしても、今のリュウキはじわじわと迫りくるであろう危機に瀕していた。

「ヤエ……いたら、返事をして」

 助けを求められる相手は彼女くらいしかいない。だからリュウキはひたすら呼び続けた。それによって体力が削られていくと分かっていても。

 ──どれほどの時が過ぎたのだろうか。
 朝食を食べ損ねているリュウキの腹が、うるさく鳴り始めた。痛みと空腹と、動けない息苦しさに、リュウキはどうにかなってしまいそうである。

(僕はいつも前向きなんだけどなぁ。この状況はさすがにまずいよ)

 今はまだ死にたくなかった。ヤエと共に『シュキ城』に行くと約束した。それに今息を引き取ってしまえば、炎の力もきっと消滅する。 
 ヤオ村の人たちを救えなくなるのは絶対にだめだ。いや、もしもこの生命が尽きたとしたら、亡霊にでもなって炎の力は消えずに彷徨うことになるのだろうか。
 そんな自棄ともいえる考えが過るほどになった。

 空腹が限界を越え、やがて何も感じなくなる。
 絶えず響き渡っていた鳥たちの歌声が、聞こえなくなっていることに気がつく。さすがのリュウキも、どんどん気持ちが沈んでいって仕方がない。
 リュウキは、ゆっくりと瞼を閉ざした。
 男は強くなくちゃいけないのに。ああ、自分はなんて情けない奴なんだ。
 考えるほど、リュウキは心が病んでいく。

『……大丈夫?』

 しんと静まり返った空間で、どこからか透き通った声が聞こえる気がした。
 驚き、リュウキはもう一度目を開ける。
 ──そこには、変わらず緑色の風景が広がっているだけで、周囲に人の姿などはない。

(幻聴かあ。僕の精神もそろそろヤバくなってきたのかな)

 ヤエのものではないのはたしかだった。そもそもこんな山奥に人がいるわけがない。
 幻想世界に逃げようとしているのだろうか。精神的にだいぶ追い詰められているのだと、さすがのリュウキも苦笑した。

「大丈夫だったらよかったんだけどね……」

 思わず溜め息が漏れる。これで返事が来たらどんなに嬉しいことか。
 ぼんやりと木の葉を眺めていると、涼しい風がリュウキの頬を撫でて通り過ぎる。

『大変そうだね?』

 風に流れて、もう一度幻聴が現れた。
 ──いや、違う。

「……誰?」

 今度はハッキリと、聞こえたのだ。清みきった優しい女性の声が。
 目を見開き、リュウキは声の主を探そうと目線を左右に動かす。
 風が静かに囁いてリュウキの髪の毛を揺らした。 

『ちょっと待ってね。今、そこから下ろしてあげる』 

 木々が生い茂る更に上空からだろうか。柔らかい口調でリュウキに声をかける何者かがいる。
 幻想などではない。

「誰なんだ……?」

 戸惑っていると、風の力が急に強さを増した。ザワザワと緑たちが大きな音を立てて止まらない。
 何かがリュウキの所に近づいてくる。しかしそれは、決して恐ろしいものではないのだと直感で分かった。

『お兄さん、こんにちは。今助けてあげるね』

 可愛らしい声がすぐ近くから聞こえた。
 それと同時に、木と木の向こう側から白と桃色の影が現れる。
 白桃色の優しい何かに、リュウキの全身が包まれた。柔らかくてあたたかい。羽毛のような心地良さだ。少しでも身体を動かすと電気のように痛みが走るはずなのに、その白桃色のものに包まれるとむしろ癒された。
 ゆっくりと、リュウキは木の上から地上へと下ろされていく。素早く、しかし丁寧に、穏やかに。

 ほんの僅かな時間であった。
 リュウキは地の上に寝そべっている。ゴツゴツした木の枝よりも、少し草が生える地面の方が寝心地が良い。

「ねえ、あなた。平気?」

 すぐ横で、女性の声がはっきりと聞こえた。当然のように、リュウキの目線は声の方に向けられる。

「え……?」

 彼女の姿を初めて目にしたとき、リュウキの胸が高まった。
 真っ白の衣装に身を包み、腰まで伸びた長髪は美しい桃色だ。細いつり目でじっとリュウキを見つめながら、彼女は薄紅色の唇を緩めていた。

「これでもう、落ちることはないね」
「あ、うん。ありがとう」

 戸惑いつつも、リュウキは彼女の眩しい笑顔に目が離せなくなる。
 優しい表情を崩さず、彼女はゆっくりと頭を下げた。

「驚かせちゃったね」
「いや、全然。それよりも君は……誰? どうしてこんな所にいるの?」
「それ、そっくりそのまま返してあげる。どうしてあなたは、わたしたちの『住み処』に引っ掛かっていたんだろうって。皆、ビックリしてる」
「住み処……?」
「うん。わたしたちのお家だよ」

 彼女の言っていることがいまいち理解できない。

 一度疑問を胸にしまいつつ、リュウキは先に彼女の質問に答えることにした。

「ごめん、僕から名乗るべきだね。リ・リュウキだ。さっき上で巨大蜘蛛に襲われて、崖から落ちてしまったんだ。落ちた場所が良かったのかな、奇跡的に助かったけど、身体のあちこちが骨折してしまったみたいだ」
「リュウキって言うんだね。よかった。わたしたちの『巣』が衝撃を押さえてくれたみたい」
「……巣?」

 更に彼女の発言に謎が深まる。リュウキは無意識に眉間に皺を寄せてしまう。

「……君は、何者なんだ」
「ああ、ごめんね。わたし、化け物・・・なの」
「えっ?」
「化け物になった朱鷺トキだよ」
「朱鷺って……。あの、美しい鳥の……」
「あら? 嬉しいな。美しいだなんて。うん、そう。ここは、わたしたち朱鷺が住む場所なの。わたしたちの巣があなたの生命を守ったみたい」
「……」
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