出来損ないのアルファ

ゴールデンフィッシュメダル

文字の大きさ
4 / 9

4.

しおりを挟む

「8月からアメリカに移住しようと思ってます」

家族ごっこ、こと食事会はもうすぐ梅雨明けという7月の初めに開かれた。
兄は大学の都合とやらで遅刻するらしい。
父母が揃って一息ついたタイミングで俺は口を開いた。

母は寝耳に水と言った表情で俺を眺めた。
この人の「子供のことを思っています」という演技はいつ見ても完璧である。

母の表情を見て普段無口な父が口を開いた。

「決定事項のように聞こえたが、私たちに相談もなく決めたのか?」

相談して欲しかったのだろうか。
2人とも忙しく家で会うことはほとんどない。メールだって父母に届くより先に秘書が目を通すような環境である。いつ相談する時間があったというのか。

「いつ相談する暇があったというのですか?」

普段は出来の悪いベータのフリをしている俺がこんな風にくちごたえをするなんて初めての経験である。

これまでどうしてベータのフリをしてきたのか。昔は出来の悪いフリをしてその事で構われることが嬉しかった。親たちが外で子供の話すのも兄の話ではなく決まってベータの俺のエピソードだ。そういうところに少なからず優越感を抱いていた。

しかし、近頃はだんだんベータのフリをするのがしんどくなってきていたのも事実である。

渡米まであと少しのタイミングではあったがこれまで心に溜め込んでいたものが沸々としていて感情をコントロールするのが難しかった。

俺は咄嗟に嫌味を返してしまった。

「ご心配なさらずとも、手続きもアメリカでの居住地も自分で手配済みです。貴方達のお手を煩わせることはありません。」

「それで学校をサボっていたのか?」

どうやら兄から父に連絡が行っていたようである。

「いえ、サボっていたのは別の理由です。」

「アメリカに行ってどうするんだ?向こうの学校に編入するのか?住む場所は?タダというわけにはいかんのだぞ」

父の語気が強まる。

「学校には通いません。既に向こうで仕事を見つけています。」

二人は驚いたようだった。
そりゃそうか。二人は俺のことを全く普通のベータだと思っている。

「それに、この前、学校をサボっていたのは病院に行っていたからです。俺、アルファになりました。」

そう言うと二人は顔を見合わせた。

「嘘、うそよ。だってそんな片鱗全然なかったじゃない。学校の成績だって普通よりちょっといい程度だったし、それでアルファだなんて!アルファだったらもっと早くにわかるはずよ」

そう言って肩を震わせる母は滑稽だった。

「俺、昔からできないフリをずっとしてきたから。3歳の頃に気付いたんです。出来すぎても世間に馴染めないって。兄さんがまさにそうだ。」
「それからずっと演技していたと言うのかい?」
「そうですよ。」

二人は沈黙した。

「俺は身長も低かったし、ただ単に成長が遅かっただけなんだよ。中三の時には未だ分化してなかっただけ。俺は元々アルファなんだよ。でも母さんは俺がアルファだと色々と都合が悪いんじゃない?あんなにベータの子育てについてご高説を垂れておいて、本当は息子は二人ともアルファでしたなんてバレたらどうなるだろうね?」

「そんな・・・」

「だから、俺がアメリカに行ったら四方丸く収まるだろ?」

「お前は家族をなんだと思ってるんだ?」

父が俺に対して威嚇フェロモンを出してきた。それに反発するように俺の身体からも威嚇フェロモンが出ているようだ。
初めての体験だった。身体から湯気が出るみたいな感覚で面白かった。

「父さんや母さんこそ家族をなんだと思ってるの?数ヶ月に一度のこんな家族ごっこしてるだけで家族になった気にならないでよ。俺がアルファだって事にも気づかなかった癖に。」

「マヒロはベータでもアルファでもマヒロだわ。ちょっとびっくりしちゃったけど。アメリカにはどうしても行かなくちゃいけないの?」

母のこういう返しは天才的である。
俺には全然興味がないくせにさも興味があるみたいなセリフが吐けるのだから、天性の政治家なんだろう。

「えぇ、今から断ると言うのは紹介してくれた人の手前難しいので。ただ、未成年なので親権者のサインが必要みたいです。書類を揃えて渡すのでサインをお願いします」

そう言うと席を立った。
父はまだ何か考えているようだった。

「食事くらいしていけばいいだろう?」

父が睨みつける。

「こんな雰囲気の中でですか?勘弁してくださいよ。俺も疲れてるんですよ。」

「しかし、今日は、」

父がそう言ったとき個室をノックする音が聞こえた。

「お連れさまがお見えになりました」

店員がそう言った後、入ってきたのは兄と彼だった。

やはり彼からは甘い匂いが溢れ出ていた。
彼がいるなら余計、一緒に食事など出来ない。

「食事会に連れてくるってことは婚約したの?おめでとう。じゃあ俺はこれで。」

そう言うと急いで個室を出た。
兄を見た後、彼を見て目礼した後で二人の横を通って廊下に出た。
父と母が後ろで何か騒いでいたが自分を抑えるのに精一杯で何も出来なかった。
彼はまだ手術の後遺症でニオイがわからないのだろうか。

俺の存在に気づいて欲しいと言う気持ちと、彼が兄を好きなのなら、運命の番なんかに翻弄されず幸せになってほしいという思いが心の中でせめぎ合っていた。


数日はもしかすると彼の方から何かコンタクトがあるのではないかと期待していたがそれもなく、俺はアメリカに行く事になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クローゼットは宝箱

織緒こん
BL
てんつぶさん主催、オメガの巣作りアンソロジー参加作品です。 初めてのオメガバースです。 前後編8000文字強のSS。  ◇ ◇ ◇  番であるオメガの穣太郎のヒートに合わせて休暇をもぎ取ったアルファの将臣。ほんの少し帰宅が遅れた彼を出迎えたのは、溢れかえるフェロモンの香気とクローゼットに籠城する番だった。狭いクローゼットに隠れるように巣作りする穣太郎を見つけて、出会ってから想いを通じ合わせるまでの数年間を思い出す。  美しく有能で、努力によってアルファと同等の能力を得た穣太郎。正気のときは決して甘えない彼が、ヒート期間中は将臣だけにぐずぐずに溺れる……。  年下わんこアルファ×年上美人オメガ。

変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加
BL
 変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。  男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。  もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。  奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。  だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。  ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。  それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。    当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。  抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?                

八月は僕のつがい

やなぎ怜
BL
冬生まれの雪宗(ゆきむね)は、だからかは定かではないが、夏に弱い。そして夏の月を冠する八月(はつき)にも、弱かった。αである八月の相手は愛らしい彼の従弟たるΩだろうと思いながら、平凡なβの雪宗は八月との関係を続けていた。八月が切り出すまでは、このぬるま湯につかったような関係を終わらせてやらない。そう思っていた雪宗だったが……。 ※オメガバース。性描写は薄く、主人公は面倒くさい性格です。

鳶と刈安

松沢ナツオ
BL
いつも見つめていた。 いつか勝つと心に決めていた。 ——それでも、勝てなかった男がいる。 柔道部の刈安は、ただ一人に目を奪われ目標にしていた。その男はαだった。βとαの間に立ちはだかる壁を思い知った刈安はもどかしく思っていた。 二度と交わらないと思われた道が交わった時、二人の関係は変わっていく。 オメガバースですが、αxβのカップルです。 1話が2000文字程度の文字数で、全9話で完結します。

βを囲って逃さない

ネコフク
BL
10才の時に偶然出会った優一郎(α)と晶(β)。一目で運命を感じコネを使い囲い込む。大学の推薦が決まったのをきっかけに優一郎は晶にある提案をする。 「αに囲われ逃げられない」「Ωを囲って逃さない」の囲い込みオメガバース第三弾。話が全くリンクしないので前の作品を見なくても大丈夫です。 やっぱりαってヤバいよね、というお話。第一弾、二弾に出てきた颯人がちょこっと出てきます。 独自のオメガバースの設定が出てきますのでそこはご了承くださいください(・∀・) α×β、β→Ω。ピッチング有り。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

ヤンキーΩに愛の巣を用意した結果

SF
BL
アルファの高校生・雪政にはかわいいかわいい幼馴染がいる。オメガにして学校一のヤンキー・春太郎だ。雪政は猛アタックするもそっけなく対応される。  そこで雪政がひらめいたのは 「めちゃくちゃ居心地のいい巣を作れば俺のとこに居てくれるんじゃない?!」  アルファである雪政が巣作りの為に奮闘するが果たして……⁈  ちゃらんぽらん風紀委員長アルファ×パワー系ヤンキーオメガのハッピーなラブコメ! ※猫宮乾様主催 ●●バースアンソロジー寄稿作品です。

いつかの絶望と

屑籠
BL
 幼馴染が好きだった。  でも、互いにもたらされた血の結果は、結ばれることなどなくて、ベータが、アルファに恋をするなんて、ありえなくて。  好きなのに、大好きなのに、それでも、諦めることしかできなかった。

処理中です...