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第7章
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ユウマくんと言い合った春が過ぎて夏休みに入っても、なかなか順調に進まない就活は、移動費もホテル代もかさんだ。
卒業に必要な単位をすでに取り終えていたのが唯一の救いだった。
テレアポのバイトを週五に増やして、週一のゼミや企業選考以外はほとんど家の中でバイト漬けの生活になる。おかげで就活に必要なお金を捻出することができたけど、大学生というよりアルバイターの気分だ。
親からは、地元に帰ってくるなら卒業までに決まらなくても多少の援助はすると言われた。だけどそれだけは絶対に嫌だった。過疎化の進んだ寂れた地元に戻ったところで給料も低いし、娯楽もないし、いいことなんて一つもない。そもそも私は地元を出たくてここの県外の大学を選んだんだから。
『最近、シフトにほとんど毎日入ってくれてますけど、就活は順調ですか?』
パソコンの前で、ゼミの教授に言われたことを、バイト先のリモート面談でも聞かれて苦笑する。
「それがまだ……、職種を選んでいるわけでもないんですけど」
バイトや契約社員の業務態度を見ながら、次の契約期間を判断する人事のお姉さんは『懐かしいなぁ』と笑いながら、上手くいかない私の就活話を聞いてくれた。
『どこでも良くて、さっさと決めてしまいたいなら、うちに来ますか?』
「え?」
『本社の選考通してないので大卒としての正社員枠ではなくて、最初は契約社員枠でのスタートになると思いますけど。大学一年の頃からずっと働いてきてくれたでしょう? 学生のリモートなんて特にバックれやすいのに、逃げずに今まで続けてきてくれているから、仕事に対する真面目ぶりは知ってますし。契約社員といっても名ばかりで、一年経ったらというか、早くて半年でも正社員になれると思いますよ』
「え、そんなことできるんですか」
『ぶっちゃけこの業界、本当に人不足で。毎年、十人くらい新入社員としてこっちに配属されても、残るのは数年に一人か二人なんですよね。ほとんどベテランさんの正社員登用で成り立っているようなもので。
だから来てくれるなら嬉しいです。……あ、なんなら今、面接しますか? 部長がそこにいるので。形だけになると思うけど』
一、二分、画面がミュートになった後、画面の横から今まで会ったことのないスーツ姿の男性が映し出された。三十歳を少し過ぎたくらいの、色黒でスポーツやアウトドアが好きそうな若い外見で、どことなく藤さんに似ている。
『初めまして。実は今まで横でやり取りを聞いていました』
「あ、初めましてっ。よろしくお願い致します」
お互いに名乗ったところで、『はい、じゃあ採用』とあっさり言われる。
「えっ」
『今までの面談記録も見ていたし、たまに業務ログも聞いていて仕事ぶりも人柄も本当に文句ないから。そちらがよろしければですが』
「え、こんなあっさりでいいんですか!?」
『いいですよー。契約社員になってからの仕事内容も特に今までと変わらないし、正社員になっちゃえば、いずれリーダーというか役職ついたりしちゃうけど。……でも、ねえ、それはおいおいになるの? 今いける?』
部長と呼ばれた人が椅子の背もたれに体を預けて、画面の外にいるであろう人事のお姉さんに声をかける。
『とにかく、僕からは採用ということで以上です。他に聞きたいことはあればどうぞ』
「え、えぇと」
本当に形だけの面接で、何を聞けばいいのかが出てこない。聞いたほうがいいんだっけ。活かしきれない就活マニュアルが頭をよぎるけどこの場合はどうなの。
「特に、ないです……」
『はーい、それでは四月、会えるのを楽しみにしてます。卒業まであと少し頑張ってください』
「あっ、ありがとうございます!」
画面越しに深々と頭を下げる。終始軽い調子で手を振って画面の外に出ていく部長を見送ると、入れ替わりで人事のお姉さんがひょこっと顔を出した。
『ね、形だけだったでしょ』
「はい。本当にいいんですか……?」
『うん、問題ないです、面接は面接なので。一応、あの人ここでは一番偉い人なんですよ。あ、あと、さっき契約社員枠と言ったのですが、今がもう契約社員みたいな形になっていたので、四月から正社員としてお願いします。その前に色々、研修を挟むと思いますけど』
「よ、よろしくお願いしますっ」
『はい! これで就活終了、おめでとうございます! 研修など今後の日程については後ほどメールするので、すみません、面談、長くなってしまいました。一時間しっかり昼休憩をとって、午後の業務もよろしくお願いします』
「いえっ、ありがとうございます」
面談を終えてパソコンを閉じる。
(……ええと、これで本当に就活、終わったのかな)
あまりにもとんとん拍子で進んだから、まだ信じられない。
だけどその日の夜には、堅苦しい文言で書かれた正式な採用通知と、入社前に一度会社へ来てほしいというメールが届いて、ようやく実感が湧いた。配属先だという会社の住所はユウマくんの地元だと言っていたところだった。
ユウマくんがそばにいたときは、彼の地元を見てみたくて就活にかこつけて足を運んだりもしたけど、離れてからどこでもいいと投げやりになっていた。それなのに、ここに来て妙な縁が生まれて可笑しくなる。
ユウマくんと言い合いになってから三ヶ月経って、一度も声を聞いていないし、会ってもいない。最初の一週間は電話が何度も来ていたけど、出る勇気がなくて無視していたら、とうとう来なくなった。
本当は就職先が決まったことを伝えたかったけど、友達でもない私が、彼女がいる人にそこまでするのは大丈夫なのかと思うと、怖くてできない。
もうきっぱりと断ち切ってこのまま終わりにしたほうがいい。わかっているのに、この三ヶ月の間、いまだに金曜日の夜に来てくれるのではないかと期待して、隣にユウマくんがいないことに違和感を覚える。
考えないようにしているのに、気づいたらユウマくんのことばかり頭に浮かんできて、自分がおかしくなりそうだった。
もうさっさと卒業したい。彼と会えない距離に行ってしまいたい。そう思う自分と、また会いたいと思う自分がせめぎ合っていて、ぐらぐらと揺れる。
卒業に必要な単位をすでに取り終えていたのが唯一の救いだった。
テレアポのバイトを週五に増やして、週一のゼミや企業選考以外はほとんど家の中でバイト漬けの生活になる。おかげで就活に必要なお金を捻出することができたけど、大学生というよりアルバイターの気分だ。
親からは、地元に帰ってくるなら卒業までに決まらなくても多少の援助はすると言われた。だけどそれだけは絶対に嫌だった。過疎化の進んだ寂れた地元に戻ったところで給料も低いし、娯楽もないし、いいことなんて一つもない。そもそも私は地元を出たくてここの県外の大学を選んだんだから。
『最近、シフトにほとんど毎日入ってくれてますけど、就活は順調ですか?』
パソコンの前で、ゼミの教授に言われたことを、バイト先のリモート面談でも聞かれて苦笑する。
「それがまだ……、職種を選んでいるわけでもないんですけど」
バイトや契約社員の業務態度を見ながら、次の契約期間を判断する人事のお姉さんは『懐かしいなぁ』と笑いながら、上手くいかない私の就活話を聞いてくれた。
『どこでも良くて、さっさと決めてしまいたいなら、うちに来ますか?』
「え?」
『本社の選考通してないので大卒としての正社員枠ではなくて、最初は契約社員枠でのスタートになると思いますけど。大学一年の頃からずっと働いてきてくれたでしょう? 学生のリモートなんて特にバックれやすいのに、逃げずに今まで続けてきてくれているから、仕事に対する真面目ぶりは知ってますし。契約社員といっても名ばかりで、一年経ったらというか、早くて半年でも正社員になれると思いますよ』
「え、そんなことできるんですか」
『ぶっちゃけこの業界、本当に人不足で。毎年、十人くらい新入社員としてこっちに配属されても、残るのは数年に一人か二人なんですよね。ほとんどベテランさんの正社員登用で成り立っているようなもので。
だから来てくれるなら嬉しいです。……あ、なんなら今、面接しますか? 部長がそこにいるので。形だけになると思うけど』
一、二分、画面がミュートになった後、画面の横から今まで会ったことのないスーツ姿の男性が映し出された。三十歳を少し過ぎたくらいの、色黒でスポーツやアウトドアが好きそうな若い外見で、どことなく藤さんに似ている。
『初めまして。実は今まで横でやり取りを聞いていました』
「あ、初めましてっ。よろしくお願い致します」
お互いに名乗ったところで、『はい、じゃあ採用』とあっさり言われる。
「えっ」
『今までの面談記録も見ていたし、たまに業務ログも聞いていて仕事ぶりも人柄も本当に文句ないから。そちらがよろしければですが』
「え、こんなあっさりでいいんですか!?」
『いいですよー。契約社員になってからの仕事内容も特に今までと変わらないし、正社員になっちゃえば、いずれリーダーというか役職ついたりしちゃうけど。……でも、ねえ、それはおいおいになるの? 今いける?』
部長と呼ばれた人が椅子の背もたれに体を預けて、画面の外にいるであろう人事のお姉さんに声をかける。
『とにかく、僕からは採用ということで以上です。他に聞きたいことはあればどうぞ』
「え、えぇと」
本当に形だけの面接で、何を聞けばいいのかが出てこない。聞いたほうがいいんだっけ。活かしきれない就活マニュアルが頭をよぎるけどこの場合はどうなの。
「特に、ないです……」
『はーい、それでは四月、会えるのを楽しみにしてます。卒業まであと少し頑張ってください』
「あっ、ありがとうございます!」
画面越しに深々と頭を下げる。終始軽い調子で手を振って画面の外に出ていく部長を見送ると、入れ替わりで人事のお姉さんがひょこっと顔を出した。
『ね、形だけだったでしょ』
「はい。本当にいいんですか……?」
『うん、問題ないです、面接は面接なので。一応、あの人ここでは一番偉い人なんですよ。あ、あと、さっき契約社員枠と言ったのですが、今がもう契約社員みたいな形になっていたので、四月から正社員としてお願いします。その前に色々、研修を挟むと思いますけど』
「よ、よろしくお願いしますっ」
『はい! これで就活終了、おめでとうございます! 研修など今後の日程については後ほどメールするので、すみません、面談、長くなってしまいました。一時間しっかり昼休憩をとって、午後の業務もよろしくお願いします』
「いえっ、ありがとうございます」
面談を終えてパソコンを閉じる。
(……ええと、これで本当に就活、終わったのかな)
あまりにもとんとん拍子で進んだから、まだ信じられない。
だけどその日の夜には、堅苦しい文言で書かれた正式な採用通知と、入社前に一度会社へ来てほしいというメールが届いて、ようやく実感が湧いた。配属先だという会社の住所はユウマくんの地元だと言っていたところだった。
ユウマくんがそばにいたときは、彼の地元を見てみたくて就活にかこつけて足を運んだりもしたけど、離れてからどこでもいいと投げやりになっていた。それなのに、ここに来て妙な縁が生まれて可笑しくなる。
ユウマくんと言い合いになってから三ヶ月経って、一度も声を聞いていないし、会ってもいない。最初の一週間は電話が何度も来ていたけど、出る勇気がなくて無視していたら、とうとう来なくなった。
本当は就職先が決まったことを伝えたかったけど、友達でもない私が、彼女がいる人にそこまでするのは大丈夫なのかと思うと、怖くてできない。
もうきっぱりと断ち切ってこのまま終わりにしたほうがいい。わかっているのに、この三ヶ月の間、いまだに金曜日の夜に来てくれるのではないかと期待して、隣にユウマくんがいないことに違和感を覚える。
考えないようにしているのに、気づいたらユウマくんのことばかり頭に浮かんできて、自分がおかしくなりそうだった。
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