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第六章
53,北北西の山をくだる
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火を放出しながら、積雪した道を溶かしてリュウキはひたすら下り坂を進んでいく。
まだ足を痛めているヤエを背負っているが、昨日とは比べ物にならないほどに身体が軽い。吹雪が止んだお陰だろうか。
白い結晶の集合体が連なる山道に、リュウキの足音が静かに鳴り響く。規則正しく刻まれる足跡が、リュウキの辿った形のみ残すのだ。
歩みを進める度、リュウキは心の闇が大きくなっていくのを感じていた。昨晩見た幻想の世界が、もしも現実だったら──そんなことを考えてしまう。それと同時に、リュウキはそれなりの覚悟を決めている。
彼女に悟られぬよう、いつも通りに接した。お調子者で、自己愛が強く、ヤエにちょっかいを出す、鬱陶しくも明るい青年。リュウキは自分自身のことをそんな風に思っている。
ヤエはリュウキがからかうと「やめて下さい」と嫌がるが、出会った時の彼女とは少し変わった。相変わらず笑ってくれはしないものの、表情が柔らかくなった。そんな彼女の変化は、単純に嬉しい。
だからこそリュウキは、ヤエのことを傷つけたくないと心の底から思う。
道中、途切れ途切れ会話をする際も、リュウキは明るく振る舞った。背に乗る彼女には、自分の表情はきっと見えていないから。
──美しい銀世界を下りきった頃、太陽はちょうど真上まで昇っていた。北北西の山を抜けると、風景が一気に変わる。白い梅の木が、平地にいくつも立ち並んでいた。あたたかい風が、春の香りを乗せてリュウキたちのところに運んできてくれるのだ。
「リュウキ様。休憩しますか? お疲れですよね」
リュウキの耳元でそう問うヤエ。その声は、優しさで満ち溢れているように感じる。
ヤオ村の巨大炎を継続して燃やし続けることは、言葉では言い表せないほどの集中力が必要になる。夜眠っていても、意識の底側で常に力を消さないように注意を払っている。熟睡できないのが本音だ。
けれどもリュウキは、決して弱音を吐かない。ヤエの望みを叶えるまでは──あの白虎を捜し出すまでは、何があっても倒れてはならない。執念に近い思いで、リュウキは今までの旅路を辿ってきた。
とは言っても、休息が必要なのは間違いない。リュウキは梅木の道の遥か向こうをじっと見やる。
木々に被さって見えづらいが、微かに黒色の家々が集まる村のような存在が確認出来た。問題なく歩いていける距離だろう。あそこで少し腰を下ろしながら休もう。馬も手に入れば上出来だ。
リュウキはにっと微笑み、ヤエの手を優しく握る。
「……リュウキ様?」
戸惑ったような声だ。
「南西の方に、村があるみたいだよ。行こう」
「……は、はい」
ぎこちなく、ヤエはか細い指先でリュウキの手を握り返してきた。小さいながらも逞しく美しい手を、リュウキは放したくなかった。
だがそれは、単なるリュウキの独り善がりだ。
梅の花びらが二人の行く先を舞う。風に乗って、村へ案内するかのように前方へと流れていく。こんなにも心地が良い案内をリュウキは他に知らない。
程なくして村の門に辿り着くと、そこに三名の門番が立っていた。鋭い目つきでリュウキとヤエを眺めるなり、長身の門番が冷たく言うのだ。
「その格好、国の将兵か? この『シシ村』に何用だ」
村に入る度同じ質問をされる。リュウキは笑顔で答えた。
「彼女が怪我をしてね。村で休みたいんだ。ついでに村で困り事があれば、僕が聞いてあげよう」
すると次に、立派な髭を生やす男が口を開いた。
「困り事、か。ふん、そんなもん、ひとつしかねえ。国に納める【肥料】の量が多すぎる。なんとかならねぇのかよ、兵士さんよ」
いかにも機嫌が悪そうにしている髭男の話を聞き、ヤエは首を捻った。
「……肥料って?」
「なんだ女兵士。知らねぇなんて言わせねぇぞ。あんたら西軍の命令で、毎年『幻草の肥料』を国に納めなきゃならねぇだろ」
「そうなんですかっ?」
ヤエは目を見開く。
正直、リュウキも知らなかった──というよりも、記憶がないから思い出せないだけかもしれないが。
三人の中で一番背の低い門番が、大きく溜め息を吐いた。
「ちっ、そんなことも知らねぇとはな。この『シシ村』は、昔から幻草の肥料を生産するのに適した場所だ。国に目をつけられてから、おれらは肥料を納めるのに必死だ。毎年毎年、量を増やされて大変なんだよ」
リュウキはシシ村の民が気の毒に思えた。それと同時に、西国の政策に更に疑問を抱く。
なぜ危険な幻草の肥料が大量に必要なのか。幻草が危険ということは誰もが知っている。それなのに、焼き払うどころか、国が大切に保管しているようにしか思えない。
リュウキは両腕を組む。
「うん……大変だよね。僕たちが今すぐどうにか出来る話ではないけど。幻草の為の肥料を生産しなくちゃいけないなんて思いやられるね」
「化け物を増やす為に間接的に助勢していることになるからな。シシ村の民は皆、反対しているぜ」
「それが普通だよ」
暫し沈黙が流れる。
風が流れ、村の奥から甘い香りが漂ってきた。鼻の奥を癒してくれるような、不思議な感覚がする。
「この村からはいい香りがするね」
「なんだと? この甘ったるい匂いは全部肥料のもんだ。村のどこを歩いても同じだ」
「あ、そうなんだね……」
門番たちの様子を見る限り、不満はだいぶ溜まっているようだ。
リュウキはここで無責任なことは言えない。しかし、こんな自分でも出来ることはあるのだ。
ニッと歯茎を見せて、リュウキは門番たちに大きく頷いてみせた。
「君たちのその不満、いつか僕が解消してあげられるかもしれないよ」
「はぁ? 一般兵に何が出来る?」
「これから国の最西端へ行く用事があるんだけどね。上手くいけば、そこの幻草を全て焼き払えるかもしれない」
自信満々に語るリュウキを眺め、門番たちは静止する。しかし、すぐに顔を真っ赤にして三人は腹を抱えるのだ。
「はははは。大きな口を叩きやがる!」
「幻草を全て焼き払うだと!」
「あんた、武将でもねえくせによくそんなこと言えるよな」
この話に、ヤエは困り声になる。
「あの、リュウキ様……」
「なに?」
「本気ではないですよね……」
「うーん。どうかなぁ?」
リュウキは薄ら笑いをしながら、わざと曖昧に答える。
東西の国は単なる領土争いをしているのではない。化け物が各地を彷徨っているからこそ、国と国の混乱が大きくなっているに違いない。
一通り失笑した後、門番三人はなぜだか道を開けるのだ。
「あんた、面白い兵士だな。見たところ悪い奴ではなさそうだ」
「村に通してやる。入れ」
「えっ、いいの?」
三人は大きく頷く。
「武器は、預けた方がよろしいのでしょうか」
ヤエが問うと門番は、必要ないと、そのまま村の中に通してくれるのだった。
リュウキは思う。ただの幻草だけでなく『紅い幻草』も燃やしてしまえばいいのではないか、と。
こんなことで、巻き添えを食らっている民がいる。
リュウキが門番たちに話したのは嘘ではなく、もし可能ならば自分の力でどうにかしてやりたい、と密かに考えたのだ。
火を放出しながら、積雪した道を溶かしてリュウキはひたすら下り坂を進んでいく。
まだ足を痛めているヤエを背負っているが、昨日とは比べ物にならないほどに身体が軽い。吹雪が止んだお陰だろうか。
白い結晶の集合体が連なる山道に、リュウキの足音が静かに鳴り響く。規則正しく刻まれる足跡が、リュウキの辿った形のみ残すのだ。
歩みを進める度、リュウキは心の闇が大きくなっていくのを感じていた。昨晩見た幻想の世界が、もしも現実だったら──そんなことを考えてしまう。それと同時に、リュウキはそれなりの覚悟を決めている。
彼女に悟られぬよう、いつも通りに接した。お調子者で、自己愛が強く、ヤエにちょっかいを出す、鬱陶しくも明るい青年。リュウキは自分自身のことをそんな風に思っている。
ヤエはリュウキがからかうと「やめて下さい」と嫌がるが、出会った時の彼女とは少し変わった。相変わらず笑ってくれはしないものの、表情が柔らかくなった。そんな彼女の変化は、単純に嬉しい。
だからこそリュウキは、ヤエのことを傷つけたくないと心の底から思う。
道中、途切れ途切れ会話をする際も、リュウキは明るく振る舞った。背に乗る彼女には、自分の表情はきっと見えていないから。
──美しい銀世界を下りきった頃、太陽はちょうど真上まで昇っていた。北北西の山を抜けると、風景が一気に変わる。白い梅の木が、平地にいくつも立ち並んでいた。あたたかい風が、春の香りを乗せてリュウキたちのところに運んできてくれるのだ。
「リュウキ様。休憩しますか? お疲れですよね」
リュウキの耳元でそう問うヤエ。その声は、優しさで満ち溢れているように感じる。
ヤオ村の巨大炎を継続して燃やし続けることは、言葉では言い表せないほどの集中力が必要になる。夜眠っていても、意識の底側で常に力を消さないように注意を払っている。熟睡できないのが本音だ。
けれどもリュウキは、決して弱音を吐かない。ヤエの望みを叶えるまでは──あの白虎を捜し出すまでは、何があっても倒れてはならない。執念に近い思いで、リュウキは今までの旅路を辿ってきた。
とは言っても、休息が必要なのは間違いない。リュウキは梅木の道の遥か向こうをじっと見やる。
木々に被さって見えづらいが、微かに黒色の家々が集まる村のような存在が確認出来た。問題なく歩いていける距離だろう。あそこで少し腰を下ろしながら休もう。馬も手に入れば上出来だ。
リュウキはにっと微笑み、ヤエの手を優しく握る。
「……リュウキ様?」
戸惑ったような声だ。
「南西の方に、村があるみたいだよ。行こう」
「……は、はい」
ぎこちなく、ヤエはか細い指先でリュウキの手を握り返してきた。小さいながらも逞しく美しい手を、リュウキは放したくなかった。
だがそれは、単なるリュウキの独り善がりだ。
梅の花びらが二人の行く先を舞う。風に乗って、村へ案内するかのように前方へと流れていく。こんなにも心地が良い案内をリュウキは他に知らない。
程なくして村の門に辿り着くと、そこに三名の門番が立っていた。鋭い目つきでリュウキとヤエを眺めるなり、長身の門番が冷たく言うのだ。
「その格好、国の将兵か? この『シシ村』に何用だ」
村に入る度同じ質問をされる。リュウキは笑顔で答えた。
「彼女が怪我をしてね。村で休みたいんだ。ついでに村で困り事があれば、僕が聞いてあげよう」
すると次に、立派な髭を生やす男が口を開いた。
「困り事、か。ふん、そんなもん、ひとつしかねえ。国に納める【肥料】の量が多すぎる。なんとかならねぇのかよ、兵士さんよ」
いかにも機嫌が悪そうにしている髭男の話を聞き、ヤエは首を捻った。
「……肥料って?」
「なんだ女兵士。知らねぇなんて言わせねぇぞ。あんたら西軍の命令で、毎年『幻草の肥料』を国に納めなきゃならねぇだろ」
「そうなんですかっ?」
ヤエは目を見開く。
正直、リュウキも知らなかった──というよりも、記憶がないから思い出せないだけかもしれないが。
三人の中で一番背の低い門番が、大きく溜め息を吐いた。
「ちっ、そんなことも知らねぇとはな。この『シシ村』は、昔から幻草の肥料を生産するのに適した場所だ。国に目をつけられてから、おれらは肥料を納めるのに必死だ。毎年毎年、量を増やされて大変なんだよ」
リュウキはシシ村の民が気の毒に思えた。それと同時に、西国の政策に更に疑問を抱く。
なぜ危険な幻草の肥料が大量に必要なのか。幻草が危険ということは誰もが知っている。それなのに、焼き払うどころか、国が大切に保管しているようにしか思えない。
リュウキは両腕を組む。
「うん……大変だよね。僕たちが今すぐどうにか出来る話ではないけど。幻草の為の肥料を生産しなくちゃいけないなんて思いやられるね」
「化け物を増やす為に間接的に助勢していることになるからな。シシ村の民は皆、反対しているぜ」
「それが普通だよ」
暫し沈黙が流れる。
風が流れ、村の奥から甘い香りが漂ってきた。鼻の奥を癒してくれるような、不思議な感覚がする。
「この村からはいい香りがするね」
「なんだと? この甘ったるい匂いは全部肥料のもんだ。村のどこを歩いても同じだ」
「あ、そうなんだね……」
門番たちの様子を見る限り、不満はだいぶ溜まっているようだ。
リュウキはここで無責任なことは言えない。しかし、こんな自分でも出来ることはあるのだ。
ニッと歯茎を見せて、リュウキは門番たちに大きく頷いてみせた。
「君たちのその不満、いつか僕が解消してあげられるかもしれないよ」
「はぁ? 一般兵に何が出来る?」
「これから国の最西端へ行く用事があるんだけどね。上手くいけば、そこの幻草を全て焼き払えるかもしれない」
自信満々に語るリュウキを眺め、門番たちは静止する。しかし、すぐに顔を真っ赤にして三人は腹を抱えるのだ。
「はははは。大きな口を叩きやがる!」
「幻草を全て焼き払うだと!」
「あんた、武将でもねえくせによくそんなこと言えるよな」
この話に、ヤエは困り声になる。
「あの、リュウキ様……」
「なに?」
「本気ではないですよね……」
「うーん。どうかなぁ?」
リュウキは薄ら笑いをしながら、わざと曖昧に答える。
東西の国は単なる領土争いをしているのではない。化け物が各地を彷徨っているからこそ、国と国の混乱が大きくなっているに違いない。
一通り失笑した後、門番三人はなぜだか道を開けるのだ。
「あんた、面白い兵士だな。見たところ悪い奴ではなさそうだ」
「村に通してやる。入れ」
「えっ、いいの?」
三人は大きく頷く。
「武器は、預けた方がよろしいのでしょうか」
ヤエが問うと門番は、必要ないと、そのまま村の中に通してくれるのだった。
リュウキは思う。ただの幻草だけでなく『紅い幻草』も燃やしてしまえばいいのではないか、と。
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