【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第十三章

117,熱気

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「放して!」
「大人しく輿の中に入れ! 裏切り者同士、仲良く北の地で死ぬがいい」

 ヤエは歯を食いしばる。どうにかして逃れなければ。氷の力を放出したい。しかし、身体の不自由を奪われ、集中力も失われている。この状況では力を上手く放つことは非常に困難だ。

「さあ、来るのだ!」

 御者の男はヤエの髪を引っ張り、荒々しく輿の中に押し込めようとする。簾が開かれると、リュウキが未だにうつ伏せで眠る姿があった。

 ──この節、ヤエは何か違和感を覚える。

 輿の中から熱気が感じられた。それは間違いなく、リュウキの全身から放たれている。まるで燃えてしまいそうになるほどの熱さだ。

「うわ、熱い!! 何だっ?」

 声を上げると、御者の男は怯んだように後ずさりした。

「リュウキ様!」

 もしかすると、リュウキの意識が戻りつつあるのかもしれない。
 ヤエは、必死に叫んだ。

「リュウキ様。リュウキ様! もしお目覚めでしたら、どうかお逃げ下さい! 何卒……!」
「くっ、うるさい、黙れ小娘!」

 男はヤエの髪を更に強く引いた。
 ──痛い。あまりの苦痛に、ヤエの目からはじんわりと涙が溢れる。

 それでも止めることはない。彼に呼び掛け続けた。

「リュウキ様! どうか、どうか! お逃げ下さい──!」

 もう一度叫んだ時だ。突如、輿の中が急激に光を放った。あまりの眩しさにヤエは目を細める。と同時に、とんでもないほどの熱さが襲いかかってきた。

「今度は何だ!?」

 御者の男はヤエを掴む力を緩めた。
 咄嗟に男から逃れるが、熱気にやられそうで横転してしまう。

(まずい、熱さで死にそう……! 氷の力を……!)

 ヤエの全身から、どっと汗が流れ落ちる。
 熱くてたまらない。まるで火を浴びているようだ。息も苦しくなってきた。

 一か八か意識を集中させる。氷の盾を作り、熱から身を守らねば。
 目を閉じ、ヤエは縄を縛られたままでも胸の奥から冷気を放出させる。
 流れる汗が固まり、身体中の皮膚が冷たくなっていくのを感じた。
 このまま、このままだ。冷気を全て表に出して、身を守れ!

「うう……!」

 熱と冷気の狭間で、ヤエは震えた。何とも言いがたい温度が彼女を襲う。

「……うあああああああっ!!」

 すぐ隣で、御者の男が暴れまわっている。見ると、身体中が焼け焦げたように黒くなっているのだ。
 馬たちももがき、毛が燃えたように丸焦げになっているではないか。

 まさか。熱気だけで燃えてしまったのか……?

 背筋がゾッとした。
 この瞬間、ヤエの周りを厚い氷の壁が熱から守るように盾になった。途端に熱さは感じなくなる。
 しかし熱気が漂う輿の中から、突然光線のようなものが放たれていることにヤエは気づいた。

「リュウキ様……?」

 これは、彼の力なのか? 
 ヤエには分からない。確かめようと輿に近づこうとする。それなのに、全く前に進めない。
 強烈な熱風が吹き荒れ、全身が押されてしまう。

「う、うあああああ……!」

 鼓膜が破れそうになるほどの絶叫。御者の男がもがき苦しんでいる。その叫び声はやがて聞こえなくなり──男は丸焦げとなって力尽きてしまった。
 二頭の馬たちも横たわったまま動かなくなる。

(何なの? 熱だけで、息絶えてしまったというの……?)
 
 ヤエが混乱していると、やがて周辺にあった峯の木々も黒く焦げ次々と倒れていく。

 万が一氷の壁がなくなってしまえば、ヤエも熱気で丸焦げになってしまうだろう。
 輿はどんどん崩れていき、灰のように崩壊してしまった。しかし光が強く放たれているのでリュウキの姿は確認出来ない。

「リュウキ様! リュウキ様!」

 何度も彼に呼び掛けるがやはり返答はない。

 炎の力が暴走を始めているのだ。どうにか止めなければ、この熱は更に広がってしまうかもしれない。
 激しく吹き続ける熱風に逆らい、ヤエは光の中にいるリュウキの元へと足を向ける。一歩、また一歩。足を踏みしめ、ゆっくりと近づいた。

 けれども大きな氷の壁が熱風に抵抗してしまい、亀よりも遅い速度でしか進むことが出来ない。氷の盾をなくしては、自らも熱にやられてしまう。このもどかしさに、ヤエの心は焦れるばかり。

「リュウキ様、お願いです。この熱を、どうか鎮めて下さい。周辺のもの全てが焼け焦げてしまいます!」
 
 ヤエの叫びが届いているのか定かではない。それでも、何度でもリュウキに訴え続ける。

「あなたの身を案じています。リュウキ様、心が乱れていませんか? 精神が壊れそうになっていませんか? 私は……」

 最中、リュウキから放たれる光はどんどん強くなっていく。
 目を細めながら、ヤエは大声を出した。

「私は、あなたに化け物になってほしくはありません!」
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